148 / 151
第五章 帰還
147話
しおりを挟む
フォルスが自分の執務室で仕事をしていたらリフィルナが来ていることをコルジアがやって来て教えてくれた。兄の付き添いで来たらしい。
思わず自分の胸元に入れてある、出そうと思いつつまだ持ったままの手紙にフォルスは触れた。そしてしばらく悩んだ後、貴賓室へ向かった。悩んだのはもちろんリフィルナに会いたくないからではない。むしろ会えるものならいつでも会いたいが、告白などという自分史上初の行動によりどうしても腰が重くなった。
できるのであればリフィルナ自身の気持ちが落ち着いてまとまり、フォルスに対してどう思ってくれているのか整理がついてから接触したいのだが、アルディスに言わせればナンセンスらしい。フォルスとリフィルナの二人だと、下手をすれば何十年も経ってしまう可能性もあると後で改めて言われた。
貴賓室ではリフィルナが菓子を堪能しているところだった。その様子に癒され、フォルスはつい笑ってしまった。改めて、好きだなと思う。
リフィルナは動揺しつつも立ち上がり、挨拶してきた。
「お兄さんを待っているんだよね? もし時間があるのなら、少し庭園でも散歩しないか?」
「え? え、ええ。はい。でも……忙しいのでは……」
机の上にはまだ未処理の書類の山が三つほどある。フォルスは微笑んだ。
「問題ない。片付いたところで丁度散歩でもしたいなと思っていたところなんだ」
「そうなんですか? では喜んで」
ホッとしたようにリフィルナが笑いかけてきた。
ただ庭園で隣を歩いているリフィルナは風景などに癒されるというよりは緊張した様子だった。昨日のせいかもしれない。いい意味で意識してくれているなら正直嬉しいが、そうでないなら悲しい。どのみちリフィルナにとって今現在は居心地よさそうではないようで、申し訳ないなとフォルスはそっと思った。
少し歩くと繊細な彫刻がほどこされ花が巻きついているガゼボが見えてきた。ドーム状の屋根が青空に眩しい。予め言っておいたのもあり、そこにあるテーブルにはすでに茶のセットが用意されていた。
そちらへ向かい、リフィルナに座るよう促した。緊張していたはずのリフィルナは腰掛けた後、菓子に目が釘付けのようだ。
「どうぞ」
笑みを浮かべて言えば、同じく笑いかけてきながらリフィルナは菓子に手をつけた。
旅に出ていた時はあまり甘いものを食べる機会がなかったのもあるが、その機会がある時は絶対に食べていたのを思い出す。
そういえばボンボンを何やらディルとの賭けの対象にもしていたっけ。で、ディルが負けて俺と一日過ごす羽目になったんだっけな。
少し苦笑する。ただ、これほど甘いものを摂取していて何故こんなに小さくて華奢なのだろうなとフォルスはさらに苦笑した。とりあえず用意しておくように予め言っておいてよかったとしみじみ思う。
とはいえこの先どうしようかとフォルスは内心では全然落ち着いていなかった。手紙の内容は単に時候の挨拶とパーティーに来てくれた礼とともにいつでも来て欲しいといったような一見ただの礼状だった。しかし面と向かって言う内容ではない。とはいえ「昨日の告白だが」などとも言えない。急かすことはしたくなかった。
いつも何を話していたのだろうとさえ思えてきた。旅の間は大抵とても自然に接していられた気がする。話にも特に事欠かなかったし、無言であっても心地いい空間だったりした。だが今は無言が落ち着かないし、何を話せばいいのかもわからない。
情けない話だと思う。好きな相手に気持ちを伝えただけでこれか、と叱咤したくなる。
「……あ、の」
リフィルナもこの空気にまた緊張感がよみがえったのか、おずおずといった様子で声をかけてきた。
「ああ、すまない。仕事は終わったのだけど、少し処理した内容について考えていて」
嘘しか言っていない。仕事は山積みだし、だが処理し終えた内容については完璧に仕上げているつもりなので思い返すことなどない。
「そ、うなんですね。大丈夫ですか。お仕事、戻られなくて……」
本当に俺は愚鈍だな。
「悪い、大丈夫だ」
「悪くなんてないですよ。……その、大丈夫なのでしたら、その、私、フォルにその、言いたいこと、あって……」
途端に心臓が跳ねた。胸から破り出てきたのかと思いそうなほど跳ねた。
落ち着くためにも「違う、違うぞフォルス。リフィに何か話があるにしても昨日のことではない。馬鹿な期待をするな。それに万が一昨日のことであってもこれほど早いということはお断りだと話すための可能性が高いだろうが。……いや、やめろ、考えるな。とりあえず違うぞ俺」などと内心ひたすら言い聞かせた。
だが表面では静かに笑いかけた。
「何の話だろう。何でも言ってくれ」
「あ、りがとう、ございます。……その……ああ、駄目」
何が……?
血の気が引かないよう、フォルスはさりげなくこめかみ辺りに手をやる。
「何が駄目なんだ?」
「緊張、してしまって」
「俺に対して? 今さら過ぎないか?」
「う、ううん。違うんです。いえ、違うんじゃないけど……ああ、直接会えばどうにかなると思っていたのに」
リフィルナが頭を抱えている。だがフォルスもできるのであれば頭を抱えたかった。とはいえ落ち着け、とまた自分に言い聞かせる。もしかしたら他の心配事や悩み事を抱えているかもしれない。それならフォルスのできることがあるのなら迅速な対応をしてあげたい。
「落ち着いて。大丈夫、話をまとめられなくても、拙くてもいいから君ができる範囲で言葉にしてみて」
笑みを浮かべて静かに言えば、リフィルナはホッとしたように「ありがとうございます」と微笑んできた。
思わず自分の胸元に入れてある、出そうと思いつつまだ持ったままの手紙にフォルスは触れた。そしてしばらく悩んだ後、貴賓室へ向かった。悩んだのはもちろんリフィルナに会いたくないからではない。むしろ会えるものならいつでも会いたいが、告白などという自分史上初の行動によりどうしても腰が重くなった。
できるのであればリフィルナ自身の気持ちが落ち着いてまとまり、フォルスに対してどう思ってくれているのか整理がついてから接触したいのだが、アルディスに言わせればナンセンスらしい。フォルスとリフィルナの二人だと、下手をすれば何十年も経ってしまう可能性もあると後で改めて言われた。
貴賓室ではリフィルナが菓子を堪能しているところだった。その様子に癒され、フォルスはつい笑ってしまった。改めて、好きだなと思う。
リフィルナは動揺しつつも立ち上がり、挨拶してきた。
「お兄さんを待っているんだよね? もし時間があるのなら、少し庭園でも散歩しないか?」
「え? え、ええ。はい。でも……忙しいのでは……」
机の上にはまだ未処理の書類の山が三つほどある。フォルスは微笑んだ。
「問題ない。片付いたところで丁度散歩でもしたいなと思っていたところなんだ」
「そうなんですか? では喜んで」
ホッとしたようにリフィルナが笑いかけてきた。
ただ庭園で隣を歩いているリフィルナは風景などに癒されるというよりは緊張した様子だった。昨日のせいかもしれない。いい意味で意識してくれているなら正直嬉しいが、そうでないなら悲しい。どのみちリフィルナにとって今現在は居心地よさそうではないようで、申し訳ないなとフォルスはそっと思った。
少し歩くと繊細な彫刻がほどこされ花が巻きついているガゼボが見えてきた。ドーム状の屋根が青空に眩しい。予め言っておいたのもあり、そこにあるテーブルにはすでに茶のセットが用意されていた。
そちらへ向かい、リフィルナに座るよう促した。緊張していたはずのリフィルナは腰掛けた後、菓子に目が釘付けのようだ。
「どうぞ」
笑みを浮かべて言えば、同じく笑いかけてきながらリフィルナは菓子に手をつけた。
旅に出ていた時はあまり甘いものを食べる機会がなかったのもあるが、その機会がある時は絶対に食べていたのを思い出す。
そういえばボンボンを何やらディルとの賭けの対象にもしていたっけ。で、ディルが負けて俺と一日過ごす羽目になったんだっけな。
少し苦笑する。ただ、これほど甘いものを摂取していて何故こんなに小さくて華奢なのだろうなとフォルスはさらに苦笑した。とりあえず用意しておくように予め言っておいてよかったとしみじみ思う。
とはいえこの先どうしようかとフォルスは内心では全然落ち着いていなかった。手紙の内容は単に時候の挨拶とパーティーに来てくれた礼とともにいつでも来て欲しいといったような一見ただの礼状だった。しかし面と向かって言う内容ではない。とはいえ「昨日の告白だが」などとも言えない。急かすことはしたくなかった。
いつも何を話していたのだろうとさえ思えてきた。旅の間は大抵とても自然に接していられた気がする。話にも特に事欠かなかったし、無言であっても心地いい空間だったりした。だが今は無言が落ち着かないし、何を話せばいいのかもわからない。
情けない話だと思う。好きな相手に気持ちを伝えただけでこれか、と叱咤したくなる。
「……あ、の」
リフィルナもこの空気にまた緊張感がよみがえったのか、おずおずといった様子で声をかけてきた。
「ああ、すまない。仕事は終わったのだけど、少し処理した内容について考えていて」
嘘しか言っていない。仕事は山積みだし、だが処理し終えた内容については完璧に仕上げているつもりなので思い返すことなどない。
「そ、うなんですね。大丈夫ですか。お仕事、戻られなくて……」
本当に俺は愚鈍だな。
「悪い、大丈夫だ」
「悪くなんてないですよ。……その、大丈夫なのでしたら、その、私、フォルにその、言いたいこと、あって……」
途端に心臓が跳ねた。胸から破り出てきたのかと思いそうなほど跳ねた。
落ち着くためにも「違う、違うぞフォルス。リフィに何か話があるにしても昨日のことではない。馬鹿な期待をするな。それに万が一昨日のことであってもこれほど早いということはお断りだと話すための可能性が高いだろうが。……いや、やめろ、考えるな。とりあえず違うぞ俺」などと内心ひたすら言い聞かせた。
だが表面では静かに笑いかけた。
「何の話だろう。何でも言ってくれ」
「あ、りがとう、ございます。……その……ああ、駄目」
何が……?
血の気が引かないよう、フォルスはさりげなくこめかみ辺りに手をやる。
「何が駄目なんだ?」
「緊張、してしまって」
「俺に対して? 今さら過ぎないか?」
「う、ううん。違うんです。いえ、違うんじゃないけど……ああ、直接会えばどうにかなると思っていたのに」
リフィルナが頭を抱えている。だがフォルスもできるのであれば頭を抱えたかった。とはいえ落ち着け、とまた自分に言い聞かせる。もしかしたら他の心配事や悩み事を抱えているかもしれない。それならフォルスのできることがあるのなら迅速な対応をしてあげたい。
「落ち着いて。大丈夫、話をまとめられなくても、拙くてもいいから君ができる範囲で言葉にしてみて」
笑みを浮かべて静かに言えば、リフィルナはホッとしたように「ありがとうございます」と微笑んできた。
0
お気に入りに追加
388
あなたにおすすめの小説

RD令嬢のまかないごはん
雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。
都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。
そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。
相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。
彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。
礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。
「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」
元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。
大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!

何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は
だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。
私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。
そのまま卒業と思いきや…?
「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑)
全10話+エピローグとなります。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。

婚約破棄された国から追放された聖女は隣国で幸せを掴みます。
なつめ猫
ファンタジー
王太子殿下の卒業パーティで婚約破棄を告げられた公爵令嬢アマーリエは、王太子より国から出ていけと脅されてしまう。
王妃としての教育を受けてきたアマーリエは、女神により転生させられた日本人であり世界で唯一の精霊魔法と聖女の力を持つ稀有な存在であったが、国に愛想を尽かし他国へと出ていってしまうのだった。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる