幼馴染が、何か変です。~いままでの『日常』が一瞬にして『非日常』に変わった日~

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終章 未来へと続く道へ……

恭平 CHAPTER10

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「あ、浦前君……。永島さんはどう……?」

 『市立錦川中学校 卒業式』と書かれた板が校門に立てかけてある横を通過しようとしたとき、恭平はクラスメイトの女子から声をかけられた。恭平は言葉では答えず、首を左右に振って『変わらない』のサインをした。

「……。ごめんね、余計な事聞いちゃって」

 その女子は、そのまま昇降口へと駆けて行った。

(そう、それが一番いい。そのまま、放っておいてほしい)

 現状気持ちが不安定ではないとはいえ、安定しているとは言えない。昨日の恭平のように、むやみに話しかけられることで逆に相手を傷つけてしまうかもしれない。そして、恭平にとっても辛い。

 恭平も昇降口へと向かい、自分の上靴を履いて教室へと向かう。途中、何人かのクラスメイトと遭遇したが、誰一人として恭平に声をかけようとはしなかった。そして、全員何か背中に重いものが乗っかっているかのように感じた。

 それでも一人、目で問いかけてきたクラスメイトがいた。しかし、恭平はそのアイコンタクトに対して反応しようとはしなかった。

「おはよう……」

 恭平が教室に入ると早速挨拶が飛んできたが、語尾が飛行機が墜落したかのように下がった。

「……おはよ」

 一応挨拶を返すが、正直言って何も言いたくない。恭平はまだ、昨日幼馴染が巻き込まれたあの事故のことを引きずっていた。決別が出来ていなかった。

 恭平のちょうど真横の席は空席になっている。一昨日までは一人の生徒で埋まっていた席だ。そして、その席に今日欠席しているその生徒が座ることは永遠にない。

 机の前面部についているマグネットに印刷してある文字は、『永島 純』。何かの縁なのか、中学校生活最後のクラス内席替えで偶然純と隣同士の席になったのだ。同じ班というおまけ付きで。

 恭平は、その誰も座っていない隣の空席をちらりと見た。一昨日まではいた、あの同級の幼馴染の女子の姿は無かった。

 教室内の空気は、非常に重かった。昨日のように誰かが恭平をいじるようなこともなく、ただ一人ひとりにまとわりついている。普段なら聞こえるはずのおしゃべりが、今日は全く聞こえない。教室が沈黙していた。

「そろそろHR始めるぞー、って。なんだ、もうみんな座っているじゃないか。そんなに卒業することに緊張してるのか?それとも……」

 HR開始ギリギリの時刻に担任が教室に入ってきたときには、既にクラスの全員が着席していた。

「……まあ、いいか。じゃ、まず点呼いくぞ」

 担任が点呼を取り始めた。恭平は五十音順がかなり早い(浦前は頭文字が『う』なので)ので、すぐに名前を呼ばれた。決まりなので、仕方なしに返事を返す。

 か行、さ行、た行……。次々に点呼されていく。そして、

「永島 純……。永島は、昨日も言ったとは思うが交通事故で入院しているから今日も欠席だ。容体が一時危なくなったみたいだが、いまは安定しているらしいんだそうだ」

 その言葉で、恭平の張りつめていた気持ちが少し緩んだ。今『純の容体が危なくなった』とは言っていたものの、その後に『今は安定している』という一言も入ったのだ。

(純ちゃん、死んでなかった……。よかった……)

 恭平は、涙が出そうになるのを必死にこらえた。純自身から、死ぬ可能性が高いとは言われていた。本人が言うのだから、それは間違いない。純が生きているという事実が耳に入ったとき、恭平の視界に普通の色が戻った。

「卒業式という日に全員が揃わなかったのは残念だが、君たちには今日のことを一生忘れない思い出にしてほしい。……人生で一度きりなんだからな。それが、先生からの願いだ」

 純が生きてくれていたのなら、今日がどうなったっていい。本気でそれくらいのことを恭平は思っていた。

「欠席の永島の分の卒業証書を受け取る人は、事前に決めておいた代理係の人がするように」

 担任がそこで何かのプリントを取り出した。担任は少し固まったあと、

「代理係は、っと……。浦前か。大丈夫か、浦前? 辛いなら、別の人に代理をやってもらうが……」

(代理係? そういえば、そんなものを決めた記憶があるような……)

 代理係は、欠席した生徒の卒業証書を代理でもらう役だ。なぜそんな係がこの中学校にあるのかは謎なのだが、その代理係に恭平は自ら立候補していた。恭平自身が覚えていないだけで、自ら志願していたのだ。

 担任は、きっと純の代理をすることについて『大丈夫か』と言っているのだろう。

 確かに、『純』と聞くだけで辛い。自分が気付かなかったのもあって事故に巻きこまれた純の卒業証書を代理で受け取るというのは、『なんで自分が受け取っているんだ。自分が今この場所にいていいのか』という自責の念に襲われる。

「いえ、僕がやります」

 だが、恭平は夢の中で純に『私の分まで』と言ってくれた。たとえ夢であってもだ。恭平が、純の分まで頑張らなくてはならない。代理は、正にうってつけだった。

「そうか。なら、全員廊下に並んで待機。私語は厳禁だぞ。最後まで、気を抜かないようにしろよ」

 今日、恭平たちは卒業する。錦川中学校第○○回生として。その最後の一歩が今、踏み出されようとしている。純はこの場所にはいないが、恭平が代わりに背負ってこの場にいる。三年間、いや純といた期間を含めると九年間の生活に、ピリオドが打たれようとしている。

「移動。体育館まで、静かにな」

 恭平は、卒業式会場の体育館へと、歩みを進め始めた。
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