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20話

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 女性は戸惑いを見せつつも覚悟を決めたのか、レリアードをそっと抱き直しながら立ち上がり、静かにイーディスの元へやって来た。何も言葉を発さずにやって来てくれる辺り、察しがよくて頭は悪くないような気がする。レリアードの侍女で間違いないならどのみち少なくとも頭は悪くないだろう。

「大きな声は出さないでね。私はヘルフォルト侯爵令嬢、イーディス・ディーン。あなたはレリアードの侍女で合っている?」

 イーディスはとりあえず安心してもらうために自分の名前と身分を名乗ってから質問した。すると女性はコクリと頷き「フリーデと申します」とだけ告げてきた。余計なことは声にしない辺り、やはり頭は悪くないようだ。

『とりあえず一旦お前はここで見張ってろ』

 外ではそんな声が聞こえてきて少し静かになった。もしかしたら様子を見にその見張りの男が部屋の中へ入って来るだろうかと暫くイーディスとフリーデは固唾を呑んで様子を窺っていたが、どうやら今のところ入ってくることはなさそうだと判断した。もしかしたらレリアードを抱えた侍女がここにいるからと安心しているのかもしれない。
 外の見張りだけでなく眠っているレリアードを起こさないためにも二人は静かに話した。

「──そう。あなたはこの家の娘だったの」
「はい……申し訳ございません」

 ただでさえ侍女は普通のメイドと違ってそれなりに裕福な家の娘が担当することが多いが、王宮付きならなおさら貴族の娘が選ばれる。フリーデもこの屋敷の持ち主である男爵の娘なのらしい。他にも加担している貴族は何名かいるらしいが、とにかく自分の父親が首謀者であることに間違いはないと言う。親の命令に逆らうこともできず、フリーデは今回のことに加担する羽目になったようだ。それも王位継承第一位である王子をさらう実行犯である。ずっと堪えていた反動か、今は小さく体が震えていた。それでもレリアードを抱く腕はしっかりしているようで、イーディスはフリーデを憎む気になれない。
とはいえ普通なら処罰は免れないだろう。

「あなたができるのであればやりたくなかったであろうことはわかるわ。ただこのままだと処罰は免れない」
「……わかっております。私は決してしてはならないことを致しました。殿下はこんなにお可愛らしいのに……」
「ただ怯えて終わる必要はないでしょう。レリアード殿下を可愛いと思うのなら、あなたが知っている今回の計画などをすべて教えなさい。とりあえずこれから殿下をどうする予定だったの」

 話を聞くと、やはりレリアードは殺される予定だったようだ。そしてフリーデももう男爵令嬢として戻ることはできない。例え父親が捕まることがなくてもこのまま遠い田舎で修道女として生きることになっていたと消え入りそうな声で話してくれた。男爵は「一緒にさらわれたかもしれない娘も行方不明のままだ」とでも言い張るつもりなのだろう。
 実際、上流階級と言えどもある程度でしかない貴族は自分の娘を修道院へ送ることが少なくない。息子ならば出世を狙わせるが、娘には嫁資、要は嫁入り支度として一財産を与えなければならない。裕福な貴族の元へ嫁ぐならまだしも、その負担を軽減する手段として修道院は有用されていた。一般庶民の女性が修道女となることはまずなかった。その階級の女性はむしろ家庭の労働力であったし、そもそも修道院へ入れるための持参金がない。
 ただイーディスの場合は家がいくらでも嫁資を与えてくれるだろうが本人が結婚から逃れたいがために修道院へ入ることを就職活動の一環として考えており、今も思わず「いいなあ」と言いそうになり誤魔化すために口元に手を添えて小さく咳払いをした。

「私はこのままレリアード殿下を殺させたくないの。もちろん私も死にたくない。でもこのままここにいてはすぐ殺されるだけでしょう。なので何とかして逃げたいと思っているんだけど、フリーデはどうしたい?」
「わ、私ですか……?」

 まさかどうしたいかと聞かれるとは思っていなかったらしい。ずっと伏せがちだった目を見開いて戸惑っている。だが小さく息を吸い込むとまだ少し震えつつも「殿下をお救いしてください。私も手助けをいたします」とイーディスの目を見てきた。イーディスは力強く頷いた。
 しかしまだどうしようと上手く逃げ出す方法を考えつく暇もなく、部屋におそらくこの家の男爵と従者だろうか、三人の人の男が入ってきた。

「初めまして、ヘルフォルト侯爵令嬢。お会いできて光栄だと言いたいところだが、とても残念なことにもうお別れをしなくてはならないようです」
「……まあ、どういうことでしょうか」

 どういうことかくらいはわかっている。だが少しでも時間を稼ぐなり隙を見つけるなりしたいイーディスは惚けることにした。

「他の伯爵や子爵、男爵とも話し合ったのですがね、レリアード殿下とご一緒に旅に出て頂きたく思いまして」

 どこへの旅だよクソ野郎と言いたいのを堪え、イーディスは「旅、ですか」と困惑顔を作る。

「本当に勝手な願いで申し訳ないと思っておりますよ、侯爵令嬢。旅の支度は私の使用人に任せたいと思っております。では、私は失礼いたします。フリーデ、お前はこちらへ来なさい」
「……で、ですが今殿下を離すと目を覚まされて泣き出されるかもしれません、ので……」
「ふ、む。まあよい。しかし後で後悔しても知らんぞ」

 それが娘に対する態度か、と吐き捨てたいのも何とか堪え、イーディスは黙ったまま男爵が部屋を出ていくのを見送った。そして残った従者たちに向き直る。

「あなた方が私と殿下に何をしようとなさっているのか把握しております」
「……悪いがこれも仕事なんで」
「そんな言葉は結構です。ただ一つだけお願い。祈りたいの。私を巻き込んだのはそちらでしょう。せめてお祈りの時間を頂きたいと存じます。殿下の分まで。どうか」
「……十分だけやろう」
「ありがとう。ではお祈りの間、外で待っていていただけますか。ここは二階でしょう? どのみち逃げ場なんてありません」
「仕方ないな……十分間、存分に祈れ」

 言い捨てると、男二人は出ていった。
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