上 下
171 / 194
第六章

天然記念物並み

しおりを挟む
「バティルに命じて貴方を挑発させ、『魅了』の力を測らせて貰った甲斐がありましたよ。満月だけであったなら、貴方の『目』を阻むのは難しかったかもしれません。けれども今宵は黒の祝福夜ですから…ねぇ?」

舌なめずりせんばかりに俺を睨め付ける悪魔の双眼は、獲物を狙う捕食者のそれだった。

喉にへばり付く『呪い』が強さを増す。集中力が持続出来ず、僅かに蹌踉てしまった俺に、フゥ達が必死に助けようとしてくれるが焼け石に水状態だ。

『圧倒的に不利かよ!それでも、ここで倒れる訳にはいかない!!』

詠唱での魔法攻撃は封じられている。そして物理攻撃は意味がない。なら、少しでもダメージを与えられる『目』を使うしか手はなかった。

俺は、懸命に集中を途切れさせずラウルを睨み続ける。すると、余裕たっぷりだった奴の顔に僅かな変化が見えた。

「…っ」

赤らんでいた顔から色が抜け、段々と眉根が寄っていく。いいぞ、じわじわと効いてきたか…?と思ったのも束の間。ラウルの双眼が凶悪な光を強めて、俺の『目』を弾いたのだった。

『くっ!?』

双眼に小さな衝撃を受け、思わず体幹が揺れてしまう。集中力が中断されてしまい、肩で息を吐く俺を見下ろすラウルが嬉しそうに口角をあげた。

「フフフ…やはり貴方は素敵だ。勝機など皆無なのに争おうとする蛮勇すら、私を惹きつけて止まない!…あぁあ…。こんなに全身全霊で欲しいと思ったのは、実にソロモン以来ですよ」

『…はぁ!?』

コイツ、俺が欲しいだと?何言ってんだ頭沸いてんのかふざけんな!!

相変わらず芝居がかった気色悪い悪魔の言動に、俺は混じり気なしの嫌悪感で鳥肌が立ってしまう。

ん?というか、今ソロモンって言ったよなコイツ…。

『そうだ!ソロモンは、序列72の悪魔全てを使役してた(実は寵愛されてた)んだよな。って事は、当然コイツもその中の一体か』

「尤も、彼に手を出すのは『我が王』の手前、自重せざるを得ませんでしたけどねぇ…。まぁ、彼が『我が王』のモノになれば私もお情けを頂ける。だからあらゆる手を使い靡くよう頑張ったのですが……。非常に残念なことにあの男、朴念仁にも程がありました…」

『は?いきなりソロモン語り始めやがったぞコイツ!?』

多分意味が分かってるは俺だけで、この悪魔が誰の事を喋っているのか、ザビア将軍やシェンナ姫は勿論、バティル含むオンタリオの連中も理解不可能だろう。実際、目に付く奴らは皆困惑した顔をしている。

「全くもって、天然記念物並みに自分への好意に鈍感でしたねぇ…。憎らしくて愛おしい我らがソロモンは…。結局誰のものにもならず、輪廻に戻っていく彼の魂を、『我が王』共々、指を噛み砕き見送るしかなかったあの無念!無力感!ああっ、返す返すも口惜しいっ!」

ラウルは俺の心のツッコミなどお構いなく、滔滔とソロモン語りを続けたのだが。段々双眼が虚になり、何処となく空を見つめ出した辺りで俺は自然と半目になってしまった。

『おいおい…。なんかコイツ、後半から恨み節になってないか?』

朴念仁とか天然とか、言いたい放題だな。ベルが寝物語で話してくれた時もだけど、前世の語り継がれていたイメージとのギャップが酷すぎて、俄には信じられないレベルだなソロモンって。

だって奴の話によれば、結局誰もソロモンを堕とせた奴がいなかったって事で……。

人間のあらゆる欲や負の感情を利用し、目的を果たすのが誰よりも得意な黒の精霊をことごとく撃退して、誰の紐付きにもならず、まっさらな状態で輪廻に戻れたなんて……。そういった意味ではソロモンって、やはり物凄い人物だったんだろうな。

それにしても…。この悪魔ラウルが言う『我が王』って、間違いなく七大君主の一柱だろう。

それも、ベリアルじゃない誰か。……けど今はそんな事、どうだっていい。

一頻り惚気なのか恨み節なのかを吐き出し終えたラウルは、再び俺へ向き直ると自己陶酔気味にうっとりとしながら真紅の目を細めた。

「ですが、今ここには慮るべき『我が王』もいない。私が、この私だけが!ソロモンに優るとも劣らない極上の魂ごと、貴方の全てを手に入れましょうねぇ~!」

そう言い放つと、ラウルはバサリと大鴉の羽を広げ、真紅を爛々と光らせた。飄々とした表情は凶悪な色を纏い、ニイィと牙を剥き出すその姿は正に邪悪な悪魔そのものだった。

肌にビリビリと突き刺さる黒の覇気、そして『呪い』の痛みに顔を歪ませながら身構えた俺だったが、不意にラウルは動きを止め、斜め後ろに居るバティルを流し見た。

「ラウル……」

王弟の事もあり、俺達のやり取りを邪魔せず大人しくしていたバティルだが、明らかに不満気で苦々しげな表情を隠そうともしてない。

「ん~…」

ラウルはふと、思巡するそぶりを見せてから軽く頷いた。

「…けれど、そうですねぇ。先ずは召喚者である貴方との契約を遂行しなくては」

そして小さくうそぶいた後、バティルから視線を移し狙いを定めたのは俺ではなかった。

『!!シェンナ姫ッ!?』

羽撃いたラウルの翼から放たれた黒い魔力。それは瞬時に触手となって俺の防御結界に叩きつけられる。凄まじい圧迫に結界が軋み、次いで亀裂が入ったかと思うと一部を欠損させ、ザビア将軍ごとシェンナ姫に巻きついたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。

お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?

麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる

ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。 ※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。 ※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話) ※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい? ※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。 ※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。 ※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。 【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】 エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。 転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。 エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。 死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。 「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」 「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」 全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。 闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。 本編ド健全です。すみません。 ※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。 ※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。 ※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】 ※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

処理中です...