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第五章 帰還
144話
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フォルスが言った、今は婚約破棄してよかったと思っているという言葉に対してリフィルナは違う風にとってきた。だがそうなるのもわかるとフォルスは言い直す。
「先ほどゲーアハルト卿と一緒にいるところを見て、確かに改めて婚約破棄となってよかったのだろうと思ったよ。彼女はとても幸せそうだ。俺も心から祝福したいと思う。だが俺が言いたかったのはそれじゃない」
「え?」
リフィルナがぽかんとしている。フォルスはリフィルナの目を見た。
山の崖から落ちて意識を失っていたリフィルナを見つけたあの日から、多分フォルスはリフィルナのことが好きだったのだろう。いわゆる一目惚れというものだったのだと今は思う。意識のないリフィルナの美しい銀の髪に申し訳ないながらも勝手に触れてしまった時にきっと恋に落ちていた。
見たことのないような美しい銀色の髪が月の光に照らされてまるで自ら発光しているかのようだった。その様子があまりに荘厳で美しく、思わず触れてしまった髪はそして指に絡ませても魔法の砂のようにさらさらとすり抜けていった。なんて綺麗なのだろうとフォルスは心から思ったものだ。もっと触れたいとそして思った。閉じられた瞳も見たいと思った。
ただその後意識を取り戻したリフィルナはもう少年の姿に戻っていたのもあり、フォルスの気持ちもうやむやになってしまったのかもしれない。その後一緒に旅するようになり、リフィルナのことは妹か弟のように思っていたつもりだったが、それは結局自分の気持ちを誤魔化していたに過ぎなかった。
情けないことだが、誰かにそういった気持ちを抱いたことがなく、どうしていいかもわからず、またこんな小さな少年、というか少女にそんな気持ちを抱いていいのかもわからなかった。
年齢差はない。三歳くらいだろうか。全く問題のない年齢差だが当時まだ未成年だった、あまりに無垢であまりに小柄な人に抱いてはいけないと無意識に気持ちを誤魔化していたのかもしれない。
アルディスにあえて指摘されなかったら今後もずっと自分の気持ちに気づかない振りをして誤魔化していただろうか。そしてリフィルナに誰か相応しい相手ができて初めて自分の至らなさと間違い、過ちに気づいていたのかもしれない。
「俺が……言いたかった、のは……」
「はい」
後悔しても遅い、なんて冗談ではない。とはいえリフィルナには「フォルは私の兄みたいだから」と先に言われてしまった。すでに終了しているとしか思えない。それでも行動に移さず後悔するよりは行動して後悔したい。
「兄のようだ、と言われた相手に……言うべきでは、ないかもしれない、が」
リフィルナは少し怪訝そうな顔をしている。多分はっきり言わないと伝わらないだろう。
「……君が、好きだ」
緊張のあまり声が掠れてしまったが、口にしてしまうとすぐに普通に話せるようになっていった。フォルスはさらに「愛しいと思っている」と続けた。親愛ではない気持ちだとリフィルナに間違いなく伝えたい。普通なら付き合ってもいない相手の髪に触れるなど失礼だろうとわかっていて、あえて手を伸ばした。今もなお美しい髪を一房すくいとり、そこに気持ちを込めてキスをした。
驚き、固まっていたリフィルナの顔色が夕日のように赤くなっていく。その様子にフォルスは気持ちは伝わったのだとわかって微笑んだ。リフィルナの手を取り「時間はあるんだ。急がない。ゆっくり考えて欲しい」と続けた。
大広間に戻る間、どこか心ここにあらずといったリフィルナに対してフォルスはいつもの態度を心掛けた。パーティーが終わってからコルドの馬車までもエスコートし、やはりどこかぼんやりとしているリフィルナを見送った。
アルディスはそんなリフィルナの様子を見てすぐに気づいたようだ。夜、フォルスの私室でニコニコとしながら「どうだった?」と尋ねてきた。
「まだ返事をもらっていないからわからない」
「まあ、リフィルナが即答できるとは思えないもんね」
「……ゆっくり考えて欲しいとは言ったけど、結局困らせただけかもしれない。そもそも彼女には告白する前に、兄みたいだと言われてしまっているんだ」
ため息をつきながら言えばアルディスは楽しげに笑ってきた。
「呪いが解けて少し性格が悪くなったのではないか?」
「兄みたいと言われたことに笑ったんじゃないよ。いや、少し笑ったかもだけど」
「……アルディス」
「そうじゃなくてリフィルナの反応とか様子が何となく想像できてつい笑ったんだよ。大丈夫、兄さん。大丈夫だよ。リフィルナも兄さんとそういうとこ似てるだけだよ」
「? どういう意味だ?」
「自分を省みるといいよ。とにかくね、困らせたかもって思ってリフィルナに連絡しないままとか駄目だからね」
笑っていたアルディスが口元を引きしめ、じっとフォルスを見てきた。
「し、しかし俺は待つと言った、し」
「何言ってんの。兄さんとリフィルナだよ? 絶対連絡しないと永遠にこのままだよ。考えなくてもわかる。駄目だから。だいたい兄さん、会わない間は通信機ですら連絡を取ってなかったんだって? 本当にもう……。せめて明日か明後日には手紙を送って。いい? わかった?」
「て、がみをか?」
「当たり前でしょ。自分の好きな相手に告白したのならちゃんと責任もって対応しないと。何も急かせと言ってるんじゃないからね? でも誠意を手紙に込めるくらいできるでしょ」
アルディスに言われると、どれもそうかもしれないと思えた。確かにそれこそ困らせたのかもと思うならせめて手紙くらい送るべきだろう。
「お節介かもしれないけど……」
「とんでもない。アルディスには感謝しかない」
「うん。僕にとって兄さんもリフィルナも大切な人たちだからね。幸せになってもらわないと」
アルディスがニッコリと笑いかけてきた。
「先ほどゲーアハルト卿と一緒にいるところを見て、確かに改めて婚約破棄となってよかったのだろうと思ったよ。彼女はとても幸せそうだ。俺も心から祝福したいと思う。だが俺が言いたかったのはそれじゃない」
「え?」
リフィルナがぽかんとしている。フォルスはリフィルナの目を見た。
山の崖から落ちて意識を失っていたリフィルナを見つけたあの日から、多分フォルスはリフィルナのことが好きだったのだろう。いわゆる一目惚れというものだったのだと今は思う。意識のないリフィルナの美しい銀の髪に申し訳ないながらも勝手に触れてしまった時にきっと恋に落ちていた。
見たことのないような美しい銀色の髪が月の光に照らされてまるで自ら発光しているかのようだった。その様子があまりに荘厳で美しく、思わず触れてしまった髪はそして指に絡ませても魔法の砂のようにさらさらとすり抜けていった。なんて綺麗なのだろうとフォルスは心から思ったものだ。もっと触れたいとそして思った。閉じられた瞳も見たいと思った。
ただその後意識を取り戻したリフィルナはもう少年の姿に戻っていたのもあり、フォルスの気持ちもうやむやになってしまったのかもしれない。その後一緒に旅するようになり、リフィルナのことは妹か弟のように思っていたつもりだったが、それは結局自分の気持ちを誤魔化していたに過ぎなかった。
情けないことだが、誰かにそういった気持ちを抱いたことがなく、どうしていいかもわからず、またこんな小さな少年、というか少女にそんな気持ちを抱いていいのかもわからなかった。
年齢差はない。三歳くらいだろうか。全く問題のない年齢差だが当時まだ未成年だった、あまりに無垢であまりに小柄な人に抱いてはいけないと無意識に気持ちを誤魔化していたのかもしれない。
アルディスにあえて指摘されなかったら今後もずっと自分の気持ちに気づかない振りをして誤魔化していただろうか。そしてリフィルナに誰か相応しい相手ができて初めて自分の至らなさと間違い、過ちに気づいていたのかもしれない。
「俺が……言いたかった、のは……」
「はい」
後悔しても遅い、なんて冗談ではない。とはいえリフィルナには「フォルは私の兄みたいだから」と先に言われてしまった。すでに終了しているとしか思えない。それでも行動に移さず後悔するよりは行動して後悔したい。
「兄のようだ、と言われた相手に……言うべきでは、ないかもしれない、が」
リフィルナは少し怪訝そうな顔をしている。多分はっきり言わないと伝わらないだろう。
「……君が、好きだ」
緊張のあまり声が掠れてしまったが、口にしてしまうとすぐに普通に話せるようになっていった。フォルスはさらに「愛しいと思っている」と続けた。親愛ではない気持ちだとリフィルナに間違いなく伝えたい。普通なら付き合ってもいない相手の髪に触れるなど失礼だろうとわかっていて、あえて手を伸ばした。今もなお美しい髪を一房すくいとり、そこに気持ちを込めてキスをした。
驚き、固まっていたリフィルナの顔色が夕日のように赤くなっていく。その様子にフォルスは気持ちは伝わったのだとわかって微笑んだ。リフィルナの手を取り「時間はあるんだ。急がない。ゆっくり考えて欲しい」と続けた。
大広間に戻る間、どこか心ここにあらずといったリフィルナに対してフォルスはいつもの態度を心掛けた。パーティーが終わってからコルドの馬車までもエスコートし、やはりどこかぼんやりとしているリフィルナを見送った。
アルディスはそんなリフィルナの様子を見てすぐに気づいたようだ。夜、フォルスの私室でニコニコとしながら「どうだった?」と尋ねてきた。
「まだ返事をもらっていないからわからない」
「まあ、リフィルナが即答できるとは思えないもんね」
「……ゆっくり考えて欲しいとは言ったけど、結局困らせただけかもしれない。そもそも彼女には告白する前に、兄みたいだと言われてしまっているんだ」
ため息をつきながら言えばアルディスは楽しげに笑ってきた。
「呪いが解けて少し性格が悪くなったのではないか?」
「兄みたいと言われたことに笑ったんじゃないよ。いや、少し笑ったかもだけど」
「……アルディス」
「そうじゃなくてリフィルナの反応とか様子が何となく想像できてつい笑ったんだよ。大丈夫、兄さん。大丈夫だよ。リフィルナも兄さんとそういうとこ似てるだけだよ」
「? どういう意味だ?」
「自分を省みるといいよ。とにかくね、困らせたかもって思ってリフィルナに連絡しないままとか駄目だからね」
笑っていたアルディスが口元を引きしめ、じっとフォルスを見てきた。
「し、しかし俺は待つと言った、し」
「何言ってんの。兄さんとリフィルナだよ? 絶対連絡しないと永遠にこのままだよ。考えなくてもわかる。駄目だから。だいたい兄さん、会わない間は通信機ですら連絡を取ってなかったんだって? 本当にもう……。せめて明日か明後日には手紙を送って。いい? わかった?」
「て、がみをか?」
「当たり前でしょ。自分の好きな相手に告白したのならちゃんと責任もって対応しないと。何も急かせと言ってるんじゃないからね? でも誠意を手紙に込めるくらいできるでしょ」
アルディスに言われると、どれもそうかもしれないと思えた。確かにそれこそ困らせたのかもと思うならせめて手紙くらい送るべきだろう。
「お節介かもしれないけど……」
「とんでもない。アルディスには感謝しかない」
「うん。僕にとって兄さんもリフィルナも大切な人たちだからね。幸せになってもらわないと」
アルディスがニッコリと笑いかけてきた。
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