王子とチェネレントラ

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10話

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 とりあえず座っていてくれと三人をダイニングテーブルに無理やり座らせ、隼はため息つきながら唐揚げを揚げるため油を温め出す。
 そういえばテーブルは二人部屋のわり四人掛けだ。普段は無駄だなと思っていたが、今は明らかに一席足りない。隼は後で食べるか違うところで食べればいいかと、親切心ではなく面倒くさいから考えていると、背後に誰かいるのを感じた。雅也だろうなと思って振り返ると、案の定雅也がふてくされたような顔して立っている。

「ごめん。落ち着かないなら部屋にいたらいいよ。できたら呼びに行くかそれとも持って行くけど」
「別にいい。俺はただ茶を飲みに来ただけなんだよ」

 相変わらずそっけない様子で言った後、雅也は冷蔵庫からペットボトルの茶を出して飲み出した。

「あ、それ俺の……」

 別に誰のであろうがいいと言えばいいが、隼の飲みかけだったため思わず口にしていた。てっきり「どっちだっていいだろうが」とでも言われるかと思ったが、雅也は「あ、わりぃ……」と慌てて飲むのを止めて蓋をしめ直した。そのまま無言でペットボトルを持っているが、耳が赤い。多分今の状態は尻尾が垂れている状態なのだろうと隼は苦笑した。

「いいよ別に。雅也が気にならないならそれ、飲んでくれていいし」

 笑いかけるもまだ黙っているので「それ飲んでいいから、テーブルに座っておくか別のとこ行っててよ。油揚げるから危ないし」と、とりあえず頭を撫でておいた。隼よりも雅也の背は十分高いが、少し俯き加減なので手は普通に届く。
 雅也が離れてから油も丁度いい温度だろうと隼は下準備していた鶏を揚げていった。綺麗に飾りつける気は全くないので、大皿に適当に千切ったレタスやプチトマトと共に油切りした唐揚げを置いていく。そういった準備していると、今度は和颯がやってきた。

「手伝おう」
「大丈夫ですよ。でもありがとうございます」
「いえいえ。さっきここにいた子が同居人?」
「はい。ルームメイトの雅也です」
「……へぇ……雅也、ね。今テーブルでナギたちに捕まって何か聞かれてるけど」

 和颯が何故かピクリとした後、ニッコリ教えてくれた。

「……」

 一体何を聞くのかわからないが、凪と氷聖に絡まれると大変だということなら隼もよくわかっている。雅也は大丈夫だろうかと少し同情した。

「にしても同居人くんと顔を滅多に合わせないんじゃなかった? 頭撫でたりとても親密そうだが」
「え? あ、ああ何か気づけばそうなってまして……」

 隼も本当に何故かよくわかっていない。気づけばよく夕食を一緒に食べるようになっている。とはいえ相変わらず雅也はそっけない態度なのだが。
 和颯はまた「へぇ」とニコニコしながら皿を運ぶのを手伝ってくれた。テーブルでは確かに仏頂面をした雅也に対し、いつもと変わらない凪と相変わらず楽しげな氷聖が「だいたいピアス何個開けてんだ」「だから、関係ねぇっすよね」などどうでもいいことを話している。

「できましたよ。どうでもいい話してる暇があったらテーブルの上、片してください」

 隼はため息つきながら持ってきた皿を置いた。

「美味いな」
「美味しいねえ」
「唐揚げか。今度うちでも作らせよう……」

 凪や氷聖、和颯は誉めつつ遠慮なく次々食べていく。雅也は自室で食べていた。料理を運んだ後に席が一つ足りないのを凪が指摘した際に、隼は「俺は後でいいです」と答えたのだが「それならここで食え」と腕をひかれ、凪の膝の上に座らされた。

「……俺を子ども扱いして楽しいですか」
「子ども扱い? ある意味ちゃんと大人扱いしてるぞ」

 凪に言われ「は?」と怪訝そうな顔をした時、和颯が立ち上がって凪に抗議するよりも早くに雅也が立ち上がった。そして「部屋で食う」と皿にいくつか唐揚げを入れて歩いていった。隼は後を追って「ほんと俺後でいいし」とそれこそ本当にそう思っているので伝えると首を振られた。

「いい。でもアイツらだろ、なる狙ってんの。何かあったら直ぐ言え。部屋でも構えておいてやる」

 ジロリと隼を睨みつつ言ってきた言葉に、隼は唖然としつつも「ありがとう」と言うしかなかった。
 結局こうして隼は凪たちと一緒に食べる羽目になった。

「隼くんは偉いね、自炊とか」
「別に偉くは。緋月先輩は料理できないんですか?」
「できるけど面倒じゃない? 隼くん面倒くさがりのわりにこういうの面倒じゃないの?」
「料理は自分のペースでできますし」
「鳴海らしいな」

 自分のペースで、と隼が言うと和颯がニッコリ笑ってきた。

「そうですか? 葵先輩は料理されないんです?」
「俺?」
「こいつがするはずないだろう。使えるものは猫でも使うやつだぞ」

 聞かれて和颯が答える前に、凪があり得ないとばかりに言ってきた。

「お前こそ料理どころか米すら洗えんだろうが」

 それに対し和颯は淡々と言い返す。

「は? 米? 洗うくらいなら俺でもできる。洗剤で洗えばいいのだろう?」
「……腹壊します」

 何でもできるように見える人たちなのだが、と隼は微妙な顔で凪を見た。それに対し氷聖が楽しげに笑う。

「面白い香りと味の白米が炊けるだろうねえ。俺は絶対食べないけど」
「緋月先輩、楽しむところなんですか?」
「だって楽しいじゃない」
「全くどうしようもないヤツだな。米も洗えんとは。あれは水で洗うだけでいいんだ。情けないな、ナギ」
「何だと?」
「ちょっとお二人とも止めてください。ここで喧嘩をしないという約束です」

 隼がため息つきながら言うと、凪と和颯は不満そうだが黙った。ちなみに和颯が言う「洗う」も何となくニュアンスが違うような気がした隼だが、面倒だしと黙る。

「ていうかカズも何か洗うって怪しいよね。米は洗うっていうより砥ぐんだよ」

 だが氷聖が楽しげに言ってしまい、和颯は薄らと笑みを浮かべたまま氷聖を睨んでいる。隼はこのままもうベッドで休みたくなった。何故自分の部屋でこんなに居心地悪い思いをしなければならないのか。だいたい仲よくないなら何故三人で来るのか。
 とりあえず自分だけでもさっさと食べてしまおうと、もう三人のことは気にせずひたすら食べることに専念した。すると他の三人も時折何やら話したり隼に話しかけつつまともに食べだした。
 食べ終えた後に「食器は俺が洗ってやろう」と凪に相変わらず上から目線で言われたが、米を洗剤で洗おうとする人に何もして欲しくないと思った隼はきっぱり断る。
 その後妙に疲れた隼はテーブルに突っ伏した。

「すまなかったな、鳴海。俺が来ると言ったせいで」

 和颯が申し訳なさそうに隼を気遣ってきた。

「いえ、大丈夫です」
「そこは『本当です』とでも言ってやれ、雀」

 凪が横からまた余計なこと言ってきた。横を向いたまま隼は呆れたように「何で……」と凪の方を見ようとする。その際に眼鏡の縁がテーブルに当たってまたずれた。疲れている時はそういった些細なことすら面倒くさい。だが和颯が前のようにまたさりげなく眼鏡を直してくれた。

「ありがとうございます、葵先輩」

 隼が頭を上げて礼を言うと和颯はただ黙って微笑んできた。凪はまた何かを言ってくるかと思ったが、何故か怪訝そうな顔をして黙っていた。氷聖はずっと楽しげなままだ。
 早い時間に夕食を食べてしまったが、とりあえず本当に疲れたので隼は歯に布着せぬ勢いで「疲れたんで帰ってもらっていいですか」と三人にはっきり伝える。それに対して誰も反論することなく大人しく言うことを聞いてくれた。
 ようやく帰ってくれて正直ホッとしていると、雅也が食べ終えた皿を持って部屋から出てきた。

「悪かったな。それ、洗うから置いておいてくれたらいいよ」

隼が言うとそっけなく何か呟きながら台所へ運んでいる。とりあえず一旦ゆっくりしてから勉強でもするかなと隼が思っていると、部屋の入口のチャイムが鳴った。食器をシンクに置いている雅也に「出るよ」と言いつつ面倒そうに隼が玄関を開けると、何故か帰ったはずの凪と氷聖が立っている。

「……忘れ物ですか?」

 怪訝そうに聞くと「ある意味そうだな。行くぞ」と凪が当然のように隼を連れ出そうとしてきた。

「は? 行くってどこに。ていうかどこにも行きませんよ。何言ってるんです?」

 隼の様子に気づいたのか、雅也が不機嫌そうな表情でやってきた。

「アンタら何してんっすか」
「ああ、同居人くん。ちょっと隼くん貸してね。大丈夫、変なことしない。今から連れて行きたいところあって」

 氷聖は臆した様子もなく強面の雅也にニコニコ笑いかけた。

「あ? どういう意味だよ。何のつもりだコラ」
「そうです、何考えてるんです?」
「いいから黙ってついてこい。まだこの時間なら問題ない」
「そういう問題を言ってるんじゃないです」
「大丈夫だ。氷聖にさっき予約させた。ほら、行くぞ」

 凪は有無を言わせない様子で隼を引っ張り出す。隼が「予約? ちょ、部屋着……」と言っても「車だから問題ない」と全く取り合わない。おまけに番犬が怒って今にも噛みつきそうだという様子を醸し出している雅也にも「心配ならお前も来るといいだろうが」と言ってきた。
 結局隼と雅也はわけわからないまま車へ乗る羽目になった。
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