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第六章
大悪魔ラウム
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『ユキヤ!!』
咄嗟の事で反射が遅れた俺の隙を逃さず、きりきりと密度を持った黒い針金は一点集中で結界を突破する。そして素早く喉元に巻き付いたのだった。実に巧みに、首下にいるベルを避けて。
「あ、ぐっ…!!」
杖の魔石から這い出た呪いの触手と質が同じ、ねっとりと悪寒が走る嫌な感触に背筋が粟立った。
『俺を縊り殺す為の攻撃か!?』
僅かな油断という隙を突かれた、と歯噛みしてる暇は無い。俺は手に防御魔力を纏わせ、喉元を覆って巻きつくソレを排除しようとする。だが…。
「ぅあ!?」
突然感触が変わった。ぐずりとスライムの様に張り付き、薄い皮膚から内へと侵蝕してくる悍ましさ。次いで訪れたのは喉を炙られる様な痛みだった。
『貴様ぁ!!』
ベルが怒声を放ち、牙を剥いて俺の喉元へと噛みつく。正確には喉元の悍ましいソレを引き剥がすべく鋭い牙を食い込ませた。そのお陰で僅かに侵攻が弛み、俺は懸命にレジストを試みる。
『…ぐっ…!』
だが、予期せぬことが起こった。ベルが小さく呻き、ずるりと首から床へ落下したのだ。
『ベルっ!?』
そして叫ぼうとしたした俺の口から発声は出てこなかった。喉元を手で押さえるも、既に侵蝕したソレは声帯を炙り、俺の顔を歪ませる。
「み、魅了師どのっ!?一体何が!!」
「魅了師様っ…!」
『くそっ、声がっ!!』
大凡三十秒にも満たなかったろう、目の前で起こった出来事だった。狼狽し俺を案じるザビア将軍とシェンナ姫に声をかけらず、足元で苦しそうに身を捩る黒蛇を掬い上げる事も出来ない。
「おぉ、危ない危ない。御高名なる『黒の魅了師』、貴方に下手な大物を『召喚』されては困りますからねぇ??」
そんな俺の耳に、突如芝居がかったテノールが玉座から届く。初めて聞く声に弾かれ睨んだ先には、バティルより前面に佇み、つい今し方存在していなかった男が映った。
黒と銀を基調とした豪奢なジャケットとブリーチズを纏い、三角帽子を被った出立ちは、前世の教科書で見た18世紀ヨーロッパ貴族そのものだ。
真っ直ぐな白金の髪が、トライコーンから胸まで流れている。
陶磁器の様な生気の無い肌と、人外ではあり得ない美貌を称えた顔。そして、人外ではないと主張する、禍々しい真紅の双眼と背中に生える羽。それらは、今は杖から消えた大鴉を示すモノだった。
『こいつは…!』
召喚者の前に大鴉の姿で現れ、対価により召喚者に権力を与える。そしてまた、人間の尊厳を貶め踏み躙る術に長け、愉悦を見出す享楽主義者と本に記されていた黒の精霊。
『ふふっ…名乗るのが遅れましたねぇ。私めは『ラウル』と申します。どうぞお見知りおきください』
俺が推定が確定となる。トライコーンを脱ぎ、恭しく頭を下げて己が名を告げた男。
それは、序列40番目に位置する地獄の大伯爵。そして上位悪魔だった。
「おおっ…!!」
「な、何だアレは!?」
成り行きを騎士達の後ろで見守っていた貴族達が、現れた異形のモノに響めきそこかしこで響めきが上がった。バティルは口を引き結び無表情のままだったが、それの正体を知らない群衆は流石に動揺している。
メタボ王弟も、大鴉から真の姿になった悪魔を始めは口を開けて凝視していたが、直ぐに奴の人外な美しさに見惚れ、だらし無い髭面を晒していた。
「なん…っ!!あの、大悪魔『ラウル』!?」
王座に立つ異形の男の名を聞き、ザビア将軍が驚愕の声を漏らした。彼も俺と同じく、有名どころの白黒精霊を把握しているらしい。
「おやぁ?私をご存知とは、流石は勇猛かつ博識と名高いザビア殿下ですなぁ」
片眉を上げ、楽しそうに笑う美貌の男を睨みつけてから、俺はあからさまな動揺を見せる将軍を横目で見やった。
ベルの警告は伝えていたが、まさかこの様な大物が現れるとは思っていなかったに違いない。
動揺は心に隙を生む。
ただでさえ敵の真っ只中でシェンナ姫もいつ迄精神力を保てるか…。俺は喉に纏わりつく痛みを堪えながら、ザビア将軍に『落ち着いて』という気持ちをこめ、小さく頷いた。
片手は喉を覆って魔力を通し、もう片方は彼らを庇う俺の姿に、青褪めていたザビア将軍の顔がハッとなり、瞬時に覇気を取り戻す。と同時に攻撃を受けた俺を懸念する彼に、大丈夫だともう一度頷いておいた。
「ベル様、ベルさまっ!」
「『あ!』」
ザビア将軍と俺がお互いに気を取られていた時、なんとシェンナ姫が素早く床に落ちていた黒蛇を掬い上げてくれていた。姫、ナイスアシスト!と心で親指を立ててしまう。
必死で呼びかける姫の腕の中、ベルはグッタリしている。最悪が頭をよぎったが、腹は上下してるし尻尾も動いてるから、一先ず瀕死ではなさそうでホッとした。
『ありがとう、シェンナ姫』
出せない声の代わりに大きく頷き、俺はベルへ手を伸ばす。しかし、閉じていた双眼をこじ開け鎌首をもたげるが、尻尾をゆらゆら動かすだけで腕に巻きつこうとしない。初めて見るベルの弱った姿に、喉の痛みを一瞬忘れる焦燥感が俺を襲った。
咄嗟の事で反射が遅れた俺の隙を逃さず、きりきりと密度を持った黒い針金は一点集中で結界を突破する。そして素早く喉元に巻き付いたのだった。実に巧みに、首下にいるベルを避けて。
「あ、ぐっ…!!」
杖の魔石から這い出た呪いの触手と質が同じ、ねっとりと悪寒が走る嫌な感触に背筋が粟立った。
『俺を縊り殺す為の攻撃か!?』
僅かな油断という隙を突かれた、と歯噛みしてる暇は無い。俺は手に防御魔力を纏わせ、喉元を覆って巻きつくソレを排除しようとする。だが…。
「ぅあ!?」
突然感触が変わった。ぐずりとスライムの様に張り付き、薄い皮膚から内へと侵蝕してくる悍ましさ。次いで訪れたのは喉を炙られる様な痛みだった。
『貴様ぁ!!』
ベルが怒声を放ち、牙を剥いて俺の喉元へと噛みつく。正確には喉元の悍ましいソレを引き剥がすべく鋭い牙を食い込ませた。そのお陰で僅かに侵攻が弛み、俺は懸命にレジストを試みる。
『…ぐっ…!』
だが、予期せぬことが起こった。ベルが小さく呻き、ずるりと首から床へ落下したのだ。
『ベルっ!?』
そして叫ぼうとしたした俺の口から発声は出てこなかった。喉元を手で押さえるも、既に侵蝕したソレは声帯を炙り、俺の顔を歪ませる。
「み、魅了師どのっ!?一体何が!!」
「魅了師様っ…!」
『くそっ、声がっ!!』
大凡三十秒にも満たなかったろう、目の前で起こった出来事だった。狼狽し俺を案じるザビア将軍とシェンナ姫に声をかけらず、足元で苦しそうに身を捩る黒蛇を掬い上げる事も出来ない。
「おぉ、危ない危ない。御高名なる『黒の魅了師』、貴方に下手な大物を『召喚』されては困りますからねぇ??」
そんな俺の耳に、突如芝居がかったテノールが玉座から届く。初めて聞く声に弾かれ睨んだ先には、バティルより前面に佇み、つい今し方存在していなかった男が映った。
黒と銀を基調とした豪奢なジャケットとブリーチズを纏い、三角帽子を被った出立ちは、前世の教科書で見た18世紀ヨーロッパ貴族そのものだ。
真っ直ぐな白金の髪が、トライコーンから胸まで流れている。
陶磁器の様な生気の無い肌と、人外ではあり得ない美貌を称えた顔。そして、人外ではないと主張する、禍々しい真紅の双眼と背中に生える羽。それらは、今は杖から消えた大鴉を示すモノだった。
『こいつは…!』
召喚者の前に大鴉の姿で現れ、対価により召喚者に権力を与える。そしてまた、人間の尊厳を貶め踏み躙る術に長け、愉悦を見出す享楽主義者と本に記されていた黒の精霊。
『ふふっ…名乗るのが遅れましたねぇ。私めは『ラウル』と申します。どうぞお見知りおきください』
俺が推定が確定となる。トライコーンを脱ぎ、恭しく頭を下げて己が名を告げた男。
それは、序列40番目に位置する地獄の大伯爵。そして上位悪魔だった。
「おおっ…!!」
「な、何だアレは!?」
成り行きを騎士達の後ろで見守っていた貴族達が、現れた異形のモノに響めきそこかしこで響めきが上がった。バティルは口を引き結び無表情のままだったが、それの正体を知らない群衆は流石に動揺している。
メタボ王弟も、大鴉から真の姿になった悪魔を始めは口を開けて凝視していたが、直ぐに奴の人外な美しさに見惚れ、だらし無い髭面を晒していた。
「なん…っ!!あの、大悪魔『ラウル』!?」
王座に立つ異形の男の名を聞き、ザビア将軍が驚愕の声を漏らした。彼も俺と同じく、有名どころの白黒精霊を把握しているらしい。
「おやぁ?私をご存知とは、流石は勇猛かつ博識と名高いザビア殿下ですなぁ」
片眉を上げ、楽しそうに笑う美貌の男を睨みつけてから、俺はあからさまな動揺を見せる将軍を横目で見やった。
ベルの警告は伝えていたが、まさかこの様な大物が現れるとは思っていなかったに違いない。
動揺は心に隙を生む。
ただでさえ敵の真っ只中でシェンナ姫もいつ迄精神力を保てるか…。俺は喉に纏わりつく痛みを堪えながら、ザビア将軍に『落ち着いて』という気持ちをこめ、小さく頷いた。
片手は喉を覆って魔力を通し、もう片方は彼らを庇う俺の姿に、青褪めていたザビア将軍の顔がハッとなり、瞬時に覇気を取り戻す。と同時に攻撃を受けた俺を懸念する彼に、大丈夫だともう一度頷いておいた。
「ベル様、ベルさまっ!」
「『あ!』」
ザビア将軍と俺がお互いに気を取られていた時、なんとシェンナ姫が素早く床に落ちていた黒蛇を掬い上げてくれていた。姫、ナイスアシスト!と心で親指を立ててしまう。
必死で呼びかける姫の腕の中、ベルはグッタリしている。最悪が頭をよぎったが、腹は上下してるし尻尾も動いてるから、一先ず瀕死ではなさそうでホッとした。
『ありがとう、シェンナ姫』
出せない声の代わりに大きく頷き、俺はベルへ手を伸ばす。しかし、閉じていた双眼をこじ開け鎌首をもたげるが、尻尾をゆらゆら動かすだけで腕に巻きつこうとしない。初めて見るベルの弱った姿に、喉の痛みを一瞬忘れる焦燥感が俺を襲った。
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