20 / 27
20話
しおりを挟む
女性は戸惑いを見せつつも覚悟を決めたのか、レリアードをそっと抱き直しながら立ち上がり、静かにイーディスの元へやって来た。何も言葉を発さずにやって来てくれる辺り、察しがよくて頭は悪くないような気がする。レリアードの侍女で間違いないならどのみち少なくとも頭は悪くないだろう。
「大きな声は出さないでね。私はヘルフォルト侯爵令嬢、イーディス・ディーン。あなたはレリアードの侍女で合っている?」
イーディスはとりあえず安心してもらうために自分の名前と身分を名乗ってから質問した。すると女性はコクリと頷き「フリーデと申します」とだけ告げてきた。余計なことは声にしない辺り、やはり頭は悪くないようだ。
『とりあえず一旦お前はここで見張ってろ』
外ではそんな声が聞こえてきて少し静かになった。もしかしたら様子を見にその見張りの男が部屋の中へ入って来るだろうかと暫くイーディスとフリーデは固唾を呑んで様子を窺っていたが、どうやら今のところ入ってくることはなさそうだと判断した。もしかしたらレリアードを抱えた侍女がここにいるからと安心しているのかもしれない。
外の見張りだけでなく眠っているレリアードを起こさないためにも二人は静かに話した。
「──そう。あなたはこの家の娘だったの」
「はい……申し訳ございません」
ただでさえ侍女は普通のメイドと違ってそれなりに裕福な家の娘が担当することが多いが、王宮付きならなおさら貴族の娘が選ばれる。フリーデもこの屋敷の持ち主である男爵の娘なのらしい。他にも加担している貴族は何名かいるらしいが、とにかく自分の父親が首謀者であることに間違いはないと言う。親の命令に逆らうこともできず、フリーデは今回のことに加担する羽目になったようだ。それも王位継承第一位である王子をさらう実行犯である。ずっと堪えていた反動か、今は小さく体が震えていた。それでもレリアードを抱く腕はしっかりしているようで、イーディスはフリーデを憎む気になれない。
とはいえ普通なら処罰は免れないだろう。
「あなたができるのであればやりたくなかったであろうことはわかるわ。ただこのままだと処罰は免れない」
「……わかっております。私は決してしてはならないことを致しました。殿下はこんなにお可愛らしいのに……」
「ただ怯えて終わる必要はないでしょう。レリアード殿下を可愛いと思うのなら、あなたが知っている今回の計画などをすべて教えなさい。とりあえずこれから殿下をどうする予定だったの」
話を聞くと、やはりレリアードは殺される予定だったようだ。そしてフリーデももう男爵令嬢として戻ることはできない。例え父親が捕まることがなくてもこのまま遠い田舎で修道女として生きることになっていたと消え入りそうな声で話してくれた。男爵は「一緒にさらわれたかもしれない娘も行方不明のままだ」とでも言い張るつもりなのだろう。
実際、上流階級と言えどもある程度でしかない貴族は自分の娘を修道院へ送ることが少なくない。息子ならば出世を狙わせるが、娘には嫁資、要は嫁入り支度として一財産を与えなければならない。裕福な貴族の元へ嫁ぐならまだしも、その負担を軽減する手段として修道院は有用されていた。一般庶民の女性が修道女となることはまずなかった。その階級の女性はむしろ家庭の労働力であったし、そもそも修道院へ入れるための持参金がない。
ただイーディスの場合は家がいくらでも嫁資を与えてくれるだろうが本人が結婚から逃れたいがために修道院へ入ることを就職活動の一環として考えており、今も思わず「いいなあ」と言いそうになり誤魔化すために口元に手を添えて小さく咳払いをした。
「私はこのままレリアード殿下を殺させたくないの。もちろん私も死にたくない。でもこのままここにいてはすぐ殺されるだけでしょう。なので何とかして逃げたいと思っているんだけど、フリーデはどうしたい?」
「わ、私ですか……?」
まさかどうしたいかと聞かれるとは思っていなかったらしい。ずっと伏せがちだった目を見開いて戸惑っている。だが小さく息を吸い込むとまだ少し震えつつも「殿下をお救いしてください。私も手助けをいたします」とイーディスの目を見てきた。イーディスは力強く頷いた。
しかしまだどうしようと上手く逃げ出す方法を考えつく暇もなく、部屋におそらくこの家の男爵と従者だろうか、三人の人の男が入ってきた。
「初めまして、ヘルフォルト侯爵令嬢。お会いできて光栄だと言いたいところだが、とても残念なことにもうお別れをしなくてはならないようです」
「……まあ、どういうことでしょうか」
どういうことかくらいはわかっている。だが少しでも時間を稼ぐなり隙を見つけるなりしたいイーディスは惚けることにした。
「他の伯爵や子爵、男爵とも話し合ったのですがね、レリアード殿下とご一緒に旅に出て頂きたく思いまして」
どこへの旅だよクソ野郎と言いたいのを堪え、イーディスは「旅、ですか」と困惑顔を作る。
「本当に勝手な願いで申し訳ないと思っておりますよ、侯爵令嬢。旅の支度は私の使用人に任せたいと思っております。では、私は失礼いたします。フリーデ、お前はこちらへ来なさい」
「……で、ですが今殿下を離すと目を覚まされて泣き出されるかもしれません、ので……」
「ふ、む。まあよい。しかし後で後悔しても知らんぞ」
それが娘に対する態度か、と吐き捨てたいのも何とか堪え、イーディスは黙ったまま男爵が部屋を出ていくのを見送った。そして残った従者たちに向き直る。
「あなた方が私と殿下に何をしようとなさっているのか把握しております」
「……悪いがこれも仕事なんで」
「そんな言葉は結構です。ただ一つだけお願い。祈りたいの。私を巻き込んだのはそちらでしょう。せめてお祈りの時間を頂きたいと存じます。殿下の分まで。どうか」
「……十分だけやろう」
「ありがとう。ではお祈りの間、外で待っていていただけますか。ここは二階でしょう? どのみち逃げ場なんてありません」
「仕方ないな……十分間、存分に祈れ」
言い捨てると、男二人は出ていった。
「大きな声は出さないでね。私はヘルフォルト侯爵令嬢、イーディス・ディーン。あなたはレリアードの侍女で合っている?」
イーディスはとりあえず安心してもらうために自分の名前と身分を名乗ってから質問した。すると女性はコクリと頷き「フリーデと申します」とだけ告げてきた。余計なことは声にしない辺り、やはり頭は悪くないようだ。
『とりあえず一旦お前はここで見張ってろ』
外ではそんな声が聞こえてきて少し静かになった。もしかしたら様子を見にその見張りの男が部屋の中へ入って来るだろうかと暫くイーディスとフリーデは固唾を呑んで様子を窺っていたが、どうやら今のところ入ってくることはなさそうだと判断した。もしかしたらレリアードを抱えた侍女がここにいるからと安心しているのかもしれない。
外の見張りだけでなく眠っているレリアードを起こさないためにも二人は静かに話した。
「──そう。あなたはこの家の娘だったの」
「はい……申し訳ございません」
ただでさえ侍女は普通のメイドと違ってそれなりに裕福な家の娘が担当することが多いが、王宮付きならなおさら貴族の娘が選ばれる。フリーデもこの屋敷の持ち主である男爵の娘なのらしい。他にも加担している貴族は何名かいるらしいが、とにかく自分の父親が首謀者であることに間違いはないと言う。親の命令に逆らうこともできず、フリーデは今回のことに加担する羽目になったようだ。それも王位継承第一位である王子をさらう実行犯である。ずっと堪えていた反動か、今は小さく体が震えていた。それでもレリアードを抱く腕はしっかりしているようで、イーディスはフリーデを憎む気になれない。
とはいえ普通なら処罰は免れないだろう。
「あなたができるのであればやりたくなかったであろうことはわかるわ。ただこのままだと処罰は免れない」
「……わかっております。私は決してしてはならないことを致しました。殿下はこんなにお可愛らしいのに……」
「ただ怯えて終わる必要はないでしょう。レリアード殿下を可愛いと思うのなら、あなたが知っている今回の計画などをすべて教えなさい。とりあえずこれから殿下をどうする予定だったの」
話を聞くと、やはりレリアードは殺される予定だったようだ。そしてフリーデももう男爵令嬢として戻ることはできない。例え父親が捕まることがなくてもこのまま遠い田舎で修道女として生きることになっていたと消え入りそうな声で話してくれた。男爵は「一緒にさらわれたかもしれない娘も行方不明のままだ」とでも言い張るつもりなのだろう。
実際、上流階級と言えどもある程度でしかない貴族は自分の娘を修道院へ送ることが少なくない。息子ならば出世を狙わせるが、娘には嫁資、要は嫁入り支度として一財産を与えなければならない。裕福な貴族の元へ嫁ぐならまだしも、その負担を軽減する手段として修道院は有用されていた。一般庶民の女性が修道女となることはまずなかった。その階級の女性はむしろ家庭の労働力であったし、そもそも修道院へ入れるための持参金がない。
ただイーディスの場合は家がいくらでも嫁資を与えてくれるだろうが本人が結婚から逃れたいがために修道院へ入ることを就職活動の一環として考えており、今も思わず「いいなあ」と言いそうになり誤魔化すために口元に手を添えて小さく咳払いをした。
「私はこのままレリアード殿下を殺させたくないの。もちろん私も死にたくない。でもこのままここにいてはすぐ殺されるだけでしょう。なので何とかして逃げたいと思っているんだけど、フリーデはどうしたい?」
「わ、私ですか……?」
まさかどうしたいかと聞かれるとは思っていなかったらしい。ずっと伏せがちだった目を見開いて戸惑っている。だが小さく息を吸い込むとまだ少し震えつつも「殿下をお救いしてください。私も手助けをいたします」とイーディスの目を見てきた。イーディスは力強く頷いた。
しかしまだどうしようと上手く逃げ出す方法を考えつく暇もなく、部屋におそらくこの家の男爵と従者だろうか、三人の人の男が入ってきた。
「初めまして、ヘルフォルト侯爵令嬢。お会いできて光栄だと言いたいところだが、とても残念なことにもうお別れをしなくてはならないようです」
「……まあ、どういうことでしょうか」
どういうことかくらいはわかっている。だが少しでも時間を稼ぐなり隙を見つけるなりしたいイーディスは惚けることにした。
「他の伯爵や子爵、男爵とも話し合ったのですがね、レリアード殿下とご一緒に旅に出て頂きたく思いまして」
どこへの旅だよクソ野郎と言いたいのを堪え、イーディスは「旅、ですか」と困惑顔を作る。
「本当に勝手な願いで申し訳ないと思っておりますよ、侯爵令嬢。旅の支度は私の使用人に任せたいと思っております。では、私は失礼いたします。フリーデ、お前はこちらへ来なさい」
「……で、ですが今殿下を離すと目を覚まされて泣き出されるかもしれません、ので……」
「ふ、む。まあよい。しかし後で後悔しても知らんぞ」
それが娘に対する態度か、と吐き捨てたいのも何とか堪え、イーディスは黙ったまま男爵が部屋を出ていくのを見送った。そして残った従者たちに向き直る。
「あなた方が私と殿下に何をしようとなさっているのか把握しております」
「……悪いがこれも仕事なんで」
「そんな言葉は結構です。ただ一つだけお願い。祈りたいの。私を巻き込んだのはそちらでしょう。せめてお祈りの時間を頂きたいと存じます。殿下の分まで。どうか」
「……十分だけやろう」
「ありがとう。ではお祈りの間、外で待っていていただけますか。ここは二階でしょう? どのみち逃げ場なんてありません」
「仕方ないな……十分間、存分に祈れ」
言い捨てると、男二人は出ていった。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!
友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。
探さないでください。
そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。
政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。
しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。
それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。
よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。
泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。
もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。
全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。
そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。
立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~
矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。
隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。
周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。
※設定はゆるいです。
わかったわ、私が代役になればいいのね?[完]
風龍佳乃
恋愛
ブェールズ侯爵家に生まれたリディー。
しかしリディーは
「双子が産まれると家門が分裂する」
そんな言い伝えがありブェールズ夫婦は
妹のリディーをすぐにシュエル伯爵家の
養女として送り出したのだった。
リディーは13歳の時
姉のリディアーナが病に倒れたと
聞かされ初めて自分の生い立ちを知る。
そしてリディアーナは皇太子殿下の
婚約者候補だと知らされて葛藤する。
リディーは皇太子殿下からの依頼を
受けて姉に成り代わり
身代わりとしてリディアーナを演じる
事を選んだリディーに試練が待っていた。
婚約を破棄したいと言うのなら、私は愛することをやめます
天宮有
恋愛
婚約者のザオードは「婚約を破棄したい」と言うと、私マリーがどんなことでもすると考えている。
家族も命令に従えとしか言わないから、私は愛することをやめて自由に生きることにした。
政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います
結城芙由奈
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので
結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中
殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。
真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。
そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが…
7万文字くらいのお話です。
よろしくお願いいたしますm(__)m
旦那様、離婚しましょう
榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。
手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。
ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。
なので邪魔者は消えさせてもらいますね
*『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ
本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる