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第六章
破棄できぬ呪い
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『おい、ベル!お前大丈夫…じゃないよな。苦しいのか?しっかりしてくれ!』
「ウフフッ、無駄ですよ。ソレは暫く使い物になりはしません。貴方の声帯と同じく…ね」
梨の礫のベルに念話で必死に話しかける俺に、不快なテノールが面白そうに笑う。
ぎりッと歯を噛み締め上位悪魔を睨みつけるが、奴は人を食った様な笑みを更に深めた。
「ウフフフ…。使い魔に擬態してますけどソレ、悪魔ですよねぇ?しかも、下位悪魔より上等な。ですから、貴方の声を封じるついでに『魔毒』を仕込ませて頂きました」
人には無害でも、魔には猛毒なんですよ。下位であれば消滅する程度にはね。
「……!」
そう言って、悪魔ラウルは深めた笑みの間から煌めく牙を覗かせる。俺は怒りを募らせるが、同時に読みの甘かった自分自身にも憤りが止められない。
流石に大伯爵の称号を持だけあり狡猾、そして抜け目がない。
本来ならば、七大君主の一柱である悪魔公を出し抜くなど不可能だが、方や正式に召喚され契約を結び、方や正式に召喚されていない仮契約。加えて『縛り』付きなら、出せる力の差は歴然だ。
『くそっ!まさか声を封じられるなんて!これじゃあベルの召喚はおろか、詠唱も出来ない!!こうなったら全力で魔力を流して…』
「おや、私の『呪い』を壊そうとなさってる?残念ですねぇ、貴方の魔力が幾ら強くてもソレは不可能ですよ?だって…」
「ガハハ!よくやったバティルの使い魔よ!これでその小賢しい下郎は無力となった訳だ!」
その時、上機嫌な悪魔の声を遮ったのは王弟だった。勝ち誇った顔で下品に笑い、「おい、お前達!」と居並ぶ騎士達へ怒鳴る。
「何をボヤッとしている!さっさとこいつと将軍を斬り伏せてしまえ!そして姫を捕らえるのだ!!」
「……」
「ア、アミール様っ!」
斜め後方からラウルの横顔を見たバティルの顔色がざっと青褪め、慌てて王弟の名を呼んだ。
明らかに狼狽と制止を込めた声。だが王弟はそれに全く耳を貸さず、思いついたと下卑た表情を浮かべる。
「いや…俺への無礼を償わせるなら、動けなくして仮面を剥ぎ取り、辱めを与えるのも良い…」
「私の言葉を遮るな。不粋な下等人種が」
先刻までの戯けた口調が抜け落ち、無機質な声を落としたラウルは、手に持っていた帽子を軽く振った。瞬間、突風が王弟を王座から吹き飛ばし、数メートル先の壁へと激突させた。
「ぎゃばっ!?」
潰れたヒキガエルの様な悲鳴をあげた王弟だったが、肥満体は壁から落ちずに縫い付けられたまま…いや、ずぶずぶと体がめり込んでいってる。痛みと恐怖に悲鳴をあげる王弟に、命令され俺達を襲おうとした騎士達は硬直してしまった。
「私がこれの使い魔だと言ったのか?醜い肉塊。不愉快な…」
「あ、が がぁ !!」
「ラウル!やめ…やめてくれ!!」
禍々しく双眼の真紅を光らせ、王弟を睨みつけるラウルに、蒼白になったバティルが叫んだ。詰め寄り、だが決して触れはせず必死に懇願する奴をちらりと見遣ると、真紅の圧迫を解き、帽子を被り直した。
「駒の躾はしっかりしておきなさいねぇ、バティル。対価は後払いなのですから、契約は簡単に破棄できるのですよ?」
「わ、分かった。肝に…命じる」
先程までの剣呑さを潜ませ、柔かな口調で微笑を浮かべるラウルに対し、バティルはいく筋もの汗を伝わせ俯いた。
壁に半分以上めり込んでいる王弟は、もはや声も発する事ができず、白目を剥いてぴくぴくと痙攣している。それをした悪魔は無感情に一瞥をくれると笑みを深めた。
ーー下位の者が上位の者の不興を買った場合、制裁は必然。慈悲はほぼ皆無。
黒の精霊である悪魔は、残酷なまでにヒエラルキーに忠実だ。俺の頭に、ベルが下位悪魔に行った無慈悲な私刑が過ぎった。
しん…と静まり返った謁見の間。貴族達は愚か、歴戦である筈の近衞騎士達すら目の前で行われた圧倒的な力に絶句し、顔色を悪くしている。ザビア将軍も同様に言葉を無くし、息遣いも浅く細かくなっているのが背中越しに伝わった。
それでも、凄惨な私刑を目にしないよう咄嗟にシェンナ姫を抱き込み、大きな手で耳も塞いでいたのは流石だ。そしてシェンナ姫も、ベルを護るようにしっかり抱き締めてくれているのに安堵しながら、俺は真紅を細める上位悪魔を睨みつける。
「邪魔ですから、アレはこのまま貼り付けておきましょう。骨と内蔵が多少損なってますから、放っておけば死にますが…貴方には必要な駒なのでしょう?面倒ですけど、後で直して差し上げますよ」
「‥‥‥」
敬いの欠片もないラウルの物言いにも、バティルは口を引き結び無言のままだ。
俺に見せていた高飛車で尊大な姿は何処にもなく、やはりベルが言った通り召喚者と召喚された上位悪魔には圧倒的な力の差がある。
というか寧ろ、アイツが契約を盾にバティルを使役しているんじゃないか?
「さぁて。お待たせいたしました、麗しいお方。不快な肉塊は排除しましたので、これでゆっくりお話ができますねぇ?」
「ウフフッ、無駄ですよ。ソレは暫く使い物になりはしません。貴方の声帯と同じく…ね」
梨の礫のベルに念話で必死に話しかける俺に、不快なテノールが面白そうに笑う。
ぎりッと歯を噛み締め上位悪魔を睨みつけるが、奴は人を食った様な笑みを更に深めた。
「ウフフフ…。使い魔に擬態してますけどソレ、悪魔ですよねぇ?しかも、下位悪魔より上等な。ですから、貴方の声を封じるついでに『魔毒』を仕込ませて頂きました」
人には無害でも、魔には猛毒なんですよ。下位であれば消滅する程度にはね。
「……!」
そう言って、悪魔ラウルは深めた笑みの間から煌めく牙を覗かせる。俺は怒りを募らせるが、同時に読みの甘かった自分自身にも憤りが止められない。
流石に大伯爵の称号を持だけあり狡猾、そして抜け目がない。
本来ならば、七大君主の一柱である悪魔公を出し抜くなど不可能だが、方や正式に召喚され契約を結び、方や正式に召喚されていない仮契約。加えて『縛り』付きなら、出せる力の差は歴然だ。
『くそっ!まさか声を封じられるなんて!これじゃあベルの召喚はおろか、詠唱も出来ない!!こうなったら全力で魔力を流して…』
「おや、私の『呪い』を壊そうとなさってる?残念ですねぇ、貴方の魔力が幾ら強くてもソレは不可能ですよ?だって…」
「ガハハ!よくやったバティルの使い魔よ!これでその小賢しい下郎は無力となった訳だ!」
その時、上機嫌な悪魔の声を遮ったのは王弟だった。勝ち誇った顔で下品に笑い、「おい、お前達!」と居並ぶ騎士達へ怒鳴る。
「何をボヤッとしている!さっさとこいつと将軍を斬り伏せてしまえ!そして姫を捕らえるのだ!!」
「……」
「ア、アミール様っ!」
斜め後方からラウルの横顔を見たバティルの顔色がざっと青褪め、慌てて王弟の名を呼んだ。
明らかに狼狽と制止を込めた声。だが王弟はそれに全く耳を貸さず、思いついたと下卑た表情を浮かべる。
「いや…俺への無礼を償わせるなら、動けなくして仮面を剥ぎ取り、辱めを与えるのも良い…」
「私の言葉を遮るな。不粋な下等人種が」
先刻までの戯けた口調が抜け落ち、無機質な声を落としたラウルは、手に持っていた帽子を軽く振った。瞬間、突風が王弟を王座から吹き飛ばし、数メートル先の壁へと激突させた。
「ぎゃばっ!?」
潰れたヒキガエルの様な悲鳴をあげた王弟だったが、肥満体は壁から落ちずに縫い付けられたまま…いや、ずぶずぶと体がめり込んでいってる。痛みと恐怖に悲鳴をあげる王弟に、命令され俺達を襲おうとした騎士達は硬直してしまった。
「私がこれの使い魔だと言ったのか?醜い肉塊。不愉快な…」
「あ、が がぁ !!」
「ラウル!やめ…やめてくれ!!」
禍々しく双眼の真紅を光らせ、王弟を睨みつけるラウルに、蒼白になったバティルが叫んだ。詰め寄り、だが決して触れはせず必死に懇願する奴をちらりと見遣ると、真紅の圧迫を解き、帽子を被り直した。
「駒の躾はしっかりしておきなさいねぇ、バティル。対価は後払いなのですから、契約は簡単に破棄できるのですよ?」
「わ、分かった。肝に…命じる」
先程までの剣呑さを潜ませ、柔かな口調で微笑を浮かべるラウルに対し、バティルはいく筋もの汗を伝わせ俯いた。
壁に半分以上めり込んでいる王弟は、もはや声も発する事ができず、白目を剥いてぴくぴくと痙攣している。それをした悪魔は無感情に一瞥をくれると笑みを深めた。
ーー下位の者が上位の者の不興を買った場合、制裁は必然。慈悲はほぼ皆無。
黒の精霊である悪魔は、残酷なまでにヒエラルキーに忠実だ。俺の頭に、ベルが下位悪魔に行った無慈悲な私刑が過ぎった。
しん…と静まり返った謁見の間。貴族達は愚か、歴戦である筈の近衞騎士達すら目の前で行われた圧倒的な力に絶句し、顔色を悪くしている。ザビア将軍も同様に言葉を無くし、息遣いも浅く細かくなっているのが背中越しに伝わった。
それでも、凄惨な私刑を目にしないよう咄嗟にシェンナ姫を抱き込み、大きな手で耳も塞いでいたのは流石だ。そしてシェンナ姫も、ベルを護るようにしっかり抱き締めてくれているのに安堵しながら、俺は真紅を細める上位悪魔を睨みつける。
「邪魔ですから、アレはこのまま貼り付けておきましょう。骨と内蔵が多少損なってますから、放っておけば死にますが…貴方には必要な駒なのでしょう?面倒ですけど、後で直して差し上げますよ」
「‥‥‥」
敬いの欠片もないラウルの物言いにも、バティルは口を引き結び無言のままだ。
俺に見せていた高飛車で尊大な姿は何処にもなく、やはりベルが言った通り召喚者と召喚された上位悪魔には圧倒的な力の差がある。
というか寧ろ、アイツが契約を盾にバティルを使役しているんじゃないか?
「さぁて。お待たせいたしました、麗しいお方。不快な肉塊は排除しましたので、これでゆっくりお話ができますねぇ?」
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