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二章 絶望との葛藤

恭平 CHAPTER3

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「えー、永島がまだ来てないな。誰か、連絡が来てる人はいるか?」

 まだ、純が事故に巻き込まれたことは学校に届いていないようだった。救急車が純を乗せて発車してからすでに5,6分が経過している。その間に連絡出来なかった、ということだ。

 担任のクラス全体への問いかけに、恭平はゆっくりと腕を上に伸ばし、挙手した。

「永島さんなら、今朝学校に行く途中……」

 恭平は、長く重苦しい話の一部始終を語った。






----------






 時は、救急車が到着したころにまで遡る。

 あの何度も聞いたことがある、だがしかし絶対にお世話にはなりたくない音が恭平の耳に入った。ドップラー効果でサイレンが低く聞こえる。赤色のランプが辺りを照らした。

 救急車は止まるや否や、救急隊の面々が赤と白で塗られた扉からぞろぞろと出てきた。

「状況を一通り教えてくれるかな?」
「後ろから何かがいきなり背中にぶつかって、それで道路にはじき出されて……」

 一通り話し終わると、その救急隊の人はすぐに純のところへと走っていった。その純はというと、別の救急隊員が心臓マッサージをしていた。

「あの、純ちゃんは……。純ちゃんは、死んだりなんかしませんよね?」
「ああ、この子のお友達かな? 大丈夫、死んだりなんてしないから」

 そういう救急隊員の口調は、かなりぎこちなかった。

 純が担架に乗せられ、救急車の中へと消えていった。まだ心臓マッサージをされているあたり、呼吸が止まったままになっているに違いない。

(経過時間的に、もうまずいんじゃ……。それに、助かったとしてももしかしたら……)

 考えるだけでも怖いことが、次々と脳内にポップする。

「どこの学校?」
「錦川中学校です」
「錦川中学校ね……。すぐそっちの方に連絡されるとは思うけど、君からも先生に伝えておいてね」

 伝えたかった事項は伝えきったのだろう、救急隊員全員が救急車に乗り込んだ。サイレンを周囲にけたたましく鳴らしながらその後部の姿が小さくなっていった。

 恭平もついていきたかった、というのが本心になる。本当は離れたくない。意識を取り戻すまで、ずっとそばで見守っていたい。だが、状況がそれを許さない。

 どこの病院にあの純を乗せた救急車が向かうのかを聞き忘れたことに気付いたが、おおよその見当はつく。周辺にある大規模な病院は、一棟しか該当しない。

(学校が終わったら絶対お見舞いにいくから、純ちゃんも頑張っててよ)

 学校へと向かう途中、歩行者用信号が赤信号になっていた。この信号付近の車の通行量は、事故が起きた交差点とあまり変わらなかった。

(いっそのこと、俺も飛び出せば……)

 一時浮かんだその危険な考えを、必死に霧散させる。ここで恭平が純と同じようなことになっても、誰も喜んだり得をしたりはしない。逆に、純に迷惑をかけてしまうだけだ。

(俺がすべきことは、きっとこんなことじゃない……はず)

 恭平は、その後学校に到着するまで何も考えることが出来なかった。






----------






「……」

 担任は、声を失ったかのように何も言葉を発さない。クラス内は凍り付いたかのような硬直状態になった。

「本当だろう、な」
「……なら、先生は俺が嘘をついているとでも?」

 確認の意味で聞いてきたとは脳では理解できるのだが、『なぜ疑問形がここで飛んで来るのか』と考えている疑心暗鬼な自分も同時に出てきてしまった。

「いや、……。ちょっと全員待ってて」

 いうなり、担任は教室を飛び出して行ってしまった。

 早すぎる展開に、恭平を除くクラス全員が付いていけなかったのだろう。沈黙がもうしばらく続いた。

「浦前、お前は悲しいだろ?『純ちゃん』なんて呼び名をしてたからどこまで進んでいるのかと思えば、もうそんな関係まで……」

 沈黙を破ったそのヘラヘラとした声に、恭平の頭に血が上るのに、そう時間はかからなかった。

 イジリがたまに来るのはいつものことだった。が、いかんせん今回は実際に事故が発生してしまっている。それをイジるのは論外だ。

 恭平は、爆発した。

「あのなぁ、本当に幼馴染が事故に巻き込まれたんだから、気持ちが落ちるのは当たり前だろ? それとも、お前が実際に純になってみるか、え? イジリは論外だろ!」

 普段ほとんど見せない恭平のドスの効いた声に、そのいじった男子がひるんだ。

「お前、何マジになって怒ってんだよ……」
「マジになるだろ、普通! 目の前で事故ったのを見て心にポッカリ穴が開いているところをいじくられたら、怒るのも当然だろ?」

(純ちゃんをあざ笑うような言い方しやがって……。そんなに純ちゃんが事故に巻き込まれたことが売らしいのかよ!)

 暗に『ざまあみろ』の意図が含まれていることに、恭平が気付かないはずもない。互いの呼び名が確かに周りとはかなり異なっていたとはいえ、冷やかしを今言うのはお門違いだ。

 クラス全員の白い目がそのイジリをした男子に注がれる。

「……いやあ、ごめん、ごめん」

 最初の勢いはどこへやら、その男子は自分の席でしぼんでしまった。だが恭平には、自分のしたことを反省する様子が口調からは全く汲み取れなかった。

 殴りたい衝動にも駆られたが、それは自力で遮断する。手をだしてしまっては、たちまち恭平側が悪くなる。世の中、手を先に出してしまった方の負けだ。

 恭平のいじられたことに対する怒りは、通常授業が始まってからもしばらくは収まらなかった。
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