寄生蜂

新帯 繭

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1章

3話 ~Parasitoid wasp story~

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コンビニからの岐路の道中、店内で会った遊兎のことを思い返す。
思えば思う程に、何とも不思議な気分だった。
確かに泣き虫で、顔立ちの整った、カッコいいというよりもカワイイという印象の男の子だった筈が、今さっき目の前にいたのは、お洒落な女子力満点の童顔女子だったのだ。
急に可憐な姿へ変貌した少年に、単純に胸が高鳴る感覚がしたことに、戸惑いを隠せそうにない。

「はー……次、会ったらどうしようか……。」
思わす溜息と独り言が漏れる。
一緒に遊んだ記憶と今の見えるものとのギャップに、行動のコントロールができそうにない。
何せ、幼いころは恋愛対象としての感情は、一切なかったからだ。
あの頃は互いに心の性別と見た目が一致していたのだ。

俺は男を好きに離れない。

その女の子に、遊兎は見た目からなっている。
それも本職の女性でも、中々いないレベルの上玉と来た。

遊兎は俺にとって、飽くまで弟のような存在だ。
その存在意義が揺れることの重みを、俺は本能的に理解している。
双方とも十分に大人になったとはいえ、相手は未熟な未成年だ。
何より、弟の方が気がかりだ。

遊兎の弟、鳳我は常に遠くにいた。
必ず前に出て、周りを出し抜くような、所謂ガキ大将だった。
そんな彼は、俺と一緒だと縮こまるようにして、距離を置いて委縮していた。
俺は妙な違和感を覚えたのを、今でも覚えている。

鳳我は遊兎のことを、『お姉ちゃん』と呼んでいた。
その関係性にも、奇妙さを禁じえず、疑問符が絶えなかった。
その癖に俺が近づくと、顔を赤らめて逃げていた。
俺は追い掛けこそしなかったが、やはり気になって仕方がなかった。

考え事をしながら歩いていると、電柱から誰かが覗き込んでいるのを、気配で感じた。
古典的だなと、独り言のように思いながら、少し無視して10mほど歩いた。
途中で、だるまさんが転んだのように振り返る。
そこには隠れる場所などない。

「で……誰ですか?」
頓馬な追跡者を拝んでやろうと、にじり寄ると逃げようとして足を縺れさせた。
すると観念したかのように、天を仰ぎ始めた。
街灯にストーカーの顔が照らされる。

「ご……ごめんなさい、蜂川さん。」
そこにあったのは見慣れた苦手な顔だった。
「バイト君?」
「えーと……太郎です。」
そう……いつもオドオドしているアルバイトの子だ。
本当に、まさかの人物である。

「名前に興味はないよ。」
「僕は『バイト』という名前ではありません!」
会話が成り立たない。
所詮、『バイト君』は『バイト君』。
彼に対して、名前も素性も何一つ興味がない。
俺が気にしているのは、何故付いてきておいて謝るのかだ。

「あのさ……この際名前なんて、どうでもいいんだよ。」
「よくありません!」
彼は必死に、こちらを睨んで叫んだ。
「僕には名前があって、ちゃんと読んでほしいんです!」
嗚呼……こちらにも非があるということか。
先ほど名乗った名前を、思い返しながら呼んでみることにした。
「……わかったよ、納君。」
すると、未だに不服そうだが、言い返しては来なかった。
「ところで、何故後ろを尾けてきたの?」
「あなた、女性ですよね?」
何だか棘のある物言いに聞こえて、少し腹が立った。
確かに女性ではあるが、普通は察して言わないのが、暗黙のマナーであり、それを口にすること自体が常識的に考えて、有り得ないことなのだ。

「それがどうかかしたの?」
つい挑発的に、角が立つように言い返した。
「そんな恰好をすることは可笑しいですよ。」
まるで侮蔑された湯に耳に入り、怒りを覚えた。
法律なんかなければ、とっくに殴っているところを、理性が何とか抑えてくれた。

「それを言うことが何の得になるのですか?」
怒りが収まりはしておらず、震えるような声で問い質す。
なんなら喧嘩をする気満々で、怒りを抑える気は毛頭ない。
会話が成り立たないことも、怒りに拍車をかけていた。

すると、バイト君が逆ギレして、表情を引き攣らせた。
「男じゃない……男に見えるみたいだけど、僕は女だ!」
俺は驚いた。
バイト君は同じ境遇だったのかと、この瞬間は理解していた。

「そうだったのかい?」
「そうだよ!」
バイト君は急に、泣きそうな表情になった。

このとき、自分とは対極の境遇だったのだという真実を、ようやく理解できた。
「毎日、男として扱われて、そう接されることに恐怖があった……その所為でビクビクして過ごすことが癖になった。」
急にぽつりぽつりと話始める。
こちらは殆ど興味がないのに、口が開き続けている。

「そんなときに男の姿をしたアンタがいたんだ……憎らしかったよ、端麗な容姿の癖に、わざと男っぽい見た目になって、羨ましいものを全部捨て去っていった、アンタが目の前にいるんだから当然だよね!」
何故か、次第に興奮してきて、声に怒気が含まれていった。
だが同時に、言いたいことと今までのことが、全て合致していく。

要するに女性として扱われたいのに容姿が邪魔なのだ。
俺も聞くまでは、バイト君を男だと思い、その態度に対してイライラしていたが、今聞いた後だと印象が変わってくる。
そうか……これが性別差別というものなのか。
酷く思い知らされる気分だ。

「でもそれは今、後ろを尾けてきたのとは、話が関係ないよね?」
この一言で、バイト君……もとい太郎さんは俯いて黙り込んだ。
「ねえ、何で尾いてきたの?」
ようやく観念したのか、もじもじしながら口を開く。
「実は…あなたといつも一緒にいる、藺牟田さんのことを訊きたくて……。」
「いむた?」
一瞬、名前を言われて分からなかった。
しかし、同じ職場の人間しか共通しないので、思い巡らせることにした。

「…………えーと、同じ薬剤師のあいつ?」
「そうです、同じ出身大学の藺牟田さんです。」
同じ大学の出身は、自分の知る限りは同僚のあいつしかいない。
「あー……アイツがどうかしたの?」
「僕のことを、どういう印象持っているか、知りたくて……でも、いつも距離を置かれて敬遠されているのだけは分かってるから、こうして尾いてきてでも、会話をする機会を伺うしかなかったんです。」
「なら、ストレートに話しかければ良いじゃん……そういう態度にイライラするから、距離を置いてるんだよ。」
正直なところ、こちらにとって身勝手な理由で迷惑させられていることに納得がいかずに、ストレートに物を言い過ぎた。
しかし、後悔はしていない。
ここで関係が悪くなれば、それは願ったり叶ったりだ。
二度と話しかけないで欲しいのが、本音である。

「なら……明日の20時ごろは空いてますか?」
唐突なる突拍子の無い発言に、目が飛び出そうになる。
「は……?」
この太郎という人物には、空気が読めないのだ。
味噌粕にされる理由に、充分値するだろう。
恐らく、御両親からも目に映るのが、こういったヤバさが接しにくいから、放置する以外なかったというのが、俺の見解である。

「君さ……何考えてるの?」
「へ?」
「今、そんなこと言える状況なわけ?」
「え……あ、はい……。」
とことん空気が読めない。
というよりも、状況の理解が難しいようだ。
これは本当に面倒臭い。

恐らく、子ども時代に、酷い扱いを受けていたのには違いなさそうだ。
実際に、見た目が悪いからと言って、それだけで虐待を受ける子どもが、日本に少なからず存在する。
虐待を受ければ、どんなに素晴らしい潜在能力があろうと、開花することなく二次障害を発症するケースが多い。
特に重篤なものだと、発達障害と似た症例が後を絶たないのだ。
俺が何故、それを知っているかといえば、医学部との合同講義で、医学生から話を聞いたことがあったのと、自分のことを相談したときに同じ答えが返ってきたからだ。

自分はまだ、幸運な方だ……。
二次障害といえば、鬱っぽいのと人が怖いということだけだ。
目の前の太郎さんは、典型的である。
「太郎さん、俺は行かないよ……相手は友人以前に職場の同僚だし、本人のいないところで話をすること自体、強い抵抗がある。」
きっぱりと断り、これ以上関わらないようにしよう。
そう考えて、その場に立ち尽くす太郎さんを、置き去りにするように去ろうとした。

「あの……っ!」
後ろから、泣きそうな声で叫ばれた。
後ろを振り返ると、何処となく少女の表情が見える。
「私の名前を聞いてください……ひょっとして勘違いされている気がするので……!」
先ほど名乗った以上の興味はないと考えたが、どうやら相手は何が何でも聞いてほしいようだ。
これ以上付き纏われたくないので、大人しく聞くことにした。
「名前?」
「僕……私は、太郎沙也加……男系家系の家に生まれた、太郎家の長女です。」
俺は呆気に取られた。
『太郎』は名前じゃなくて、苗字の方だった。
顔の差異はアレでも、どういう扱いを受ければ、ここまで性別を悪い方向へ間違えさせるのだろうか。
俺は今までの感情とは真逆に、憐れさに強く同情してしまった。
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