上 下
1 / 7

#1. アルバイト先で、ペンを

しおりを挟む
 私にはカナダに留学していた頃に知り合い、付き合っているカナダ人の恋人・パトリックがいる。4月末に帰国し、帰国後半年間は京都とカナダで国際遠距離恋愛中だ。パトリックは5月に会いに来てくれ、私の誕生日のお祝いとしてバラの花束をくれた。このときまではどこにでもいる仲良しなカップルだと思っていた。それなのに……ーー。
 付き合ってもうすぐ1年が経とうとしていた秋に、あることが発覚する。私とパトリックはインスタグラムでお互いをフォローしているのだけれど、知らない日本人女性のアカウントが「知り合いかも?」という項目に出てきた。興味本位でその女性のアカウントを見てみると、彼女とパトリックが旅行中に抱き合っている写真がある。あろうことか、パトリックのアカウントが紐付けされていた。本文には「女の子が求める最高の彼氏と旅行したわ!」と英語で書いてある。
 それ以外にもパトリックとの仲睦まじげな写真が彼女のインスタグラムには大量に投稿されており、3ヶ月前となる7月から関係が続いていることがわかった。5月に会ったときはいつも通りだったし、毎日電話やメッセージのやりとりも欠かさずに行っている。それなのに、浮気されていたのだ。それに気づかなかった私も私だけれど。
 パトリックからいつも通りメッセージが来て、「この人と浮気してるんでしょ」と彼女のインスタグラムの投稿のスクリーンショットと共に送る。私が何も知らないと思ったら大間違いだ。すると、信じられない返信が来た。
 「遠距離恋愛に疲れてた頃に、近くにいる彼女に惚れたんだ。もう仕方ないだろ?」
そう返ってきて、こちらから返信しようとすると「ブロックされているので送れません」とエラーメッセージが出る。今までの時間は何だったのか。私との関係はその程度だったのか。そう思うと悔しくてたまらなかった。
 友人2人にLINEで失恋したことを話すと、それなら土曜日の夜に3人で飲みに行こうと言ってくれる。土曜日は私のバイトが15時で終わるので、ちょうど良かった。聞かれたくない話だろうから個室の居酒屋にしようと1人が提案する。私が快諾し、土曜日の夜に個室の居酒屋に行くことになった。
 ーー土曜日。いつも通りバイトに行き、百貨店内にある飲食店のキッチンで働く。失恋のショックからなかなか集中力が続かず、いつもならしないミスをしてしまった。退勤し、更衣室で着替えていると涙が出てくる。そこである女性に声をかけられた。
「すみません、これ落としましたよ」
振り返ると40代くらいの女性が私のペンを拾ってくれたのだ。女性は私の様子を見るなり、「大丈夫ですか?」と優しく声をかけてくれた。
「あ、すみません、ありがとうございます」
私は慌てて涙を拭い、女性からペンを受け取って更衣室から去った。
 いったん家に帰り、ゆっくり休んで、夜の約束に向け身支度をする。それから家を出て、友人2人と駅で合流した。3人で居酒屋に向かう。個室内で改めて失恋した経緯を話した。浮気相手のインスタグラムの投稿やパトリックとのやりとりの画面を見せながら。
「5月に会いに来てくれた時はいつも通りだったけど、現地の日本人と浮気してたみたいで、インスタに浮気相手が写真載せてたの。しかもパトリックをタグ付けして。問い詰めたら開き直られて全部ブロックされた」
すると2人とも「は? 浮気?」と驚いた様子を見せる。
 「そんなクソ男は別れて正解だよ!」
「浮気とか本当に許せない。紬のことを何だと思ってるの?」
2人とも私のために怒ってくれた。そう思うと心が軽くなる。
「今すぐには難しいかもしれないけど、そんな男のことなんて忘れて、次はもっと良い人見つけよう!」
「うん! 今日はいろいろ話聞いてくれてありがとう」
そう話しながら私たちは居酒屋から出た。失恋はしたけれど、私は良い友人に恵まれていると実感する。
しおりを挟む

処理中です...