哀れな寄生系美少女が金に惹かれて吸い付いてきたので、逆に食べる事にしました。

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漫画家編

023 『結莉』

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 歩いていた世界に、置いていかれた。正確には、暗闇の中にポツリと男女ペアがスポットライトを照らされているような、リアルと隔絶された空間にいた。

 脇を振り返るが、上から糸を吊るして言葉を操り人形にしている美少女に一点の曇りも無かった。跡を濁さない鳥が、意図的なメッセージを遺していったのである。

 ……今、名前を……?

 下の名前で呼び合うことを続けざまに提案してきていた結莉だったが、面倒くさくなっていたのだろう。会話の導入に使える鉄板ネタを封印してまで、呼称にこだわることは無くなった。

 根っこの部分として、結莉と呼ばせたいのに自らは今までを貫くのは不自然極まりない。心を打ち解けさせようという魂胆が見え見えで、活力も出てくるはずがなかった。

 彼女からすると、隆仁はビジネスパートナーのようなもの。カップルチャンネルを経営していて、中身は付き合っておらず個人で独立。実情は貪り取られる一方的な金銭の流れだが、対応に相違は出てこない。

 ……佐田さん、気付いてるのかな……?

 この決定的な証拠が提出された法廷においても、結莉は大逆転の必殺カードを隠し持っているかもしれない。頭脳の非凡さ故、流れに身を委ねたくとも任せられないのだ。

「……なぁにやっとるんだ佐田アァァァァァ! 人の肩は休憩所じゃないぞ!」
「たか……。須藤くん、そこはふざけるところじゃないと思うな……。……気持ちが全く籠ってないぞー! グラウンドもう一周!」
「俺が教師役やってるんだから、生徒役をやってもらわないと……」

 敢えて、言い換えにはメスを入れない。影武者に翻弄されて、真相になど迫れやしない。

 計画で一杯なタイムテーブルにネタを注ぎ込むのは、誰が見ても失策である。怠慢守備で即日二軍送りにされても文句は付けられない。

 それでも、勢いで結莉を押し倒すことが必要だった。作られた幻想の城ではなく、即興で飛び出す真の想いを書き留めたかったのだ。

 ……隆仁って、言いかけたよな?

 通常モードに切り替えるのが、コンマ数秒遅れた。身ぐるみをはがされて裸になった自分を隠匿してきた結莉の外堀は、確かに土砂が搬入され始めている。

 鉄壁の守備に陰りが見えてきたが、焦りは禁物。ブルドーザーで外壁を強引に壊そうとすれば、たちまち防衛線を再構築されてしまう。

「……須藤くん?」

 処理回路がパンクして、足の動かし方を忘れてしまった。続いてきた歩みが、道半ばで止まった。

結莉も、隆仁の顔に出た戸惑いを常温保存するのか冷蔵庫に入れるのかで考え込んでいるようだ。

 金だけの関係と割り切ってカップルを保ってきた隆仁。不都合が起きても自身に責任は付かないという考えの元、ネタを投下しては盛り上げ役に徹してきた。恋愛感情を弄ばれることもなく、水平な目線で結莉を評価出来ていた。

 近しい人間の様子が異なると、ここまで人は態度に現れるものなのだろうか。いつでも明るくをモットーとしていそうな天才少女が、明日の天変地異を危惧していた。

 ……ちょっと、気持ちの整理がつかない……。

 冷静さが欠けていては、絶不調時の結莉にも実力が劣る。事実と想像を混同してしまっていて、言論戦争を勝ち抜けそうにない。

 重力が倍増して、地に足裏が抑えつけられている。地球の巨大化なら、天文学会を揺るがす世紀の大事件だ。惑星の構造を、一から洗い直さなくてはならなくなる。

「……重たい話はこれくらいにして、もっと別の事でも考えようよ」
「……そうだな」

 大陸が海面上昇で沈もうとしたその時、木製の助け舟が出された。定員は二名で、操縦桿という文明の利器は備え付けられていない。海流の向きを見極めて、オールで調節することが求められている。

 安置されていた結莉の頭が、元の位置へと据わり直した。飼いならした小鳥が懐いてくれた余韻が、肩こりとして姿が残っている。

 ……佐田さん、居心地良さそうだったな……。

 毛嫌いしている男子に媚びを売って、本音が出てしまわないようにするのは至難の業だ。スマイルをゼロ円で強制される飲食店もあるが、作り笑顔は顔面神経によろしくない。健康を害してまで醸し出す雰囲気は、そこまで重要視する項目ではないだろう。

 首根っこを相手に差し出している時点で、どうなっても構わないと言う意志表明だ。隠し持っていた簡易ギロチンで首を落とされる危険を背負っているのである。

 何にせよ、隆仁の信頼度が上がったというお知らせ。手放しで喜ぶことは有っても、地の一点を見つめて眉間にしわを寄せる出来事ではない。

「……須藤くんって、漫画は好き?」
「よく買ってるな……。誰かと付き合ってたせいで、一冊買えなかったけど」
「ふーん、それってどんな利口な女の子なの?」

 真犯人の検討はついているだろう結莉が、首を傾けた。犯人の名前がわかっているのならさっさと明かして欲しいのだが、肝心な部分は口をつぐんでいる。

 ……たかが一冊、されど一冊なんだよなぁ……。

 1円玉を側溝へと吸い込まれてしまったら1円の損失になるが、 漫画1冊ともなると数百円ほどの額になる。時給に換算すると1時間を少し下回るくらいだ。

 高校は基本アルバイト禁止なのは、十分承知の上。労働で例えても彼女には響かないかもしれない。

 結莉は結莉で、哺乳瓶をピペットだと表現するやつだ。これくらいのことは 幼少期から頭に叩き込まれているとは思うが。

「そんなに黙っちゃうところを見てると、よっぽどの漫画コレクターなんだね。生産性のないものにお金を浪費しちゃだめだよ?」
「それを言うなら カラオケだって歌うために部屋を借りてるだろ。それだって、 直接何かに繋がるとは思えなくないか?」

 タイムパフォーマンスを重視する現代においては未来に何の遺産を残さない行為は無事にと同等であるとされる。 過程をいくら頑張ったところで、結論が崩壊していればお話にならないのだ。

 カラオケはストレス解消に持ってこいだ、 という意見は採用しない。漫画にも同じことが言えてしまうからである。 

 ……俺にとっては、 カラオケも有意義な時間だったんだけどな……。

 無理やり誘われたのがきっかけの行事だったとはいえ、結莉の牙城がまた一つ崩壊したのは成果だ。本人も、 もうたかひと をターゲットとして見ていないような言動が目立ってきていた。

 標的から外されたら外されたで、どう彼女をつなぎとめるか難儀するところではある。が、専用のATM としていつでも好きな時刻に預けてもいない預金を引き出されることがなくなるのであれば、両手を空に高く上げてバンザイをしてもいい。

 結莉のニヤニヤが止まらない。とっておきの反撃手段が頭の中にひらめいたようである。オーバーキル しないように気をつけていただきたいものだ。

「それじゃあ、昨日私と過ごした時間は全く楽しくなかった、って言うんだね? そっかー……、もうここでお別れかぁ……」
「それはそうですよ。自分の歌いたい曲も歌わせてもらえずに、お金だけ割り勘で払わされて……。ルーム代くらい結莉に払って欲しかったな」
「そっかそっか。 今から、離婚届でも役所に出しに行こうねー」

 結婚どころか 正式に付き合ってもいないのに、どうして書類にハンコが押せようか。数年後に悪用されて笑いの種にされたくなければ、ノリでも直筆でサインを書かないことをおすすめする。

 本音を話すとまた馬鹿にされそうなので、ひとまず鍵のかかる箱に封印しておく。今後の展開を全く読めない 能無しになりたかった。

 ……割り勘にしただけでも、 少しは幻想に光が差し込んでるんじゃないのか……?

 余力があるのに、おんぶ抱っこ。負担を押し付けようとしてばっかりで、自らの責任を全く顧みない。二日目から 一貫して そのイメージを崩すことがなかった 結莉。鋼鉄の建材は、なぜ折れ曲がったのか。

 おねだり少女としては、あっけない結末だった。隆仁が折半を要求したその場で、結莉の頭が垂れたのである。

 『気力が感じられなかった』、『襲う直前だった』などといちゃもんをつけて、 賠償割合を七対三にしてくる可能性は十二分にあった。隆仁もそのつもりで心の備えを三重にしていたのだ。

 ここまで ストレートにキャラクターを無視してくるようだと、体力ゲージが空になって中枢が暴走していると心配させられる。

「脱線しすぎたけど、 漫画って読んでるだけで時間がどんどん過ぎていくよね。 タイムスリップしたみたいに」
「佐田さんみたいな天才でも、漫画とかアニメとか見るものなんだなー」
「人生、楽しく生きないと損だよ? くつろげる時は最大限、手足を伸ばさなくっちゃ」
「そのために金を払わされてるのが俺、っと」

 生産性が無いと自分自身で切り捨てた漫画を、娯楽として採用しているのはどうなのだろう。手首がモーターになっていそうだ。

 パートナーになりたい人が、養分として吸収されたいとは思わない。栄養分の多い土壌に転生できるという条件でも、 自由を奪われるのは許しがたい屈辱なのである。

 ……佐田さんも佐田さんで、日常生活はたいして差が無さそう。

 勉学の知識に踏み込めないのはまだ耐えられるが、娯楽の領域にまで乖離があると目線が合わなくなる。 顔を見たいと思っても、乗っている土台が違うのではやることがない。

 数学のワークや 物理の教科書が娯楽だと自慢されなくて、 胸をなで下ろしている隆仁がいた。

「そこでひとつ提案があるんだ、須藤くん? 面白そうな漫画を、何か一つ買ってきて欲しいな。もちろん、代金は須藤くん持ちで」

 結莉の常套手段、可愛さに任せておねだり大作戦である。

「……そう来ると思ってましたよ。 手持ちが一冊あるから、それで勘弁してくださいな」
「分かりましたよ須藤殿。切腹は物を見た後にしましょう」

 江戸時代に転生しても、彼女が高位に着いているのは変わらなさそうだ。

 隆仁は、結莉に掴まれていた通学カバンを引き離して、 体の前方へと回した。小ポケットのチャックが全開になっていて、 中身がかき回された形跡が残っている。

 ……せめて、人の許可くらい取ってくれよ……。

 評価できるポイントは、財布が乱れていないことぐらいだろうか。 強盗しても窃盗はしない、特殊犯の極みである。

 メインポケットでは、教科書とワークが一列に並んでいた。

 木を隠すなら森の中。 見つかると職員室行きになりかねない漫画を隠すなら、教科書の中である。

「見慣れたタイトルに飽きてても、これなら問題なし! 応募作品から選出された優秀作が集められてる、素人の作品集だぞ?」

 声高らかに漫画本を掲げた隆仁に、ゆりの唇をくるんだ満足顔が鈍くなった。期待していたお目当てのものが登場したというのに、盛り上がりがイマイチ欠けていた。

「須藤くん、見つかったら終わりだよ?」
「学校では見つかってないだろ」

 弱みをダシにして金銭を要求してこない。彼女の道徳心が進歩したのか、それとも『ゆり』を演じきれなくなったのか。寄生は衰退傾向に見える。

 リアクションの薄いゆりは放っておいて、隆仁はお気に入りの印をつけたページを開いた。何度もこの漫画本を読み返したが、そのたびに印象ランキング第一位を獲得してきた猛者である。

『塗り固められた嘘:惑星サターン 作』

 後半は、作者のペンネームだ。応募作ごときで本名を晒したくなかったのだろう。直球に土星という名前をつけなかったのはよく分からない。

「佐田さん、これなんだけど……」

 イチオシポイントを力説しようとして、隆仁は口を止めることとなった。

「……ポポポポポポポポポポ……」

 ストローで吸い上げられたように、レッドカラーがゆりの首元から額へと昇っていく。

 今にも噴火しそうな火山が、突如側に出現していた。
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