夜鳴き屋台小咄

西崎 劉

文字の大きさ
上 下
2 / 2

第一幕 三味線のおたえ

しおりを挟む

 四人がほろ酔い気分で浮かれながら談話していると、そこへ手拭いを被った女性が片手に三味線を持って、気ぜわしく周囲を見渡しながら通りすぎようとした。どうみても追われているようで、一計を案じた四人の内の一人が、屋台の裏側に匿いそしらぬふりして浮かれている。ほどなく数人の男たちが、女性を探しに訪れたが、三人がこの界隈でよくこの時間に飲んでいることは夜歩きをする者たちの中では有名だったために、軽く所在を問いかけるも飲みごとに逆に引き込まれそうだったために、早々に退散していった。男たちの姿が見えなくなって、女性は出てくると、お礼と共に、請われて状況を説明した。
 女性…名をおたえというが、ここの近所の居酒屋で働いている。三味線が得意で、時々近くの料亭に請われて教えに行くことがあるという。
 腕慣らしに、昼間、働いている店の近くにある川沿いで、弾くことがあるが、そういう時は時間に暇を持つ者たちが聞いていったり、談話したりしていた。
 その日もおたえは居酒屋での仕事を終えた後、最寄りの料亭で三味線を教えて、裏長屋の自身の部屋へ戻る途中だった。突然、バラバラと見知らぬ男たちに追われることになる。逃げながらの問答で知った事と言えば、とある男の事。聞き覚えがなくそれを伝えるも、全然信用してくれない。訳も判らないまま逃げまどううちに、女性にしては駿足の類に入る足の速さが幸いして、一度追手との間に距離を稼いでやり過ごし、そうして四人の所を通りかかったというわけだ。
 おたえの話を聞き、そういえばと、団蔵が思案顔で昼間、仕事の合間に昼食を縄暖簾で取っていた時、小耳を挟んだことがあった。おたえが知らないといった男の名。たしか乾兵は、元々二つ隣の米問屋の帳簿付けをしている男だった。だが、その米問屋が二月ほど前に押し込み強盗で出先に居て助かった乾兵を残して皆殺しにされ、未だ下手人が捕まっていないという話だ。団蔵は、その乾兵とおたえの話す者が同一人物かは知らないが、と注釈する。取り合えず、追手がある手前、匿う意味もあり、四人はおたえを一端自分たちが生活する長屋に連れていった。
 団蔵がおたえが働く居酒屋の主人と顔見知りもあって、身も知らない悪漢に狙われている旨を話して口止めし、ほとぼりが覚めるまで店に出られないことを伝えて了承を得る。
 義侠心のある居酒屋の主人は、おたえを娘のように可愛がっていたこともあり、快く承知してくれた。また、店に来る客の噂話にも注意しておくとも伝えてきた。
 おたえが四人の長屋を転々と回る間に、現八は元同僚から上司に関して愚痴をまじえながら、そういえば…と、辻斬りが起きたことを現八に話す。被害者の名前を聞いて驚いたのは、おたえの口から聞いた男の名前だったからだ。そして、その被害者の男に関して彼に親しい相手のこと調べているところだと。答えた。現八はついでにても言わないばかりにその乾兵の親しい相手で判った者の名を教えてもらう。
 その上げた名の中に、おたえが親しい簪職人の分太が居た。ちなみに、おたえのしている簪も、その分太の作だったりする。
 簪職人と聞いて、留吉は「そういや、最近変なスリが出ると聞いたなぁ」と話題を振ってくる。なんでも、簪専門のスリらしくて、今までに五人ほど被害にあっているそうだ。冗談まじりに「すられた簪が、実は全部分太の作だったりしてなぁ」とか笑って話していたが、その日の夜、三郎の屋台に顔を見せた、同僚の話で、その分太が辻斬りにあったという話だ。幸い目撃した人が居たことで、加害者は驚いたのか目測を誤り、結果、命に別状がない程度の怪我で済んだが、分太自身も理由が判らないと言う。
 三人はそれぞれの話を総合させて、つながりを考えると、やはり乾兵と分太が知り合いだということに関連性があるかも知れないと。
 それで、奇妙なスリが標的にしているという分太作の簪でおたえのを見せてもらうことにした。場所は分太の生活している長屋。分太は暫く姿の見えなかった、おたえが見舞いに来たことで、自分の怪我は棚上げし、我がことのように無事を喜んでくれた。そして、最近の簪を狙ったスリの話をし、分太に理由を聞くが、分太も理由が判らず首を傾げるばかり、だが、おたえのかんざしを分太が眺めているうちに、作者だからこそ気付いた、相違点があった。おたえの簪は、他の綺麗で可愛らしい簪とは少し違った独創的なもので、朝市でお馴染みの野菜を模した小さな米粒ほどの飾りが、涼しげな音を奏でる房の先にぶら下がっている。だが、その飾りの中に、分太が彫り込んで造った小物以外のものが紛れ込んでいる事に気付いた。五つの稲荷寿司と賽銭箱だ。  それを口にした分太の所に、現八とおたえを残し、ここの近くにある稲荷神社と賽銭箱付近を片っ端から調べて回った。例の乾太の住んでいた場所の付近を真先に調べたが特に成果は無い。勘違いかと首をひねっていたが、ふと思いついて今は廃墟となっている米問屋の敷地内に忍び込み探してみると、案の定庭園の片隅に小さなお稲荷様が祭られている。そのお稲荷様を調べると、中に回るような仕掛けがあり、試しに稲荷の数だけ回すと関門開きの扉のからくりが作動して、中に何かを書き綴った紙の束や和綴じの書物、小袋に包まれた薬草のようなものが出てきた。留吉はそれが阿片だと一目で判ったらしい。そして、書類に目を通していた三郎も読み進めるうちに厳しい表情となる。それは、この米問屋が別の者たちに隠れ蓑にされて密輸を手引きさせられた証拠となる物件だった。そして、不振な行動をする二人に気付いたおたえを追い回していた男たちが二人の前に現れる。留吉は、不埒者撃退用に常から忍ばせていた悪臭玉(放置されて数カ月経た腐れきった生み立て卵)を投げつけ撃退し、三郎はその臭気の為に顔を顰めながらも、側にあった箒の柄で応戦して廃墟を脱出することに成功する。そのまま三郎の知人の絵師の部屋になだれ込んで、襲ってきた連中の似顔絵を作成。翌日のあだ当たりも暗いような早朝、木戸が開くころにおたえと現八の所へ二人は戻り、相談の末、現八に愚痴りにきていた岡っ引きを留吉の料理で買収して直属の上司を紹介してもらい、自分たちを襲ってきた者たちの似顔絵と共に、簪に託された米問屋を隠れ蓑にした密輸の実態の証拠となる物を渡して任せることにした。おたえの身の安全を保証してもらうためにも、無念の死を遂げた米問屋の者たちや乾太のためにも。未解決だった事件でもあったために、その岡っ引きとその上司である同心は同僚を総動員して駆け回り、数日後、下手人を無事捕らえることに成功したと、いつものように酒盛りしながら料理をつついていた四人の所に、安堵した様子のおたえと共に、岡っ引きが来た。おたえも何時もの生活に戻れるとお礼を言ってくる。岡っ引きも頼ってくれた現八に、上司が機嫌良かったことと褒められたことを口にして酒盛りに混ぜてくれと楽しげだった。いつもの日常が戻ってる。今日も今日で四人は噂話に耳を傾け、仕事が終わったあとの酒盛りを楽しみにする。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

鈍牛 

綿涙粉緒
歴史・時代
     浅草一体を取り仕切る目明かし大親分、藤五郎。  町内の民草はもちろん、十手持ちの役人ですら道を開けて頭をさげようかという男だ。    そんな男の二つ名は、鈍牛。    これは、鈍く光る角をたたえた、眼光鋭き牛の物語である。

慶安夜話 ~魔天の城~

MIROKU
歴史・時代
慶安の江戸、人生に絶望した蘭丸は人知を越えた現象に遭遇し、そして魔性を斬る者となった。ねねと黒夜叉、二人の女に振り回されつつも、蘭丸は大奥の暗き噂を聞き、江戸城の闇に潜む魔性と対峙する……

局中法度

夢酔藤山
歴史・時代
局中法度は絶対の掟。 士道に叛く行ないの者が負う責め。 鉄の掟も、バレなきゃいいだろうという甘い考えを持つ者には意味を為さない。 新選組は甘えを決して見逃さぬというのに……。

吉原の楼主

京月
歴史・時代
吉原とは遊女と男が一夜の夢をお金で買う女性 水商売に情は不要 生い立ち、悲惨な過去、そんなものは気にしない これは忘八とよばれた妓楼の主人の話

劉縯

橘誠治
歴史・時代
古代中国・後漢王朝の始祖、光武帝の兄・劉縯(りゅうえん)の短編小説です。 もともとは彼の方が皇帝に近い立場でしたが、様々な理由からそれはかなわず…それを正史『後漢書』に肉付けする形で描いていきたいと思っています。 -------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 歴史小説家では宮城谷昌光さんや司馬遼太郎さんが好きです。 歴史上の人物のことを知るにはやっぱり物語がある方が覚えやすい。 上記のお二人の他にもいろんな作家さんや、大和和紀さんの「あさきゆめみし」に代表される漫画家さんにぼくもたくさんお世話になりました。 ぼくは特に古代中国史が好きなので題材はそこに求めることが多いですが、その恩返しの気持ちも込めて、自分もいろんな人に、あまり詳しく知られていない歴史上の人物について物語を通して伝えてゆきたい。 そんな風に思いながら書いています。

浅井長政は織田信長に忠誠を誓う

ピコサイクス
歴史・時代
1570年5月24日、織田信長は朝倉義景を攻めるため越後に侵攻した。その時浅井長政は婚姻関係の織田家か古くから関係ある朝倉家どちらの味方をするか迷っていた。

大航海時代 日本語版

藤瀬 慶久
歴史・時代
日本にも大航海時代があった――― 関ケ原合戦に勝利した徳川家康は、香木『伽羅』を求めて朱印船と呼ばれる交易船を東南アジア各地に派遣した それはあたかも、香辛料を求めてアジア航路を開拓したヨーロッパ諸国の後を追うが如くであった ―――鎖国前夜の1631年 坂本龍馬に先駆けること200年以上前 東の果てから世界の海へと漕ぎ出した、角屋七郎兵衛栄吉の人生を描く海洋冒険ロマン 『小説家になろう』で掲載中の拙稿「近江の轍」のサイドストーリーシリーズです ※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載します

番太と浪人のヲカシ話

井田いづ
歴史・時代
木戸番の小太郎と浪人者の昌良は暇人である。二人があれやこれやと暇つぶしに精を出すだけの平和な日常系短編集。 (レーティングは「本屋」のお題向け、念のため程度) ※決まった「お題」に沿って777文字で各話完結しています。 ※カクヨムに掲載したものです。 ※字数カウント調整のため、一部修正しております。

処理中です...