王子とチェネレントラ

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32話

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 鼻をつねられて凪は目を覚ました。そこにはいつものようにニコニコ微笑んでいる氷聖がいる。

「おはよう、ナギ」
「……ああ」

 ぼんやりとしつつも何となく唇に感触が残っているような気がして凪の顔はひきつった。目の前にいる氷聖が何かするわけないだろうし、間違いなく夢見が悪かったせいだとイライラ思う。
 昨日「鳴海はヒサが送っていった。俺も鳴海がいないんでもう用はない」と言い捨てるように和颯が帰った後、凪は散々一人で悪態をついた挙句広い庭に出て暗くなっているにも関わらずひたすら剣道の素振りをしていた。
 あんなろくでもないことしておきながらあの態度は何だ、昔から性格の悪いヤツだった、ろくでもないヤツだったとイライラしていた気持ちは一旦収まったものの、寝る前にはまた湧いてきて凪を腹立たしくさせた。
 おまけに夢の中でもろくでもないことされたせいで、目が覚めてもまだ唇に何となく妙な感触が残っている気がするのだろう。

「今日はまた機嫌が悪そうだねえ? どうかした? 昨日カズと何かあった?」

 だがニコニコしながら氷聖に聞かれ、凪はハッとなる。

「な、何もされてねえ」
「あはは『されて』ない、ねえ」

 氷聖が笑ってきても自分のミスには気づかずに、凪はイライラしながら着替えて部屋を出た。
 学校に着き、和颯に会わなかったことにホッとしながら教室へ向かった。
 凪は勉強がとてもできる。元々頭がいいのもあるが、日々真面目に授業を受けているからでもある。見た目は派手にも見えるが、凪の中身は真面目で努力家だった。小さい頃病弱だったせいかもしれない。
 その頃から少しでも頑丈になれるよう、大嫌いだった粉薬や注射だって頑張ったし、体にいいと言われたものは何でも食べた。今では好き嫌いは基本ない。
 病弱なだけでなく、一度は事故に遭って死にかけた事もある。それ以来凪は剣道をするこにした。自分への戒めや精進にぴったりな上、体も鍛えられる。
 そんな凪だから授業をサボったり居眠りするなど、あるはずもない。今日もしっかり受けた後、夜にちゃんと眠れなかった気がしていたので昼休みに愛用のビニールハウスへやってきた。その際にも和颯に対して改めて腹を立てた。

 何でこの俺があの腹黒のせいで隼に会いに行く休み時間を潰さなくてはならないんだ。
 隼……。

 凪は目を瞑りながら眉を潜めた。全然懐かない猫が懐いてくれたような、何ともいえないかわいさがこの間ここで込み上げてきたのを思い出す。
 元々気に入っていた。自分をないがしろにしているようなところは気に食わないが、真面目ですることはきちんとするところはとてもいいと思っていた。顔が実は整っていたのはおまけとはいえ、かわいいに越したことはない。
 その上懐いてきたような態度を見せられぐっときたのだが。
 昨日和颯にろくでもないことされた際に言われて引っかかったことが今も何となく引っかかっている。

「お前は鳴海にこういうこと、したいんだろう?」

 されるまで、言われるまで特に深く考えたことはなかったが、男であっても隼にならキス以上のこともできるししたいと思えると何となく思っていた。今でも多分キスならできる。

 だがあんなこと、隼にできるのかって言われたら……疑問でしかねえ。

 何となくそれが腑に落ちないというか変な気がしたのだが、多分自分が元々男に興味ないからだろうと凪は片づけた。

 そうだ、この学校の他の生徒やそもそも氷聖があまりに普通に男もイケるヤツだから感覚が鈍っていたんだ。隼はかわいいから好きだけれども男だから、あんなことしたらかわいそうな気がする。そうだ。だからだ。

 凪はようやくスッキリした。これで後の昼休みはぐっすり眠れそうだと思った途端、和颯が過った。

 ……あのクソ野郎……! ってことは俺がかわいそうじゃねぇか……!

 結局よく眠れないまま午後の授業を受けた。普段はしないのだが、眠気覚ましにダブルミントの飴を舐めて気合いを入れた。
 放課後、もうこのまま帰ってひたすら部屋で寝ようかと思ったが、結局凪は部活へ向かった。

「ナギ、眠そうだよ」

 道着に着替えた後、道場へ足を踏み入れるといつの間に来ていたのか氷聖がニコニコしていた。

「眠い」
「だったら今日は部活休んで帰ったらよかったのにねえ」
「煩い。試合がもうすぐあるからな。ていうかお前こそ帰れ。何でほんと何もしねえのにやって来るんだ」
「ナギを見にきてるに決まってるよね」
「意味わからん。つか今何見てんだ?」

 妙にニコニコ凪を見てくる氷聖に、凪は怪訝な顔を向ける。

「ん? あー、袴が落ちそうだなあって」
「きっかり縛ってあるんだから落ちるわけねえだろ」

 剣道袴はけっこう何度も紐をまわし縛っている。
 袴は前と後ろにわかれている。まず前紐を、履く位置に合わせて後ろへまわし、今度はそれを後ろから前へまわし交差させるとまた後ろにまわし解けないよう後ろで蝶結びにする。それから袴の後ろ側にある腰板についているヘラを前紐へ差し込み、後紐を今度は前へまわして交差させる。そして上側の紐を下側の紐の下から通してしっかり締め、丸結びをする。結んだ紐の余りは腰板の下にある前紐に挟み込んでしまい、全体を整え完成である。

「きっかり、ね……」

 凪がそのまま歩いて行こうとすると氷聖がその袴を手でひっぱってきた。途端紐が緩んでいたのか袴がずれた。

「……?」

 凪は怪訝な顔でそれを見た。

「残念。すとん、とはさすがに落ちないねえ」
「はあ? 何が残念なんだ、気持ち悪いこと言ってんじゃねえ。つか何で引っ張ったくらいで……」
「眠さでぼんやりしながら結んでたんだろ」

 ニコニコしながら氷聖は凪を引っ張り、一旦道場から更衣室へ連れ戻す。

「何でわざわざ。直すくらいならあそこでも構わないだろうが」
「ちゃんと着れてないまま練習して怪我でもしたらどうするの。それに最初からやり直しするならあんな場所では駄目でしょ」

 一旦紐をほどきつつ氷聖が苦笑した。凪は「まあうん」とされるがままになるしかない。昔は少しだけ凪につき合ってくれていたのもあり、剣道着の着方は氷聖もわかっている。
 前と後ろの紐をほどかれ、袴はそのまま下へ落ちた。

「んーなかなか程よく筋肉もあっていい足だね、ナギ」
「お前も変態か」
「も?」

 じっと凪の足を見た後で下へ落ちた袴をまた上げ、紐を結びだした氷聖がニコニコ聞き返してきた。

「……っいや、言葉のあやだ」
「あはは、なるほど。……久しぶりにナギの袴、履かせるの手伝ってる気がするなあ」

 氷聖が後ろから手を回し、前で紐を交差させていく。

「前、やるなら前からすればいいだろ。何かそれだと後ろから抱きつかれてるみたいだろうが」
「……そう? ん、ほら。できた。怪我、しないようにね」

 ぽんっと肩を叩かれて促され、凪はまた氷聖と道場へ向かう。

「怪我はしねえよ。何度も言ってるだろ。俺はもう病弱でもねえし、怪我もしない」
「そうだね」

 氷聖がまたニッコリ凪を見てきた。
 眠い、と道着もぼんやり着ていた凪だが、竹刀を持ち練習とはいえ相手と向き合った途端、纏う空気も変わる。すっと頭が冴え、雑念がなくなる。これが好きで堪らなく、凪はずっと剣道を続けている。
 面っと叫び、今もあっという間に相手から一本を取った。相手が先に突いてきたのだが、その突きを竹刀で返しつつ瞬時に面を打ち込む。その間、1秒もない。剣道は技の他にスピードもものを言う。1秒どころか0.1秒、0.01秒の差で勝敗が決まる。

「ありがとうございました! 雪城先輩、もう一本お願いします」
「おう」

 一旦面を外した凪はようやくニッコリ笑って頷いた。
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