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十一 魔獣市場 上
しおりを挟むラジーヌルト島で知り合った一見極悪人の男を連れて、つるぎたち一行は、ヴァーユの呼んだ鳥類最大の鳥、グワバ(黄色の下地に豹柄の羽根を持つオウムに似た姿の鳥)に乗り、空の旅を二日間経験したあと、この辺りでは一番大きな島であるポクト大島に着いた。
空の旅の間に、色々と自身の事を語ってくれた男…名をガリバ=グラチェスと名乗ったが、ポクト大島の上空に到達した時、つるぎたちにこう言った。
「これから“大掃除”するから、町の宿屋で待っていなさい。全てにカタがついたら、色々と観光に連れていってあげよう」
ポクト大島の中のルチアの町外れで、ガリバはグワバを下りると、にこやかにそう言った。
「大掃除?」
何か含みのある言い方をしたガリバに、つるぎが聞き返すと、ガリバはニヤリと笑う。
「そりゃあ、おじさんを懇切丁寧に島流しをして下さった者たちに、それなりの仕返しをしたいからねぇ。……だけど、お嬢ちゃんたちが巻き込まれる様な事に成らないためにも、用心しておいた方がいいから、一度、ここで別れる。宿屋は……そうだな、西の中央に教会が見えるだろう?あそこの斜め前にある、子牛亭に居てくれ。俺の名前“ガリバ”の名を出し、その紹介だと言えば、料金は後払いに成るから」
そう言って、観光案内をしてくれると言った男と別れてそろそろ二日経つ。その間に、部屋の中で、ラジーヌルト島から持ってきた物を仕分けしていた。まず、ヴァーユとナパート二人を留守番させた後、つるぎは雑貨屋で大きめの旅行鞄を一つ、それに小さな革袋と色のついた紐を四、五種類、銀貨五枚で買えるだけ買って、小袋と紐を使い、持ち込んだ物を分類しはじめる。結果……
「ヴァーユ、金貨の袋、何個出来た?」
「百枚、一袋として四十五袋出来たよ。余りは二十四枚ほどだけど」
床にペタンと座ったまま指で示しながら数えていたヴァーユは、にっこり笑って答えた。次にヴァーユの後ろで懸命に袋の数を数えていたナパートが吐息をついて、つるぎの方に顔を向ける。
「銅貨はね、百枚一袋で五十袋だよ。端数は二十枚」
「わたしの方はね……」
指で示して数えながらつるぎは言う。
「えっと、銀貨の袋が四十八と貴金属が二十袋かな?」
辺り一面小袋の山。カラフルな紐で中身が区別される様にしているが、かなりの量である。ヴァーユは目を丸くした。
「ツルギ、よくこれだけの量、持てたねぇ」
「袋に分けたから多く見えるのよ。それに、運んだのは殆どヴァーユの呼んだグワバだったし」
答えたつるぎは、肩を竦めて何でもない様子である。
「それで、お姉ちゃんは、これを減らすって言ってたけど、何に使うの?」
つるぎはニッと笑った。
「使うなら、有意義な事に使おうと思ってね」
ヴァーユは、そのつるぎの笑みを見て、悪戯を考えている子供の様だと思う。
「有意義?」
笑みの意味が判らなくて、聞き返すナパートに、つるぎはナパートの頭を撫でてあげながら言った。
「こういう手段は、あまり気分のいい事じゃないけど、一人でも助けられる事には変わりないわけだし」
「……?」
つるぎは、満面の笑顔を二人に向けると、先程町中で聞いた事を口にした。
「あのね、この町の外れの森で、魔獣市場が開かれるんだってっ! 宿屋のおじさんに、その事を話したら、連れていってくれるって」
魔獣市場と聞いて、ナパートとヴァーユは嫌そうな顔をした。
「…………」
「そこで、このお金を使うの」
二人が本気で嫌そうな顔をしているので、つるぎは困った様に首を傾げた。
「一人でも、人間から開放された方がいいじゃない。……そりゃ、騒ぎ起こしてドサクサで逃がすのも手だけどね。でも、後が面倒だと思うのよ。もう、おいかけっこはうんざりでしょ?」
開放と聞いて、ナパートは少し顔を明るくした。
「……仲間を助ける事になるよね?」
だが、ヴァーユの顔色は冴えない。
「でも、ツルギ。ツルギが捕まったらどうするの?」
心配そうに、つるぎの服の裾を握りしめて言った。途端、ナパートも不安そうな表情をする。
「……お姉ちゃんも、売れるって言われたんでしょ? 捕まった時」
つるぎは、捕まった当時を思い出した、顔を引きつらせた。
「……どうやら、わたしの“色”の取り合わせが珍しいらしい事を言ってたよね、あのおっちゃん……」
ズズイッと身を乗り出し、益々不安そうな表情をするヴァーユとナパートである。だが、それに比べ、つるぎは淡白だった。ニパッと笑うと、両腕で二人を抱き寄せる。
「わたしの世界の言葉に“虎穴に入らずんば虎児を得ず”という諺があってね、危険を侵さなければ功名がたてられないって事なのよ。……この場合は、ヴァーユやナパートの同胞を助けられないって事よね」
心配そうに見上げてくるヴァーユとナパートに頬ずりする。
(かーわいいっ!……なんて、可愛いんでしょ。この子たちって)
「でも……ツルギ。ツルギに何かあったら、ぼく……」
涙をじわりと浮かべてヴァーユは、真紅の目を真っ直ぐつるぎに向ける。ナパートとヴァーユを腕から開放すると、つるぎはニコリと笑んで、二人の顔を覗き込んだ。
「だーいじょうぶだって! 今回は、保護者が居るんだし、第一あの時のやつらがわざわざここまで来てるなんて考えられないし。……居たら……居たら、逃げるから」
不安な顔をさせないように、ニコリと笑顔を作って見せた。だが、それでもまだ不安そうな顔をしていたので、つるぎはこう聞いてみた。
「ヴァーユは、わたしが呼んだら何処でも聞こえる?」
ヴァーユは、何のことだか判らないが、戸惑いながら頷いた。
「……うんっ! 何処に居ても聞こえるよ。どんなに離れていても、ツルギが付けたぼくの名前を呼んでくれれば聞こえる」
つるぎはにっこり笑った。そして「提案するよ」とでも言わないばかりに、ヴァーユの方に顔を突き出し人差し指を軽く立てる。
「じゃあ、こうしようね?……わたしが、危ない事に巻き込まれそうになったら、ヴァーユを呼ぶから」
「えっ?」
「ヴァーユ、わたしを助けてくれるよね?呼んだら来てくれるよね?」
ヴァーユは念を押すように言うつるぎに、ちょっとムッとした。
「ぼくはツルギの“守護聖獣”なんだよっ!ツ・ル・ギ・だけのっ“守護聖獣”なんだから。だから、だからっ! ツルギの声がぼくに届かない事なんて絶対ないんだからねっ。ツルギは、ぼくを信頼しなくちゃならないんだよ? そうしないと、ぼくの存在意義が無いんだからっ。……絶対、なんだから。これは」
ムキになって自分自身の胸を叩き、一気にそう言い切って、肩で荒く息をつく。「信頼してないわけじゃないよ。だって、ヴァーユは大事だから。この世界での初めてのお友達なんだから……」
泣きそうな様子のヴァーユに、困った様子で言った。ヨシヨシとヴァーユの淡い水色の髪を撫でながら言う。
「わたしは、ヴァーユ無しでは、この世界の右も左も判らないのよ?」
「…………うん」
「わたし、危険になったら“呼ぶ”から」
グイッと腕で涙を拭うと、ヴァーユはニコッと笑った。
「判ったっ! 急いで、来るからねっ」
それまで、オロオロと二人を見守っていたナパートが、初めて口をはさむ。
「じゃあ……そういう事態が起きた時、ガリバおじさんはどうしましょうか?」
つるぎは、少し思案した後、肩を竦めてみせた。
「……その時は、ガリバおじさんには悪いけど、この旅館のおじさんにそう伝言を残して、旅をさっさと再会しちゃいましょ」
ヴァーユもナパートもつるぎが第一だったので、あっさりと頷いた。元々お金を入れてきた袋に、小分けした小袋を入れなおし始めたつるぎを見ながら、ヴァーユは、念を押すように言う。
「……怪我しちゃ、駄目だからね?」
過保護のようだなぁと思いながら、つるぎは苦笑しつつも頷く。
「はいはい」
「本当だよ?絶対の絶対、だから」
「はぁーい」
しかし、つるぎは甘かった。事態はそんなに単純には出来ていない事を、後で思い知る事になる。
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