1 / 1
さりげない癖に隠されたもの。
しおりを挟む
昼休みに差し掛かった教室の中は、がらんどうとなっていた。待ってましたとばかりに、校庭へと繰り出していった集団にどれほど人が吸い込まれているのかを表すのが、現状である。
「だれも、いなくなっちゃった」
「いつものことだろ、結花(ゆか)」
机に突っ伏している健太郎(けんたろう)のだらんと垂れた腕を揺らしているのは、クラスメートの結花である。ウェーブのかかった茶髪は、加工したものではなく生まれつきだ。
「……そんなに眠いの?」
「やることが無くてヒマなだけだ」
「なら、課題プリントでもする?」
「それは結花がやるべきだろ」
健太郎が休み時間で仮眠を取ろうとしているのは、今日に始まったことではない。毎日ネットサーフィンで就寝時間がずれ込み、そのツケを払っているのである。
「……健太郎。真剣な話が……あるんだけど」
いきなりの気合が入った重みのある声に、健太郎も眠気を払わざるを得なかった。
……ここで適当に応対すると後悔する。そういう直感が、健太郎の体を覚醒させたのであろう。
「昨日、先輩に告白されたってことは、話したよね」
「そうだな。好きな人が居るから断った、って言ってた」
健太郎は、あまり結花と関わったことがない。教室の席こそ近いが、それだけ。部活も異なり、家の方角が重なっているわけでもなく、幼馴染でもない。本当に、物理的な距離が接近しているだけだ。
結花の癖の一つに、真実を話すときにだけ舌をペロッと出す、というものがある。本人に尋ねたところ、相手に安心して欲しいという気持ちが先行するからかもしれない、と言っていた。気づいてはいなかったらしいが、修正する気はないと話してもいた。
「……そのことなんだけど」
結花が、血色の良い唇の間からピンク色の舌をちょろっと見せた。
……彼女が意図的に舌を出していなければ、これからの話は全て真実ということになる。
淡い熱気が、健太郎の底から湧き上がってくる。
「ウソだったんだ……。しつこかったからそんなこと言っちゃったけど、まだ好きな人なんかいない」
罪悪感で、結花の目は僅かによどんでいた。
……告白かと思った自分が馬鹿だった。純粋なお悩み相談を、何という勘違いをしたのだろう。
「……なんでその話を、僕に……?」
「それは、いつでも愚痴を聞いてくれる人が、健太郎しかいなかったから……」
思い返してみると、健太郎は結花の溜息を処理していたような気はする。告白を振ったことを話してくれていたのも、ある程度健太郎に信頼を置いていたからではないだろうか。
「……こんな愚痴、聞いてくれてありがとうね」
そう言うと、結花は自身の机に向かいなおした。滑らかな動きで、舌もちょくちょく姿を現していた。
健太郎は眠気がぶり返し、また机を枕として頭を置いた。
眠りに落ちる直前、結花の独り言が耳に入って来た。
『……健太郎は、私に好きな人はいない、って思ったかな。舌を出す仕草、上手く行ったかな……。健太郎には恥ずかしくて言えなかったけど、私は……』
「だれも、いなくなっちゃった」
「いつものことだろ、結花(ゆか)」
机に突っ伏している健太郎(けんたろう)のだらんと垂れた腕を揺らしているのは、クラスメートの結花である。ウェーブのかかった茶髪は、加工したものではなく生まれつきだ。
「……そんなに眠いの?」
「やることが無くてヒマなだけだ」
「なら、課題プリントでもする?」
「それは結花がやるべきだろ」
健太郎が休み時間で仮眠を取ろうとしているのは、今日に始まったことではない。毎日ネットサーフィンで就寝時間がずれ込み、そのツケを払っているのである。
「……健太郎。真剣な話が……あるんだけど」
いきなりの気合が入った重みのある声に、健太郎も眠気を払わざるを得なかった。
……ここで適当に応対すると後悔する。そういう直感が、健太郎の体を覚醒させたのであろう。
「昨日、先輩に告白されたってことは、話したよね」
「そうだな。好きな人が居るから断った、って言ってた」
健太郎は、あまり結花と関わったことがない。教室の席こそ近いが、それだけ。部活も異なり、家の方角が重なっているわけでもなく、幼馴染でもない。本当に、物理的な距離が接近しているだけだ。
結花の癖の一つに、真実を話すときにだけ舌をペロッと出す、というものがある。本人に尋ねたところ、相手に安心して欲しいという気持ちが先行するからかもしれない、と言っていた。気づいてはいなかったらしいが、修正する気はないと話してもいた。
「……そのことなんだけど」
結花が、血色の良い唇の間からピンク色の舌をちょろっと見せた。
……彼女が意図的に舌を出していなければ、これからの話は全て真実ということになる。
淡い熱気が、健太郎の底から湧き上がってくる。
「ウソだったんだ……。しつこかったからそんなこと言っちゃったけど、まだ好きな人なんかいない」
罪悪感で、結花の目は僅かによどんでいた。
……告白かと思った自分が馬鹿だった。純粋なお悩み相談を、何という勘違いをしたのだろう。
「……なんでその話を、僕に……?」
「それは、いつでも愚痴を聞いてくれる人が、健太郎しかいなかったから……」
思い返してみると、健太郎は結花の溜息を処理していたような気はする。告白を振ったことを話してくれていたのも、ある程度健太郎に信頼を置いていたからではないだろうか。
「……こんな愚痴、聞いてくれてありがとうね」
そう言うと、結花は自身の机に向かいなおした。滑らかな動きで、舌もちょくちょく姿を現していた。
健太郎は眠気がぶり返し、また机を枕として頭を置いた。
眠りに落ちる直前、結花の独り言が耳に入って来た。
『……健太郎は、私に好きな人はいない、って思ったかな。舌を出す仕草、上手く行ったかな……。健太郎には恥ずかしくて言えなかったけど、私は……』
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

平凡な高校生活を送る予定だったのに
空里
恋愛
高校生になり数ヵ月。一学期ももうそろそろ終わりを告げる頃。
僕、田中僚太はクラスのマドンナとも言われ始めている立花凛花に呼び出された。クラスのマドンナといわれるだけあって彼女の顔は誰が見ても美人であり加えて勉強、スポーツができ更には性格も良いと話題である。
それに対して僕はクラス屈指の陰キャポジである。
人見知りなのもあるが、何より通っていた中学校から遠い高校に来たため、たまたま同じ高校に来た一人の中学時代の友達しかいない。
そのため休み時間はその友人と話すか読書をして過ごすかという正に陰キャであった。
そんな僕にクラスのマドンナはというと、
「私と付き合ってくれませんか?」
この言葉から彼の平凡に終わると思われていた高校生活が平凡と言えなくなる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ダメンズな彼から離れようとしたら、なんか執着されたお話
下菊みこと
恋愛
ソフトヤンデレに捕まるお話。
あるいはダメンズが努力の末スパダリになるお話。
小説家になろう様でも投稿しています。
御都合主義のハッピーエンドのSSです。



だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる