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第一章
麗しき従弟殿について
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王立学院の正門。
様々な馬車と出迎えの生徒達とでごったがえす中、学生服を着たテオノアは学院の正面ホールに向かう階段の端に立っていた。
ここなら喧騒を避けられるうえ、兄のユキヤの馬車が来たらすぐに発見できるからだ。
「兄さん….」
父親譲りの精悍な美貌は、パーティーに浮かれる学生達とは違い、険しい表情に彩られていた。
これから確実に起こる事…。自分のせいで、最愛の兄の身に降り掛かってしまう災難を嫌でも考えてしまい、不安と焦燥感がつのる。
その感情の赴くままに、階段の端から端までイライラと右往左往しているテオノアだったが、その背後から聞き慣れた呆れ声がかかった。
「おーいテオ?これから誰かが出産か?少しは落ち着けよ」
「うるさい!エイトール!こんな時に変な冗談言うな!」
思わず振り向きざま怒鳴りつけたテオだったが、エイトールの顔を見るなりすぐにバツの悪そうな顔になった。
「…済まない。俺のせいで今迄謹慎させられていたっていうのに…」
「あ~、気にすんな!俺もアドルファスもキーランも、んな事全然気にしてねぇって。むしろお前の機転で良いタイミングで抜け出せて僥倖だったよ。もう少し遅かったら、賄賂払っても学院出られなくなっちまっただろうし」
エイトールは、沈痛な面持ちの従弟に軽い口調でそう言い放つ。
実際本当に間一髪だったのだ。
テオの話しによれば、自分達が学院を出発した直後、ローレンス王子の取り巻きの筆頭である生徒会の面々がやって来たのだそうだ。
用件はと言えば、ローレンス王子の誕生祭まで実家等の手紙のやり取りや外出は禁止する、との旨を伝えられたのだと言う。
当然、自分達の所にもその通達が行ったらしいのだが時すでに遅く、俺達はしっかりテオの実家に行った後だった。故にローレンス王子の大激怒を招いてしまったのだ。
そのお陰で、情報を伝えに行って学院に戻った自分達は「校則を破った罰(校則でもなんでもねーだろが!)」として、この一週間自室謹慎処分にされる羽目になってしまったのだ。
テオにはドア越しに散々謝られたが、俺達に悔いはない。その後、ユキヤがどのような対策を立てたのかを知る事が出来なかったのは非常に痛かったが…。
だが、自分のせいで兄を窮地に追い込んだと気に病んでいるテオに比べたら、俺らの焦燥など些細なものだろう。実際、一週間ぶりに見たテオは、痛々しいぐらいにやつれていた。
「他の2人も俺同様、『王子様の誕生日』って恩赦がおりて自室から釈放されてるだろうから、今頃こっちに向かって爆走してんだろ。ところで、ユキヤは?」
「…まだ来ていない。目立つのを嫌う人だから、多分わざと遅くなるように到着するんじゃないかな」
「うん、ユキヤらしいな、それ。…でも残念ながら、どう足掻いても目立つと思うけど」
テオとエイトールは、揃って周囲を見渡す。すると、こちらをチラチラ伺っている多くの生徒やその関係者達が一斉に目を逸らした。
だいたい、二十代以下の子弟や王族以外の親族参加が禁止されているというのに、家族の出迎えと称してウロウロしている生徒の数がやたらに多い。
何故か教師陣達の姿までもがチラホラ散見される始末。どう考えてもユキヤを一目見ようと集まって来た連中だ。しかもどんどんその数が増殖していってる。
「物見高い連中だな~。どーせ、会場で嫌でも見れるんだから、こんなトコ張ってなくてもいいじゃん。なあ?」
――まあ、気持ちは分からんでもないけど。
エイトールは、浮足立っている周囲を見ながら心の中でそう呟く。
実はユキヤには黙っていたが、社交界に一回も出席せず親戚達の前にも数えるほどしか顔を出さないユキヤは、巷では「深淵の黒百合」と言われ、勝手に妄想を膨らませた者達の憧れと羨望の的になっているのだ。
そんな高嶺の花が初めて大々的に公の場に姿を現すのだ。そりゃあ少しでも早く見たくなるのが人情ってモノだ。
しかも「あの」セオドア様の息子なのだ。
セオドア様も社交界嫌いで、そういった場に滅多に顔を出したりしないが、この国の貴族でセオドア様の顔を知らない者はいない。姿絵もこっそり貴族の間で流通している位だ。
セオドア様の実の息子。しかも、噂によれば容姿はそっくり。
だとすれば、嫌がおうにも期待が高まると言うものだ。
だが、中には本人を直接知りもしなくせに、ユキヤを悪し様に言う連中もいる。
――社交界に出ないのはともかく、貴族なら誰でも通う王立学院に行かないのはおかしい。
――きっと多少顔が良いだけの無能者だから、恥ずかしくて世間に出せないのだ。
――辺境伯の血が一滴も入っていない。血統的に劣る。
…等々。
まさにローレンス王子がテオに言ったような事を、口さがない連中は囀ずっている。
ユキヤは確かに貴族らしからぬ、規格外な奴だ。
俺の最愛の従弟殿は、贔屓目を差し引いても絶世の美貌を持っていて、でもその容姿や身分を鼻にかけることも無く、誰に対しても気さくに接してくれる。しかも、とても優しい奴だ。
その上、文武両道にひときわ優れているセオドア様手ずから厳しく教育されている。
魔力量も自分と同じかそれ以上だとテオから聞いているし、学院に入っていれば間違いなく生徒会入りしていたことだろう。
…残念ながら、今の生徒会は「ローレンス王子を崇め奉る会」へと変貌してしまっているが。
ただ惜しむらくは、本人にその自覚が皆無で、普段は平民が着るようなラフな服装を好んで着ている上、エプロン姿で粉まみれになっているか、運動着のようなものを着ていたりしている。
なので残念ながら、彼の着飾っている姿を見た事が従兄弟である自分達すらほぼない。
それゆえテオには大変申し訳ないが、かくいう俺自身も今現在、ユキヤ見たさにウロウロしている生徒達と同様、正装に身を包んだユキヤが見れる事を密かに楽しみにしていたりする。
ただでさえ完璧なあの美貌が、一体どれだけ磨き上げられているのだろうか…。考えただけでも身体がゾクゾクしてくる。
「………」
うっかり心の思いが顔にでも出ていたのか、テオが胡乱な眼差しを向けてくるのに気がつき、慌てて表情を引き締めた。
様々な馬車と出迎えの生徒達とでごったがえす中、学生服を着たテオノアは学院の正面ホールに向かう階段の端に立っていた。
ここなら喧騒を避けられるうえ、兄のユキヤの馬車が来たらすぐに発見できるからだ。
「兄さん….」
父親譲りの精悍な美貌は、パーティーに浮かれる学生達とは違い、険しい表情に彩られていた。
これから確実に起こる事…。自分のせいで、最愛の兄の身に降り掛かってしまう災難を嫌でも考えてしまい、不安と焦燥感がつのる。
その感情の赴くままに、階段の端から端までイライラと右往左往しているテオノアだったが、その背後から聞き慣れた呆れ声がかかった。
「おーいテオ?これから誰かが出産か?少しは落ち着けよ」
「うるさい!エイトール!こんな時に変な冗談言うな!」
思わず振り向きざま怒鳴りつけたテオだったが、エイトールの顔を見るなりすぐにバツの悪そうな顔になった。
「…済まない。俺のせいで今迄謹慎させられていたっていうのに…」
「あ~、気にすんな!俺もアドルファスもキーランも、んな事全然気にしてねぇって。むしろお前の機転で良いタイミングで抜け出せて僥倖だったよ。もう少し遅かったら、賄賂払っても学院出られなくなっちまっただろうし」
エイトールは、沈痛な面持ちの従弟に軽い口調でそう言い放つ。
実際本当に間一髪だったのだ。
テオの話しによれば、自分達が学院を出発した直後、ローレンス王子の取り巻きの筆頭である生徒会の面々がやって来たのだそうだ。
用件はと言えば、ローレンス王子の誕生祭まで実家等の手紙のやり取りや外出は禁止する、との旨を伝えられたのだと言う。
当然、自分達の所にもその通達が行ったらしいのだが時すでに遅く、俺達はしっかりテオの実家に行った後だった。故にローレンス王子の大激怒を招いてしまったのだ。
そのお陰で、情報を伝えに行って学院に戻った自分達は「校則を破った罰(校則でもなんでもねーだろが!)」として、この一週間自室謹慎処分にされる羽目になってしまったのだ。
テオにはドア越しに散々謝られたが、俺達に悔いはない。その後、ユキヤがどのような対策を立てたのかを知る事が出来なかったのは非常に痛かったが…。
だが、自分のせいで兄を窮地に追い込んだと気に病んでいるテオに比べたら、俺らの焦燥など些細なものだろう。実際、一週間ぶりに見たテオは、痛々しいぐらいにやつれていた。
「他の2人も俺同様、『王子様の誕生日』って恩赦がおりて自室から釈放されてるだろうから、今頃こっちに向かって爆走してんだろ。ところで、ユキヤは?」
「…まだ来ていない。目立つのを嫌う人だから、多分わざと遅くなるように到着するんじゃないかな」
「うん、ユキヤらしいな、それ。…でも残念ながら、どう足掻いても目立つと思うけど」
テオとエイトールは、揃って周囲を見渡す。すると、こちらをチラチラ伺っている多くの生徒やその関係者達が一斉に目を逸らした。
だいたい、二十代以下の子弟や王族以外の親族参加が禁止されているというのに、家族の出迎えと称してウロウロしている生徒の数がやたらに多い。
何故か教師陣達の姿までもがチラホラ散見される始末。どう考えてもユキヤを一目見ようと集まって来た連中だ。しかもどんどんその数が増殖していってる。
「物見高い連中だな~。どーせ、会場で嫌でも見れるんだから、こんなトコ張ってなくてもいいじゃん。なあ?」
――まあ、気持ちは分からんでもないけど。
エイトールは、浮足立っている周囲を見ながら心の中でそう呟く。
実はユキヤには黙っていたが、社交界に一回も出席せず親戚達の前にも数えるほどしか顔を出さないユキヤは、巷では「深淵の黒百合」と言われ、勝手に妄想を膨らませた者達の憧れと羨望の的になっているのだ。
そんな高嶺の花が初めて大々的に公の場に姿を現すのだ。そりゃあ少しでも早く見たくなるのが人情ってモノだ。
しかも「あの」セオドア様の息子なのだ。
セオドア様も社交界嫌いで、そういった場に滅多に顔を出したりしないが、この国の貴族でセオドア様の顔を知らない者はいない。姿絵もこっそり貴族の間で流通している位だ。
セオドア様の実の息子。しかも、噂によれば容姿はそっくり。
だとすれば、嫌がおうにも期待が高まると言うものだ。
だが、中には本人を直接知りもしなくせに、ユキヤを悪し様に言う連中もいる。
――社交界に出ないのはともかく、貴族なら誰でも通う王立学院に行かないのはおかしい。
――きっと多少顔が良いだけの無能者だから、恥ずかしくて世間に出せないのだ。
――辺境伯の血が一滴も入っていない。血統的に劣る。
…等々。
まさにローレンス王子がテオに言ったような事を、口さがない連中は囀ずっている。
ユキヤは確かに貴族らしからぬ、規格外な奴だ。
俺の最愛の従弟殿は、贔屓目を差し引いても絶世の美貌を持っていて、でもその容姿や身分を鼻にかけることも無く、誰に対しても気さくに接してくれる。しかも、とても優しい奴だ。
その上、文武両道にひときわ優れているセオドア様手ずから厳しく教育されている。
魔力量も自分と同じかそれ以上だとテオから聞いているし、学院に入っていれば間違いなく生徒会入りしていたことだろう。
…残念ながら、今の生徒会は「ローレンス王子を崇め奉る会」へと変貌してしまっているが。
ただ惜しむらくは、本人にその自覚が皆無で、普段は平民が着るようなラフな服装を好んで着ている上、エプロン姿で粉まみれになっているか、運動着のようなものを着ていたりしている。
なので残念ながら、彼の着飾っている姿を見た事が従兄弟である自分達すらほぼない。
それゆえテオには大変申し訳ないが、かくいう俺自身も今現在、ユキヤ見たさにウロウロしている生徒達と同様、正装に身を包んだユキヤが見れる事を密かに楽しみにしていたりする。
ただでさえ完璧なあの美貌が、一体どれだけ磨き上げられているのだろうか…。考えただけでも身体がゾクゾクしてくる。
「………」
うっかり心の思いが顔にでも出ていたのか、テオが胡乱な眼差しを向けてくるのに気がつき、慌てて表情を引き締めた。
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