王子とチェネレントラ

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17話

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「なあ、俺ってそんなに甘えてないっていうか、何だろ冷めてる?」

 無事中間試験も終わったある日、隼は相変わらず一緒に夕食を食べている雅也に聞いた。

「は?」

 雅也は案の定と言えば案の定であるが、怪訝そうな顔で、というよりは鬱陶しそうな顔して隼を見てきた。
 凪に「もっと甘えること覚えろ」と隼は言われたものの、別に「甘え」というものを拒否しているわけではない。助かると思う場合は助けてもらうこともやぶさかではないからこそ、同好会の部長である和颯にわからないところを教えてもらったり、たまに拉致されるように連れ去られつつも凪に教えてもらったりもしている。
 ただ普段、特に頼りたいと思うことがないというか、自分でできる、自分だけで大丈夫だと思うことに関しては一人でするだけだ。その方が楽だし、そもそも目立つことが好きでないのもあり、基本的に誰かを頼りたいとも思わない。
だから甘えないようしようとしているのも何でもなく、隼としては自然な振舞いのつもりだ。

「結構です」

 凪や氷聖に何かを言われてこう返すのも、意地を張っているのではなくただ単に本当に結構だからだ。

「結構、じゃねえ。甘えとけそこは」
「それくらい、俺に頼ってねー」

 そう、凪や氷聖に言われても「はあ……」と言いつつもどうにも困る勢いだったりする。
 とはいえ最近何故かやたらクラスメイトやクラス外の生徒にまで何かと声をかけられる際に「鳴海くんってやっぱりクールだね」とよく言われるので、もしかすればやはり甘え下手の冷たい人間なのかもしれない。幸い見下すように言われるのではなく、これまた何故かわからないがニコニコして言われるだけマシなのだろうか。
 なので「ダチ」になってやると言われた雅也に聞いてみようと思ったのだが、やはり雅也に聞いても仕方なかったのかもしれない。

「いや。何でもない」
「あぁ? 何でもねぇわけねぇだろが。聞いたこと取り消そうとすんなよ」

 雅也がジロリと隼を睨んでくる。相変わらずその顔は強面だ。

「いや、聞こえてなかったなら、もういいかな、って」
「聞こえたわ! ただ何言ってんだコイツって思っただけだろうが」

 思っただけ、と言われても返ってきた言葉が「は?」だっただけに隼としてはわかるわけないとしか言いようがない。だが言うのも面倒だし相手は雅也だしで隼は「ああ、そうだね」と返す。

「で、何だよそれ。誰に甘えるってんだよ」

 あれ? そこ?

「いや、誰にってわけじゃないけど……。雪城先輩とか緋月先輩に言われたりするから」
「んなもん、ほっとけ。あの先輩らに甘えるくらいならな、お……」

 何かを言いかけ、だが雅也はそこで止まった。

「お?」

 隼が怪訝そうに雅也を見ると、何故か見る見るうちに怒っているのか喜んでいるのか定かではないが、耳が赤くなっていく。

 今、何か赤くなるようなこと、言ったりしたりしたか?

 また隼は怪訝に思った。少し雅也がわかるようになったと思った途端、またわからなくなる。やはり人付き合いは大変だなと密かに思う。
 雅也が本物の犬ならまだもう少しわかりやすかっただろうかと密かに失礼なことを隼が考えていると「何でもねぇよ!」と返ってきた。
 確か先ほど、隼がそう言うと「聞いたこと取り消そうとするな」と言ってきたはずだと思うが、と隼はそっと苦笑する。

「そう。まあうん、あとクラスの人とかにも冷たいって言われたりするし」

 クールだと言われているのは多分そういう意味だろう。

「んだと? 誰だ、んなこと言うヤツ! お前が冷たいわけねぇだろうが! そいつ、連れてこい……!」

 まさかそこで怒られるとは思わなかったと今度は思いつつ、隼はまた苦笑しながら首を振った。

「いや、別に嫌がらせで言われたとかじゃないと思うし。ただ単に俺、実際どうなのかなあと思っただけだから。今の雅也の言葉でわかったよ、少なくとも雅也には冷たいと思われてないようだって。ありがとう」
「あ? い、いや、別に……」

 今度はフイッと横を向いてしまった。だがまた耳が赤くなっている。
 今度はわかった。多分見えない尻尾がパタパタと振られているのだろうと隼はそっと笑う。

「さて。じゃあそろそろ洗い物でもして、俺は部屋で勉強するよ」

 席を立って皿をいくつか集め、隼は持って行こうとした。

「待てコラ! それは俺が……」

 最近いつも食べた後の洗い物を雅也がしていた。普段からそんなに喋り合うわけではないので、食べ終わった後もさっさと雅也が席を立ち、黙って持てるだけの皿を運び洗い出すのだ。残った皿を持ってきて「俺がやるけど」と言っても何も返事して来ないので、大抵いつも隼はありがたく洗い物を雅也に任せていた。
 今日は雅也が見えない尻尾を振っている間に隼が運び洗おうとしたので、雅也は慌てたように言ってくる。その声が思ったよりも大きく、驚いた隼はつい皿を一枚滑らせてしまった。

「あー」

 割ってしまった、と隼はため息つきながらしゃがんで欠片を拾おうとする。

「おい、危ないだろ! 俺がやるからお前……」
「ああ、大丈夫だよ、これくら……」

 隼が苦笑しながら頭を上げると、焦ってやって来た上に慌ててしゃがもうとしていた雅也との距離が思った以上に近く、思わずどけようとしてバランスを崩す。

「おい……!」

 バランスを崩したまま雅也が支える前に隼は倒れそうになり、思わず逆の方に力を入れたのが悪かった。
 一瞬ではあった。けれどもその一瞬の間に「何?」「え?」「あれ?」「っちょ、これ」「口……!」くらいの展開が隼の脳内を駆け巡った。

「ごめん、大丈夫?」

 何とかバランスを取り直して雅也から離れると、隼は少し口をひきつらせながら雅也に聞く。ごめん、にはいくつかの意味は込めた。

 皿を割ってごめん。
 バランス崩してごめん。
 雅也の方に倒れてしまってごめん。
 ……事故とは言え、唇がくっついて、ごめん……。

 雅也を見るとやはり雅也も唖然とした顔をしている。そりゃあそうだろうなと隼は思っていたが、その顔がみるみる内に赤くなっていく。そして真っ赤になった途端、まだ近かった隼から飛び退いた。

「っちょ、まさ……っ」

 名前を呼んで注意を促そうとした隼だったが遅かった。とてつもない勢いで飛び退いた雅也はそのまま壁に思いきりぶつかった。ゴンッと結構な音がした。どうやら頭をぶつけたらしい。

「雅也、今凄い音したけど……ほんと大丈夫か……?」

 確かに男同士だし隼自身も事故とは言え、微妙に思ってはいる。しかしそんなに嫌がられる反応を見せられると流石に少々切ないなとそっと思った。
 とはいえ自分が悪かったのはわかっているし、さえないタイプだということもわかっているし、やはり何より男同士だし、あと雅也の彼女に申し訳ないとも思う。
 いつもは耳だけが赤くなる雅也の顔は今も赤い。もしかして少し怒っているのだろうかと隼はもう一度「ごめんな」と謝った。

「……大丈夫だし、何でお前が謝んだよ……」

 雅也は口を押さえながらギロリと隼を睨んでくる。思わずハンカチでも差し出そうかと思いつつ「いや、何か俺のせいで」と隼は言葉を濁した。謝る要素が色々ありすぎて、自分でもその後にどう続けていいのかわからなくなった。

「……別に謝られる覚えはねぇし」

 相変わらずムッとした様子だが、雅也はようやく口から手を離し、俯いた状態で割れた皿を集め出した。

「あ、俺がするか……」

 するから、と言おうとしたが「うるせぇな! なるはとっとと皿洗ってこいよ」と怒られてしまった。

「わかった。ほんとごめん。手、気をつけて」

 無事である皿を改めて持ち、隼はキッチンへ向かった。黙々と皿の破片を拾ってくれている雅也をチラリと振り返るとまだ耳が赤いままだった。

 お詫びに明日は雅也が好きな肉じゃがと、そしてプリンを作ろう。

 プリンは前に自分用として買って帰っていたプリンを凪にあげた後に、やはりどうしても食べたくなって自分で作ってみたのだ。だがそれを食べた雅也もプリンが好きだったのか、いくつか作ったプリンはほぼ食べられてしまった。自分で作っても案外美味しいプリンができると知った隼がその後もたまに作ると大抵食べられてしまうので、多分雅也もプリンが好きなのだろう。
 男同士なのに唇同士がぶつかってしまったことはもはや事故として脳の片すみにもない隼は、皿を洗いながらそんなことを考えていた。
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