黒の魅了師は最強悪魔を使役する

暁 晴海

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第五章

護りの力

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「魅了師殿?」

「ごめんね二人とも。後もう少しでオンタリオに到着するけど、その前に了解して欲しいことがある」

真剣な口調の俺に、二人はきょとんとした表情(シェンナ姫はわからないけど)で首を傾げた。さすが兄妹、リアクションがそっくり。

「俺の『魅了』にかかったフリをしてくれって、以前お願いしたよね。だけど、オンタリオの宰相が『魅了』を使える使役者と分かって事情が変わった」

このまま国に入ったら、二人が相手方に縛られる危険性が出てきたのだ。もちろん、俺が側にいれば例え『魅了』にかかっても破る事はできるだろう。

けれど、もし何らかの手段で彼らと引き離されたら?そして、相手がどんな切り札を持っているか分からない中、無防備な彼らを人質に取られたら?

例えベルを召喚しても、それか俺が仮面を取って全力で『魅了』を駆使しようとも、相手の出方が早ければ最悪グリフォンの命は刈り取られ、全てが水の泡となりかねない。

「だから、これは一つの保険としてなんだけど….。君達に『護り』を掛けさせてもらいたいんだ」

「….『護り』….?『魅了』ではなくて、ですか?」

コクリと頷き、俺はザビア将軍を真っ直ぐ見つめた。

「うん。俺、言ったよね。人の心は自由であるべきだって。だから俺の力に『護る』と言う願いを込めて、二人の意識に防御結界をはってみようと思うんだ」

「魅了師殿….」

「正直に言うと、成功するかは分からない。ぶっつけ本番になるけど...良いかな?」

すると、彼の頬が薄らと赤くなって目まで潤んできた。あれ?まずい、俺また無自覚に力使っちゃってる!?

「...分りました、如何様にもなさってください」

「ええ。私も兄も、魅了師様を信じています」

二人とも迷いも見せず、俺を信じてくれると力強く頷いてくれる。少しだけ心配だったけど、了承を貰えてほっとしてからすぐに気持ちを切り替えた。

「ありがとう。それじゃあ、やるよ?」

先ずは目を合わせたままなザビア将軍だ。意識を集中させ、意思を双眼に込めて見つめる。『邪悪な力を排除できますように』と願いながら。

「…どう、かな。気持ち悪いとか、変な感じとか無い…?」

「いえ..いいえ。優しい温かさが染み込んでくるようです…」

顔が更に赤らみ、恍惚な表情となっていくザビア将軍に「やば!魅了しちゃったのかな?」と心配になって尋ねてみると、そうじゃない…ようだけど…。

『…チッ!鼻の下伸ばしやがってクソガキが』

首に巻きついてるベルが、忌々しいとばかりに舌打ち付きの悪態を吐いてる。おい、誰が鼻の下伸ばしてるんだ…って、ザビア将軍睨みつけてるよこの黒ヘビ。

『ユキヤ、お前の力は充分浸透してる。さっさと止めろ!』

「あ、本当?」

良かった、上手くいったみたいだ。ザビア将軍が「魅了」にかかってないかベルに訊いてみたけど、それも大丈夫らしい。にわかの防御だけど、成功すると良いな。

『クソが、余計な従僕つくんじゃねぇよ!』

続けてシェンナ姫に『護り』を付与しようとしたんだけど、ベルの悪態が五月蝿くて集中できない。全く、いきなりカリカリして何なんだよ!さっさとやれって言ったのベルじゃん!

それでも何とか『護り』を施せたみたいで、ベルのOKを貰い俺はほっと息を吐く。二回目だったから力のコントロールが向上したのか、ザビア将軍とは違ってシェンナ姫は「心地よいです」と少し目元を染めるのみだった。

二人に説明した通り、効果あるかどうかは未知数だけど、やれるものは何でもやっておいて損はない。

因みにこの試みだけど、それは十分ほど前に遡る。

『だったら『護符』としてお前の力を付与してみろ』

姫達に説明した懸念。それを俺がベルに話した時、提案されたのだ。

『本来なら、力の制御や分岐する技能を鍛えて初めて使えるものだが…。複雑ではないし、試す価値はある』

ベル曰く、俺は超特大の貴石…の原石らしい。磨かなければ宝の持ち腐れ的な。

『魅了』は文字通り「人の心を魅せて虜にする」に特化した力だけど、それだけじゃない。『縛り』って相手の力を封印する事も出来るし、相手の力を防御するのも可能。つまり使い道は無限にあるんだそうだ。

俺がやろうとする試みもだけど、火竜サラマンダーへ使った『力』も比較的単純かつ大雑把な部類に入るらしい。逆に、願ったりするだけじゃダメな複雑なもの…。師匠予定ウォレンさんと同じ『縛り』をやれと言われても、今の俺にはどうやって良いかが分からないから無理。

餅には餅屋。つまり俺にはウォレンさんの様な、俺の力を正しく導く特級クラスの魅了師が必須なんだと、ベルに改めて言われた。

『じゃなけりゃ、俺がここまでクソエルフにコケにされて黙ってる訳ねえだろ!』

『ベル…』

心底忌々しそうに吐き捨てたベルに、何だか胸がむず痒くなった。こいつは残虐非道と謳われてる地獄の王の一柱で、俺の魂と体を狙ってる大悪魔。だから警戒を常にしてなきゃならないのに、何だかんだ言って俺を助けてくれるもんだから、うっかり絆されかけてしまう…。

『制御も出来ねえで誰彼構わずたらし込み、挙句の果てにソロモンもどきになったら目も当てられねぇ!お前は俺だけの獲物だってのに!』

俺の感動を返してくれ。何だよ誰彼構わずたらし込むソロモンもどきって!?

『面倒臭い慈善活動なんぞ、さっさと片付けるぞ。それで約束した『報酬』も速攻で支払って貰うからな』

あ、そう。結構前向きで手助けしてくれてるの、俺が提示したソレの為なのね。…前言ちょっと撤回。やっぱりコイツ、悪魔だわ。

「魅了師殿。オンタリオの砦が見えてきました」

「!」

やや緊張したザビア将軍の声に、俺は前に向き直って眼を眇める。砂粒ほどの小ささではあるが、確かに自然物ではない何かが聳え立っているのが見えた。

『さあ、いよいよ本番だ。気を抜くなよユキヤ』

「….ああ」

ベルの声に静かに応え、俺は段々と明らかになっていく砦を見据えながら、大きく深呼吸したのだった。
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