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1章
受け入れること
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フラペチーノで冷えた口を、エスプレッソで温めながら、課題を囲んであーでもないこーでもないと話し合っていた。
最早、談笑までもヒントの山だ。
教授の手帳も片手に開けて、あらゆる用語に物議している。
「私たちは、所謂『シスジェンダー』っていうので合ってるかな?」
「でも、それって自分の性別が『体と心が一致している』状態ということだよね?」
『シスジェンダー』……自分の生来の体と心の性認識が一致していることだ。
令和まで極一般的とされてきた性自認である。
「そうなるね……。」
「今の御時世で、その感覚は当て嵌まるの?」
当然の疑問だ。
2087年の日本では、『性別』自体が廃止されているのだ。
生まれてこの方、感じているものなのだろうか?
「……難しいね。」
「うん、眞緒に同じく。」
「じゃあ、どうして『シスジェンダー』が当て嵌まると考えたのでしょうか?」
「モニカさん……今はその根拠を探してる……。」
「そうではなくて、瞬間的な感覚の話です。」
私は、息を呑んだ。
そうか……こういうのは理論や理屈ではなくて、根拠もいらないのだ。
全ては、曖昧模糊で有耶無耶な感覚の話なのだ。
「…………病院の話はした?」
「した……。」
「それだよ……唯一、自分の体の役割を認知できるときがあって、その瞬間に違和感もなく受け入れられるのが……。」
「そう、私もそれがあるから、多分『シスジェンダー』じゃないかと感じたんだ。」
『シスジェンダー』と言われる性の形は、私にも、恐らくモニカさんにも共感は出来ないと思う。
分かれと言われても、無理なものは無理である。
感じたことが無いのだから……。
しかし、歩み寄ることはできるかもしれないのだ。
そのことを、今聞いて、『当事者』という表現をした教授の意図が垣間見えた。
「私は私で、多分二人と感覚が違うから、分からないってことかな?」
「実際に言い合うこともなかったし、そういったことって話す気にもならなかったよね。」
「うん……自分の中では当たり前でも、他人は違う……頭では分かっていても実感はないよね。」
「そうか……。」
「大栄さん、私も同じですよ……きっと。」
それぞれ微妙に、個人の感覚は異なるだろう。
それが当たり前なのだ。
「どうやったら受け入れられるんだろう?」
「無理なんじゃないかな……悪い意味じゃなくて。」
「どういうこと?」
「だって、抑々の基盤が違うんだから、ゲームソフトみたいに互換という風には、容易にはならないでしょ?」
「眞緒の言う通り、人間なんだからさ……だけど、否定するのは絶対に違うと思う。」
「そうですね……『何となく』というのが大事なんじゃないですか?」
「私も賛成!」
「そうよね……私たちも『何となく』で、美乃を理解した気になっていた……だからこその関係だと思う。」
「そうか……今までもありがとうね、二人とも!」
大きく違う感覚や見解の相違がある相手を、差別することなく認め合う方法。
それは、漠然と理解して、漠然と受け入れて、自分の感想はさらりと流してしまうこと。
偏見や違和感は綺麗に受け入れて、その上で消化してしまうこと。
これに尽きるのだと、このとき感じた。
令和までは、私たちのような存在は、『受け入れてもらう』側にいたのだ。
「やっぱり、今の日本って、逆にそういったひと達を傷つけかねないよね?」
「うん……まだ、平成時代初期の方がマシと思うときがあるよ。」
「そう?」
「だってさ……自分の存在意義を探求する機会が消えるじゃん。」
「個人の問題じゃない?」
「違うよ……疑問を感じなきゃ、人は動かないよ。」
「みっちゃんの言うとおりね……批判は何も、悪いことばかりじゃないもの。」
「私も、そういった反面教師というものがあって、善処へ進めるのだと思います。」
あらゆる差別の垣根が消失したことにより、今度はあやふやになって、逆に違う問題を抱え込むことになったのだ。
それは『悪意の忘却』である。
平成時代から人々の間で大事にされてきたもの、それは『過ちを忘れないこと』だ。
それによって、同じことを繰り返さないように努力をしてきた。
それは性差別に対しても、同じことが言える。
平成時代になってからは、日本はあらゆる国の性差別を批判し続けながら、男尊女卑という思想が染みついている中で、改善しようと世代を追う毎に努力を重ねてきた。
私達は歴史の授業を含め、様々な先生が雑談で、他には聞こえない様に話していたのを聞いてきた。
これは課題内容が重く、壮大になりそうだ。
私は天井を一瞬仰いだ。
最早、談笑までもヒントの山だ。
教授の手帳も片手に開けて、あらゆる用語に物議している。
「私たちは、所謂『シスジェンダー』っていうので合ってるかな?」
「でも、それって自分の性別が『体と心が一致している』状態ということだよね?」
『シスジェンダー』……自分の生来の体と心の性認識が一致していることだ。
令和まで極一般的とされてきた性自認である。
「そうなるね……。」
「今の御時世で、その感覚は当て嵌まるの?」
当然の疑問だ。
2087年の日本では、『性別』自体が廃止されているのだ。
生まれてこの方、感じているものなのだろうか?
「……難しいね。」
「うん、眞緒に同じく。」
「じゃあ、どうして『シスジェンダー』が当て嵌まると考えたのでしょうか?」
「モニカさん……今はその根拠を探してる……。」
「そうではなくて、瞬間的な感覚の話です。」
私は、息を呑んだ。
そうか……こういうのは理論や理屈ではなくて、根拠もいらないのだ。
全ては、曖昧模糊で有耶無耶な感覚の話なのだ。
「…………病院の話はした?」
「した……。」
「それだよ……唯一、自分の体の役割を認知できるときがあって、その瞬間に違和感もなく受け入れられるのが……。」
「そう、私もそれがあるから、多分『シスジェンダー』じゃないかと感じたんだ。」
『シスジェンダー』と言われる性の形は、私にも、恐らくモニカさんにも共感は出来ないと思う。
分かれと言われても、無理なものは無理である。
感じたことが無いのだから……。
しかし、歩み寄ることはできるかもしれないのだ。
そのことを、今聞いて、『当事者』という表現をした教授の意図が垣間見えた。
「私は私で、多分二人と感覚が違うから、分からないってことかな?」
「実際に言い合うこともなかったし、そういったことって話す気にもならなかったよね。」
「うん……自分の中では当たり前でも、他人は違う……頭では分かっていても実感はないよね。」
「そうか……。」
「大栄さん、私も同じですよ……きっと。」
それぞれ微妙に、個人の感覚は異なるだろう。
それが当たり前なのだ。
「どうやったら受け入れられるんだろう?」
「無理なんじゃないかな……悪い意味じゃなくて。」
「どういうこと?」
「だって、抑々の基盤が違うんだから、ゲームソフトみたいに互換という風には、容易にはならないでしょ?」
「眞緒の言う通り、人間なんだからさ……だけど、否定するのは絶対に違うと思う。」
「そうですね……『何となく』というのが大事なんじゃないですか?」
「私も賛成!」
「そうよね……私たちも『何となく』で、美乃を理解した気になっていた……だからこその関係だと思う。」
「そうか……今までもありがとうね、二人とも!」
大きく違う感覚や見解の相違がある相手を、差別することなく認め合う方法。
それは、漠然と理解して、漠然と受け入れて、自分の感想はさらりと流してしまうこと。
偏見や違和感は綺麗に受け入れて、その上で消化してしまうこと。
これに尽きるのだと、このとき感じた。
令和までは、私たちのような存在は、『受け入れてもらう』側にいたのだ。
「やっぱり、今の日本って、逆にそういったひと達を傷つけかねないよね?」
「うん……まだ、平成時代初期の方がマシと思うときがあるよ。」
「そう?」
「だってさ……自分の存在意義を探求する機会が消えるじゃん。」
「個人の問題じゃない?」
「違うよ……疑問を感じなきゃ、人は動かないよ。」
「みっちゃんの言うとおりね……批判は何も、悪いことばかりじゃないもの。」
「私も、そういった反面教師というものがあって、善処へ進めるのだと思います。」
あらゆる差別の垣根が消失したことにより、今度はあやふやになって、逆に違う問題を抱え込むことになったのだ。
それは『悪意の忘却』である。
平成時代から人々の間で大事にされてきたもの、それは『過ちを忘れないこと』だ。
それによって、同じことを繰り返さないように努力をしてきた。
それは性差別に対しても、同じことが言える。
平成時代になってからは、日本はあらゆる国の性差別を批判し続けながら、男尊女卑という思想が染みついている中で、改善しようと世代を追う毎に努力を重ねてきた。
私達は歴史の授業を含め、様々な先生が雑談で、他には聞こえない様に話していたのを聞いてきた。
これは課題内容が重く、壮大になりそうだ。
私は天井を一瞬仰いだ。
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