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第一幕 一族郎党祟られました。
一
しおりを挟む「無いわ……これは無いわ……」
会社の同僚の一人が、仕事中、突然立ち上がって悲鳴を上げながら首を掻き毟るのを見た、高校時代の、当事無駄美貌の持ち主だったそのクラスメイトは、泣きそうな声でわたしに連絡を取って来た。地元の高校を卒業して県外の大学に進学したから、時折手紙やメールで近況をやり取りするくらいで、直接電話でのやり取りをしたのは、これが五年ぶりとなる。彼女と出会った経緯から、わたしの得意分野を彼女だけが知っていて、中学で剣道部に所属していたわたしは、交流試合で出会った相手のチームのマネージャーに居た彼女が、当事その学校で起きていた‘騒ぎ’の解決に手を貸してくれたからという理由で、わたしと同じ進学路を選んでからの付き合いだから、直接の交流は、実質三年ほどだけども、わたしにとっては実に可愛い素直な友人だった。彼女の容姿と体質から、色々トラブルを招きやすい環境に導かれやすいのをわたしは知っていたから、その三年間で何かあるたびに、相談相手として話を聞いたり時には回避方法や退ける方法を教えたけれども、実行したのは彼女自身の力だったが……自分に降りかかる些細な‘怪異’とは違う、体験したことも見たこともない物ということでかなり動転している声音で状況特徴、被害者の様々を聞いて、場しのぎに、わたしは紙に札を書いてそれを携帯の写真機能を使って写し取り、それを友人のスマホへとメールに添付する。簡易的な禊として、身体に塩を振ってそれを白紙の紙に書いて、効くかどうか試してみろと、メールに入れた。一応知らせた札の効果は‘厄災避け’だ。
生まれ持った特別仕様の魂に、外部へと影響力を与える力を僅かなりにとも持つ、その美人な友人なら、他人が理解しようとは思わない、理屈で説明出来ない現象、大概の怪異の対策には、その術札で今まではどうにかなってきたから、それで大丈夫だとその時は思ったのだけど……。
今回に関しては、甘かったようだ。
何気につけたテレビのニュース番組で、原因不明の突然死が取り上げられていた。取材に応じた目撃者の話が、先ほど友人から聞いた状況と同じで、わたしは慌てて先ほど掛けて来た友人に連絡を取るため電話を掛けた。
初めは通じない。……嫌な嫌な予感がした。わたしは風呂場で冷水を浴びると、適当に身体を拭ってもう一度掛ける。………繋がることを念じながら、友人がわたしと連絡を取ろうと考えて居る事を‘信じながら’。
呼び出し音を鳴らし、通話に出るまで待っていると、十分ほどして相手は応じた。最初は無言だった。けれど、ややして温度の無い声音で「誰?」と聞いてくる。わたしは、深い溜め息を吐いた。
「……先ほど連絡を取った相手に対して誰何する必要がある? あなたこそ‘誰’。その声も、身体も、魂も、ありようも、わたしの領域だ。……どんな相手だろうと、その自由を奪う事を許さないよ」
わたしは携帯で返答しながら、新聞を括るために購入した細めの植物繊維で編んだ紐を用意し、両方の掌を開いた大きさの輪に成る様紐を切って先端同士を結ぶ。勿論固結びだ。次にコピー用紙に筆ペンで術式を描くと、台所から鶉の卵のパックを持ってくる。術式の上に外部と識別する意味で三重の輪を紐で作って、その中心部に鶉の卵を十個置いた。そして、最後にふたつきの空瓶を持ってくると、その表面に油性マジックで特別な言葉を書き込んだ。
応対相手は、くぐもった様子で狂乱的に嗤う。耳障りな笑い声を長々と響かせて恫喝してきた。
『……誰を相手にそのような事を抜かす! 人間が!!』
「知らないよ。……ただ、わたしの友達に手を出した。他の誰かじゃなく、このわたしの友達にね。……あんたが見下し、嘲る人間の力を舐めたことを‘後悔させてあげる’」
言葉は言霊。意志を乗せて通話していた携帯をそのまま瓶に当てる。すると通話の向こう側で異変が起きたようだった。焦るような声、罵るような声、二重三重に悲鳴と呻き声が響き、怒声と共に携帯を通じてジワリと黒い液体が滲み出し、蓋を開けた瓶の方へ傾けると、滴り始めた。初めは露が滴るほどだったが、今では勢いを増すように一筋の流れを作る。だが、瓶の中には溜まりながらもあふれる事は無かった。霧のように漂い、時折渦を描き、僅かに発光しながらも、留まる。やがて、携帯を通じて滴っていたものが、途切れるようになり、やがて何一つ零すことが無くなった。だからわたしは、瓶に溜まった何かに蓋をすると、改めて受話器に耳を当てて問いかける。
「……さて、私の声が聞こえる?」
そう呼びかけるとややして、泣き声混じりの応答があった。
『……聖ちゃん?』
「まぁ、一応こちらでソチラの問題起こしたブツを回収した。けど、現状回避だけだからね? 香里ちゃんが助けたいって動いたからには、相手は心根が真っ白なひとなんでしょ。……そうじゃなきゃ、いくら会社の同僚だからって、動かないよね?」
『うん』
「……まぁ、見た感じ、このままじゃあ、また送られてくるね? だから、そちらの人が気付いたら、半信半疑かもしれないけど、新規の神棚の用意……御札無しのね? 用意する事と、お酒と塩を用意する事。供物としてお米もね? え、ああ。仏壇に供えるような感じで、ご飯を炊いたら最初に供えるといいかな? ……それから、後で宅急便で送るから、中に同封されたそれを祭ること。真摯な祈り。ソレが相手に通じたら、もう二度とその人の所へソレは来ないし、しかも守りにもなると思う。最低限でも百八夜。最後の日を含んだ年末に、近所の神社か天満宮に、ソレをお炊き上げしてもらうこと。……いいね?」
わたしのその言葉を聞いて、怪訝そうに「どういう事?」と聞いてきたから、先ほど見つけた情報……ニュース番組の内容を教えると、友人は黙り込んだ。
「……その様子は、ある程度は知っていたと判断するけど?」
わたしのその言葉に、一つ溜め息をつくと、詳しい事情は知らないけれど……、そう前置きをして、本人曰く「原因不明」なんだけど、と香里はこう言った。
『……父方の親戚筋から突然始まった、様々な不幸な出来事が始まりなんだって。交通事故や殺人事件の被害者、その他の想像できるあらゆる形の災難が沸いて出るように次々と。……聖ちゃんに教えてもらったお札も効果はあったけど、会社が騒ぎになるほど、白眼剥いて相手が暴れて。その後は現場に居合わせたあたし含めて、会社に出勤していた夜勤の全員が身体に異変を覚えた。……自分の意思でね、身体を動かせないし、話せなくなったの。順番的には暴れる同僚を押さえつけていた上司や男性陣が最初。教えてもらったお札を筆記用具が入っている中に入っていた筆ペンで書いて……ああ、うん。油性マジックでも書いたけど、それは全然持たなかったの。そう、一応は暴れていた同僚を一時的に大人しくさせる程度には効果があった。けど……直ぐ燃え尽きちゃってね。怪奇現象に特徴的なラップ音は鳴り響くわ、家具やその他が動き出すわの阿鼻叫喚でね……燃え尽きるのを見て、手隙の皆で手分けして札を書いていたんだけど、効果のあるものやない物がまちまち。一番持続性があった、あたしが書いた札が尽きた時点で、どうする事も出来なくなって。……聖ちゃんが電話を掛けてきた時点では部屋に十五人、居たんだよ。……全員身体に急激に成長する水疱や皮膚の変質などで最初のうちはパニックになっていたけど、あたしが何かに身体を乗っ取られた時点で、意識を失ってバタバタ倒れたの』
「……うわぁ……」
『……ねぇ……ねぇ、これって‘何’?』
「‘祟り’だね。神仏の祟り。……同僚の親戚って何したの? テレビの報道を見た感じじゃ、逃れられたの、その同僚だけだと思うよ? ……貴女がいたから、その人は逃れられた。けど、その人の家族は、どうなんだろうね」
『……祟り……』
「基本的には‘因果応報’なんだよね? 特に神仏が関わるモンなんかは。んでもって、個人で贖えない規模のモンになると、血族全てで贖わせる事になる。理由を知らなくても、血が繋がっているというだけで、巻き込まれるんだ。だから、自分の命を守り、最後に残った母を一人残さないようにするためには、わたしの言った事、守ってって伝えてね? ……香里ちゃんは、わたしの忠告がどれだけ正しいか、‘身を持って’知っているでしょう?」
『……うん、判った。‘いつものように’説得する! だって、もうこれ以上、苦しませたくないし!』
「その調子! 頑張れ」
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