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2話
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「おい」
気のせいだ。
「おい」
……。
「おい!」
「何なんですか……!」
ひたすら何も聞こえない、何も気づいていない振りして、ざかざかフルスピードで歩いていたがとうとう隼は立ち止った。振り向いた瞬間、やはり彼らだ、と顔をそむけて走りだしたくなった。
「お前、昨日廊下で色々ばらまいてたヤツだろ?」
「わざとじゃありません」
目の前にいるのは忘れようにも忘れがたい二人だ。人通りのない裏庭なのがせめて幸いだと隼はそっと思った。こんな二人といたら目立って仕方ないし、また後で何を言われるかわからない。別に何思われてもいいが、話題にはされたくない。
「ナギ、そんな言い方じゃ駄目だよー。もっさりくん困ってるじゃない」
今、片方の人、もっさりくんと言った?
隼は微妙な顔になる。困っているとわかってくれるのはいいが、名前すら知らない相手にはっきり遠慮なく何勝手にろくでもないあだ名つけてくれているのだろう。
「何で困ってんだ?」
そしてひたすら先ほどから「おい」と声をかけ追いかけてきた人はどうにも空気を読んでくれないのか、怪訝な顔している上に「まあ、そんなことはいい」と速攻で切り替えてきた。
よくない。
「お前昨日さっさと立ち去るから。教材一つまだ落ちてたんだぞ。この俺がわざわざその辺にいたヤツらに聞いた上で資料室まで持っていったんだぞ、全く」
「え、そうなんですか。それは……失礼しました」
だがやはりいい人はいい人のようだ。ところどころ言い方がアレだし、わざわざそれを伝えるためひたすら呼びとめてきたのかと少々ひっかかるがと思いつつ、気づいていなかったとはいえ本当に申し訳ないと隼は頭を下げた。
「だいたい俺が声をかけてるってのに急いで立ち去るとかお前変わってんな」
「は?」
心から謝った気持ちもそのままに、隼は怪訝な表情を隠すことなく相手を見た。
「ふふ。もっさりくん。ナギはちょっとあれなんだよ、自分に自信ありすぎって言うかね」
「ありすぎって何だよ。実際自信あるからだろ。どこかおかしいか、氷聖?」
「まあ、普通は変だよねえ?」
氷聖と呼ばれた相手がニッコリ隼を見てくる。
「……いや、同意を求められても。だいたいあなただって変は変です」
思わず思っていることを口に出した後で、隼はしまったと顔をそっとそむけた。失礼なことを最初に言ってきたのは相手だが、こういう目立つ多分先輩に対し、もう少し口を慎むべきだったとそっと思った。
昔から偉そうな父親に対しひたすら口をつぐんできた反動か、家を出てから油断をすると思っていることをつるりと言ってしまうようだ。
幸い隼に話しかける人があまりいないが、そのせいもあってか、もしかしたら余計油断してしまっているのかもしれない。面倒なことになるのはごめんなのにと思っていると、だが相手はおかしそうに笑ってきた。
「あはは、そっか。俺、変なんだってー、ナギ」
「まあお前はな。俺はカッコいいだろう?」
……この人たち、何なんだろう。
余計なこと言ってしまったどころか、何を言ってもいいようにとらえてくるというか。
「本当に恰好いい人はわざわざ口にしません」
「あはは、ナギも言われてるー」
「カッコいいんだからそれを口にしてどこが駄目なんだよ?」
本当に、この人たち、何。
「あの、用ないなら俺、失礼します……」
せっかく誰もいなさそうなところで弁当食べようとしたのに、これでは昼ご飯を食べるのもままならない。隼がそのまま立ち去ろうとしたら「おい、待て」と腕をつかまれる。
「はぁ……。何なんですか」
「お前、名前何て言うんだ? おい、じゃ不便だろが」
不便も何も呼びかけなければいいと思うし、そもそも人に聞く前にまず自分からだろうがと隼は思った。だが別に名前を聞くつもりないので、早々に立ち去るためにも素直に名乗った。
「鳴海です」
「鳴海、何」
「……鳴海隼です」
「隼くんかー。よろしくね、隼くん。俺は氷聖だよ。緋月 氷聖(ひづき ひさと)」
もっさりくん、と呼んできた方が先に反応してきた。
「あ、テメ、氷聖! 俺が聞いたってのに俺差し置いて何先に。つか隼って感じじゃねーな。もさもさしてちっちゃいし」
腕をつかんでいる方がムッとしたように氷聖を見てから、こちらもサラリと失礼なことを言ってくる。
「もさもさはともかく、ちっちゃいとか失礼です。俺別に身長は普通ですけど。あなた方が高すぎるだけじゃないですか」
他は劣っているかもしれないが、身長は決して小さくない。普通程度は、ある。
隼もムッとしたように腕をつかんでいる相手を見た。ちなみに何度か振りほどこうとしているのだが成功していない。
「あなた方とかじゃなく、ちゃんと名前で呼べ。俺は雪城 凪(ゆきしろ なぎ)だ。凪と呼びづらいいなら凪様でもいいぞ」
「……。雪城先輩離してください」
「名前で呼びたくないってさー、ナギ」
氷聖が楽しそうに凪に言っている。
「何だと。お前なんか雀だ。雀でいい」
凪は隼をムッとしたように今度は見てきた。
「は? 何で雀なんて呼ばれなきゃならないんです? いやもう、何かもういいですから離してください。俺とっとと弁当食べてすることあるんで」
「することって何だよ」
「雪城先輩には関係ありません」
「そんなことないぞ。拾うのを手伝ってやったろうが。これも縁だ。言え」
「……あの、緋月先輩。この人いつもこんななんですか?」
凪に言っても無駄な気がしたので、隼は性格に多少の難はありそうながらもまだ話がわかりそうな氷聖へ微妙な顔を向けた。
「まあ、うーん。そうでもあるしそうでもないね」
「意味がわかりません」
「いいから言え」
「ああもう。勉強したいだけです。言いました。離してください」
「勉強? 何だ、お前ついていけてないのか?」
凪が怪訝な顔で隼を見てきた。
「違います」
隼はもう、ため息しかつけなかった。
「よくわからんが、勉強したいなら俺が教えてやろう。来い。弁当はそこで食え。ほら」
「は? ちょ、あの、離し……っ」
隼は唖然としたまま引っ張られる腕のせいでついていくしかなかった。
「あーあ、どうしたんだろうねえナギは。仕方ないなー」
そう言いながらも氷聖もニコニコついてくる。
本当にこの人ら、何なの。
隼はぼさぼさ前髪と分厚い眼鏡で隠れた顔をひきつらせながら思っていた。せめてもの救いは運よく人目につかないまま、どこかの教室に連れてこられたことだろうか。
「ああ。人目につかないのは、あえてつかないとこ歩いたからだよ」
「勝手に人の思考を読んでこないでください……緋月先輩。ていうか、何故?」
まさかこんな勝手な人たちだというのに、実は目立つのを嫌がるこちらの気持ちに気づいて……?
「昼休みは後そんなにないだろ。時間ない上に俺、ただでさえ目立つってのにわざわざ目立つとこ歩いてられんだろうが。早く食えよ」
ですよね……!
「早く食えって、雪城先輩たちが邪魔したからじゃないですか」
言い返しても仕方ないと思いつつも言わざるを得ない理不尽さにため息つきつつ、隼は弁当の包みを解いていく。
「……って、お二人はもう食べたんですか?」
「早々に食べたぞ」
「隼くんも早く食べないと時間なくなるよ?」
「……」
何ていうか、ひたすら理不尽だ。
ひときわ大きくため息つきながら弁当を開けたところで「何それ。どんな味するんだ?」「あれ? 手作り? 隼くん自分で作ったの?」などと言いながら、既に食べたはずの二人に弁当を襲われた。
気のせいだ。
「おい」
……。
「おい!」
「何なんですか……!」
ひたすら何も聞こえない、何も気づいていない振りして、ざかざかフルスピードで歩いていたがとうとう隼は立ち止った。振り向いた瞬間、やはり彼らだ、と顔をそむけて走りだしたくなった。
「お前、昨日廊下で色々ばらまいてたヤツだろ?」
「わざとじゃありません」
目の前にいるのは忘れようにも忘れがたい二人だ。人通りのない裏庭なのがせめて幸いだと隼はそっと思った。こんな二人といたら目立って仕方ないし、また後で何を言われるかわからない。別に何思われてもいいが、話題にはされたくない。
「ナギ、そんな言い方じゃ駄目だよー。もっさりくん困ってるじゃない」
今、片方の人、もっさりくんと言った?
隼は微妙な顔になる。困っているとわかってくれるのはいいが、名前すら知らない相手にはっきり遠慮なく何勝手にろくでもないあだ名つけてくれているのだろう。
「何で困ってんだ?」
そしてひたすら先ほどから「おい」と声をかけ追いかけてきた人はどうにも空気を読んでくれないのか、怪訝な顔している上に「まあ、そんなことはいい」と速攻で切り替えてきた。
よくない。
「お前昨日さっさと立ち去るから。教材一つまだ落ちてたんだぞ。この俺がわざわざその辺にいたヤツらに聞いた上で資料室まで持っていったんだぞ、全く」
「え、そうなんですか。それは……失礼しました」
だがやはりいい人はいい人のようだ。ところどころ言い方がアレだし、わざわざそれを伝えるためひたすら呼びとめてきたのかと少々ひっかかるがと思いつつ、気づいていなかったとはいえ本当に申し訳ないと隼は頭を下げた。
「だいたい俺が声をかけてるってのに急いで立ち去るとかお前変わってんな」
「は?」
心から謝った気持ちもそのままに、隼は怪訝な表情を隠すことなく相手を見た。
「ふふ。もっさりくん。ナギはちょっとあれなんだよ、自分に自信ありすぎって言うかね」
「ありすぎって何だよ。実際自信あるからだろ。どこかおかしいか、氷聖?」
「まあ、普通は変だよねえ?」
氷聖と呼ばれた相手がニッコリ隼を見てくる。
「……いや、同意を求められても。だいたいあなただって変は変です」
思わず思っていることを口に出した後で、隼はしまったと顔をそっとそむけた。失礼なことを最初に言ってきたのは相手だが、こういう目立つ多分先輩に対し、もう少し口を慎むべきだったとそっと思った。
昔から偉そうな父親に対しひたすら口をつぐんできた反動か、家を出てから油断をすると思っていることをつるりと言ってしまうようだ。
幸い隼に話しかける人があまりいないが、そのせいもあってか、もしかしたら余計油断してしまっているのかもしれない。面倒なことになるのはごめんなのにと思っていると、だが相手はおかしそうに笑ってきた。
「あはは、そっか。俺、変なんだってー、ナギ」
「まあお前はな。俺はカッコいいだろう?」
……この人たち、何なんだろう。
余計なこと言ってしまったどころか、何を言ってもいいようにとらえてくるというか。
「本当に恰好いい人はわざわざ口にしません」
「あはは、ナギも言われてるー」
「カッコいいんだからそれを口にしてどこが駄目なんだよ?」
本当に、この人たち、何。
「あの、用ないなら俺、失礼します……」
せっかく誰もいなさそうなところで弁当食べようとしたのに、これでは昼ご飯を食べるのもままならない。隼がそのまま立ち去ろうとしたら「おい、待て」と腕をつかまれる。
「はぁ……。何なんですか」
「お前、名前何て言うんだ? おい、じゃ不便だろが」
不便も何も呼びかけなければいいと思うし、そもそも人に聞く前にまず自分からだろうがと隼は思った。だが別に名前を聞くつもりないので、早々に立ち去るためにも素直に名乗った。
「鳴海です」
「鳴海、何」
「……鳴海隼です」
「隼くんかー。よろしくね、隼くん。俺は氷聖だよ。緋月 氷聖(ひづき ひさと)」
もっさりくん、と呼んできた方が先に反応してきた。
「あ、テメ、氷聖! 俺が聞いたってのに俺差し置いて何先に。つか隼って感じじゃねーな。もさもさしてちっちゃいし」
腕をつかんでいる方がムッとしたように氷聖を見てから、こちらもサラリと失礼なことを言ってくる。
「もさもさはともかく、ちっちゃいとか失礼です。俺別に身長は普通ですけど。あなた方が高すぎるだけじゃないですか」
他は劣っているかもしれないが、身長は決して小さくない。普通程度は、ある。
隼もムッとしたように腕をつかんでいる相手を見た。ちなみに何度か振りほどこうとしているのだが成功していない。
「あなた方とかじゃなく、ちゃんと名前で呼べ。俺は雪城 凪(ゆきしろ なぎ)だ。凪と呼びづらいいなら凪様でもいいぞ」
「……。雪城先輩離してください」
「名前で呼びたくないってさー、ナギ」
氷聖が楽しそうに凪に言っている。
「何だと。お前なんか雀だ。雀でいい」
凪は隼をムッとしたように今度は見てきた。
「は? 何で雀なんて呼ばれなきゃならないんです? いやもう、何かもういいですから離してください。俺とっとと弁当食べてすることあるんで」
「することって何だよ」
「雪城先輩には関係ありません」
「そんなことないぞ。拾うのを手伝ってやったろうが。これも縁だ。言え」
「……あの、緋月先輩。この人いつもこんななんですか?」
凪に言っても無駄な気がしたので、隼は性格に多少の難はありそうながらもまだ話がわかりそうな氷聖へ微妙な顔を向けた。
「まあ、うーん。そうでもあるしそうでもないね」
「意味がわかりません」
「いいから言え」
「ああもう。勉強したいだけです。言いました。離してください」
「勉強? 何だ、お前ついていけてないのか?」
凪が怪訝な顔で隼を見てきた。
「違います」
隼はもう、ため息しかつけなかった。
「よくわからんが、勉強したいなら俺が教えてやろう。来い。弁当はそこで食え。ほら」
「は? ちょ、あの、離し……っ」
隼は唖然としたまま引っ張られる腕のせいでついていくしかなかった。
「あーあ、どうしたんだろうねえナギは。仕方ないなー」
そう言いながらも氷聖もニコニコついてくる。
本当にこの人ら、何なの。
隼はぼさぼさ前髪と分厚い眼鏡で隠れた顔をひきつらせながら思っていた。せめてもの救いは運よく人目につかないまま、どこかの教室に連れてこられたことだろうか。
「ああ。人目につかないのは、あえてつかないとこ歩いたからだよ」
「勝手に人の思考を読んでこないでください……緋月先輩。ていうか、何故?」
まさかこんな勝手な人たちだというのに、実は目立つのを嫌がるこちらの気持ちに気づいて……?
「昼休みは後そんなにないだろ。時間ない上に俺、ただでさえ目立つってのにわざわざ目立つとこ歩いてられんだろうが。早く食えよ」
ですよね……!
「早く食えって、雪城先輩たちが邪魔したからじゃないですか」
言い返しても仕方ないと思いつつも言わざるを得ない理不尽さにため息つきつつ、隼は弁当の包みを解いていく。
「……って、お二人はもう食べたんですか?」
「早々に食べたぞ」
「隼くんも早く食べないと時間なくなるよ?」
「……」
何ていうか、ひたすら理不尽だ。
ひときわ大きくため息つきながら弁当を開けたところで「何それ。どんな味するんだ?」「あれ? 手作り? 隼くん自分で作ったの?」などと言いながら、既に食べたはずの二人に弁当を襲われた。
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