王子とチェネレントラ

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44話

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 隼はポカンと雅也を見た。雅也は男に興味なかったはずだ。確か知り合った頃も、彼女がいるからそういうのは関係ないと言っていた。
 それともあれだろうか。

 彼女がいなくなったから同性であろうが何でもいい、という……?

 そんな風に考えつつも、雅也がそういう軽い性格でないと隼は今ではよくわかっている。

「……ああ、飼い主に対する……」
「は? 何の話だよ!」

 真っ赤になって隼を見ていた雅也がムッとしたような唖然としたような顔になる。

「あ、いや間違えた。えっと友だちとしてって、こと?」
「違ぇ! いや、と、ダチとしても好きかも……好きだけど! いやでもダチとしてじゃねえしっ。くそ、違う! だ、だいたいダチ相手に……っ」

 言いかけてから雅也はハッとなったように口を閉じる。

「ああ、そうだよな。EDの兆候とも言える疲れマラとかじゃあるまいし、意味もなく勃起しないよね。確かに友だち相手にも勃たないよね」
「……っはっきり言うなよ……!」

 雅也はキャパオーバーなのか真っ赤なまま一杯一杯のようだ。医者志望である隼としては変なこと言ったつもりはなかったが、一瞬考えた後「ごめん」と謝りつつも雅也を抱きしめた。

「っちょ、おまっ?」

 いつも静かな雅也の声が少し裏返っている。抱きしめる感触はやはりというか、柔らかみが全くなく硬い。だが見た目だけではあまりわからなかったが、とてもしっかりとついた筋肉を雅也に感じ、それが何故か悪くない、いやむしろ触れていたい気持ちに隼はなった。
 あまりに側にいるから、雅也の匂いも凄く感じられる。普段は香水を使うこともある雅也の、完全に本人の匂い。いや、洗濯洗剤か柔軟剤の匂いも混じってはいるが、それでも雅也自身の匂いだ。

 ……悪く、ないかも?

 説明し難い匂いとそしてしっかりした雅也の体に包まれる感じは悪くないどころか妙に心地いい。

 そんな雅也が……俺が好きで勃起している……。

 そう思った途端、急に心臓が跳ね上がった。隼は無意識に雅也へ体をすりっとすり寄せた。

「っざけん、なよ! なる……っ」

 すると雅也が低い声で唸り、引き剥がすどころかさらに隼を抱きしめてきた。

「ゆ……うや?」
「好きっつったろーが! 勃ってんのわかってんだろーが! なのに何なんだよ!」

 ……ああ、確かに酷い、のかも。

 隼はそっと思った。自分も男だし、彼女相手にそういった行為もしたことあるのでわかる。淡々とした隼ですら多少我慢が辛い時もあった。実は意外にも表に感情が出やすい雅也ならなおさらなのかもしれない。
 だというのに雅也は抱きしめてきたが、それ以上のことはキスすらしてこない。隼の胸がきゅっと締めつけられるような感じがした。

 ああ、やっぱり忠犬みたいで……かわいい。

 いや、本当に犬だと思っていたらこんな気持ちではないだろう。隼は自分のものも少々窮屈になってきたのがわかった。

「……っ悪、ぃ。き、気持ち、悪ぃよ、な……」

 ぎゅっと抱きしめてきた後、雅也が絞り出すような声で囁いてきた。そして隼を離そうとする。

「雅也、気持ち悪くなんかないよ」
「……っえ?」
「何で離すの? 俺のこと気にしてくれて?」

 隼は離そうとした雅也をまた抱きしめ返す。

「な、なる?」
「俺もお前好きだと思う」
「……は?」
「……は、とか酷いな」
「い、いやだって……お、お前が淡々と言う、から……っ」
「そりゃ俺も男だし、かわいくは言えないよ」

 隼は少し困ったように雅也を見上げた後にまた抱きしめる。途端、少し当たっていた雅也のものがさらに主張してきたのがわかった。それはやはり不愉快でなく、むしろ嬉しく思える。

「な、な……、な」
「何だよ。……雅也、俺、好きだよ」

 もう一度言うと、雅也もさらに抱きしめてきたかと思うと隼の頬にキスをしてきた。

「頬、だけ?」

 隼が言うと真っ赤になって顔を振り、その後に唇へキスをしてくる。最初は恐る恐る。そしてもう一度確かめるように。隼がまた抱きしめると、今度は堰を切ったように何度も啄むようにキスを落としてきた。
 かわいいなぁ、と隼はまた思う。

 でも今は俺も熱くなってしまってるから、それだけじゃなく、もっと、したい。……ああ、したいと思っている。やっぱり俺は雅也が好きなんだ。

 隼はぎゅっと雅也に体をすりつけた。

「ゆ、うや……そんな啄むキスだけは足りないかも。もっと……」

 男同士なんてどうすればいいか知らない。だがしたいと思うようにすればいいのだろうと、隼は雅也にせがみながら自分からもキスを返した。
 その後のことはあまり覚えていない。多分沢山色んなキスして、お互い高ぶったものに触れ、お互いの手で達した気はするのだが、一杯一杯だったり夢中だったりでよくわからない。
 我に返った後、お互い気恥ずかしくて、でもどこか満ち足りてどう反応すればいいか戸惑った。隼は「ご、ご飯作る」と部屋を慌てて出た。
 何かの言い訳にしているのだろうかと先ほど思ってみたが、もしかしたら雅也が男同士に興味がない的なことを言っていたのが心に残っていて、無意識にブレーキかけていたのだろうかと朝食を作りながら隼は何となく考えた。

 勉強以外、興味ないはずだったしそれでよかったのに……。

 そう思いつつ、それが自分の中でもはや事実ではないとわかっていた。ただ認める気がなかっただけだ。
 凪はさらりと「最初からなんでもできる奴なんていないだろう?」と言って堂々と努力する人だった。

「自分というものを向上させるための一つが勉強だ。内面も外見もつき合いも何もかも他はどうでもいいと思ってるなら大間違いだからな」

 そんなことすら恥ずかしげもなく隼に言ってきた。だがそんな人の言葉だから、言われてからずっと心に残っているのだろう。
 もちろん今でも勉強するために自分はここにいると思っている。だが認める。それだけじゃないのだろうということも。
 今でも自分の外見についてはピンと来ないが、実際凪たちによって変えられてからクラスメイトとの距離も変わってきた。中学生の頃はろくでもない目にばかり合っていた気がするが、今は他の生徒と接するのも少し楽しいと思えるようになってきている。凪たちに対しても相変わらず鬱陶しいが、人となりを知るようになって少しずつ自分の中での捉え方が変わっているのがわかる。

 ……とはいえ本当に面倒だし困るとも思うけどな。

 隼は少し笑いながら卵焼きを皿へ移した。
 大好物の卵焼きは自分のため。そしていつもより大きめのスペシャルプリンは、と隼はオーブンを見る。

 またきっと尻尾振ってくれるんだろうな。

 さらににっこり微笑むと、隼は卵焼きを乗せた皿をテーブルへ運んだ。そこには先ほどまで真っ赤で一杯一杯だった雅也がいつものようにいつの間にか座っていた。雅也は微笑んだ隼の顔を見ると、途端また真っ赤になっていた。
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