黒の魅了師は最強悪魔を使役する

暁 晴海

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第五章

最大級の失態

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「…っ、ば…馬鹿な…っ!」

目の前で起こった信じられない、信じたくもない光景にラシャドは部下と共に愕然となり、立ち尽くしていた。

威嚇する火竜サラマンダーに歩み寄る愚かな仮面の男を嘲笑い、目と鼻の先となった時点で頭を食いちぎらせよう指示を念じた筈だった。

『っ?!』

だがその直後、何かが断ち切れるような、壊れるような音が耳奥に響いた気がした。

次いで咆哮をあげた火竜サラマンダーを見れば、殺気が嘘のように消え去っているではないか。

どんなに『咬み殺せ!』と思念を飛ばそうが、命令に従うことはなく不可解な動きをした後、あまつさえ仮面の男に甘えるような仕草を見せた。
更に腹這いとなり、私の…いや、全ての火竜サラマンダーが服従の意を示したのだ。

「こ…こんな、事が…?!」

「ラシャド、様…!」

同等かそれ以上に慄く部下達を諌める事もできず、冷や汗を顎に伝わせながら、私はゆっくりとこちらを振り向いた仮面の男を凝視するしかなかった。

「ラシャドとやら、躾直しは終わったぞ」

「き、貴様…どうやって…?!」

「言っただろうが。口ではなく『目』でものを言わせてやると」

その通りだ。確かにこの男はそう言った。

だが、魅了の際に必須な『目』を直に使わず、この男は仮面越しで…「あの御方」の「魅了」と「呪い」を壊すと同時に、火竜サラマンダーを使役したというのか。こんな…いとも容易く。

「さて。これで俺が『似非』ではないと納得できたか?」

「ぐっ…!」

嫌な汗が全身から噴き出てくる。「もどき」だと侮っていた目の前の男が、まさか本当にあの…「黒の魅了師」だというのか。

「黒の魅了師殿。あぁ…、やはり貴方様は素晴らしい!」

「魅了師様、良かった…」

我々より後方にいるザビア将軍、そして腕の中にいるシェンナ姫が安堵のため息をついていた。彼等の顔は上気し、よく見ずともあの男に心酔しているのが分かる。

「そうそう。俺がお前達にとって必要不可欠な存在だという理由、まだ言ってなかったな。姫には俺の『魅了』が掛かっている」

「はっ?!貴様っ、今なんと!」

いきなりの爆弾発言に、裏返った声が喉から迸る。周囲にどよめきが沸き起こり、私を含む誰もが驚愕の面持ちとなった。

そんな我らの動揺など気にするでもなく、男は尊大な口調で更にとんでもない事を語った。

「最初の依頼主である国王に依頼され、グリフォンから引き離すためにな。そしてそれは未だ継続中。何故なら、今の契約主のザビア将軍を介し、貴様らの国が姫をどの様に扱うかを見極め、不当に扱うのならば『魅了』を解くなとグリフォンから頼まれたからだ」

「き、さま…!」

要は、この輿入れが姫に相応しくなければ国と国の政略を邪魔をすると、堂々と宣言したようなものだ。

余りに傍若無人な物言いに、怒りで体が震え目の前が赤くなる。

剣の柄に手を掛け切り掛かりたい衝動に襲われる。しかし、それを見越した男の視線が仮面越しから刺さり、指が痙攣するに留まった。

「…言ったろう?姫の輿入れに同行するのには理由があると。まぁ、火竜こいつを使役した奴が貴様らの切り札ならば、解くのはまず不可能だと言っておこう」

そう言って男は、伏せている長火竜サラマンダーの頭を撫でる。

大人しくされるがままなソレの姿は、今の主人が誰であるかを残酷なほど明確に示していた。

「どのみち貴様らに選択肢はないぞ?躾直した火竜こいつらは、俺の命令にしか従わない。これら抜きで、貴様らはどうやって国に帰る?」

小首を傾げる仮面の男…いや、「黒の魅了師」に問われながら、私は己が最大の失態を痛感した。

まさか、「あの御方」によってグリフォンという力を奪われ、なす術もないと侮っていたカルカンヌがこのような手黒の魅了師を使ってくるなど、誰が思う!

『くそっ!まさか、こんな事態になるなんて…!!』

亜種族の兵士達ならば兎も角、人間種である自分達がこの砂漠を越える為には、火竜サラマンダーはどうあっても必須なのだ。奴の手に落ちたという事は、こちらは手足をもがれた様なもの。

『あの御方…バティル様にお知らせせねば、一刻も早く!!』

だが、火竜サラマンダーでの繋がりが切れてしまった以上、媒体での思念伝達は不可能になった。かくなる上は、連絡魔鳥を…。

「止めておけ。下手な魔法の類で貴様の『主』に連絡を取ろうとすれば…分かるな?」

そんな私の心を見透かすかのように、「黒の魅了師」はやんわりと釘を刺す。言わんとする事が嫌でも分かってしまった。

移動中にこちらが少しでもおかしな行動を取れば、火竜サラマンダーは一斉に牙を剥き攻撃してくる。いや、私達を砂漠の真ん中に放り出し、立ち去るだけで事は足りるのだ。

「さあ、それでは行くとするか。貴様らの国オンタリアへ」

「…化け物め…!」

選択肢など、もはや存在していない。私は引きちぎれそうに痛む臓腑に吐き気を催しながら、目の前に佇む黒の魅了師厄災を睨みつけるしかなかった。
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