ドラマのような恋を

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27話

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 葵と出会った当初は、とにかく煩いし面倒な相手だと正直なところ奏真は思っていた。嫌いというのではない。だができれば避けられるなら平和だと思いつつ、あからさまにするほどではないのと、鬱陶しいと言えば言ったでまた煩そうなので基本流していた。
 ただ、つき合いが少し続くと葵が予想外ながらに人の話を聞くタイプだと知った。基本的には「俺が一番」といった風なのだが、奏真がする食べ物に関する話すら意外にも聞いている。また、やたら偉そうなくせに奏真の調子や様子を窺うといった態度も見せてくる。
 食べ物をくれる人として、思ったよりいい人という認識はしていたが、その他でもいい人なのかもしれないとは奏真も思うようになっていた。最初に奏真のとても食べたかったスペシャルデラックスサンドのレタスを落とした罪は重い上、その後のやりとりの印象もあまりよくなかっただけに意外だとも思っていた。
 そして今日、バンドのメンバーだという数名に囲まれた時に実感した。これほど葵の顔を見てホッとしたことはないかもしれない、と。
 落ち着かない気持ちだったからあんなにホッとしたのだろうか。落ち着かないと意識していたわけではないが、ホッとしたということは多分そうなのだろう。落ち着かない理由に思い当たることが特にないが、皆恐らくやたらと見目がいいからだろうかと、平凡な自分を把握している奏真は思ってみた。
 だが元々見目がいい人間は兄である奏一朗で慣れているというか、兄以外は普通に見える。だからこそ最初の頃に葵を見ても特にピンとこなかった。そう思うと見目のいい派手な芸能人、というところが落ち着かないわけではなさそうだ。
 とはいえそんな芸能人が四人も五人も揃えばさすがに落ち着かなく思えるかもしれない。知らない人、しかもパーソナルスペースに関してあまり繊細ではなさそうな人たちに囲まれたせいもあるかもしれない。

 ……なるほど。だからだな。葵はもう見慣れてるし……なるほど……。じゃあやっぱり落ち着かなかったから見慣れた葵を見てホッとしたんだ。うん、なるほど。

 自分の考えにいたく納得しながら奏真はトイレを済ませ、先ほど一旦章生が案内してくれていた座席へ戻った。
 こういった歌のライブは初めてだった。まずノリについていけない。座って見ないといけない時と総立ちで騒ぐ時の違いもあまり把握できない。さすがにノリがいい曲とバラードくらいは聴いていたらわかるが、曲の出だしだけで反応する周りが奏真には統率された軍隊に思えてきていた。
 ただ、歌も演奏も上手いなとは思った。葵は本当に芸能人、それも歌手なのだとようやく実感した。何度かテレビを観させられたことはある。ただ興味がないため頭にも目にも入って来なかった。だがコンサートとなるとさすがに臨場感などのせいだろうか。それとも周りの熱気に奏真も釣られているのだろうか。自分の中にも入ってくる。音楽自体もただ喧しい音というよりはちゃんと曲として入ってきた。

 ……本当に上手いんだ。

 少し離れたステージの上で演奏したり踊ったりしつつ歌っている葵が別の存在のようにも思えた。感じたのは寂しいといった疎外感ではなく、むしろ高揚した気持ちだ。
 他のメンバーたちも上手かった。ただ見た目がいいだけの芸能人ではなかった。

 すごい、人気なのもわかる。本当にすごい。

 食べ物オタクとして、もしかしたら奏真は今初めて違うものに関心を覚えたかもしれない。今まで歌や音楽に興味なんてなかったのにと少し不思議だが、もしかしたら初めて生演奏を見たのと、自分の知っている人間が演じているのも大きいのかもしれない。
 よくよく見れば、特に演奏が上手いと思ったベースの人は奏真が好きなCMに出ている人だ。奏真を普通と言った人でもある。改めて自分は何かに関心を持たないと頭や心に入って来ないのだなと奏真は思った。

 ……そういえばグッズ販売なるものがあった。後で見に行こう。

 うずうずしながらそう思った。人気なら売り切れも多いかもしれないが、CDくらいはあるだろう。
 何曲か終わると、リーダーらしい人がバンドのメンバー紹介を始めた。先ほど名乗ってくれた気はするのだが、生憎名前を覚えていなくて今、『で、俺は翠だよ、みんな今日は本当にありがとう』という自己紹介で改めて名前を知った気持ちになった。CMに出ていた、奏真を普通だと言った人も「カンジ」だと今把握した。

 そういえば葵が言ってたっけ。

 何やら喋り出したメンバーたちを見ながら奏真は思い出していた。確か、MCと言っていただろうか。ホテルで台本を読んでいた葵を奏真は浮かべる。
 皆は昨日この地域に着いてからのことなどを話しており、知らなければ台本通りに進めているなんて気づかないところだった。

『そういえば昨夜は皆でこの暑い中、鍋食ったんだけどな』

 ふと思い出したように柑治がマイクごしに客席を見てニヤリと笑いかける。隣の席にいる女性が「カンジくん相変わらずクール」「ね。クールでちょっと悪そうで強気なお兄さんって感じ」などと小声でだが話している。

 ……クール? とは。

 先ほどの控え室でのやり取りのどこにもクールさなど感じられずにそっと首を傾げていると柑治が続けてきた。

『エンのやつがよ、俺が密かに大切に温めてきた鶏肉食っちまったんだよなぁ』
『は? 鶏肉なんて他にもいくらでもあったよな? そもそも大切に温めてって何だよお前は親鶏なの?』

 葵がそれに対し同じくマイクを持ちながら言い返している。

「クールなのにたまに食べ物とかにむきになるのよね、カンジ」
「そーゆーとこかわいいかも」

 その会話を聞いた時は奏真も少し頷きそうになった。かわいい云々の箇所ではなく、食べ物のことに「わかる」と思えた。食べ物にむきになるのはとてもわかる。

「っていうかエン、ほんと好き」
「かわいい弟ってとこあるよね」
「私は弟としては見てないし」

 今度もまたそんな会話が聞こえてきた。奏真はさらに首を傾げる。

 かわいい弟? 誰の話……?

 怪訝に思いつつステージに意識を戻すと、まだ続いていたらしい会話の一体どんな流れからなのか、柑治が『仕返し』と口にした後に葵を引き寄せてキスしているところだった。
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