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11話
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隼たちが連れて来られた先は美容室だった。車から出た隼はとてつもなく微妙な顔した後に「帰してください」と凪に言う。
「駄目だ。安心しろ、ここの予約した担当の腕は確かだ」
「そういう問題じゃありませんし、だいたい何でこんな時間もギリギリだろうというのに俺がここへ連れて来られないといけないんです」
美容室はとても洒落ていて隼が普段なら絶対に立ち止まることすらない雰囲気を全面に出している。それだけでも十分落ち着かないが、そもそも何故自分が無理やりこんなところへ連れて来られる必要あるのか全くもって理解できなかった。
だが凪に「いいから来い」と引っ張られ、隼は強引に中へ入らされる。
「いらっしゃい。凪くん急にとかほんと無茶ぶり過ぎるよ」
「志生なら受けてくれると思ってた」
「勝手なことを」
知り合いなのか、凪とその店員は何やら軽口を叩きつつ隼は促される。店員に「その気ない」と言おうかと思ったが、お洒落な美容室の店員らしく本人も洒落た容貌なのを見て、隼は諦めた。決めつけるわけではないが、顔立ちの整った目立つ相手は苦手なせいもあり、また凪たちを見ている限り、言っても聞いてくれそうな気がしない。
「じゃあまずはシャンプーからねー」
考え方によればいきなり予約しても受けてくれ、嫌な顔一つせず応対してくれるその店員はとてもいい人なのかもしれないが、今の隼にとってはある意味敵だった。
渋々連れ去られる隼に、だが凪は満足気に頷いている。
「おい、アンタら何考えてんだ」
今まで唖然として黙っていた雅也がハッとなり、二人を睨みつける。
「番犬くん怖いなぁ。悪いことじゃないって」
「あぁ?」
「吠えるな、犬が。俺らはただ雀をちゃんと整えてやるだけだ」
ニコニコする氷聖に詰め寄る雅也に、凪は淡々と答える。
「待て。番犬つか犬って何だよ」
「明らかに犬じゃねぇか。雀に纏わりつく犬が。邪魔だから大人しく小屋に籠ってろ」
「んだと?」
「ナギははっきり言いすぎ。まあ名前知らないからとりあえず番犬くんとか呼ばせてもらってるだけだよー」
氷聖は宥めつつも名前を聞く気どころか態度を改める気もないのがよくわかる様子で、相変わらずニコニコしている。我が道を堂々と行く二人に食ってかかるよりも先に隼だと、呆れつつ思った雅也は強面の顔で睨みつけたまま改めて聞いた。
「だいたい整えるってなんだよ」
「本当に煩い犬だな。終わったらわかる」
「んだコラ」
「はいはいー。もうナギはもうちょっと後輩くんに優しくねー。あと番犬くんも外なんだからもうちょっと態度考えてくれる? お前を置いていく選択もあったのに連れてきてあげたんだからね。大人しく座ってなよ」
凪は取りつく島もないし、氷聖はにこやかながらに有無を言わせない様子である。雅也は舌打ちしながらも、実際外部で騒がしくするのを自分も元々好まないため大人しくソファーに座った。そのままひたすら待たされる。
「今日はコンタクトレンズのお店には行く暇ないねえ」
「まあ急いでも仕方ないだろそれは。明日連れ回そう」
「連れ回す? いいねえ。学校休みだしね、あちこち連れ回したいね。隼くん服もあまり持ってなさそうだしー」
「そうだな。この俺にふさわしい感じに仕上げてやる」
「ほんとナギは上からだよね。隼くんかわいそー。疲れるだろうねえ。そしたら俺がすごい気持ちよく慰めてあげよ」
「お前も柔らかい口調で十分ろくでもないからな」
「……アンタらほんと何考えてんだ……」
漏れ聞こえる会話に雅也がボソリと呟いた時「お待たせ。彼、すごいいいものもってたね」と店員が近付いてきた。
「だろ? 志生なら楽しがると思った」
「偉そうに。この俺が切ってあげるなんて中々ないんだからね。いきなりでも受けてあげるのはミヒロくんだけって決めてるのに」
「知るか。いい客が増えるんだからいいだろ」
凪が店員とまた軽口をたたき合っている後ろから「……あの」と声がする。
「おお、雀。終わったようだな」
「どう? 彼、いい感じになったでしょ」
「うん、中々だな。だが髪の色がチャラくないか?」
「そんなのもっとチャラい色してるナギに言われたくないだろうよー。いい感じだよ隼くん」
凪と氷聖が言い合う中、雅也は怪訝そうに隼がいる方を見た。
誰だ。
まず思ったのがそれだった。目の前にいるのは見た記憶ないと言い切りたいほど見たことない、多分隼だった。
いつ見てもぼさぼさで前髪も鬱陶しいほどだった髪はサラサラつやつやして前髪は少し長めのまま横に流れている。
いや、それは美容室の店員がしたのだからまだわかる。だが顔が。
「誰」
思わず雅也は声にも出ていた。凪と氷聖は知っていたのかさほど驚いた様子もないが、それでも少し見入っている。
肌はもともと綺麗だったのだろうとは思う。ただ気にしたことなかっただけで。だがすっきりした髪の上、眼鏡を外したその顔はどう見てもちょっとしたどころではないくらい整った顔立ちだった。
「……誰って、俺だけど……」
その美しい顔が発する言葉は相変わらずぶっきらぼうで素っ気ない隼のそれだ。
凪に「志生」と呼ばれていた店員は「君はほんとやり甲斐あったよ、またね」と、急に予約を受けさせられたようだというのに機嫌よく隼を見送ってきた。
「ていうかほんと何なんですか。何で俺、髪まで染められてんです……。何のために。本当に迷惑なんですが。とりあえず寮へ帰してください。あと眼鏡も。あれないと見えないんで」
自分の変貌ぶりと破壊力に気づいていないのか、どうでもいいのか、隼は店を出た後で淡々とため息つきながら凪に言っている。
「眼鏡は禁止だ、雀」
「は?」
「一応寮の部屋ではコンタクトをしない時もあるだろう。その時は不便だろうから仕方なく返してやるが、普段はコンタクトで過ごせ」
車へ乗せられた後、凪に言われ隼が怪訝そうな顔をすると、眼鏡は返してきたが当然だとばかりに凪は隼を見た。ちなみに行きに「お前はついでなんだから助手席乗ってろ」と言われた雅也は渋々帰りも助手席に乗っており、隼たちのやりとりをただ黙って聞いていた。
「何を言ってるんですか、本当に鬱陶しい。そんなのは俺の勝手です」
「お前な。目立つのが嫌いなのか知らないが、学校は勉強するだけの場じゃねえ。だいたい自分というものを向上させるための一つが勉強だ。内面も外見も付き合いも何もかも他はどうでもいいと思ってるなら大間違いだからな」
凪が隼を見ながらはっきり告げた。
「ナギってば。隼くん、気にしないで。ナギは王様なくせに変にまっすぐだからたまに困るよねえ」
隼を挟んで横に座っている氷聖が隼の頭を軽くぽんっと撫でてきた。
「……たまじゃなく、いつも困ります……」
隼はぼそりと呟いた後、眼鏡をかけることもなくただ黙って俯いていた。
寮に戻った後、車から降りた隼に屈みこむようにして凪は「お前が頑張ってるのはわかってる。けどもう少し自分を好きになれ」と呟く。
「別に自分のこと、嫌いじゃありません……」
「だったらいい。じゃあな、また明日」
凪はニヤリと笑い、「帰るぞ」と雅也に話しかけていた氷聖に肩を回す。歩きながら氷聖は「じゃあね、お疲れ様。また明日」と手を振った後、凪に何やら言っていた。それをぼんやり見えない目で見ながら、隼はため息ついた。
「おい、なる」
「……ああ、雅也。何か変なことに付き合わせたみたいでごめん」
雅也に呼びとめられ、隼は謝りながら部屋へ向かう。
「いや。つか見えねえんだろ。眼鏡、かけろよ」
「ああ、うん。そうだね」
隼は今まで眼鏡があったことすら忘れていたかのように、手にしていた眼鏡を見た後それをかけた。眼鏡をかけると髪型は違うが一応いつもの隼には少し違うとはいえ見える。
待っていた時に氷聖が言っていたが、凪は先ほど皆で食事をした後、たまたま隼の眼鏡がずれたせいで隼の顔に気づき、その後で美容室の予約を入れさせたらしい。ただ説明してくる氷聖の様子は前から隼の容貌に気づいていたようにも雅也は感じられた。
「大丈夫か?」
「え? うん、大丈夫だよ。ありがとう」
部屋に入ると隼は手を振ってそのまま自分の寝室の入っていった。その後しばらくしたら「待て。つか明日ってなんだよ……っ?」という声が聞こえてきた。
「駄目だ。安心しろ、ここの予約した担当の腕は確かだ」
「そういう問題じゃありませんし、だいたい何でこんな時間もギリギリだろうというのに俺がここへ連れて来られないといけないんです」
美容室はとても洒落ていて隼が普段なら絶対に立ち止まることすらない雰囲気を全面に出している。それだけでも十分落ち着かないが、そもそも何故自分が無理やりこんなところへ連れて来られる必要あるのか全くもって理解できなかった。
だが凪に「いいから来い」と引っ張られ、隼は強引に中へ入らされる。
「いらっしゃい。凪くん急にとかほんと無茶ぶり過ぎるよ」
「志生なら受けてくれると思ってた」
「勝手なことを」
知り合いなのか、凪とその店員は何やら軽口を叩きつつ隼は促される。店員に「その気ない」と言おうかと思ったが、お洒落な美容室の店員らしく本人も洒落た容貌なのを見て、隼は諦めた。決めつけるわけではないが、顔立ちの整った目立つ相手は苦手なせいもあり、また凪たちを見ている限り、言っても聞いてくれそうな気がしない。
「じゃあまずはシャンプーからねー」
考え方によればいきなり予約しても受けてくれ、嫌な顔一つせず応対してくれるその店員はとてもいい人なのかもしれないが、今の隼にとってはある意味敵だった。
渋々連れ去られる隼に、だが凪は満足気に頷いている。
「おい、アンタら何考えてんだ」
今まで唖然として黙っていた雅也がハッとなり、二人を睨みつける。
「番犬くん怖いなぁ。悪いことじゃないって」
「あぁ?」
「吠えるな、犬が。俺らはただ雀をちゃんと整えてやるだけだ」
ニコニコする氷聖に詰め寄る雅也に、凪は淡々と答える。
「待て。番犬つか犬って何だよ」
「明らかに犬じゃねぇか。雀に纏わりつく犬が。邪魔だから大人しく小屋に籠ってろ」
「んだと?」
「ナギははっきり言いすぎ。まあ名前知らないからとりあえず番犬くんとか呼ばせてもらってるだけだよー」
氷聖は宥めつつも名前を聞く気どころか態度を改める気もないのがよくわかる様子で、相変わらずニコニコしている。我が道を堂々と行く二人に食ってかかるよりも先に隼だと、呆れつつ思った雅也は強面の顔で睨みつけたまま改めて聞いた。
「だいたい整えるってなんだよ」
「本当に煩い犬だな。終わったらわかる」
「んだコラ」
「はいはいー。もうナギはもうちょっと後輩くんに優しくねー。あと番犬くんも外なんだからもうちょっと態度考えてくれる? お前を置いていく選択もあったのに連れてきてあげたんだからね。大人しく座ってなよ」
凪は取りつく島もないし、氷聖はにこやかながらに有無を言わせない様子である。雅也は舌打ちしながらも、実際外部で騒がしくするのを自分も元々好まないため大人しくソファーに座った。そのままひたすら待たされる。
「今日はコンタクトレンズのお店には行く暇ないねえ」
「まあ急いでも仕方ないだろそれは。明日連れ回そう」
「連れ回す? いいねえ。学校休みだしね、あちこち連れ回したいね。隼くん服もあまり持ってなさそうだしー」
「そうだな。この俺にふさわしい感じに仕上げてやる」
「ほんとナギは上からだよね。隼くんかわいそー。疲れるだろうねえ。そしたら俺がすごい気持ちよく慰めてあげよ」
「お前も柔らかい口調で十分ろくでもないからな」
「……アンタらほんと何考えてんだ……」
漏れ聞こえる会話に雅也がボソリと呟いた時「お待たせ。彼、すごいいいものもってたね」と店員が近付いてきた。
「だろ? 志生なら楽しがると思った」
「偉そうに。この俺が切ってあげるなんて中々ないんだからね。いきなりでも受けてあげるのはミヒロくんだけって決めてるのに」
「知るか。いい客が増えるんだからいいだろ」
凪が店員とまた軽口をたたき合っている後ろから「……あの」と声がする。
「おお、雀。終わったようだな」
「どう? 彼、いい感じになったでしょ」
「うん、中々だな。だが髪の色がチャラくないか?」
「そんなのもっとチャラい色してるナギに言われたくないだろうよー。いい感じだよ隼くん」
凪と氷聖が言い合う中、雅也は怪訝そうに隼がいる方を見た。
誰だ。
まず思ったのがそれだった。目の前にいるのは見た記憶ないと言い切りたいほど見たことない、多分隼だった。
いつ見てもぼさぼさで前髪も鬱陶しいほどだった髪はサラサラつやつやして前髪は少し長めのまま横に流れている。
いや、それは美容室の店員がしたのだからまだわかる。だが顔が。
「誰」
思わず雅也は声にも出ていた。凪と氷聖は知っていたのかさほど驚いた様子もないが、それでも少し見入っている。
肌はもともと綺麗だったのだろうとは思う。ただ気にしたことなかっただけで。だがすっきりした髪の上、眼鏡を外したその顔はどう見てもちょっとしたどころではないくらい整った顔立ちだった。
「……誰って、俺だけど……」
その美しい顔が発する言葉は相変わらずぶっきらぼうで素っ気ない隼のそれだ。
凪に「志生」と呼ばれていた店員は「君はほんとやり甲斐あったよ、またね」と、急に予約を受けさせられたようだというのに機嫌よく隼を見送ってきた。
「ていうかほんと何なんですか。何で俺、髪まで染められてんです……。何のために。本当に迷惑なんですが。とりあえず寮へ帰してください。あと眼鏡も。あれないと見えないんで」
自分の変貌ぶりと破壊力に気づいていないのか、どうでもいいのか、隼は店を出た後で淡々とため息つきながら凪に言っている。
「眼鏡は禁止だ、雀」
「は?」
「一応寮の部屋ではコンタクトをしない時もあるだろう。その時は不便だろうから仕方なく返してやるが、普段はコンタクトで過ごせ」
車へ乗せられた後、凪に言われ隼が怪訝そうな顔をすると、眼鏡は返してきたが当然だとばかりに凪は隼を見た。ちなみに行きに「お前はついでなんだから助手席乗ってろ」と言われた雅也は渋々帰りも助手席に乗っており、隼たちのやりとりをただ黙って聞いていた。
「何を言ってるんですか、本当に鬱陶しい。そんなのは俺の勝手です」
「お前な。目立つのが嫌いなのか知らないが、学校は勉強するだけの場じゃねえ。だいたい自分というものを向上させるための一つが勉強だ。内面も外見も付き合いも何もかも他はどうでもいいと思ってるなら大間違いだからな」
凪が隼を見ながらはっきり告げた。
「ナギってば。隼くん、気にしないで。ナギは王様なくせに変にまっすぐだからたまに困るよねえ」
隼を挟んで横に座っている氷聖が隼の頭を軽くぽんっと撫でてきた。
「……たまじゃなく、いつも困ります……」
隼はぼそりと呟いた後、眼鏡をかけることもなくただ黙って俯いていた。
寮に戻った後、車から降りた隼に屈みこむようにして凪は「お前が頑張ってるのはわかってる。けどもう少し自分を好きになれ」と呟く。
「別に自分のこと、嫌いじゃありません……」
「だったらいい。じゃあな、また明日」
凪はニヤリと笑い、「帰るぞ」と雅也に話しかけていた氷聖に肩を回す。歩きながら氷聖は「じゃあね、お疲れ様。また明日」と手を振った後、凪に何やら言っていた。それをぼんやり見えない目で見ながら、隼はため息ついた。
「おい、なる」
「……ああ、雅也。何か変なことに付き合わせたみたいでごめん」
雅也に呼びとめられ、隼は謝りながら部屋へ向かう。
「いや。つか見えねえんだろ。眼鏡、かけろよ」
「ああ、うん。そうだね」
隼は今まで眼鏡があったことすら忘れていたかのように、手にしていた眼鏡を見た後それをかけた。眼鏡をかけると髪型は違うが一応いつもの隼には少し違うとはいえ見える。
待っていた時に氷聖が言っていたが、凪は先ほど皆で食事をした後、たまたま隼の眼鏡がずれたせいで隼の顔に気づき、その後で美容室の予約を入れさせたらしい。ただ説明してくる氷聖の様子は前から隼の容貌に気づいていたようにも雅也は感じられた。
「大丈夫か?」
「え? うん、大丈夫だよ。ありがとう」
部屋に入ると隼は手を振ってそのまま自分の寝室の入っていった。その後しばらくしたら「待て。つか明日ってなんだよ……っ?」という声が聞こえてきた。
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