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第1章 亮平回想編

018 最終試練

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「あ、兄貴!」

 亮平は思わずそう叫んだ。

 横瀬さんの兄貴の方法なら、確かに実力は付くし、実戦の空気もつかめる。

 だが、それは同時に、横瀬さんの兄貴を攻撃すると言うことだ。亮平には、それをすることは教師を殴りとばして停学処分を受けるよりも怖いことのように思えた。

(回数は少なかったとはいえ、兄貴のおかげでここまで上達したんだ。それなのに、その恩師とも言える存在を攻撃するなんて……)

「いいか、これは俺の罪滅ぼしのようなものだ。……『交流タイム』を止められなかったことのな」
「……」

 亮平達がいる場の空気が重くなり、全員が静まり返る。何か言おうものなら白い目で見られそうな雰囲気が漂っていた。

「すみません、兄貴。今日中だと心と頭が整理しきれないので、また次回に決めると言うことでいいですか?」

 重い空気を切り裂きたいような口調で、今日この場を仕切っていた人が言った。兄貴を除く全員がその提案を飲んだ。この場から早く立ち去りたい、といった様子で。

 「分かった。来週、君らの意見をもう一度聞く。だから、それまでに意見を固めといてくれよ。……別に、『人を殴りたくない』とかの理由で反対しているんなら、それは違う。俺にとっては、夏鈴が暴力から解放される事が一番いいことなんだ。そのためなら、なんでもするさ。たとえ、この身を犠牲ににしてでも」

 兄貴が連絡事項を話し終わっても、全員の気持ちは沈んだままだ。

(次回の集まりのに、来たくない)

 この場にいる大部分の人が思ったことだった。

「ガチャン!」

 三岸さんが入ってきた。公園での練習は終わったらしい。

「三岸さん、こっちももう解散だよ。……あと、後で今日あったことについて話するから、また学校でね」

 横瀬さんが、事情を説明する。

 三岸さんは何か雰囲気を察したのか、そのまま無言で出て行った。

「さ、もう日が暮れるぞ。今日は、解散。また次回な」

 兄貴に部屋を追い出された亮平達は、思い足取りのままそれぞれの帰路に着いた。

「じゃ、また明日」

 途中で友達とも道が分かれ、人数は減っていく。そして、一人になる。

 家に着き、手を洗い、食事を食べる。これまで何百回とやってきた事なのに、今日は一段と動きが鈍る。

(兄貴……)

 亮平は、「六年に勝ちたい」という気持ちと、「兄貴を犠牲にしたくない」という気持ちの板挟みになってしまっている。

 兄貴を犠牲にすれば、六年には勝てるかもしれない。しかし、それが100%の確率ではない以上、失敗してしまった時のことを少しは考えてしまう。

 もし失敗したら、六年の態度は一気に硬化する。そうなれば、無関係な人や兄貴が守りたいと行っていた横瀬さんまで巻き込んでしまう。

(それだと兄貴の犠牲が……)

 亮平は、脳がまったく整理ができないままずるずると日にちが流れ、一週間後を迎える事になるのであった。
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