哀れな寄生系美少女が金に惹かれて吸い付いてきたので、逆に食べる事にしました。

true177

文字の大きさ
上 下
6 / 26
自動販売機編

006 一枚上手

しおりを挟む
 こうも熱帯を彷徨う暑さだと、氷風呂に頭から突っ込みたくなる。心臓がショック死するリスクを負ってでも、べたつく汗に纏わりつかれるのは我慢ならない。

 こんな猛暑の日に気を付けなければならないこと。それは、脱水による熱中症である。根性だけで太刀打ちできる相手なら、部活動中に死亡事故は起きなかったはずだ。

「……飲みたいものは?」
「えーっと……。まず、コーラでしょ? それから、メロンソーダ……」

 羅列される商品名でも、水分補給をする気はなさそうだ。

 炭酸に隠された刺客である角砂糖は、甘ったるさを感じさせずに体内へと侵入してくる。甘味が身体を廻ることで、追加の水分を取らなければならなくなる。嘘だと思うのなら、かき氷を溶かして一気飲みしてみればいい。

「あのなあ、水分補給するのにコーラなんて……」
「それなら、安心しててよ。水筒のお茶、まだ余ってるから」

 疑惑の目を向けて止まらない隆仁を落ち着かせようとしたのか、結莉はチャックが弾け飛ぶ一歩手前のバッグからブラックホールの水筒を取り出した。『女の子はピンク』といった色は、現代では正しくない。

 ……根本的に、違うような……。

 自動販売機のジュースは、手軽さの対価として値段が割高だ。大富豪の息子たちならまだしも、一般市民が好んで手を出してはいけない。

 彼女の可愛らしいストラップ一つついていない殺風景な通学カバンから水分が出てきたということは、ハナからジュースを飲む気満々だったのだろう。

 隆仁は、結莉の手元に端数を支払える程度の小銭がストックされていることを承知済みだ。

 ……一日に二回も巻き込まれ事故に遭うのは、勘弁してくれよ……。

 せめて、冷や汗が熱気を追い払ってくれればいいのだが。

「……なあに、水筒持ってるなら買わなくていいだろ、って? 野暮だなあ、須藤くんは。そこに自販機があったから、買いに行くんだよ」

「普通の人は素通りするんだよなぁ……」

 結莉の目は品定めモードに入っており、昨日作った彼氏は眼中に無い。子供が買いに来ても正面のベストポジションを譲らなさそうだ。サッカーのゲームでは重宝されることだろう。

 有名登山家の言葉に、『そこに山があるから』という名言がある。登山に理由などないということだ。無駄なことを肯定したいがために乱用する彼女とは月とスッポンだ。

 ……これは、すり抜けるしかないか……。

 隆仁が四コマ漫画作家なら、今後の展開が読める。お金をせびられて、おごるまででワンセットだ。伏線初心者でも優しい、導入付きである。

 彼女とのデート中に無断退席するなど、言語道断も甚だしい。親から絶縁を告げられて、放浪の身になっても世間からは冷たい目で見られる。

 それでは結莉との今も同じだろう、と短絡するのは視野が狭い。眼科に行って手術を受けてから、もう一度来てもらいたい。

 結莉は、もう『寄生系』彼女である。置物として持っているだけで赤字を生み出すと言う、経営者からすればたまったものではない代物だ。

「……見てよ、今だけ増量中だって! 10ミリリットルくらい!」
「誰が気にするんだよ、そんな量……」

 体積の単位をリットルしか知らなそうな頭の悪い質問を切り払いながら、隆仁はカバンの両端を握りこんだ。次に彼女が目を離したタイミングで、煙に巻いてしまおうという魂胆だ。

 ……自販機に目を取られるスキを待って……。

 結莉の目が、細くなった。怪しい者でもないのに懐疑的に見られていては、いい気持がしない。

 ……スキを待って……。

 彼女の重量オーバーの無機質バッグが、地に落ちた。もっと、親から買ってもらったものは大切にしましょう。

 ……スキを……。

 レンズの倍率を上げた訳でもないのに、汚物を見下している結莉が突き刺さる。道路を緩慢な動作で渡るのは交通の妨げになるので、警官がいれば連れていかれてしまいそうだ。

 ……。

 感嘆に脱走できると思っていた一メートルの堀は、水が溢れかえって渡渉をすれば命の保障がないほど氾濫していた。背後からは、血が上った追ってが日本刀を両手に突進してきている。

「佐田さん、何かご用事ですか?」
「だから結莉だって……。ほら、カバンの後ろ、虫がついてる」

 そう言うやいなや、背面をはたかれた。重量が減少した感じは全くしないが、当たり前だ。

 全身の神経が興奮して、立っているのもやっとだ。あの華奢な手足のどこに哺乳類最強のオーラが流れていたのだろうか。目をこすっても、結莉は結莉のまま、いつ見ても見とれてしまう美少女が気にかけてくれているだけだった。

「……これでよし。……誰かが来る前に、戻らないと」
「自動販売機って、ポジションが大切か……?」

 再び身を翻し、結莉は規定の守備位置へと駆け足で戻っていった。時間短縮に協力するいいプレーのお手本だと、サッカーのビデオ教材で使われそうな一面だった。

 あちこちのボタンに指が右往左往し、完全に隆仁のマークが外れた。今なら、ゴールキーパも出払っている白枠の中にボールを放り込める。

 一歩、二歩、三歩。石ころに躓かないよう、低空姿勢を保って滑走路に入る。管制塔は停止命令を出しているが、そんなものお構いなしにエンジンの出力をマックスにした。

 数メートルほど後方で、聞こえてはならない不気味な高温が響いたような気がした。今更フライトを中止しようとしても、飛行機は赤信号で急に止まれない。

「……須藤くーん、逃げようとしたって無駄だよー!」

 豆粒になった地上の結莉から、グラスコップのように透き通った無線が入ってきた。もう離陸しているのに、負け惜しみが過ぎる。

 ……今更追いかけてきたって、捕まらないくらいには足に自信あるぞ……。

 昨日から合算して初めて、彼女を出し抜いた。その事実に、高空の窓を全開にして号砲を撃ちたくなったほどだ。

「流石に負けを認めたら? いくら佐田さんでも、どうにもならないことはあるから」
「……これを見ても、そう言える?」

 勝利宣言をした隆仁が目視できたのは、結莉が真っ黒の筆箱ケースを大手で振っているところだった。もちろん、彼女の持ち物ではない。

 ……まさか、そんなはずは……。

 半信半疑でチャックへ手を伸ばすと、アリ一匹逃さないはずの戸締りがされていなかった。何者かが窃盗に入った模様だ。

 心当たりは無い……と言いたいところだが、不自然な動きは鮮明に覚えている。

 ジュースに夢中になっていたはずの結莉が、口をへの字に曲げて距離を詰めてきたこと。気にも留めない虫をわざわざはたきとしたこと……。ピースだけでは情報に欠けていたものが、ピッタリはまることにより歯車が動き出す。

「……ここで110番通報するって言ったら、どうする?」
「……須藤くんは、そんなことしないと思うなぁー。……そもそも、返すつもりだしね」

 てのひらの上で転がされている。見えない壁を壊そうとピッケルを取り出しても、システムで定義されていない空間へと飛び出すことは出来ない。

 銃を人様に突きつけるということは、発砲されても文句は言えないと言うことだ。高校生ともなれば、全発言に責任を負わなければならない。

 隆仁は、ポケットに隠し持っていたスマホを取り出した。校則で禁止されているが、露見しなければ問題無いのだ。

「……ほらほら、返してくれないと通報しちゃうかもなぁ……」
「いいよ。かかってきなさーい!」

 結莉が啖呵を切って、決勝ラウンドのコングが打ち鳴らされた。対格差の不利を、人質によって挽回している女子選手に注目である。

 しかし、こちら側にも必殺技が残っている。戦局をひっくり返してしまうような、創造神の禁止技だ。

 ……適当に番号を打ったら、諦めてくれないかな……。

 彼女の爆風にも動じない肝には、感嘆するしかない。面識のない男子を押せ押せで陥落させ、今のところ計画表通りに事が運んでいる。勝機は薄いだろう。

 ひとまず、スマホを起動させないと始まらない。

 ……電源ボタンを押して……。

 空になった電池マークが天高くそびえ立つ液晶画面から映し出され、次いで赤色灯が点滅した。人目を忍んでゲームに明け暮れていたツケで、秘蔵の刀は錆びだらけになっていたのであった。

 結莉は、勝ち誇ったように次の矢を見守っている。自軍の旗を大きくたなびかせて、戦が大勝に終わることを予期していた。

 ウルトラCを封じられて四肢が拘束されている状態からでも入れる保険というものはない。流れに身を任せて、なるようになるしかない。アリ地獄と同様で、悪あがきしようとすればするほど立場が沈んでいく。

 カウンターを受けきったと判断して、一筋縄で降伏させられない仮の彼女は口を開いた。攻守逆転だ。

「赤いのが光ってたから、電池切れなのは分かってたよ。それより、学校に持ってきちゃいけないんだけどなー」
「……どうすれば許してくれる?」

 勇猛果敢に教師の欠伸が出る授業でランキングあげに励んでいた隣の席のヤツは、チョークの粉が顔面に降りかかった上で職員室へと消えて行った。その日中に彼を目撃したものはいなかったという。

 ともかく、目を付けられることだけは避けたい。黄色信号で道路を横断しても見て見ぬふりをしていたものが、厳密に反則切符を切られるようになってしあう。

 ……寛大な心で、釈放してくれないかな……。

 恋愛漫画でも、『仕方ないから許してあげる』と地平線の彼方まで伸びている心の器を持っているヒロインのなんと多い事か。被害が発生していないのだから、大目に見てもらいたいものだが。

 結莉は、迷わず自動販売機のコーラを指差した。舌なめずりをしていて、一度捕獲した獲物を檻から出してくれそうな気配はない。

「……そうだなぁ……。コーラ、おごってくれないかな?」
「……またおごりかよ……。俺にも財政事情ってものが……」
「なら、職員室に連れていかれる?」

 理想論よりも、現実論。利害に勝る思想は存在しえないのである。隆仁は、頭をガックリうなだれた。

 結莉に踊らされ、逃げ道を潰されて自ら奢りの口実を与えてしまう……。軍法裁判で処刑されてもおかしくないほどの大戦犯だ。

 このまま、鳥になって大空へ羽ばたいていきたい。何もかも忘れて、家に帰ってしまいたい。

「……分かりました……」

 希望を胸に抱いて翼をはためかせた道を、ずっしりとした荷物を背負って舞い戻ってくるハメなったのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編3が完結しました!(2024.8.29)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~

メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」 俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。 学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。 その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。 少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。 ……どうやら彼は鈍感なようです。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 【作者より】 九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。 また、R15は保険です。 毎朝20時投稿! 【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

パパのお嫁さん

詩織
恋愛
幼い時に両親は離婚し、新しいお父さんは私の13歳上。 決して嫌いではないが、父として思えなくって。

処理中です...