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第五章 帰還
141話
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集団舞踏でかなり緊張していたリフィルナの表情が、その後何曲か踊ることでずいぶん柔らかくなってきたことに気づいてフォルスは微笑んだ。
旅の間もリフィルナは大胆なことをしてきたかと思うと、例えば船でも皆の前で船長から礼を告げられることにすら緊張しているような人だった。
そういうところも……と思った後にフォルスはそっと咳払いをして気を取り直す。まだ踊りの途中だ。下手にリフィルナのことを考えていると、自分こそ変なミスをやらかして緊張どころか恥じ入ることになりかねない。
ふとリフィルナが心配そうにフォルスを見てきた。おそらく上手く踊れているか心配なのだろう。フォルスは安心させるように微笑みかけた。
踊りながら視界に入ってきたアルディスは、給仕から飲み物を貰ってるところで何人もの令嬢たちに捕まっていた。それをウェイドが話すか何かして上手く防いでいる様子だ。横目ではなくもう少しちゃんとアルディスを見ると、一応微笑んではいるもののとても困惑しているのがわかり、フォルスは苦笑した。
「どうかしたんですか?」
「ん? ああ、すまない。アルディスがご令嬢方に囲まれて困惑してるところが見えて」
「困惑ですか」
「病弱という設定で引きこもっていたから、あまりこういう状況に慣れてないんじゃないかな」
「フォルは慣れてるんですか?」
ニコニコと聞いてくるリフィルナに少し複雑な気持ちになりつつ、フォルスは内心また苦笑する。慣れていたらリフィルナに対しても、もっとスマートな対応ができただろう。それにアルディスはこういった場に慣れていないものの、女性に対する扱いは間違いなくフォルスより丁寧だしわかっている気がする。
「俺は周りいわく堅くて生真面目過ぎるきらいがあるらしいからね。アルディスに比べたら社交の場にも何度か出ていたが、当然慣れてないな」
「そうなんですか? でもさっきはすごくさりげなく皆から離れてくださった感じ、しましたけど」
「さっき?」
「ほら、何人もの人がフォル目がけてやって来た時。エスコートしている人がいるからって、さらっと言って私を連れ出してくれました」
「ああ、あれか。いや、さすがにあれくらいは……」
それこそ第一王子として社交の場にも出ていたので対人自体は慣れている。だがアルディスのようにさらりとリフィルナにドレスやブローチを褒めたり綺麗だと口にすることはできない。
実際、馬車から出てきたリフィルナはとても綺麗だった。ドレスはとても似合っていて、あの宝石も加工させた甲斐があったというものだ。ただ、そんなリフィルナを見てあまりに素敵だと思った自分の気持ちが顔に出ないよう心がけるので精一杯で、何も言えなかった。改めて情けないなとフォルスは自嘲する。アルディスなら顔に出ようがおかまいなしにその場でリフィルナを嬉しそうに褒めただろう。
一通りダンスを終えたものの、正直フォルスはもう少しリフィルナと踊っていたかった。だが最初にかなりしていた緊張が疲れとなったのだろう、そろそろ限界そうなリフィルナを見て諦めた。
アルディスが「お疲れ様」と飲み物を差し出してきてくれた。どうやら先ほど給仕から受け取っていた飲み物はフォルスたちのために貰ってくれていたようだ。
「この飲み物を給仕から受け取っている時、何人かのご令嬢に捕まっていたな」
「まあ、うん。でも今まで僕は引きこもりをしていたからね、こういった経験はあまりないから困惑しかないよ」
「その割に上手く対応していたようだが」
「気のせいだよ」
その後アルディスがエスターたちのところへ向かった時に、フォルスはずっと言いたかったことをようやくリフィルナに言えた。とはいえ本当に言いたいことではなく、前段階でしかないのだが。
「この後また王から発表があるんだけど、それが終わったら庭園へ行かないか?」
「庭園へ?」
「ああ。少し話したいことがあるんだ」
「はい、わかりました」
リフィルナが微笑みながら了解してくれたところで曲が止まった。王の発表だ。フォルスも無関係ではない内容なのでリフィルナに「悪い、少しだけ離れる」と伝えると王の元へ向かった。
王位継承権についての話だ。数日前に父親はフォルスとアルディスを呼び出し、正式に決めたし公式に発表すると言ってきてくれていた。
「次期王位継承者はアルディスとする」
王が皆の前で宣言すると大広間にはざわめきが広がった。だがフォルスとアルディスが一言ずつ挨拶をした後で、そのざわめきは祝福の言葉へと変わっていった。
また優雅な音楽の演奏が始まると、周りはそのことについて話をしたり踊りを再開したりし始めた。
フォルスとしてはずいぶん前から決めていたことなので特に今思うことはない。ようやくアルディスが次期王として他からも認められていくのだと思うくらいだろうか。多少肩の荷が下りた気はあるが、フォルスとて国を捨てるわけではなく、むしろ今まで以上に国と王に仕える気だった。なので状況は大幅に変わるが気持ちの上では大した違いはなかった。
とりあえず、今はそれよりも──
フォルスはリフィルナを探した。一旦離れると、リフィルナが小柄なために大勢の中から見つけるのは多少骨を折る。それでもあの美しい髪のおかげですぐに見つける自信はあった。
旅の間もリフィルナは大胆なことをしてきたかと思うと、例えば船でも皆の前で船長から礼を告げられることにすら緊張しているような人だった。
そういうところも……と思った後にフォルスはそっと咳払いをして気を取り直す。まだ踊りの途中だ。下手にリフィルナのことを考えていると、自分こそ変なミスをやらかして緊張どころか恥じ入ることになりかねない。
ふとリフィルナが心配そうにフォルスを見てきた。おそらく上手く踊れているか心配なのだろう。フォルスは安心させるように微笑みかけた。
踊りながら視界に入ってきたアルディスは、給仕から飲み物を貰ってるところで何人もの令嬢たちに捕まっていた。それをウェイドが話すか何かして上手く防いでいる様子だ。横目ではなくもう少しちゃんとアルディスを見ると、一応微笑んではいるもののとても困惑しているのがわかり、フォルスは苦笑した。
「どうかしたんですか?」
「ん? ああ、すまない。アルディスがご令嬢方に囲まれて困惑してるところが見えて」
「困惑ですか」
「病弱という設定で引きこもっていたから、あまりこういう状況に慣れてないんじゃないかな」
「フォルは慣れてるんですか?」
ニコニコと聞いてくるリフィルナに少し複雑な気持ちになりつつ、フォルスは内心また苦笑する。慣れていたらリフィルナに対しても、もっとスマートな対応ができただろう。それにアルディスはこういった場に慣れていないものの、女性に対する扱いは間違いなくフォルスより丁寧だしわかっている気がする。
「俺は周りいわく堅くて生真面目過ぎるきらいがあるらしいからね。アルディスに比べたら社交の場にも何度か出ていたが、当然慣れてないな」
「そうなんですか? でもさっきはすごくさりげなく皆から離れてくださった感じ、しましたけど」
「さっき?」
「ほら、何人もの人がフォル目がけてやって来た時。エスコートしている人がいるからって、さらっと言って私を連れ出してくれました」
「ああ、あれか。いや、さすがにあれくらいは……」
それこそ第一王子として社交の場にも出ていたので対人自体は慣れている。だがアルディスのようにさらりとリフィルナにドレスやブローチを褒めたり綺麗だと口にすることはできない。
実際、馬車から出てきたリフィルナはとても綺麗だった。ドレスはとても似合っていて、あの宝石も加工させた甲斐があったというものだ。ただ、そんなリフィルナを見てあまりに素敵だと思った自分の気持ちが顔に出ないよう心がけるので精一杯で、何も言えなかった。改めて情けないなとフォルスは自嘲する。アルディスなら顔に出ようがおかまいなしにその場でリフィルナを嬉しそうに褒めただろう。
一通りダンスを終えたものの、正直フォルスはもう少しリフィルナと踊っていたかった。だが最初にかなりしていた緊張が疲れとなったのだろう、そろそろ限界そうなリフィルナを見て諦めた。
アルディスが「お疲れ様」と飲み物を差し出してきてくれた。どうやら先ほど給仕から受け取っていた飲み物はフォルスたちのために貰ってくれていたようだ。
「この飲み物を給仕から受け取っている時、何人かのご令嬢に捕まっていたな」
「まあ、うん。でも今まで僕は引きこもりをしていたからね、こういった経験はあまりないから困惑しかないよ」
「その割に上手く対応していたようだが」
「気のせいだよ」
その後アルディスがエスターたちのところへ向かった時に、フォルスはずっと言いたかったことをようやくリフィルナに言えた。とはいえ本当に言いたいことではなく、前段階でしかないのだが。
「この後また王から発表があるんだけど、それが終わったら庭園へ行かないか?」
「庭園へ?」
「ああ。少し話したいことがあるんだ」
「はい、わかりました」
リフィルナが微笑みながら了解してくれたところで曲が止まった。王の発表だ。フォルスも無関係ではない内容なのでリフィルナに「悪い、少しだけ離れる」と伝えると王の元へ向かった。
王位継承権についての話だ。数日前に父親はフォルスとアルディスを呼び出し、正式に決めたし公式に発表すると言ってきてくれていた。
「次期王位継承者はアルディスとする」
王が皆の前で宣言すると大広間にはざわめきが広がった。だがフォルスとアルディスが一言ずつ挨拶をした後で、そのざわめきは祝福の言葉へと変わっていった。
また優雅な音楽の演奏が始まると、周りはそのことについて話をしたり踊りを再開したりし始めた。
フォルスとしてはずいぶん前から決めていたことなので特に今思うことはない。ようやくアルディスが次期王として他からも認められていくのだと思うくらいだろうか。多少肩の荷が下りた気はあるが、フォルスとて国を捨てるわけではなく、むしろ今まで以上に国と王に仕える気だった。なので状況は大幅に変わるが気持ちの上では大した違いはなかった。
とりあえず、今はそれよりも──
フォルスはリフィルナを探した。一旦離れると、リフィルナが小柄なために大勢の中から見つけるのは多少骨を折る。それでもあの美しい髪のおかげですぐに見つける自信はあった。
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