上 下
143 / 151
第五章 帰還

142話

しおりを挟む
 リフィルナはぽかんとした顔で話を聞いていた。その後にそういえばアルディスが忙しくなったと通信機で話していたことを思い出す。多分このことがあったからなのだろうなと思い至った。
 とりあえずアルディスにおめでとうを言いたい、とリフィルナは人混みの中気合いを入れてアルディス目がけて歩いていく。王子たちは目立っていたので人に溢れていてもわかった。
 ずいぶん近くなるとアルディスのほうからリフィルナに気づいて近づいてきてくれた。

「リフィルナ」
「アル、……ディス王子殿下。おめでとうございます」
「ありがとう。でもこういうことだから、これからはあまり自由に出かけられなくなるんだ。それがとても残念で。旅にも行きたかったなあ」

 ふと以前アルディスお気に入りの店で食事をしていた時に「僕も一緒に旅、してみたかったな」とアルディスが言っていたことを思い出した。リフィルナは気軽に「じゃあアルも今度どこかへ行きませんか」などと返していたが、その時にはおそらく話は出ていたのだろう。何となく切なくなる。

「私も残念です。その、こんなことを次期王に言うべきじゃないかもですが」
「うん?」
「もし、忙しいだろうけどもし、機会があれば王になられる前にどこか、行きましょう」
「……ふふ。嬉しいな。是非そうしたい。でもリフィルナわかってる? いくら僕たちはとても親しい友人でも君はご令嬢だよ。女の子。気軽にそんなこと言っちゃだめだよ」
「大丈夫です。もし旅行になるのなら私、少年になるので」
「っあはは! なるほどそれは楽しそうだ」

 楽しそうに笑った後、アルディスは「兄さんの許可がでたら是非、ね」とリフィルナに微笑んできた。

「フォルの?」

 王位継承を移す場合なにか色んな対応や許可が必要になるのだろうかとリフィルナは首を傾げながら思った。だとしたら思っていた以上に大変そうだ。
 話していると他の貴族たちがアルディスの元へ何人もやってきた。アルディスは苦笑しながら変な顔をしてみせて「とにかく、これからは僕も民のためにがんばるよ」とウィンクしてきた。ただリフィルナが何か言い返す前にアルディスは貴族たちに囲まれてしまった。
 少し見ているとアルディスは一人一人に対して丁寧に言葉を返している。素晴らしいことなのだが、あれほど身近だった友人がどうしても遠くに感じてしまい、改めて切なく思った。
 人が増えてしまったのもあり、リフィルナはそっとアルディスから離れる。少し歩いたところでコルドを見つけたが、コットンと何か話しているところだった。特に険悪な様子は感じられず時折笑みさえ見せているのに気づいて、リフィルナは何となくホッとした。
 コットンのことはリフィルナ自身、あの屋敷で暮らしていた時もあまり苦手ではなかった。もちろんほぼ無関心な様子だったのでその面で言うならば苦手だったかもしれないが、他の家族がリフィルナ自身を邪険にしていたのに対し、コットンは大抵のことに無関心なだけでリフィルナだからどうこうという風ではなかったからだろう。
 とはいえ話しかける勇気はないのでリフィルナはそのまま移動した。人混みに慣れないのもあり、外の空気が吸いたくなる。庭園へ出ようかと思ったところで、そういえば王の話の後フォルスから庭園へ行こうと誘われていたことを思い出した。少し話したいことがあると言っていたが、フォルスも他の貴族との対応に忙しいのではないだろうか。フォルスを探して見つけたところで声をかけられるだろうかと懸念していると、そのフォルスから声をかけられた。

「フォル、……ス王子殿下」

 アルディスにしてもフォルスにしても、つい気さくに名前を呼んでしまいそうになる。自分に微妙な気持ちになっているとフォルスが笑みを向けてきた。

「フォルでいい、とはさすがにこの場では言えない、か」
「気をつけたいんですけど、私ほんとうっかりで」
「じゃあ気さくに呼んでもらえるよう、このまま庭園へ行かないか」
「あはは。はい」

 笑ってリフィルナは頷いた。
 外へ出て二人で庭園を歩いているとアルディスと初めて出会った時のことを思い出す。あの時はアルディスが第二王子だなどと思いつきもしなかった。フォルスと出会った時も同じように第一王子だと思いもしなかったが。

「あのベンチに座らないか」

 ふとフォルスに言われたベンチを見て、リフィルナは笑ってしまった。アルディスとそこに座って話したことが脳裏に過る。あの時はすでに座っていたアルディスに誘われた。つい、さすが双子だなどと思ってしまった。

「どうかしたのか?」
「い、いえ。何でもないんです」

 慌てて首を振り、リフィルナはエスコートされてベンチに腰掛けた。
 空はもう夕暮れ時になりかかっていて、周りを優しい黄昏色に包み込んでいる。その風景を堪能しつつ、リフィルナはふと、あの頃の自分が今の状況を知ったらどう思うのだろうなと考えた。
 友だちどころか誰も知り合いなどいなくて、リフィルナ自身今以上に目立つことを避けていた。丁度あの時はフォルスとイルナの婚約発表もあったのだが、リフィルナは義理の兄となる王子と話すどころか顔すら見る機会すらなかった。
 そういえばあのままフォルスが旅に出なかったら、リフィルナが家を出なかったら、フォルスとは義理の兄妹になっていたのだろうなとリフィルナは隣のフォルスを見上げた。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! リクエストの更新が終わったら、舞踏会編をはじめる予定ですー!

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

落ちこぼれ盾職人は異世界のゲームチェンジャーとなる ~エルフ♀と同居しました。安定収入も得たのでスローライフを満喫します~

テツみン
ファンタジー
*この作品は24hポイントが0になりしだい、公開を終了します。ご愛読ありがとうございました。 アスタリア大陸では地球から一万人以上の若者が召喚され、召喚人(しょうかんびと)と呼ばれている。 彼らは冒険者や生産者となり、魔族や魔物と戦っていたのだ。 日本からの召喚人で、生産系志望だった虹川ヒロトは女神に勧められるがまま盾職人のスキルを授かった。 しかし、盾を売っても原価割れで、生活はどんどん苦しくなる。 そのうえ、同じ召喚人からも「出遅れ組」、「底辺職人」、「貧乏人」とバカにされる日々。 そんなとき、行き倒れになっていたエルフの女の子、アリシアを助け、自分の工房に泊めてあげる。 彼女は魔法研究所をクビにされ、住み場所もおカネもなかったのだ。 そして、彼女との会話からヒロトはあるアイデアを思いつくと―― これは、落ちこぼれ召喚人のふたりが協力し合い、異世界の成功者となっていく――そんな物語である。

処理中です...