闇に光を

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13話

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 教室にもエアコンはついているというのに、何故か妙に暑さを感じるのは精神的なものだろうか。
 何のためにあるのかわからない登校日に、唯翔は少々だらけた気分で窓の外を見ながら席についていた。
 閉めきった窓の外では今日も蝉が一斉に鳴いているのがほんのり響いてくる。懸命に鳴いて、雌に居場所を知らせている。
 今日は雲ひとつない青空、ではなく入道雲がもくもくと縦長にそびえている。

 ……海、行きたかったな。
 ──兄さんと。

 入道雲を見ながら焼きそばやかき氷を食べたり、海の中ではしゃいだり。
 自分らしくないのはわかっているが、蒼羽と二人きりで海へ行くという時点でそもそも今の現状ではあり得ないので気にしない。ただの妄想だ。
 蒼羽のことが好きだという気持ちはまやかしではないと、さすがにもう認めている。だからといって何もしようがないのだが、妄想くらいは許して欲しいと思う。
 散々自己嫌悪に浸り抜いても結局どうしようもないのだとは悟った。なので今後は、どのように自分の気持ちと折り合っていくかだろうなと考えている。
 どのみち元々他の人にはあまり興味がなかった。数少ない友だち以外とはそこそこの付き合いで問題なかった。そのため、別に唯翔がずっと蒼羽に片思いをしていても今のところは後悔する要素はなさそうだ。自覚のなかった昔から誰とも付き合いたいと思わなかったのだ。今後も蒼羽以外の誰かと付き合いたいとは到底思えない気がする。
 ──いずれ……いずれ蒼羽は誰かと付き合うどころか結婚するだろう。多分それまでにも何度も苦しい思いをするだろう。それでも少なくとも家族という縁は残る。ゼロではない。そう考えると兄弟というのも悪くないのかもしれない。
 しょせん恋愛下手な童貞の考えることだ。甘いのだろうが、多分この先も童貞のままの気がするので甘い考えのまま生きていく。結婚した蒼羽の子どもを叔父として猫可愛がりするのもきっとそう悪くない。

「おーい沢田。隣のクラスの八木さんがお前呼んでってさ」
「……うん」

 呼ばれて、予測はついていたが黙って非常階段の踊り場へ向かう。
 好きですと告白され、いつもの唯翔なら「その気がないから」と素っ気なく断っていた。

「……ごめん」
「あ、う、ううん」
「俺、好きな人いるんだ。だから……」
「わ、わかった。聞いてくれてありがと」
「俺こそ、……その、好きになってくれてありがとうね」

 でも告白する勇気を今なら想像できる。どうあしらわれるかわからないのに気持ちを伝えるなんて凄い勇気だと思う。
 ありがとうと言うと泣いてしまった女子のことを、かわいらしいとは思えど鬱陶しいとは思えなかった。
 その後すぐに教室へ戻る気もなく、唯翔はぶらぶらと廊下を歩いた。蝉の声はここでも遠くに聞こえてくる。必死なほどに求愛している。一階の外へ出る渡り廊下が近くなるとなおさら聞こえてきた。
 唯翔には一生縁のないことだ。きっとずっと口に出すことはない。

「……鳴かぬ蛍が身を焦がす、か」

 ぼんやり呟いていると「よぉ」と声をかけられた。きょろきょろと辺りを見回すと高人が渡り廊下のそばにある木陰から顔を覗かせている。少々お茶目であろうそんな行為も高人がすれば因縁をつけてきているようにしか見えない。

「なんだ、高人か」
「……相変わらず生意気だな、二つも下のくせに」
「ゆいちゃん、久しぶり」

 呆れている高人の横から彼女である百合華も顔を覗かせてきた。高人にはもったいない、かわいくて綺麗で、そして男前な人だ。

「百合華もいんの」
「てめえ、人の彼女呼び捨てにすんなっつってんだろが」
「百合華、暑くない?」

 高人を無視して聞けば百合華はおかしそうに笑ってきた。

「うんうん。木陰だし、たかくんとアイス食べてたからね」
「あんたら、せっかく真面目に登校日に来てもサボってんじゃ意味ないだろ」
「るせーよ。アオはどうせはなからサボってんだろ」
「うん。いつもはヤンキーのくせにやたら早起きなのに今日に限って寝てた」

 唯翔が頷くと高人がじっと見てきた。

「何。ガンつけ? 俺にしても意味ないだろ」
「ちげぇ。寝てんの知ってるってことはもう仲よくやってんのか」

 ニヤリとされ、元々は高人に指摘されて蒼羽が好きだと自覚していったんだと思い出す。

「べ、別に。普通だし」
「なぁに赤くなってんだぁ?」
「ちょっとたかくん。後輩いじめとかダサいよ。それにゆいちゃんは私のお気に入りなんだからかわいがって」
「かわいがってるっつーんだよ、なぁ、ユイ」
「高人は俺のこと苛めてばかりだから、叱っといて、百合華」
「了解」
「了解じゃねえ。ったく。なぁユイ。お前もう認めてんだろ」
「何の話?」

 怪訝そうな百合華に高人は「男同士の話」と答えると「何それ、熱血?」と笑いながらも百合華はコンビニの袋を掲げ、「ちょっとゴミ捨ててくる」とどこかへ行ってしまった。

「百合華イケメンだよな」
「そこはいい女って言えよ。で?」 
「……何」
「認めてんの?」

 ニコニコと高人が聞いてくる。笑顔なのに凄んでいる感じが半端ない。知らない者が見たら泣いてしまうかもしれない。

「……だったら何」

 高人にひたすら否定し続けてもよかった。だがそこまでムキになるのも格好悪い気がして、唯翔は顔を逸らしながらそう答えた。

「気持ち、伝えんのか」
「は? 自分の兄にか? 高人って大人なふりして馬鹿なの」
「お前は大人ぶったガキだけどな」
「……っ、言わない。ずっと言わないから、お前ももう口にすんな」
「……それでお前は気がすむのか」
「気がすむとかの話じゃないだろ!」
「で、アオに彼女ができても仕方ないって?」
「……今までだっていただろ」

 取っ替え引っ替えしていたくらいだ。

「……そういえば最近あいつ、いい感じの子いるとか何とか言ってたな」
「……は?」
「本気だともデートするとも言ってたわ」

 本気。

 唯翔の中に、表現し難いものが一気に広がった。



 学校から帰る時、ゲリラ豪雨に降られた。

   ……ああ、入道雲だったもんな……。

 構わずすぶ濡れになりながら、ぼんやりとそんなことを思う。
 当たり前だが蝉は鳴いていなかった。
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