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プロローグ
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喧騒の渦が、その世界を取り巻いていた。
背中に極彩色豊かな双翼を生やした者達が辺りを駆けめぐり、天を飛翔し、「誰か」を探していた。
「×××さまっ!」
血相を変えて、その界で一番大きな神殿の奥の部屋に数人の神官が駆け込んできた。
部屋には豪奢な金髪を背に流した青年が一人、窓ガラスの向こう側に広がっている中庭に咲き誇る花々を静かに観察している。
「×××さまっ!」
息を切らす神官達へ、ゆっくりと振り返った。その青い双眸には穏やかな光が宿っている。
「はっ!くまなく捜索したのですが、今のところ彼女を発見したという者は誰一人おらず……」
報告する者の失望の色は濃い。
「…………」
「アルゴル神官が率いる捜索隊の報告では、異界へ通じる扉が僅かに開いていたという事でした。ですから、念のため捜索の範囲を異界まで広げようかと」
「…………」
青年は優雅な足取りで、自分専用のデスクに戻ると、銀と朱色で飾り枠が描かれた用紙に、サラサラとペンを走らせる。
「……異界へ降臨する許可を出そう。これが、その許可証だ。ただし、条件をつける」
書きおえた紙をクルクルと丸め、蝋をたらして印を付ける。それを神官の一人に渡した。
「それぞれの異界への使者の資格を持つ者に向かわせる事。……何しろ、「彼女」以前に堕天した者たちが、七十パーセントの割合でしか捕獲出来ていないのが現状だからね。くれぐれも……」
青年のその言葉の続きを誰もが胸中で呟く。
(ミイラ取り(堕天使狩り)が、ミイラ(堕天使)に成らないように)
神官達は一礼して早々と退出した。扉の閉まる音が重くその部屋に響く頃、青年は憂鬱なため息を一つ漏らす。
「……戦士としては、優秀な者だったと言うのに……何が不満だったのだろうか?」
引出しの中から一束にまとめられた書類を取り出した。それは過去、この界…通常「天界」と呼ばれる場所から堕天した者や行方不明になった者達のリストである。
「……何を、彼らは求めたのだろうか」
もっとも、そのリストに乗っていない者も勿論いる。堕天した全ての者を把握する事は、いくら七天(七層ある天界)の最上級の神官長でも出来る事ではない。
青年は、最下層である第一天と呼ばれるここ、「天界」の神官長であった。この界での出来事は、一応把握はしているが、しかし完全ではない。
そう、彼ら全ての「父」であり、崇め敬愛を捧げる対象である「神」以外には。
「全て我々は『満ち足りているはず』なのに、何を……」
しかし、その疑問の答えを見いだす前に、この部屋を訪れた者により、思考が逸れる。
その者が運んできた紅茶で喉を湿らせる頃には、その「湧き上がった疑問」は、どうでもいい事になってしまった。……もう、興味を引く事柄でも無くなったのだ。
色とりどりの花が咲き乱れていた。夢見心地な芳香が絶えず満たすここは「天界」の下に存在すると言われる異界の一つ「精霊界」。
その一部に少女達が集っていた。誰もが不安げな様子で年頃の同じほどの異彩を放つ少女を見ていた。
「桜華……」
白磁の肌に明るい色の髪がなびく中、黄金の肌と黒髪は、回りから確かに浮いていた。
「セラータさま。桜華は大丈夫です」
手には真珠色の卵が一つ。触れると判るように、ほんのり温かい。
「わたくしたちの一番末の妹……」
銀の髪に優しい緑の瞳の女性が涙を浮かべてふんわりと桜華を抱きしめた。
「……あなたしか、あの『異界』の場所を知らない。あなたしか、あの方の嘆きに終止符を打つ手だてを持っていない。だけど、幼いあなたを一人送りだすのが、とても不安なのよ……」
桜華は首を振り、微笑んだ。
「桜華は、大丈夫です」
セラータの隣に立つ、ポントワや他の少女達を見た。そうして、愛しげにその卵を見つめる。
「桜華にとってはあの異界は『故郷』ですし、何より桜華は大好きだった兄上に会えるのですもの。……あの方は、兄上の大切なたった一人の人になってくれるとおっしゃったのですもの。ええ、桜華は無事導いてみせますわ」
一人の精霊の少女が、「人間界」と呼ばれる異界に密かに降臨した。その懐には淡く輝く真珠色の卵…中に天界人が眠る「天使卵」を忍ばせてある。彼女は次元回廊と呼ばれる、あらゆる異界に通じる迷宮を無事通り抜け、そうしてかの地に降り立った。
────今から、十六年ほど前の話である。
背中に極彩色豊かな双翼を生やした者達が辺りを駆けめぐり、天を飛翔し、「誰か」を探していた。
「×××さまっ!」
血相を変えて、その界で一番大きな神殿の奥の部屋に数人の神官が駆け込んできた。
部屋には豪奢な金髪を背に流した青年が一人、窓ガラスの向こう側に広がっている中庭に咲き誇る花々を静かに観察している。
「×××さまっ!」
息を切らす神官達へ、ゆっくりと振り返った。その青い双眸には穏やかな光が宿っている。
「はっ!くまなく捜索したのですが、今のところ彼女を発見したという者は誰一人おらず……」
報告する者の失望の色は濃い。
「…………」
「アルゴル神官が率いる捜索隊の報告では、異界へ通じる扉が僅かに開いていたという事でした。ですから、念のため捜索の範囲を異界まで広げようかと」
「…………」
青年は優雅な足取りで、自分専用のデスクに戻ると、銀と朱色で飾り枠が描かれた用紙に、サラサラとペンを走らせる。
「……異界へ降臨する許可を出そう。これが、その許可証だ。ただし、条件をつける」
書きおえた紙をクルクルと丸め、蝋をたらして印を付ける。それを神官の一人に渡した。
「それぞれの異界への使者の資格を持つ者に向かわせる事。……何しろ、「彼女」以前に堕天した者たちが、七十パーセントの割合でしか捕獲出来ていないのが現状だからね。くれぐれも……」
青年のその言葉の続きを誰もが胸中で呟く。
(ミイラ取り(堕天使狩り)が、ミイラ(堕天使)に成らないように)
神官達は一礼して早々と退出した。扉の閉まる音が重くその部屋に響く頃、青年は憂鬱なため息を一つ漏らす。
「……戦士としては、優秀な者だったと言うのに……何が不満だったのだろうか?」
引出しの中から一束にまとめられた書類を取り出した。それは過去、この界…通常「天界」と呼ばれる場所から堕天した者や行方不明になった者達のリストである。
「……何を、彼らは求めたのだろうか」
もっとも、そのリストに乗っていない者も勿論いる。堕天した全ての者を把握する事は、いくら七天(七層ある天界)の最上級の神官長でも出来る事ではない。
青年は、最下層である第一天と呼ばれるここ、「天界」の神官長であった。この界での出来事は、一応把握はしているが、しかし完全ではない。
そう、彼ら全ての「父」であり、崇め敬愛を捧げる対象である「神」以外には。
「全て我々は『満ち足りているはず』なのに、何を……」
しかし、その疑問の答えを見いだす前に、この部屋を訪れた者により、思考が逸れる。
その者が運んできた紅茶で喉を湿らせる頃には、その「湧き上がった疑問」は、どうでもいい事になってしまった。……もう、興味を引く事柄でも無くなったのだ。
色とりどりの花が咲き乱れていた。夢見心地な芳香が絶えず満たすここは「天界」の下に存在すると言われる異界の一つ「精霊界」。
その一部に少女達が集っていた。誰もが不安げな様子で年頃の同じほどの異彩を放つ少女を見ていた。
「桜華……」
白磁の肌に明るい色の髪がなびく中、黄金の肌と黒髪は、回りから確かに浮いていた。
「セラータさま。桜華は大丈夫です」
手には真珠色の卵が一つ。触れると判るように、ほんのり温かい。
「わたくしたちの一番末の妹……」
銀の髪に優しい緑の瞳の女性が涙を浮かべてふんわりと桜華を抱きしめた。
「……あなたしか、あの『異界』の場所を知らない。あなたしか、あの方の嘆きに終止符を打つ手だてを持っていない。だけど、幼いあなたを一人送りだすのが、とても不安なのよ……」
桜華は首を振り、微笑んだ。
「桜華は、大丈夫です」
セラータの隣に立つ、ポントワや他の少女達を見た。そうして、愛しげにその卵を見つめる。
「桜華にとってはあの異界は『故郷』ですし、何より桜華は大好きだった兄上に会えるのですもの。……あの方は、兄上の大切なたった一人の人になってくれるとおっしゃったのですもの。ええ、桜華は無事導いてみせますわ」
一人の精霊の少女が、「人間界」と呼ばれる異界に密かに降臨した。その懐には淡く輝く真珠色の卵…中に天界人が眠る「天使卵」を忍ばせてある。彼女は次元回廊と呼ばれる、あらゆる異界に通じる迷宮を無事通り抜け、そうしてかの地に降り立った。
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