お前以外はダメなんだ

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　「そういや波平がさ、授業中にバレー部の宮坂をラグビー部に勧誘してたけど、『涼介くんがラグビー部に入ってくれたらApple WatchでもAirpodsでもなんでも買ってやるから』ってめっちゃ言ってた。宮坂は『どっちもいらないんで別に良いっす』って断ってたけど」
晶匡がそう話すと、雪乃は「波平さん私らの数学担当じゃないからどんな人か知らないけど、意外と面白いんだね。最初見かけたときは怖い人かなって思ってたけど」と笑う。もともと「波平」こと中谷先生は3年生の担任で、1年生の数学はB組と普通科の一部のクラスしか担当していない。また雪乃が所属するA組のクラス担任は数学の深町先生なので、雪乃と中谷先生はそもそも接点がないのだ。
　次の日の中谷先生の数学の授業にて、30分という時間の使い方について雑談が繰り広げられた。「大塚は30分あったらどんな使い方する？」と話を振られ、晶匡は「僕なら20分数学の勉強して、10分休憩します」と無難に答える。中谷先生は「なるほどな、それが正しい時間の使い方だ」と言った。
　次はサッカー部の稲田という明るい性格の男子生徒にスポットライトが当たり、稲田は「僕は、そうっすねー……」と考えている。すかさず中谷先生が、稲田に
「お前の30分はエロ本読む時間やろうが！」
とツッコミを入れた。中谷先生の発言にクラス中が大笑いする。漫画のように晶匡のクラスだけ校舎が揺れそうなほど、笑い声がこだましていた。晶匡は笑いながらも、心の中で「これ絶対雪乃に報告したろう」と考えている。

　放課後、晶匡は雪乃とすれ違い、声をかけられる。
「隣のクラスからめっちゃ笑い声聞こえてきたけど何があったの？　深町先生も『なんかやけにB組盛り上がってるなー』って言ってた」
晶匡が中谷先生の授業を受けていた頃、雪乃たちも深町先生の数学の授業を受けていたという。晶匡は数学の授業での出来事を雪乃に報告した。
「波平が30分をどう使うかって話してて、サッカー部の稲田に『お前の30分はエロ本読む時間やろうが！』っていじったらみんな爆笑してた。もちろん俺も友哉も」
「また波平さんか～。あの人よくいろんな男子のこといじってるよね。最初の数学の授業で『俺は俺のやり方でやっていく！　お前ら授業中に居眠りとかスマホとかするなよ？　したらデコピンするから』って言ってる声が聞こえたときは何事かと思ったけど」
雪乃が当初の中谷先生について振り返ると、晶匡も「あー最初はそんなこと言ってたな。授業で使うものも身につけてるのも全部Apple製品だし、なんかめっちゃ強烈な人来たって思った」と最初の頃を振り返った。が、最初の強烈な印象はどこ吹く風だ。中谷先生は怒ると怖いし、居眠りしていた者や宿題を忘れた者にはデコピンをお見舞いしていたけれど、普通にしていれば問題はなかったから。晶匡は中谷先生について、面白いけれど根は良い先生だと考えていた。