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8話
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今度の週末は銭湯へ行ってゆっくりしようと思っていたが、用事ができたので隼は実家へ帰ることにした。
前日にまた凪や氷聖から一緒に遊ぼうと絡まれたし、おまけに和颯にも遊びに行ってもいいかと聞かれたが、とりあえずどれも丁重にお断りする。
その夜も夕食を一緒に食べる羽目になった雅也に隼が何やら荷物を準備していたのを見られた為か翌日の事を聞かれた。
「なる、明日はどっか行くのか?」
「ああ」
「どこ行くんだ? まさか女のとこ、とか? まあねえわな」
雅也が冗談ぽく言ってくる。自分の容姿が微妙な状態なのはわかっているけれども、と思いつつ隼は適当に「……そんな感じ」と答える。
「マジで?」
適当に答えると雅也が何故かソワソワしている。何故ソワソワするのかと微妙な顔していると、今度はハッとなった後に無言で隼が作った飯を食べだした。一体なんだろうと様子を窺っていると、たまにチラチラ台所を見ている。
ああ、と隼はますます微妙な顔になった。ソワソワされる意味はわからなかったが、今の様子は理解できた。
何だろう、この餌づけしたような気分は。
無言でムッとしたように飯を食べている、普通なら怖いであろうその様子も、今の隼には大きな尻尾を下に垂らしたようにしか見えなかった。
「……あのさ、どうせ俺明後日帰ってきたら飯食うし、作っておくから」
「別にどうでもいいし」
ふい、と横を向いた雅也の耳が赤くなっている。多分ないはずの尻尾が、今度は大きく千切れんばかりに振られている気がした。
人と関わるのが面倒なはずが何故こんなことにと思いつつも、人というより本当に大きな犬を新しく飼ったような気分になる。隼は内心苦笑した。
温めるだけでいいようにと、隼は元々明後日早めに帰ってきた場合に作ろうと思っていた筑前煮を、夕食の後に作った。
翌日、隼は朝早くに寮を出た。バスや電車を乗り継ぎ、自分の地元へ向かう。
地元に着いた時ふと思い出してトイレへ寄る。鏡に映るかなりぼさぼさの自分を見て、ため息ついた。
手入れをしないのは本当に楽だが、多分親はこれを見ると呆れるだろう。高校に入学したての頃もすでに少し伸びていた髪は、さらに伸びている。後ろはさほどではないが、前髪が酷い。多分これでは普段鷹揚な母親ですら文句を言ってきそうだ。隼はまた面倒くさげにため息ついた。
母親ですらというより、むしろ母親の方が煩いかもしれない。父親は勉強や仕事に関係あること以外はどうでもいいと思っていそうだ。
隼はとりあえずブラシを持っていないので手櫛で髪を整える。そして寮の共同ではない寝室で勉強をする時邪魔だと感じた時に留めているピンを取り出し、元々こういう髪型で過ごしているんだという振りするため、それなりに整えた。
眼鏡も寮暮らしをするにあたり、やはりいちいちコンタクトレンズをするのが面倒なので眼鏡にしていた。とりあえずたまたま家にあった古そうな縁を眼鏡屋へ持っていき、自分に合うレンズをつけてもらっていた。そのためサイズが合わないのかよくずれるわけだが、これもごちゃごちゃ言われそうな気、しかしない。
レンズも金をかけたくなかったので、一番安いやつにした。だから視力の悪い自分の目が相当小さく見えているだろうとさすがにわかっている。それもどうせ普段は前髪に隠れて見えないから別にいいかと思っているのだが、ピンで上げるとやたら目立つ。
家のためにすると思うから面倒だと思ってしまうんだ。
隼は一応持っている使い捨てタイプのコンタクトレンズを眼鏡を外して着けた。どうせ明日は久しぶりに会う子のため身なりを整えるつもりだった。髪を切るほどではないけれども、それなりに整えるつもりだったため、それを今からするというだけだ。
とりあえず一応普通には見えるだろうと改めてトイレの鏡を見た後で、ようやく隼は実家へ帰った。
久しぶりに帰った実家は相変わらずだった。基本的に両親共に忙しいのであまり顔は合わせないのだが、母親はいつものようにカッコよくてさばさばしていたし父親は相変わらず偉そうだった。
最初隼の髪型を見た母親は「今どきぶっちゃって。どうせなら髪染めたら?」と何やら勘違いをしていた。
「寮生活、どう?」
「お母さんが料理教えてくれたおかげで助かっています」
「そう、よかった。お友だちはできた?」
「……あー……」
夕食後ようやくゆっくりと時間がとれると母親がニコニコ聞いてきて、隼は言葉に詰まる。
できていないというかできたというか。できたと思いたくない気もする。だが母親が怪訝そうな顔をしたので「はい」とだけ言っておいた。
父親は「やることやっていればそれでいい」とチラリと見てきた後に尊大な様子で言うと「持ち帰った案件があるから書斎にいる」と母親に素っ気なく伝え、いなくなってしまった。それもいつものことだ。そんな父親を、母親は困ったように見るどころかおかしそうに笑って見ている。その辺が昔から隼にとって謎でもあった。
翌日は久しぶりに会った相手とゆっくり過ごした。それでもお互い淡々とした性格なので、結局予想通り地元から寮に戻るのは遅くならなさそうだった。
とりあえずその相手に会うというのと実家に忘れてきた辞書を持ち帰るという用件を果たしたので、それに関してはわりと満ち足りた気分で隼はまた寮へ戻る。
ただ、母親が色々と持たせてきた日常品が、重い。学校と寮がある駅に着いて、重さに辟易しながら歩いていると隼は妙に視線を感じた。そんなに重さで情けない風に歩いていただろうかと荷物を持ち直す。そして何ともない振りして歩くのだが、やはりどうにも視線を感じた。
恐る恐る感じた方を見てみると、だが目を逸らされた。間違いなく見られていたのだろう。ただ、目を逸らされたのが若い女性だったので、目立ちたくない上にあまり色恋に興味がない隼もさすがに多少は切ないと思う。
暫く歩いていてもやはり視線を感じ居心地が悪いと思っていると、学校で見かけたことあるので多分ここの生徒であろう男女もちらほら見かけるようになってきた。何故か彼らにまで見られている気がする。
そこでハッとした。見られているのは男のくせに重そうに持っているのが情けないからだろうとは思うが、それとは関係なく自分がコンタクトをしたままそして髪もピンで整えているままなのを思い出した。変に視線を感じるのは髪を上げているからかもしれない。
風景がよく見えるからそう思うんだ。
そう考えた隼はどこか公園のような隅を見つけると隠れるようにしてそこへ移動し、荷物を置いてピンを外していった。ついでにどうせ帰ったらコンタクトレンズを捨てて眼鏡に戻るしと思い出した今、丁度ゴミ箱があったのでそこに使い捨てレンズを捨てて眼鏡を取り出し掛け直す。
コンタクトレンズは面倒な上に周りが見えやすい。目立ちたくない隼としては自分的にもあまり周りが見えてない方が落ち着く。とはいえ眼鏡すらしないと本当に何も見えないので見た目より実用、と眼鏡を愛用していた。
これで多分落ち着く、とまた重い荷物を持って歩き出す。今度は視線を感じないのでやはり正解だったかもしれない。
そのまま歩き続けるとそろそろ夕食の時間帯も過ぎる頃だからだろうか、隼の他に歩いている人を見かけなくなった。ついでに腕が痛くなってきた。なるべく無駄使いをしたくない隼は、母親がくれた日常品の中にあるジャガイモや調味料もありがたいと思っていた。しかしさすがにきつい。
送ろうと思ってたんだけど、と言われた時に面倒だからそのまま貰うと答えるのではなかった。持って帰る方が断然面倒だった。
とりあえず無心になってひたすら歩こうと思っていると「おい、雀」と声かけられる。隼に声かける人はほぼいない上に「雀」と呼ぶ相手は一人以外心当たりない。恐る恐る振り返るとやはりそこに凪がいた。
「……何でいるんです」
「お前結構失礼だよな。いちゃ悪いのか」
凪は呆れたような表情をしてきた。確かに失礼かもしれないし、幸い今は他に人もいない。
「すみません。……一人なの、珍しいですね」
隼的にいつも凪と氷聖はセットのイメージだった。
「そうか? ああ、氷聖な。あいつは遊びに行ってるぞ。さすがに休日まで四六時中一緒のわけないだろうが」
「まあ、そうですね。では失礼します」
「失礼しすぎなんだよお前」
凪はそういうと隼の荷物を奪ってきた。咄嗟のことなのとかなり疲れていたのもあり、隼は簡単に奪われてしまう。
「何するんです」
凪を見る隼に取り合わず「何でジャガイモやら醤油やら」と微妙な顔をしながら凪は歩きだした。
「ちょ……」
「抗議する前に鍛えろよ。剣道しろ剣道。心身ともに鍛えられんぞ」
「余計なお世話です」
凪に奪われたせいで軽くなり、手元に残ったのは寮に帰ったら食べようと自分用に買っていた、地元で好きだったプリンの小さな紙袋だけだった。
ちらりと凪を見上げると、竹刀袋は持っていないが道着らしきものが入っているのが見えるカバンを持っている。部活か何かの帰りだろうか。いつも偉そうなわりに「持ってやっている」といった態度も言葉もない凪をそのまま怪訝そうに見ると、視線に気づいたのか「何だ」と隼を見おろしてきた。
「いえ。……ああそうだ、何で雪城先輩たちは俺に構うんです? 物珍しい雰囲気でも醸し出してましたか俺」
「あ? まあそうだな、それもある。それにどんなことであれ真面目に努力してるのは見ていて気持ちいいしな。何だ。この俺が気に入ってるんだ、光栄に思えよ」
真面目に努力……。
その言葉に何となく気持ちが少し向上したが、最後の言葉を聞いて、隼はああ、やはりいつもの人だと微妙な顔をする。
「何でそう偉そうなんです」
「別に偉そうにしてない。実際当然だと思ってるだけだ。お、もうすぐ寮だな。お前の部屋への招待を受けてやりたいのは山々だが」
「招待してません」
「とりあえず今日はここまでな。じゃあ、気をつけて帰れよ」
本当に色々上から目線で偉そうな人だと思いつつも、隼は持ってくれていた荷物を受け取りながら少し考えた。
「……あの、これどうぞ」
やはり一応礼はしないとと思い、自分用のプリンが入った紙袋を差し出す。
「何だ、くれるのか?」
「はい。ありがとうございました」
「……じゃーな」
凪はそのまま来た道を戻っていった。やはりわざわざ荷物を持ってくれていたのだろう。隼はまた重くなった腕に気合いを入れながら寮へ入った。
わざわざ来てくれたわりに、全然恩着せがましいところがない。普段あれほど偉そうで我が道を行く人なのに変わった人だと思う。
ようやく自分の部屋に着くと、一旦寝室に荷物を置いてホッとした。その後わき目も振らず、隼はシャワーを浴びに行く。本当は銭湯へ行ってゆっくり湯に浸かりたかったが、また来週にすればいい。
シャワー室から出てから夕食でも食べるかと、気にしていなかった台所兼ダイニングを見ると、いつの間にいたのか雅也が座っている。少し驚きつつ、夕食を食べた様子がないので、もしかしたら彼女と食べてきたのかもしれないと隼が思っていると「火は入れといた」と不機嫌そうな表情のまま言ってきた。
「え? あ、ああ。ありがとう。えっと、雅也はいらなかった? ああ、昨日食べたのか」
「……昨日は食ったけど。いや、今日は俺も今から食う」
既に一般的な夕食の時間よりは遅くなっている。雅也も忙しかったのだろうか。
何だかんだで最近一緒に夕食食べてるなあと思いつつ、隼は「じゃあ食べようか」と食器を用意し始めた。
前日にまた凪や氷聖から一緒に遊ぼうと絡まれたし、おまけに和颯にも遊びに行ってもいいかと聞かれたが、とりあえずどれも丁重にお断りする。
その夜も夕食を一緒に食べる羽目になった雅也に隼が何やら荷物を準備していたのを見られた為か翌日の事を聞かれた。
「なる、明日はどっか行くのか?」
「ああ」
「どこ行くんだ? まさか女のとこ、とか? まあねえわな」
雅也が冗談ぽく言ってくる。自分の容姿が微妙な状態なのはわかっているけれども、と思いつつ隼は適当に「……そんな感じ」と答える。
「マジで?」
適当に答えると雅也が何故かソワソワしている。何故ソワソワするのかと微妙な顔していると、今度はハッとなった後に無言で隼が作った飯を食べだした。一体なんだろうと様子を窺っていると、たまにチラチラ台所を見ている。
ああ、と隼はますます微妙な顔になった。ソワソワされる意味はわからなかったが、今の様子は理解できた。
何だろう、この餌づけしたような気分は。
無言でムッとしたように飯を食べている、普通なら怖いであろうその様子も、今の隼には大きな尻尾を下に垂らしたようにしか見えなかった。
「……あのさ、どうせ俺明後日帰ってきたら飯食うし、作っておくから」
「別にどうでもいいし」
ふい、と横を向いた雅也の耳が赤くなっている。多分ないはずの尻尾が、今度は大きく千切れんばかりに振られている気がした。
人と関わるのが面倒なはずが何故こんなことにと思いつつも、人というより本当に大きな犬を新しく飼ったような気分になる。隼は内心苦笑した。
温めるだけでいいようにと、隼は元々明後日早めに帰ってきた場合に作ろうと思っていた筑前煮を、夕食の後に作った。
翌日、隼は朝早くに寮を出た。バスや電車を乗り継ぎ、自分の地元へ向かう。
地元に着いた時ふと思い出してトイレへ寄る。鏡に映るかなりぼさぼさの自分を見て、ため息ついた。
手入れをしないのは本当に楽だが、多分親はこれを見ると呆れるだろう。高校に入学したての頃もすでに少し伸びていた髪は、さらに伸びている。後ろはさほどではないが、前髪が酷い。多分これでは普段鷹揚な母親ですら文句を言ってきそうだ。隼はまた面倒くさげにため息ついた。
母親ですらというより、むしろ母親の方が煩いかもしれない。父親は勉強や仕事に関係あること以外はどうでもいいと思っていそうだ。
隼はとりあえずブラシを持っていないので手櫛で髪を整える。そして寮の共同ではない寝室で勉強をする時邪魔だと感じた時に留めているピンを取り出し、元々こういう髪型で過ごしているんだという振りするため、それなりに整えた。
眼鏡も寮暮らしをするにあたり、やはりいちいちコンタクトレンズをするのが面倒なので眼鏡にしていた。とりあえずたまたま家にあった古そうな縁を眼鏡屋へ持っていき、自分に合うレンズをつけてもらっていた。そのためサイズが合わないのかよくずれるわけだが、これもごちゃごちゃ言われそうな気、しかしない。
レンズも金をかけたくなかったので、一番安いやつにした。だから視力の悪い自分の目が相当小さく見えているだろうとさすがにわかっている。それもどうせ普段は前髪に隠れて見えないから別にいいかと思っているのだが、ピンで上げるとやたら目立つ。
家のためにすると思うから面倒だと思ってしまうんだ。
隼は一応持っている使い捨てタイプのコンタクトレンズを眼鏡を外して着けた。どうせ明日は久しぶりに会う子のため身なりを整えるつもりだった。髪を切るほどではないけれども、それなりに整えるつもりだったため、それを今からするというだけだ。
とりあえず一応普通には見えるだろうと改めてトイレの鏡を見た後で、ようやく隼は実家へ帰った。
久しぶりに帰った実家は相変わらずだった。基本的に両親共に忙しいのであまり顔は合わせないのだが、母親はいつものようにカッコよくてさばさばしていたし父親は相変わらず偉そうだった。
最初隼の髪型を見た母親は「今どきぶっちゃって。どうせなら髪染めたら?」と何やら勘違いをしていた。
「寮生活、どう?」
「お母さんが料理教えてくれたおかげで助かっています」
「そう、よかった。お友だちはできた?」
「……あー……」
夕食後ようやくゆっくりと時間がとれると母親がニコニコ聞いてきて、隼は言葉に詰まる。
できていないというかできたというか。できたと思いたくない気もする。だが母親が怪訝そうな顔をしたので「はい」とだけ言っておいた。
父親は「やることやっていればそれでいい」とチラリと見てきた後に尊大な様子で言うと「持ち帰った案件があるから書斎にいる」と母親に素っ気なく伝え、いなくなってしまった。それもいつものことだ。そんな父親を、母親は困ったように見るどころかおかしそうに笑って見ている。その辺が昔から隼にとって謎でもあった。
翌日は久しぶりに会った相手とゆっくり過ごした。それでもお互い淡々とした性格なので、結局予想通り地元から寮に戻るのは遅くならなさそうだった。
とりあえずその相手に会うというのと実家に忘れてきた辞書を持ち帰るという用件を果たしたので、それに関してはわりと満ち足りた気分で隼はまた寮へ戻る。
ただ、母親が色々と持たせてきた日常品が、重い。学校と寮がある駅に着いて、重さに辟易しながら歩いていると隼は妙に視線を感じた。そんなに重さで情けない風に歩いていただろうかと荷物を持ち直す。そして何ともない振りして歩くのだが、やはりどうにも視線を感じた。
恐る恐る感じた方を見てみると、だが目を逸らされた。間違いなく見られていたのだろう。ただ、目を逸らされたのが若い女性だったので、目立ちたくない上にあまり色恋に興味がない隼もさすがに多少は切ないと思う。
暫く歩いていてもやはり視線を感じ居心地が悪いと思っていると、学校で見かけたことあるので多分ここの生徒であろう男女もちらほら見かけるようになってきた。何故か彼らにまで見られている気がする。
そこでハッとした。見られているのは男のくせに重そうに持っているのが情けないからだろうとは思うが、それとは関係なく自分がコンタクトをしたままそして髪もピンで整えているままなのを思い出した。変に視線を感じるのは髪を上げているからかもしれない。
風景がよく見えるからそう思うんだ。
そう考えた隼はどこか公園のような隅を見つけると隠れるようにしてそこへ移動し、荷物を置いてピンを外していった。ついでにどうせ帰ったらコンタクトレンズを捨てて眼鏡に戻るしと思い出した今、丁度ゴミ箱があったのでそこに使い捨てレンズを捨てて眼鏡を取り出し掛け直す。
コンタクトレンズは面倒な上に周りが見えやすい。目立ちたくない隼としては自分的にもあまり周りが見えてない方が落ち着く。とはいえ眼鏡すらしないと本当に何も見えないので見た目より実用、と眼鏡を愛用していた。
これで多分落ち着く、とまた重い荷物を持って歩き出す。今度は視線を感じないのでやはり正解だったかもしれない。
そのまま歩き続けるとそろそろ夕食の時間帯も過ぎる頃だからだろうか、隼の他に歩いている人を見かけなくなった。ついでに腕が痛くなってきた。なるべく無駄使いをしたくない隼は、母親がくれた日常品の中にあるジャガイモや調味料もありがたいと思っていた。しかしさすがにきつい。
送ろうと思ってたんだけど、と言われた時に面倒だからそのまま貰うと答えるのではなかった。持って帰る方が断然面倒だった。
とりあえず無心になってひたすら歩こうと思っていると「おい、雀」と声かけられる。隼に声かける人はほぼいない上に「雀」と呼ぶ相手は一人以外心当たりない。恐る恐る振り返るとやはりそこに凪がいた。
「……何でいるんです」
「お前結構失礼だよな。いちゃ悪いのか」
凪は呆れたような表情をしてきた。確かに失礼かもしれないし、幸い今は他に人もいない。
「すみません。……一人なの、珍しいですね」
隼的にいつも凪と氷聖はセットのイメージだった。
「そうか? ああ、氷聖な。あいつは遊びに行ってるぞ。さすがに休日まで四六時中一緒のわけないだろうが」
「まあ、そうですね。では失礼します」
「失礼しすぎなんだよお前」
凪はそういうと隼の荷物を奪ってきた。咄嗟のことなのとかなり疲れていたのもあり、隼は簡単に奪われてしまう。
「何するんです」
凪を見る隼に取り合わず「何でジャガイモやら醤油やら」と微妙な顔をしながら凪は歩きだした。
「ちょ……」
「抗議する前に鍛えろよ。剣道しろ剣道。心身ともに鍛えられんぞ」
「余計なお世話です」
凪に奪われたせいで軽くなり、手元に残ったのは寮に帰ったら食べようと自分用に買っていた、地元で好きだったプリンの小さな紙袋だけだった。
ちらりと凪を見上げると、竹刀袋は持っていないが道着らしきものが入っているのが見えるカバンを持っている。部活か何かの帰りだろうか。いつも偉そうなわりに「持ってやっている」といった態度も言葉もない凪をそのまま怪訝そうに見ると、視線に気づいたのか「何だ」と隼を見おろしてきた。
「いえ。……ああそうだ、何で雪城先輩たちは俺に構うんです? 物珍しい雰囲気でも醸し出してましたか俺」
「あ? まあそうだな、それもある。それにどんなことであれ真面目に努力してるのは見ていて気持ちいいしな。何だ。この俺が気に入ってるんだ、光栄に思えよ」
真面目に努力……。
その言葉に何となく気持ちが少し向上したが、最後の言葉を聞いて、隼はああ、やはりいつもの人だと微妙な顔をする。
「何でそう偉そうなんです」
「別に偉そうにしてない。実際当然だと思ってるだけだ。お、もうすぐ寮だな。お前の部屋への招待を受けてやりたいのは山々だが」
「招待してません」
「とりあえず今日はここまでな。じゃあ、気をつけて帰れよ」
本当に色々上から目線で偉そうな人だと思いつつも、隼は持ってくれていた荷物を受け取りながら少し考えた。
「……あの、これどうぞ」
やはり一応礼はしないとと思い、自分用のプリンが入った紙袋を差し出す。
「何だ、くれるのか?」
「はい。ありがとうございました」
「……じゃーな」
凪はそのまま来た道を戻っていった。やはりわざわざ荷物を持ってくれていたのだろう。隼はまた重くなった腕に気合いを入れながら寮へ入った。
わざわざ来てくれたわりに、全然恩着せがましいところがない。普段あれほど偉そうで我が道を行く人なのに変わった人だと思う。
ようやく自分の部屋に着くと、一旦寝室に荷物を置いてホッとした。その後わき目も振らず、隼はシャワーを浴びに行く。本当は銭湯へ行ってゆっくり湯に浸かりたかったが、また来週にすればいい。
シャワー室から出てから夕食でも食べるかと、気にしていなかった台所兼ダイニングを見ると、いつの間にいたのか雅也が座っている。少し驚きつつ、夕食を食べた様子がないので、もしかしたら彼女と食べてきたのかもしれないと隼が思っていると「火は入れといた」と不機嫌そうな表情のまま言ってきた。
「え? あ、ああ。ありがとう。えっと、雅也はいらなかった? ああ、昨日食べたのか」
「……昨日は食ったけど。いや、今日は俺も今から食う」
既に一般的な夕食の時間よりは遅くなっている。雅也も忙しかったのだろうか。
何だかんだで最近一緒に夕食食べてるなあと思いつつ、隼は「じゃあ食べようか」と食器を用意し始めた。
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