闇に光を

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14話

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 目が覚めると既に昼前だった。

 おかしい。

 蒼羽は微妙になる。何故この時間なのか。夏休みに入ってからはいつもやたら早くに起きていたというのにおかしい。多分これは高人に言えば「小学生のガキか」と馬鹿にされるやつだ。
 ただ、登校日ではあるが確か早めに終わった気がする。ならもう行かなくていいか、と蒼羽はまた枕に突っ伏そうとしたが二度寝の気分でもなかった。
 だれた様子で台所へ向かい、パンは焼かずにそのまま食べた。その後棒アイスを齧りながら窓の近くでぼんやり外を見ていると青空に入道雲が襲い込むかのように出ていた。

 ……夏よなぁ。

 年寄りみたいにしみじみしてアイスを食べ終えた後に唯翔を思い浮かべた。
 夏休みはもうすぐ終わるというのに、今年は唯翔と海へもプールへも一緒に行けなさそうだ。去年まではまだ嫌がったり渋々ながらでも高人たちと一緒なら来てくれた。だが今年は高人と一緒でも拒否される。
 ここ数日は少し心を許してくれているしと昨夜も「海行こ」と再挑戦してみたが「やだ」と即答された。
 やはり彼女を作るべきなのだろうか。もちろん今までのようにいい加減な付き合いは駄目だ。唯翔に嫌われるかもしれないし、そもそも自分自身がそういう付き合いをしたくなくなっている。
 それでも唯翔をそういう目で見ないようにするには新しい恋が一番いいだろうということはわかる。

「ただ問題はその気になれねーってことなんだよなあ……」

 理屈ではわかっている。かわいい大事な弟なのだ。そんな唯翔を邪な目で見ているなんて唯翔にも両親にも生まれてくる弟か妹にも申し訳ない。それでもここまで誤魔化してきたが、そろそろキツい。
 だから諦めないといけないが、そう簡単に諦められないのでむしろ他に好きな人を作る。
 理屈では簡単だ。だが実際は難しい。

 ……人ってどーやって人を好きになんの?

 気がつけば唯翔が好きだった。それ以外はよくわからない。あれだけ女の子と遊んでおきながら、情けないことに「本気」は唯翔以外わからない。普段さんざん煩く騒いでいても、本気の付き合いはどうしていいかもわからない。
 蒼羽は入道雲を見ながらひたすら蝉時雨に耳を傾けた。エアコンはつけていないので開け放っているというのに、そして扇風機が回る音とともに蝉の声は響いているというのに、何となく青と静寂の空間に閉じ込められているような感じがする。ひたすら汗は流れるけれども清々しくて、そしてどこか切ない。
 そんな風に思った後に寝転びながら苦笑した。

 あー……俺もお前らみたいに叫びてーわ。
 好きだって。熱烈に求愛してーわ。
 きっとそんな機会はないけれども。

 ますます切ない気持ちになり唸りつつ転がっていると携帯電話に着信があった。見ると高人からだ。

「……何」
『サボってんじゃねーよ。あと愛想ねーな。もっと愛情込めろよ』
「声聞きたかったわダーリン」
『……気持ち悪さしかないな……』
「何がしてーの?」
『さっきユイと喋ってたんだけどな』
「えー、いいなあ、俺も喋りてーわ」
『……俺と?』
「いや、ここはゆい一択だろ……?」
『まあ俺からしたらどっちの選択もねーけどな』

 本当に何でかけてきてんだよ、と蒼羽は微妙な顔で携帯電話を耳から話して画面を見た。だがまた高人が何か言ってきたのでスピーカーモードにする。

『お前が最近いい感じの子、見つけたらしいって言っといた』
「は? 何の話?」
『そんな感じの話、お前してただろ』

 本当に何の話だと思ったが、ふとこの間ショッピングモールで話していたことを思い出した。

「何勝手に色つけてんだよ。いい感じの子とか、わりとその辺にいるだろとは言ったけど……!」
『あとデートするとも言ってたと言っておいた』
「夢見たっつっただけだろ……! 何なの、俺を社会的に抹消する気なの?」
『大げさだな。弟に冗談のつもりで言っただけだろ?』

 確かに大げさだ。高人に言われてハッとなる。普通に考えたらそうだろう。冗談だ。兄の戯れ言を弟に告げても、だから? で終わる話だ。唯翔は真面目だから「またか」と呆れるだろうが、それだけの話だ。
 だが蒼羽は唯翔が好きだ。だからとても焦った。

「お、大げさだけど大事な弟にまたあいつはチャラいことをって呆れられるのは切ないからですね……」
『……なんか空の具合がおかしいな。ユリカ探しに行くか……』
「って聞けよ……!」
『ユイ、思い詰めたような顔でどっか行ったぞ。家に帰って来たら慰めてやれよ』
「な、んかおかしいだろその流れ……!」

 というか思い詰める?

 唯翔が何故そんな反応をするのか。思い詰めるほど、蒼羽の女ぐせが悪いとでも思われているのか。

『じゃーな』
「あ、おい!」

 待て、と言おうとしたら既に電話は切れていた。

 たか、何がしてーの……。今、ウチの兄弟事情は俺のせいで敏感なんだから下手に触れないでそっと労るように触って欲しい。

 そんなことを考えつつ、唯翔が気になって仕方がない。

「何なのよ……」

 ため息を吐きながら外を見ると、確かにいつの間にか空が危うい。全然明るいのだが、何となくおかしい。おまけに土が燻っているような匂いがする。

 雨降んのかな。

 蒼羽がそう思うのとポツリとくるのは同時だった。通り雨かと思うような明るかった空も重苦しい色になっていく。気づけば蝉の声も聞こえなくなっていて、雨は次第に酷くなっていった。
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