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第五章 帰還
143話
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見上げていると、視線に気づいたのかフォルスもリフィルナを見てきた。そして何故か少し焦ったような顔をしてくる。どうしたのだろうと思っているとフォルスも少し困惑したように首を傾げてきた。もしかしたら変にじっと見ていたのかもしれない。リフィルナは苦笑した。
「すみません、私、やたらじろじろ見てましたか」
「いや……。どうかしたのか?」
「えっと、ですね。フォルがもしあのまま私の姉と結婚していたら義兄となっていたんだなあって思って」
「……そうだな」
フォルスは困惑顔のまま、頷いてきた。それに対し、何故か気持ちがざわめくというか、もやつく気がしてリフィルナは怪訝に思った。だが気を取り直して続ける。
「イルナお姉さま、今とても幸せそうなんです。よかったなと思います」
「ああ、それは俺も思う」
「でもフォルと身内になれなかったのは少し残念かもです」
「な、何故?」
フォルスがじっとリフィルナを見てきた。顔色が赤くみえる。先ほどよりも夕日の赤が強くなったからだろう。
「だってフォルは私の兄みたいだから」
「……」
笑顔で言えば、フォルスが固まったように動かなくなった。
「ご、ごめんなさい。私みたいなのが妹とか嫌ですよね」
「ま、まさか。そうじゃない」
優しいからだろう、フォルスが手を振って否定してくれた。それを少し嬉しく思いながら、リフィルナは「でも」と内心思う。
でも、フォルは「お兄さま」とも少し違う気がする。
とはいえ何がどう違うのかはいまいちよくわからない。
「……イルナ嬢には申し訳なく思っていた。失礼をしたのでないといいがとも。だが今はそうしてよかったとすごく思っている」
「はい。イルナお姉さま、すごく幸せそうでしたし」
リフィルナの脳裏にも、男爵子息と一緒にいる幸せそうなイルナが浮かんで微笑んだ。
「……えっと、リフィ?」
「はい?」
「先ほどゲーアハルト卿と一緒にいるところを見て、確かに改めて婚約破棄となってよかったのだろうと思ったよ。彼女はとても幸せそうだ。俺も心から祝福したいと思う。だが俺が言いたかったのはそれじゃない」
「え?」
リフィルナがぽかんとしながら見上げていると、フォルスが目をじっと見てきた。
「俺が……言いたかった、のは……」
「はい」
「兄のようだ、と言われた相手に……言うべきでは、ないかもしれない、が」
「?」
「……君が、好きだ」
少し掠れたような声はだが「愛しいと思っている」と続けてきた時は明瞭になっていた。それでも唖然とした顔をしているとフォルスは小さく笑みを浮かべてリフィルナの髪の一房をすくい、「失礼」と囁きながらそこにキスを落としてきた。
さすがのリフィルナでも、今のフォルスの言動が家族愛や友愛などでなく、求愛の意味だとわかった。瞬きもできずに固まっていたが、次第に顔がとてつもなく熱くなる。だがそんなリフィルナを見て、フォルスは安心したように微笑んできた。通じたとわかったからだろうか。
「時間はあるんだ。急がない。ゆっくり考えて欲しい」
「わ、わた、し……」
「大丈夫。焦らないで。リフィの気持ちがはっきりするまでいつものように過ごしてくれ。俺にもそのように接してくれていい。……そろそろ暗くなってきたね。戻ろう。淑女とこんな暗くなってきたところで二人きりで過ごすわけにもいかない」
フォルスは先に立ち上がるとリフィルナに手を差し出してきた。おずおずとその手を取ると、リフィルナも立ち上がる。
大広間に戻るまで、フォルスは穏やかなままいつものように何でもない話をしてくれていた。コルジアとのやり取りを聞くとリフィルナも笑う余裕さえ出てきたかもしれない。
ただようやくコルドの屋敷まで戻ってきたリフィルナは、挨拶もそこそこにぼんやりとソファーに座っていたらしい。正直、後で思い返してもその辺のことはあまり覚えていない。多分コルドが心配していたように思う。もしかして疲れているからだろうかと思ったのか、自室でゆっくり休むよう言ってくれた気がする。
翌日、目を覚ました時には一応自分を取り戻したように思える程度にはぼんやりはなくなっていた。だが考えはまとまらなく、ひたすらぐるぐるしていた。その日も結局はぼんやりと過ごしていたようだ。さらにその翌々日くらいにようやくリフィルナは多少まともに考えられるようになった。
とはいえわからないものはわからない。
小さな頃から大好きだった冒険の話や童話ではお姫様と王子様の話もよく出てきたし憧れたりもした。幸せに暮らしましたで終わると嬉しかったし楽しんだ。それにイルナの婚約も自分のことのように嬉しいと思った。
だがそれは物語だったり人のことだからだ。自分のこととなると話は別だった。恋愛など今まで一度もしたことがない。はっきり言ってわからない。友人ですらようやくアルディスがなってくれたくらいなのだ。告白などされたことは生まれてこのかた一度たりともなかったし、そもそもそういった好意を寄せられることなど一生ないと思っていた。
引きこもりしていたか、少年となって冒険していたかといった遍歴のせいもあり、こういったことを相談する友人に心当たりすらない。アルディスの顔が浮かんだが、今はとても忙しい時期のはずだ。迷惑はかけられない。その上フォルスの兄弟だ。こんな話をしたら困惑するかもしれないし、フォルスも言って欲しくないかもしれない。
「……ディル」
『私がそういった話に対してよい返答ができると思うか?』
「神獣なんでしょ」
『神とついてもその後に続く言葉を思い出せ。人間のそういったことなどわかるわけがないだろう。誕生日とやらすらピンときてなかったんだぞ』
「ぅう」
『そもそもそなたのことだろうが。フォルスをどう思っているのか、まずは自分自身でよく考えるのだな。そうしないと始まらないし、意味だってない』
「フォルのこと、そんな風に考えたことなかった」
『そなたは誰に対してもそんな風に考えておらなんだだろうが。そろそろ考えてみろ』
リフィルナはとりあえずベッドにもぐりこむと目を瞑った。
「すみません、私、やたらじろじろ見てましたか」
「いや……。どうかしたのか?」
「えっと、ですね。フォルがもしあのまま私の姉と結婚していたら義兄となっていたんだなあって思って」
「……そうだな」
フォルスは困惑顔のまま、頷いてきた。それに対し、何故か気持ちがざわめくというか、もやつく気がしてリフィルナは怪訝に思った。だが気を取り直して続ける。
「イルナお姉さま、今とても幸せそうなんです。よかったなと思います」
「ああ、それは俺も思う」
「でもフォルと身内になれなかったのは少し残念かもです」
「な、何故?」
フォルスがじっとリフィルナを見てきた。顔色が赤くみえる。先ほどよりも夕日の赤が強くなったからだろう。
「だってフォルは私の兄みたいだから」
「……」
笑顔で言えば、フォルスが固まったように動かなくなった。
「ご、ごめんなさい。私みたいなのが妹とか嫌ですよね」
「ま、まさか。そうじゃない」
優しいからだろう、フォルスが手を振って否定してくれた。それを少し嬉しく思いながら、リフィルナは「でも」と内心思う。
でも、フォルは「お兄さま」とも少し違う気がする。
とはいえ何がどう違うのかはいまいちよくわからない。
「……イルナ嬢には申し訳なく思っていた。失礼をしたのでないといいがとも。だが今はそうしてよかったとすごく思っている」
「はい。イルナお姉さま、すごく幸せそうでしたし」
リフィルナの脳裏にも、男爵子息と一緒にいる幸せそうなイルナが浮かんで微笑んだ。
「……えっと、リフィ?」
「はい?」
「先ほどゲーアハルト卿と一緒にいるところを見て、確かに改めて婚約破棄となってよかったのだろうと思ったよ。彼女はとても幸せそうだ。俺も心から祝福したいと思う。だが俺が言いたかったのはそれじゃない」
「え?」
リフィルナがぽかんとしながら見上げていると、フォルスが目をじっと見てきた。
「俺が……言いたかった、のは……」
「はい」
「兄のようだ、と言われた相手に……言うべきでは、ないかもしれない、が」
「?」
「……君が、好きだ」
少し掠れたような声はだが「愛しいと思っている」と続けてきた時は明瞭になっていた。それでも唖然とした顔をしているとフォルスは小さく笑みを浮かべてリフィルナの髪の一房をすくい、「失礼」と囁きながらそこにキスを落としてきた。
さすがのリフィルナでも、今のフォルスの言動が家族愛や友愛などでなく、求愛の意味だとわかった。瞬きもできずに固まっていたが、次第に顔がとてつもなく熱くなる。だがそんなリフィルナを見て、フォルスは安心したように微笑んできた。通じたとわかったからだろうか。
「時間はあるんだ。急がない。ゆっくり考えて欲しい」
「わ、わた、し……」
「大丈夫。焦らないで。リフィの気持ちがはっきりするまでいつものように過ごしてくれ。俺にもそのように接してくれていい。……そろそろ暗くなってきたね。戻ろう。淑女とこんな暗くなってきたところで二人きりで過ごすわけにもいかない」
フォルスは先に立ち上がるとリフィルナに手を差し出してきた。おずおずとその手を取ると、リフィルナも立ち上がる。
大広間に戻るまで、フォルスは穏やかなままいつものように何でもない話をしてくれていた。コルジアとのやり取りを聞くとリフィルナも笑う余裕さえ出てきたかもしれない。
ただようやくコルドの屋敷まで戻ってきたリフィルナは、挨拶もそこそこにぼんやりとソファーに座っていたらしい。正直、後で思い返してもその辺のことはあまり覚えていない。多分コルドが心配していたように思う。もしかして疲れているからだろうかと思ったのか、自室でゆっくり休むよう言ってくれた気がする。
翌日、目を覚ました時には一応自分を取り戻したように思える程度にはぼんやりはなくなっていた。だが考えはまとまらなく、ひたすらぐるぐるしていた。その日も結局はぼんやりと過ごしていたようだ。さらにその翌々日くらいにようやくリフィルナは多少まともに考えられるようになった。
とはいえわからないものはわからない。
小さな頃から大好きだった冒険の話や童話ではお姫様と王子様の話もよく出てきたし憧れたりもした。幸せに暮らしましたで終わると嬉しかったし楽しんだ。それにイルナの婚約も自分のことのように嬉しいと思った。
だがそれは物語だったり人のことだからだ。自分のこととなると話は別だった。恋愛など今まで一度もしたことがない。はっきり言ってわからない。友人ですらようやくアルディスがなってくれたくらいなのだ。告白などされたことは生まれてこのかた一度たりともなかったし、そもそもそういった好意を寄せられることなど一生ないと思っていた。
引きこもりしていたか、少年となって冒険していたかといった遍歴のせいもあり、こういったことを相談する友人に心当たりすらない。アルディスの顔が浮かんだが、今はとても忙しい時期のはずだ。迷惑はかけられない。その上フォルスの兄弟だ。こんな話をしたら困惑するかもしれないし、フォルスも言って欲しくないかもしれない。
「……ディル」
『私がそういった話に対してよい返答ができると思うか?』
「神獣なんでしょ」
『神とついてもその後に続く言葉を思い出せ。人間のそういったことなどわかるわけがないだろう。誕生日とやらすらピンときてなかったんだぞ』
「ぅう」
『そもそもそなたのことだろうが。フォルスをどう思っているのか、まずは自分自身でよく考えるのだな。そうしないと始まらないし、意味だってない』
「フォルのこと、そんな風に考えたことなかった」
『そなたは誰に対してもそんな風に考えておらなんだだろうが。そろそろ考えてみろ』
リフィルナはとりあえずベッドにもぐりこむと目を瞑った。
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