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第一幕 アンドロギュヌスの鍵
二
しおりを挟むスタンがスザンナと捜索隊を見送って二ヵ月ほど経過した時、捜索隊から連絡が入った。
「……海を探索するそうだよ。スタンギール」
フェムが城に届けられた定時報告を屋敷に帰ると教えてくれた。
「……海……ですか? 侯爵さま」
「そうだ、スタンギール。伝書鳩は呼ばれた様に、海へ向かったそうだ。それで、足止めになっている」
スタンギールは、スザンナと共に夕食後のお茶をしていたが、足止めになっていると聞いて首を傾げた。
「父から聞いたのですが、海と呼ばれる所は魔物の巣窟だそうですね。そんな所に連れていかれたのですか?」
スザンナは、フェムの分のお茶を侍女に頼むと、不安そうに顔を曇らせた。
「海に出るには、魔物を退ける技術の他に、その海路を知るものが居ないと帰ってこられないほど危険だと聞いています。その点に関してはどうすると、彼らは言っているのですか?」
フェムは、困った様子で頭を掻いた。
「現在漁村で航海技術を持つ者を探している最中だそうだ。あと、海に出る魔物に詳しい者たちも同時に探しているとも聞いた。……かなり時間がかかりそうな様相だよ」
スタンは、深くため息をつく。
「居場所さえ判れば、あとは簡単に助けられると思っていました。……シュレーン王子はご無事なのでしょうか?」
スザンナは、スタンの肩に手を置くと、
「ご無事でいらっしゃれば宜しいのですけれど……」
そう呟いた。
内陸部に住む者にとって、《海》は未知の世界に近い。
海という名を知る者たちにしても、海にまつわる様々な恐ろしい話を聞く事しか無かったから、行こうなどとは思う人はいなかった。
この大陸は四つの内海と一つの外海に囲まれている。
アルザスたちが向かったのは、その四つの内海の一つ、通称 《果ての無い海》と呼ばれている所で、隣国ソアラ王国と更に西にある宗教国家リマイラの国境沿いにある。
内海と外海を結ぶ様に、大河スーパイラがリマイラを真っ二つに割く様に横断している。
内海にしろ外海にしろ、人外のモノたちがそこに多く住み、時々気まぐれに海辺の村落を襲撃する事もあった事から、魔物との攻防に余念がない。
それでも村人が海辺の村を捨てずにおびえながらも戦いつつそこで生活を営むのは、故郷であるという意味以上に、様々な海の幸をもたらすからである。
海で取れる魚介類は主食であったし、珊瑚や真珠は都会に持っていけば高値で取り引きされた。
スタンにしろ、スザンナにしろ一般に流れる噂程度にしか海の実情を知らないから、海に行くと聞いただけで怖い話を聞かされた様な顔になる。
スタンは、しばらくスザンナとフェムの会話に耳を傾けていたが、話題が城にもたらされた探索の成果から個人的なものに変化しいったので、邪魔をしては悪いと気を遣い、早々に自分にあてがわれた部屋に戻った。
部屋に戻ると、天井近くの小振りのシャンデリアに止まったミルが気持ち良さそうに囀っている。
寝室に入ると、スタンはベッドに腰をかけて深くため息をついた。
「……ミルちゃん」
視線を向けて呼んだわけではなかったが、小鳥のミルは、スタンの声に反応して、風を切る様に飛来すると、スタンの肩に舞い降りた。
「るりりんは《海》にいるんだって」
ミルは不思議そうにスタンを見つめた。
――― ここにアレが居ないのだな?
「そう」
――― どうするのだ、帰るのか?
「取り敢えず、るりりんを皆が連れ帰ってくるまで、待つ約束したからね。待ってなくちゃ」
スタンは深くため息をついた。
――― ……暇……そうだな?
今度は右の腕から声が脳裏に届いた。
「バンクウ? ……うん。ちょっとね」
スタンは腕輪を外すと、自分の隣に置いた。
すると、腕輪が解けて人に似た形に変化する。
白銀の短髪に、深い真紅の瞳。
色こそ違うが、何処かスタンに通じる顔だちをした少年だった。
「この姿の方が、安心するだろう?」
バンクウが変じたその姿を見て、スタンは苦笑する。
瞳と髪の色が違うとは言え、スタンの一つ下の弟を模した様だった。
「……そうだね。見たこともない他人を側で見るより、可愛がっている弟の姿の方が、安心する」
バンクウはしたり顔で大仰に頷く。
「それより、暇だそうだな? 久し振りに 《遊ぶ》か?」
バンクウはいそいそと空間に手を延ばすと、光る落ち葉の様な固まりを取り出した。
それを見て、ミルは抗議する様に小さく囀ると、軽くスタンの肩から飛び上がって姿を変じる。
スタンの横に現れたのは、黒い髪と菫の瞳の少年だった。
スタンは、その姿も知っていた。2番目の弟の姿を模したらしい。
「酷いぞ、スタンギールは勝者と対戦する約束だろう? バンクウ」
「でも、暇だそうだぞ。我も眠るくらいしか現在はすることが無い。……つまらぬではないか」
スタンは、言い合いを始めた二人を呆れた様子で見ていたが、バンクウの持つ光る落ち葉の様なものに興味を持った。
「……ねえ、二人とも。それ、何?」
バンクウはミルとの口論を止めると、にっこり笑った。
「我等の《遊び》だ」
ミルも頷く。
「……疑似生命戦争をする時に使う《駒》を作る材料だ」
スタンは目を瞬いて、首を傾げた。
「……つまり、どういう風にするの?」
バンクウは少し考えてスタンを見た。
「《条件付け》を与えないままでは役には立たぬが……実践で教えよう。これを受け取れ」
バンクウは、スタンに光で出来た様な落ち葉を渡した。
スタンが不思議そうな表情でそれを受け取ると、今度はミルが説明する。
「羽化する前の《卵》を脳裏に浮かべるのだ。それは、スタンギールの意志を感じ取って変化する」
「……わかった」
頷いて、目を閉じた。
色々な卵を想像していたが、一番身近な《卵》といったら、鶏の卵だったので、それを脳裏に浮かべた。
しばらくして、手の中に固形物が出来ているのに気付く。
それになんだかほんのり温かい様な気がした。
驚いて目を開けると、そろそろと手を開く。
そこに拳くらいの大きさの虹色の卵が出来上がっていた。
「……本当に卵になったっ!」
驚いて目を丸くしていると、バンクウは奇妙な表情でその卵を見つめている。
「…………」
ミルも眉間に皺を寄せてその卵を見つめていた。
「……二人とも?」
スタンは様子の奇怪しい二人を代わる代わる見る。
訝しげに二人に問いかけたとき、虹色の卵が孵った。
ソレは卵の容量を遥かに越える大きさで、卵白の様なゼリー状の液体にまみれてずるりと地面に落ちる。
スタンは声に成らない悲鳴を上げて、思わず飛びのいた。
ミルとバンクウは、冷やかな眼差しで、孵化したソレを見つめる。
「………《陽》だな。アレを作り出すのは我らが担当したのか? もっともまだ完全に仕上がって無いらしい。……かなり時間がかかっているな。出来映えに満足していないのか、未だ試行錯誤しているのだろうか。こちら側に漏れ出た《力》が暴走して、制御出来ない様だ」
ぼそりと呟きながら眉間に皺を深く刻んで中空を睨む。
「《けはい》が無いと言うことは、これは《器》だけだな。これだけでは、使えん」
スタンは卵から孵化したモノを、こわごわと見ていたが、ある事に気付いて首を傾げた。
(……何処かで……見たことが、ある?)
誰だろうと考え込んでいると、バンクウは孵化したソレに触れた。
ソレは小さな真珠の珠になって、スタンの指を飾る指輪となる。
突然目の前のソレが消えたのに驚くスタンに、バンクウは笑みを浮かべた。
「……まだ、スタンギールには無理なようだ。だから、いつもの様にスタンギールの知る遊びをしよう」
すると、ミルが苛立たしげに舌打ちする。
「だから、何度言ったら判るのだ貴様はっ! スタンギールと勝負出来る者は、勝者だけだっ!」
バンクウは肩を竦めた。
「でも、先程の結果を見て判っただろう? 我等の同胞たちは、まだアレにかかりっきりだ。暫く手があかんぞ」
ミルはふと少し首を傾げて考え込んだ。
スタンは、指に嵌まった大粒の真珠のついた指輪を見ていたが、ミルとバンクウが再び口論を始めたのでオロオロと見守る。
「……ミルちゃん?」
視線が、俯いたミルとスタンは合った。次にミルは楽しそうな眼光を宿らせて、スタンに確認を取る。
「スタンギールは、《みんな》に勝ち抜いたらと、言ったな?」
スタンは、ミルが言った通りだったので素直に頷いた。
「そうよ」
すると、バンクウは意地の悪い表情をする。
「……《奴ら》と、やるのか?」
「仕方がないだろう? バンクウはスタンギールと勝負がしたい。我もしたい。だが、あそこに居た《みんな》は、忙しい。なら《他のみんな》に協力を仰ごうではないか」
「《領域侵犯》だぞ?」
「……我は、スタンギールと《遊び》たい。我の種族のみでするから、取り敢えず大丈夫だろう?」
すると、バンクウは軽く首を振って肩を竦める。
「……つまり、我は我の種族側ですればいいんだな? 確かに我がそちら側と勝負すれば、大きな《戦》の火種をつける事となる。要はそれぞれ勝ち抜いて、我とミルで勝負すればいいだけだ。我等が勝負する事に関しては戦争とはならぬからな。我等を止める権利を持つモノを有している故」
初めは乗る気が無さそうだったミルの瞳がやる気でキラキラと輝いている。
バンクウも不敵な笑みを浮かべていた。スタンは首を傾げる。
「……ミルちゃん?」
説明を求めるかの様に問いかけると、ミルはにっこり笑った。
「スタンギール。審判をしてくれるだろうか? どうせ、スタンギールはしばらく暇なのだろう?」
意味が判らず、目を点にする。
「……確かに、する事は無いけど」
「どうだ? 新しい《遊び》を覚えるつもりで見学に我と共に参ろう。審判といっても、そう難しい事はない。現場に立ち会うだけだ」
スタンは少し考えた。
「…………それは、つまりここを離れるという事よね?」
脳裏に滞在を許してくれているスザンナの顔が過った。急に居なくなって、心配はかけたくない。
「安心しろ。スタンギール」
スタンの危惧を敏感に察したのか、バンクウは軽くスタンの肩を叩いた。
「出掛けるのは寝静まった夜だ」
ミルも同意する様に「そうだ」と頷く。
「しかも、《海》だぞ? スタンギールは海を直接には見たことが無いだろう?」
それは、本当だったので一つ頷く。
「《海》と言えば、スタンギールの《従者》の事を知っているやつが早々に見つかるかもしれん。見つかったら、我々はここに用が無い。リスロイに帰れるだろう?」
スタンは驚いた様にバンクウとミルを見た。
「……もしかして、あたしのために《遊ぶ場所》に海を選んでくれたの?」
バンクウは真紅の目を和ませた。
「海の事を知るには、海のモノに聞けばいい。あいにく向う先は《外海》の方だが、我等に少し《伝》がある」
スタンはキョトンとした表情でバンクウを見た。
「……スタンギール。もう少し我等を頼ってもいいのだぞ?」
ミルも何度も頷きながら強気の笑みを見せる。
「我等が認めたモノを喜ばせるため、行動を起こすことに関しては、やぶさかではないが」
スタンは、小さく震えると側の二人に飛びついて抱きしめた。
「バンクウ、ミルちゃん。有り難う!」
ミルはバンクウとまんざらでも無いような表情でスタンを受け止め、クスクス笑った。
その仕種が酷く人間臭い。しかし、それは仕方がない事かも知れなかった。
スタンの知るモノたちの中で、彼らが一番スタンと接触する時間が長いのだ。
《人間の様な反応》は、スタンを見て覚えたらしい。
だから、会話する上でミルの次にバンクウが流暢だったりするのだ。
「……さて……と。もう一つ、実験のつもりで付き合ってくれないか?」
ミルは話が一段落つくと、中空を彷徨わせる様に手を振り、何処からか漆黒の霧状の闇を引き出すと手繰って見せた。スタンはそれを見て、不思議そうにミルを見た。
「……色と形状が違うけれど、先程バンクウの持っていたモノと同じ種類のもの……かな?」
ミルはにこりと笑った。
「そうだ。先程のものはバンクウの属性を持つものだが、こちらは我と同じ属性を持つ」
そういって、ミルはスタンに手繰り寄せた闇を手渡した。
「目を瞑って……先程と同じ要領だ」
何が出てくるかドキドキしたが、言われた通りスタンは目を瞑って卵を想像した。
今度は先程より小さめの鶉の卵を連想する。
何故なら鶏の卵を想像して、アレほど大きなモノが出てくるのなら、小さい卵のほうが孵化したものが小さいと思ったのだ。
だが、それは大間違いだった。
確かに目を瞑っている間に手のひらに生じた固形物は想像どおりの大きさだったが、孵化した後は先程とは違う意味で絶句した。
半透明で幽霊の様だが、ミルやバンクウの本体ほどの巨体だったのだ。結果を見たミルは肩を竦めてバンクウを見た。
「……《陰》だな。《予想通り》だ」
「……ミルちゃん?」
ミルはにこりと笑った。
「この《材料》を加工出来るのは、創造した存在しか出来ない。例外は、創造者より強い力を持つ同じ属性のモノだけだ。そうでないと、意味が無い。……予想どおり、これも意志の力を感じられない」
ミルがそれに触れると淡い光になって、バンクウの作った指輪に吸い込まれる。
軽く肩を竦めてみせてバンクウを見る。
「どうやら、我の同胞もアレに関わっているようだ。そうでなければ、これを創造することが出来た説明がつかない」
スタンは先ほどから頻繁に出てくる《アレ》の意味に疑問を持った。
「バンクウとミルちゃんの友達が作っているアレって?」
二人は同時にスタンを見て答える。
「スタンギールの器の事だ。たった一つしかない、最強のモノ。我ら魔とバンクウの聖の双方を持つ、狭間の器だ」
「………ふぅん」
ミルの説明を聞きつつも、いまいち理解出来ていないスタンである。
「それで? 心が無いって? 使えないってどういうこと」
ミルは一つ頷いた。
「このようにして生み出された器《魂》は、普通心が宿っている。そうして、産み出し加工した者に疑似生命は絶対服従を誓うものなのだ。……バンクウの材料で、スタンギールは《聖の器》を作った。我の材料で我の属性の《魔の器》を作った。本来反発し合う聖と魔が引き合って人に酷似した生き物を産み出した。……スタンギールは孵化した《聖の器》を見て、知っていると思った。材料を加工する時、何を感じ取った?
この二つは世界に現出し生きるために必要な《心》が欠けている。だから、このままではただの人形だ」
指輪の中に納まった二つの《身体》。それは身体的特徴がそれぞれ違ったが、どちらも同じ顔をしていた。
何処かで見た様な気がするが、判らない。
考え込んでいると、バンクウは小さく笑う。
「……まあ、いい。多分これは必要になるからこそ切っ掛けを得て、孵化してきたのだ。スタンギールの手で作られる事に意味があるのかもしれん。末にこの二つの身体を手に入れる何かの意志が働いたのかもしれん」
スタンは不思議そうに首を傾げた。
「今は判らない?」
肯定するように、バンクウは頷いた。
「その時になれば……判るだろう」
ミルも同意する様に頷いたので、スタンは無理やり納得する事にした。
(……後で、判る……か)
ちょうどその時、扉をノックする音がして、スタンは音のする方へ顔を向ける。
「お夕食の準備が整いました。旦那様と奥様が食堂でお待ちです」
かわいらしいお着せを纏う侍女が、軽いノックをして入出の許可を得ると、スタンにそう知らせてくれた。
スタンは反射的に背後にいるはずのバンクウとミルを見たが、バンクウは腕輪に、ミルは小鳥に戻っていて、気持ち良さげに囀っていた。
それを見て、安堵の吐息がスタンから漏れる。
「いかがなさいますか?」
スタンは、「わかりました」と答えて立ち上がると侍女に続いた。
スタンの背後で扉が軽く軋む音がして、扉が閉まる。
それをミルが背もたれから見守っていた。
見守りながら、小さな嘴で羽繕いしながら戻ってくるのを待っていた。
針の様に細い月が中天に差しかかるころ、スタンはバンクウとミルに連れられて、海原へ来た。
すったもんだの押し問答の挙げ句、現在眼前では大小様々な異形のモノたちが、怒声や歓声を上げて《疑似生命戦争》を繰り広げていたりする。
スタンは顔をやや引きつらせながら、本体に戻ったミルの肩に腰掛けて成り行きを見ていた。
視界が、いつもの何千倍も高いのは、仕方がない。
ミルがスタンの肩に留まっている時はこういう視点なのだろうかと、ふと考えた。考えながら、中空で繰り広げられる展開を見る。
(あんまりこの遊戯、好きになれないかも……)
《代理戦争》なのだ。
つまり、自分自身が作りだした、生命を宿した生き物を使って、自分たちの代わりに戦わせる。
しかもその生命は、作りだしたモノの力量によって強さに差が出るから、生まれてすぐ死んでしまう命もあるのだ。
死ぬと判っていても、力量を正確に認めないモノも多いから、生命の方が相手の力量を悟っていても、製作者が
《行け》と命令されれば、死ぬと判っていても戦わずにはいられない。
無駄死にも多く、見ていられなくてスタンは目をそらす事もしばしばだった。
(生命の倫理なんて、彼らには無いんだ……だって、彼らにとって生命は遊ぶための 《玩具》なのだから)
スタンは無意識に、試作とはいえ作りだしてしまった《器》の宿る真珠の指輪に触れた。
(……あたしは、作ってしまったコレでは遊びたくない。……死なせたくない)
確かに、この遊びは臨場感溢れてエキサイトするだろう。
自分自身を、作りだした生命に投射して、より楽しめるかもしれない。
だが、生み出されてしまった命の立場は、その心は……。
完全に無視なのだ。
異形の神や魔神たちが作りだした、異形の生命、生き物たち……。
(……あたしたち人間も、魔神や神たちにとって、駒の一つなのかも知れない)
魔神や神が集い、円陣を組んだその中央で繰り広げられる代理戦争。
その中で、ミルとバンクウが作りだした 《駒》は、スタンに豪語しただけあり、圧倒的な強さを誇っていた。
スタンはリャーメンに来る前にリスロイに集う《みんな》と交わした会話を思い出す。
そして、苦笑した。
(たしかに、あたしは判っていなかった)
疑似とはいえ、簡単に命を生み出す存在。
弄ぶ存在。
それを当然だと思っている存在がいる事に。
(……魔術師や魔導士たちが、彼らと契約を結びたがる理由も判った)
目の前で繰り広げられる壮絶としか言いようのない《理由無き》戦闘。
見ている内に、納得する。
人間は元々魔力を生み出す性質を備えていない。
あるのは、魔力を収める空の《器》だけだ。
だから、無いものを使おうとする場合、魔物や精霊たちと契約を交わして、空の《器》に魔力を《注いでもらう》。
魔物や精霊たちは、中空に溶け込んだ四大元素《火・風・大地・水》と陰陽《影・光》の活力、いわゆる
《魔力》を呼吸する様にかき集め操る事が出来る性質を持っているからだ。
また、魔物や精霊たちの上位に存在する、神とか魔神などと呼ばれるミルたちの種族は、四元素や陰陽に潜む活力を生み出すモノ。
かき集め操る魔物や精霊たちと違い、その魔力が体内から枯渇する事はない。
つまり無尽蔵なわけである。
ゆえにその効果は想像を絶する。
「……ミルちゃん」
呼ばれて、出番待ちをしていたミルは己の肩に座るスタンに視線を向けた。
振り返る様な事はしない。
そんな事でもしたら、肩に座るスタンが髪の毛で払われて落ちてしまうからだ。
「……なんで、ミルちゃんたちはあたしに戦勝点をくれたの? ……あたしの手札なんて、いくらでも読めたでしょう?」
『…………』
「見ていて思ったのだけど、あたしの存在は、ミルちゃんたちが作りだした《駒》とかわらない。……ううん、もっと力が無いよ」
『…………』
フッとミルが小さく笑った様な気がした。
「ねえ、どうして? ミルちゃんやバンクウの種族は力のある《強い》モノが一番なんでしょ? 勝ちを譲るなんて真似は、そのプライドが許さないはず」
すると声が響いた。苦笑まじりの囁くような声が脳裏に。
『我等は手を抜いていない。こればっかりは本当のことだ。……あそこに集ったモノたちで、スタンギールの手を読もうとしたモノは少なからず居たが、結果はごらんのとおり出来なかった。理由が判るか?』
スタンは素直に否定の意味で首を振る。
『スタンギールには、本来人間に備わっているはずの《魔力の器》が無い。……力を振るい、思うがまま操ろうにも、操るものが無ければ叶わぬこと。……不思議な現象よ、何の悪戯がスタンギールという命を生み出したのか……。未知のモノ故に先が読めない。手の打ちようがない。……目の前の生き物が《何》であるのか、判らない。我等にとって
《判らない》という事実は、ありえない事なのだ。森羅万象溶け込む《活力》を生み出す我々にとってはな? あるまじき事だが、人間相手に初めて恐怖を覚えたよ』
スタンは不思議そうにミルを見つめる。
「あたしとミルちゃんたちの勝負には、命がかかっていないのに? ミルちゃんやバンクウたちの様に、あたしは色々な事が出来ないのに?
何よりミルちゃんたちは握りつぶす様にあたしを殺す事ができるんだよ」
ミルは顔を奇妙に歪めた。
『……スタンギール、己がどの様な形でとはいえ、完全に敗北した相手に対して命を摘み取る行為は、例え相手が人間だとしても、我等の種族では恥でしかない。我等やバンクウたちが、この空間を満たす全てを見通せることが
《当たり前》、知っている事が《当たり前》、自由に対象物を操作できて《当たり前》だったのだ。だから、スタンギールに教わったあの《遊戯》。つまらぬ物だと、当然スタンギールの母親が作る《ぱい》とかいうやつを食せるのだと思っていた。……だが、結果はどうだ?
我は読めず、操作できず、完敗だ。不思議だった……我が自覚しているより己の実力が劣っていたのか?
それほど己を過大評価していたのか。その答を知るために、スタンギールが後にバンクウと名付けた存在をこの勝負に誘った。あやつらも力に重きを置く種族だ。何処までスタンギールに勝負出来るか見てみたかった。……そして結果はごらんの通りだ。我等やバンクウの種族では《力》は絶対で、永遠だ。……勝利したモノが全ての頂点に立つ。だから、スタンギールが我等を疑う様な《手加減した》という事実は無いのだぞ?』
ミルが真剣な表情で説明をしてきたので、スタンは降参し、苦笑して一つ頷いた。ふと前方で歓声が上がり、どうやらバンクウの族側でも勝負がついた様である。ミルはスタンを肩に乗せたまま笑った。
『結局、我とバンクウの勝負となったか』
バンクウの方へ移動をはじめたミルの肩で、スタンは先程まで感じていた《駒》たちのけはいが、たった二つを残して消えている事に気
付いた。
それの意味する事は明白である。
みんな戦いに負けて《消滅》してしまったのだ。
「……ミルちゃん、ミルちゃんとバンクウの勝負は、あたしの教えた遊戯では駄目かな?」
ミルが生み出した《駒》や、バンクウが生み出した《駒》が、殺し合って死ぬのは見たくなかった。
綺麗な生き物たちだったのだ。
ミルは驚いた様にスタンを見下ろした。
「提案があるのだけど」
『…………』
スタンはにこりと笑ってこう言った。
「この決勝戦は、三人でしよう。……あたしが負けたら、ミルちゃんたちとバンクウたちの分の今までの戦勝点、ゼロにしてあげる。そうしたらみんな、自由だよね?」
『…………』
「もしあたしが勝つことが出来たら、商品が欲しいな?」
スタンの提案に、ミルは目を丸くする。
『……物を欲しがるとは、珍しいな。……まあ、戦勝点が更に加算されるより有り難いが。……で、なんだ? 欲しいものとは』
スタンは「うん」と一つ頷いた。
「二人の作った《駒》が欲しいの。……駄目かな?」
ミルは更に目を丸くしてしばらくスタンを見ていたが、次に破顔した。
『こんなのをか? ……掛け金としては、スタンギールの方が大きいぞ』
スタンは肩を竦める。
「みんな、戦勝点、戦勝点ってこだわっているけれど、それがみんなの足かせになっているのならチャラにしてもいいって思っていたのだもの。何も縛るつもりは無かったのだから。……でも、何もなくチャラにするのは、ミルちゃんたちには気持ち悪いんでしょ?なら、これがいいかなって、思ったわけ」
ミルは奇妙な目でスタンを見た。しばらく見ていたが、「判った」と承諾する。
後でそれを聞いたバンクウもその勝負の条件に応じた。
そして……様々な異形のモノたちに囲まれたまま、スタンが提案した二対一のカード遊戯が開始される。
だが……夜明けごろ、勝負がついた。
地響きをたてて、バンクウとミルが引っ繰り返り、固唾を呑んでその勝負の成り行きを見守っていた異形のモノたちから、恐怖に似た呻きが漏れる。
スタンは困った様に頭を掻きながらバンクウとミルにこう言った。
「…………えっと……ね、えへっ。二人の 《駒》貰うね」
スタンは、ここに集ったモノたちに勝利した二人に勝負して勝った事で、更なる《もの》を新たに背負う事となるわけだが、その事実を知るのはもう少し後の話である。
もっとも、それを密かにミルたちは狙っていたふしもあったわけであるが……。
「んで、そろそろ夜明けだし……帰ろう?」
ミルとバンクウは、心持ち肩を落として一つ頷いた。
『…………また、負けてしまった』
『折角いままでのツケが清算される機会だと思っていたのに……』
頭を抱えて呻く二人に、慰めるような声音でスタンは言った。
「……先程、この《外海》と呼ばれる海には、るりりんを見たことがあるモノは居ないって、教えてもらったの。だから、直接内海へ行くしかないみたい。……一応内海に住むモノたちへ《話》は通してくれるって!
だから、ここでの用事もう無いし……帰ろう」
『…………』
「そんなに落ち込まないで……。取り敢えずこの勝負の事はみんなに黙っておいてあげるからさ、ね?」
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