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心の奥にある種が芽吹くとき
しおりを挟むふ、と記憶が蘇ってきた。
ぶらん。
ぶらん。
天井から吊られて揺れるキミ。
それを見て、ボクは美しいと思った。
悲しいだとか、恐ろしいだとか、汚いだとか。
そんなネガティブなことは頭にうかぶわけもなく。
ただ、ただ。
美しいと思ってしまったんだ。
「キョウ、何を考えているんだい?」
「え? あ? ちょっと昔のことを思いだしていただけ」
ベッドの横にある一人がけのソファーに身を沈めるように座っていたシンジがボクを見ていた。
ボクはといえば、ベッドに腰掛けて煙草を吸っていた。
煙草から立ち上る紫煙が揺れるのを見て、昔のことを思いだしていたんだ。
琥珀色の酒が入ったグラスを傾けるシンジ。
年はボクよりも随分と上だけに、こういう仕草が似合っている。
立ち上がって備え付けの冷蔵庫から、ペットボトルの水を取りだした。
それを浴びるようにして飲む。
身体の表面を冷たい水が伝っていく感覚が心地よかった。
そんなボクの姿をシンジはぢっと見つめている。
「シンジ、ねぇ、シンジ。ボクはやっぱりオカシイんだと思う」
”それはこの関係が?”とシンジが明らかに冗談めいた口調で言う。
ボクたちは全裸だ。
ついさっきまでシンジとは睦言を交わしながら情欲の限りをつくしていた。
「ちがうよ。そんなことじゃないんだ」
シンジが立ち上がってボクの頭を胸に抱いた。
とくんとくんと心臓の音が聞こえる。
「話して」
優しく諭されるように頭をなでられる。
そしてボクはぽつりぽつりと語った。
誰にも言えなかったことだ。
初めて付き合った男の子が自ら死を選んだこと。
死体をボクが見つけたこと。
そして美しいと思ってしまったこと。
ボクは自分が異常なんだとそのときに自覚した。
そう。
キミを思い出すと……。
「キョウ、勃起してる」
そっとシンジが手を伸ばしてきた。
”かちかち”と言って笑う。
「おかしいでしょ?」
ボクは勃起障害だった。
これまでウンともスンともいわなかったのに。
キミのことを思いだしたらこのザマだ。
「なめてあげようか? それともこっちでしてみる?」
シンジの言葉に首を横にふる。
痛いくらいに勃起しているのに、そういう気にはならなかった。
「ごめん。軽率だった」
謝るシンジの胸に頭を押しつける。
「オレは医者じゃないから、気楽に聞いて欲しいんだけど。恐らくはキョウの中でその子が死んだことがトラウマになっていたんだろうね。いわゆる心因性の勃起障害ってやつ。意外と多いそうだよ。いろいろなことが起こって記憶から消えていたんだろうね。で、肝心なのはこれからどうしたいかってこと」
「どうしたいか?」
「キョウはオレを殺したい? それとも殺されたい?」
シンジの顔を見ると真剣な表情をしている。
「わかんない」
正直に言う。
「きっとね、そこが分水嶺だと思うんだ。異常な犯罪者をサイコパスだとかシリアルキラーだとか言うだろ? どっちに転んでもそうなるんだと思う。でもキョウはそうじゃないよ」
「理由は?」
「わかんないって言ったから。ホッとしたよ、オレは殺すのも殺されるのも嫌だから」
笑いながら、ガシガシと力をこめてシンジが頭をなでてくる。
「キョウ、人間ってものはな、そこまで高尚な生き物じゃないんだよ。いいじゃないか、それで。初めての恋人が死んだからって悲しまないといけないって決まっているわけじゃない。感じ方は人それぞれだよ。怒る人もいれば悲しむ人もいる、自分のせいだって自己批判する人もいるし、キョウみたいに美しいと感じる人もいる。それだけの話さ」
「おかしくないってこと?」
「そうだよ。世の中には変態はごまんといるんだぜ。それに比べればかわいいもんだよ」
シンジの言葉に救われた思いだった。
ボクはどうしようもない欲望があるのかと思っていたのに。
そうではないのだと。
その瞬間。
ボクは射精していた。
ビチャビチャと音を立てて、大量の精液がシンジのおなかに飛び散る。
「あーあ。もったいない」
シンジが笑った。
ボクも笑う。
そしてボクたちの唇が重なった。
「キョウ、なめてあげようか?」
こくりと頷いた。
シンジと一戦を終える。
ボクがタチになったのは初めてのことだ。
「な? 人間ってのは高尚な生き物じゃないだろ?」
シンジが吸っていた煙草を渡してくれた。
深く吸って噎せる。
”大丈夫?”というシンジの言葉を聞きながら涙を手で拭った。
シンジは優しくて大人の男性だと思う。
でもボクはやっぱり異常なんだ。
だってシンジの首を絞めたいって思ったから。
苦しそうな表情を見たかったから。
それはボクの心の地底に咲いた花。
キミが植えた異形の種から咲いた狂った花だ。
ボクはそれを……。
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