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第六章

対峙

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『ならば、この子ラウルがこうなったのも分かる…というものだ。何より、お前がそこまで執着しているのが答えじゃないのかい?』

「…………」

確認という名の確信に対し、ベルは無言のまま睥睨している。それを肯定と受け止めたのだろう。『一つ目』の含み笑いで空気が振動した。

『既にその者の正体は露見しているのに、どうして私から隠す?もっと良く見せておくれよ『無価値』」

「誰がこれ以上、テメェの爛れた目なんぞにこいつを晒すか『三つ頭』!」

ベルの翼は自身の魔力そのものだ。それらで完全に覆われている俺の魔力、そして魂の色は、例え七大君主である『一つ目』…いや『三つ頭』でも可視できない。

けれども隠す前、既に『俺』という存在を目にしている。だから意味のない行為だと彼の一柱は言葉を続けたが、ベルは頑なにそれを拒絶した。

『やれやれ、お前がここまで狭量だったとは……。私とお前の仲だというのに、つれないねぇ?』

「気色悪ぃ寝言ほざくなキザ野郎!大体、テメェの目的は部下の救済だったんじゃねえのかよ?業腹だが、そこのゴミの抹消を止めてやるから、さっさと魔界に帰れ。じゃねぇと……」

『私の細胞共々消滅させる、かい?……ふふふ、やってみればいい。私の力とお前の力がぶつかる事で、止まっている時の軸を歪めたかったら……ね』

ベルの威嚇に対し、『一つ目』は余裕を持って煽ってきた。ベルは忌々しそうに牙を剥くも、攻撃を仕掛ける気配はない。

『……おやおや?いつものお前だったら、「ああそうか」とせせら笑って躊躇なく攻撃しただろうに。そうしないのは、腕の中にいる者の意向かい?』

『時の軸……』

この空間は彼の一柱によって凍結されている。そこに別の強い力が加われば……均衡が簡単に崩れてしまう、非常に危うい状態なんだろう。

つまり、細胞の一欠片だけとはいえ七大君主の一柱である『三つ頭』とベルがぶつかったら……。間違いなく大惨事になってしまう。ベルもそれが分かっているから、ラウルの時のように問答無用で攻撃しないのだ。

『人間に、そこまでお前が腑抜けるとは……。ふふ…ははは!可笑しいね、面白いねぇ!』

嘲笑が含まれる『声』は、明らかな挑発。にも関わらず、ベルは不快そうにぐるる…と喉奥で微かな唸り声を鳴らすだけで、やはり動こうとはしない。

無慈悲かつ冷酷と異名をとる『黒の王』ベリアルは、『三つ頭』が言うように……俺が望まないから攻撃をしない。矜持を曲げて我慢してくれているのだ。

『ベル……』

感謝の意味を込めて、回されているベルの腕をぎゅっと掴む。ほんの僅かだったけど、全身を巡っていた緊張ストレスが緩んだのが伝わってきた。

『ふぅむ……』

挑発に乗らず、黙ったままのベルが意外だったのか、声のトーンが下がる。そして刹那、無言で睨み合った後に再び口を開いたのは『三つ頭』の方だった。

『確かにね。『黒の祝福』で持ち堪えていたこの子の核も、そろそろ限界が近づいている。残念だけど、留まれるのも後少し……。だからさ、その前にもう一度だけ『召喚者』を見せておくれよ?』

「お断りだ。テメェに見せる義理はねぇ!」

あくまでも軽い口調で懇願する『三つ頭』だったが、「さっさと帰れ」と吐き捨てたベルに、いっそ楽しげにとんでも無い事をのたまった。

『そうかい?だったら、最後に軽く嫌がらせをしてから帰るとしよう。お前の結界に護られてる者達は厄介だから……そうだなぁ。玉座にいる王と王太子を殺そうか?』

『は…はぁっ!?』

ちょっと待て!軽い嫌がらせでこの国の王族を殺して帰るって、何サラリと爆弾発言してんの!?

『ん?お前と対峙しているから出来ない……と思ってるのかい?生憎だけど、お前の不快な渾名通り、私は複数の頭を持っている。隠された『目』はまだあるんだよ?』

それってつまり、核に同化して顕現したのは黒い手の『一つ目』だけじゃない。その中には三つの頭の『目』が存在するって意味なのか……?

『だから、『邪眼』で彼らを石化させられるって訳さ。もう標準は定めてあるから、一瞬で……ね。ふふふ』

『邪眼……?彼の一柱に、邪眼族メデューサの能力が!?』

前世も今世も、歴史的に『王』である七大君主の召喚例はほぼ存在しない。

書物に大まかな外見的特徴や能力、傾向は記されていても、彼らがどの様な特性を持っているかの詳細は殆どないのが現状だ。

史実が真実かどうかは兎も角、前世の知識と今世の書物に『三つ頭』…当たりをつけた悪魔がそんな能力を有してるなんて記されてなかったから、純粋に驚いてしまった。

ちなみに、この世界に存在する邪眼族が用いる『邪眼』とは、バジリスクの毒と同じで「見つめた獲物を石化させ殺す」能力だ。

ただ、どちらかというと遅効性の毒といった感じで、石化は緩やかに四肢から全身にまわっていく。だから、対処次第では助かる率が高いのだけど、この大悪魔が持つ『邪眼』は一瞬で対象者を石化させる……!?

『可哀想にねぇ。折角この子ラウルから救えたのに、お前の我儘で彼らが儚くなるなんて。……さて、どうする?』

「……クソが!!気が変わったぜ。テメェはゴミ共々塵に……」

「待ってくれベル!」

堪忍袋の緒が切れかけたベルを、俺は制止すべく声を上げた。そして、ふっと小さく息を吐いてから、翼越しにある存在へ口を開く。

「……俺を一目見れば、大人しく魔界に帰ってくれるのですね?」

「!?おい!!」

ベルが咎める様に声を上げたが、敢えて無視した。

悪魔はいっときの慰みで人の命を簡単に摘みとれる。そして最後には己の決定を実行するモノなのだ。判断を誤れば、取り返しのつかない事になってしまう。

『勿論だとも!なにせ仮初の姿だからねぇ。『無価値』を侍らす君をどうこう出来やしない。王達も害さないと約束するよ?』

返ってきた同意は限りなく胡散臭さに満ちていたが、この世へ干渉可能なのもきっと後僅かな筈。信用はせずとも承知した旨を伝え、苦虫を噛み潰した表情のベルを見上げた。

「ベル、翼をどけてくれ」

「お前は……!」

「文句は後で聞くから!彼らを助けたいんだ、お願いだから……」

真剣な眼差しを向けて願いを口にすれば、俺を睨んでいたベルが悪態をつきながらだけど、腕の力を緩めてくれる。

『分かってるなユキヤ。真名は元より、お前の力……『魅了』を決して彼奴に悟らせるんじゃねえぞ!』

念を押すような低い声が頭の中に響く。なるほど、要するにラウルの時みたいに『目』に強い意志を乗せるな、と言いたいのだろう。

『うん、分かった。静かにしてればいいんだよな!』

頷くと、ベルが「本当に分かってんのかこいつ」といったジト目になったが、ため息と共に覆っていた翼を解いてくれた。そして改めて、俺は『三つ頭』と対面したのだった。

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