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第五章 帰還
135話
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「俺たちの母親はどうにもどうしようもないみたいだぞ」
またほんのり茶化すようにコルドが言う。
「お前が戻ってきたことを、あの人たちも知ったようだ。噂ってすごいな。別に俺は何も言ってないしここの使用人たちがいちいち向こうまで出向く用事もない。もちろんあの王子たちが口にすることもない。それでもこうして伝わるんだからお貴族社会ってのは本当に」
空笑いした後にコルドは真顔になった。
「お前が戻ってきたのならフィールズ家へ帰すよう、うるさく言ってきた」
「お母さまが?」
「ああ。……」
頷いたコルドが少々言い淀んでいる。リフィルナは小さく笑った。
「コルド兄さま、気を遣ってくれてるんだろうけど大丈夫だよ。私でもさすがにお母さまが私に会いたいからそう言ってきたんだ、なんて思ってない。愛し子の私が利用価値、あるから、だよ、ね」
わかってはいる。コルドにも昔、そういったことを教えてもらったこともある。だが自分で口にするとさすがにチクリと胸が痛んだ。
「リィー……」
小さくため息をつくと、コルドは続けてきた。
「そうだ。愛し子であるお前だからだ。おまけに王と直接謁見したことだけでなく王子たちと親交があることもどこで聞いたのかわからないが、知っている。お前とイルナのこともあって、あの出来事が世間にバレないよう大人しくしていただろうに、お前が無事に戻ったと知った途端にこれだ。本当に忌々しい女だよ」
頭を抱え、コルドは吐き捨てるように言ってくる。
「コルド兄さま……」
「……ああ、悪い。乱暴な口を利いてしまったな。あとお前の母さんなのに申し訳ない」
「お前のって、コルド兄さまのお母さまでもあるじゃない」
「まぁ、な。……そうか、お前は知らないんだっけな。リィーも大人になったのならそうだな、言っておこう、かな。リィー、俺はね、もちろんあの父の正真正銘息子だけれども、あの母親の息子じゃない」
「え?」
どういうことだとリフィルナはぽかんとした顔をコルドへ向けた。
「俺は父が使用人に手を出して産まれた子なんだよ。だからお前や他の兄妹たちとは腹違いの兄弟になる。他の兄妹は知っていると思う」
「ご……」
知らなかった。全然知らなかった。
改めて自分は愛してもらえないとはいえ、実の両親の元で多分のほほんと過ごしていただけだったとリフィルナは情けなくなった。きっと辛いこともたくさんあっただろうに、知らないままリフィルナはコルドに甘えてばかりだった。知らないということは免罪符になどならない。無知だって罪になる。
ごめんなさい、とすぐに口に出かかっていた。だがコルドはリフィルナに謝って欲しくなどないだろうとかろうじて気づく。
リフィルナはソファーから立ち上がると、向かいに座っているコルドのところまで行き、ぎゅっと抱きしめた。
「私はコルド兄さまが大好きだよ。誰よりもかけがえのない大切な兄さまだよ」
「……リィー、ありがとう。俺もお前が大好きで大切だ」
お互い抱きしめあった後、コルドは「淑女なんだからこんな時間に兄であっても抱きついたら駄目だよ」と笑いながらソファーへ座るよう促してきた。
「とにかく俺はお前をあの家へ帰したくない。あの家にいるお前を浮かべようとすると、ずっとあの屋敷に閉じ込められて親に冷たくされ、いつもどこか寂しそうだったお前しか浮かばない。そんなフィールズ家へ帰せるわけがないだろ」
「ありがとう、コルド兄さま。私も帰りたくはない。確かにあの人たちは私の家族だし不幸になって欲しいなどとはちっとも思わないけど、でも私は戻りたくない」
リフィルナははっきりと告げた。以前の自分だったら「でも帰らないといけないよね」と口にしていたかもしれない。例え愛してくれなくとも物理的には特に不自由なく育ててはもらった実の両親と、実の兄姉がいる家なのだ。帰るべきなのだろうと自分に言い聞かせていたかもしれない。だが今はそう思わない。
「私の人生は私のものだよ」
「リィー……やっぱりお前は成長したな。素敵なレディだ」
「こ、こんなで?」
「そこで気弱になるなよ。まあお前らしいけどね。とにかく、パーティーでは多分顔を合わせることになるだろうな……。そうしたらあの人たちは間違いなくリィーをフィールズ家へ連れて行こうとするだろう」
コルドの言葉にリフィルナは頷いた。
「それもあって本当はパーティーへお前を行かせたくない。けどそこで行くなとお前を留めたらそれこそあの人らとあまり変わらないもんな」
「それは違うよ。だって思いが違うもん」
「そりゃあ、ね。でもお前がそうして前向きに行動しようとしているのに制限なんてやっぱりしたくないしできないからなあ」
苦笑しながらコルドはじっとリフィルナを見てくる。
「せめて俺にもお前を守らせて欲しい。それくらいはいいかな」
「そんなの、当たり前だよ。というかすごく嬉しい。あと今までもこれからもたくさん迷惑かけるけど甘えてばかりでごめんね。ありがとう、コルド兄さま」
リフィルナが言えば、何故かコルドが深いため息をついてきた。
「わ、私何か駄目な感じのこと、言っちゃった?」
「違う、違うよリィー。単に俺がお前のこと可愛すぎただけだ。やっぱり嫁になんて出したくない……誰であっても嫁にやりたくない……」
よくわからないことを言いだしたコルドを、さすがにリフィルナも困惑したように見た。
またほんのり茶化すようにコルドが言う。
「お前が戻ってきたことを、あの人たちも知ったようだ。噂ってすごいな。別に俺は何も言ってないしここの使用人たちがいちいち向こうまで出向く用事もない。もちろんあの王子たちが口にすることもない。それでもこうして伝わるんだからお貴族社会ってのは本当に」
空笑いした後にコルドは真顔になった。
「お前が戻ってきたのならフィールズ家へ帰すよう、うるさく言ってきた」
「お母さまが?」
「ああ。……」
頷いたコルドが少々言い淀んでいる。リフィルナは小さく笑った。
「コルド兄さま、気を遣ってくれてるんだろうけど大丈夫だよ。私でもさすがにお母さまが私に会いたいからそう言ってきたんだ、なんて思ってない。愛し子の私が利用価値、あるから、だよ、ね」
わかってはいる。コルドにも昔、そういったことを教えてもらったこともある。だが自分で口にするとさすがにチクリと胸が痛んだ。
「リィー……」
小さくため息をつくと、コルドは続けてきた。
「そうだ。愛し子であるお前だからだ。おまけに王と直接謁見したことだけでなく王子たちと親交があることもどこで聞いたのかわからないが、知っている。お前とイルナのこともあって、あの出来事が世間にバレないよう大人しくしていただろうに、お前が無事に戻ったと知った途端にこれだ。本当に忌々しい女だよ」
頭を抱え、コルドは吐き捨てるように言ってくる。
「コルド兄さま……」
「……ああ、悪い。乱暴な口を利いてしまったな。あとお前の母さんなのに申し訳ない」
「お前のって、コルド兄さまのお母さまでもあるじゃない」
「まぁ、な。……そうか、お前は知らないんだっけな。リィーも大人になったのならそうだな、言っておこう、かな。リィー、俺はね、もちろんあの父の正真正銘息子だけれども、あの母親の息子じゃない」
「え?」
どういうことだとリフィルナはぽかんとした顔をコルドへ向けた。
「俺は父が使用人に手を出して産まれた子なんだよ。だからお前や他の兄妹たちとは腹違いの兄弟になる。他の兄妹は知っていると思う」
「ご……」
知らなかった。全然知らなかった。
改めて自分は愛してもらえないとはいえ、実の両親の元で多分のほほんと過ごしていただけだったとリフィルナは情けなくなった。きっと辛いこともたくさんあっただろうに、知らないままリフィルナはコルドに甘えてばかりだった。知らないということは免罪符になどならない。無知だって罪になる。
ごめんなさい、とすぐに口に出かかっていた。だがコルドはリフィルナに謝って欲しくなどないだろうとかろうじて気づく。
リフィルナはソファーから立ち上がると、向かいに座っているコルドのところまで行き、ぎゅっと抱きしめた。
「私はコルド兄さまが大好きだよ。誰よりもかけがえのない大切な兄さまだよ」
「……リィー、ありがとう。俺もお前が大好きで大切だ」
お互い抱きしめあった後、コルドは「淑女なんだからこんな時間に兄であっても抱きついたら駄目だよ」と笑いながらソファーへ座るよう促してきた。
「とにかく俺はお前をあの家へ帰したくない。あの家にいるお前を浮かべようとすると、ずっとあの屋敷に閉じ込められて親に冷たくされ、いつもどこか寂しそうだったお前しか浮かばない。そんなフィールズ家へ帰せるわけがないだろ」
「ありがとう、コルド兄さま。私も帰りたくはない。確かにあの人たちは私の家族だし不幸になって欲しいなどとはちっとも思わないけど、でも私は戻りたくない」
リフィルナははっきりと告げた。以前の自分だったら「でも帰らないといけないよね」と口にしていたかもしれない。例え愛してくれなくとも物理的には特に不自由なく育ててはもらった実の両親と、実の兄姉がいる家なのだ。帰るべきなのだろうと自分に言い聞かせていたかもしれない。だが今はそう思わない。
「私の人生は私のものだよ」
「リィー……やっぱりお前は成長したな。素敵なレディだ」
「こ、こんなで?」
「そこで気弱になるなよ。まあお前らしいけどね。とにかく、パーティーでは多分顔を合わせることになるだろうな……。そうしたらあの人たちは間違いなくリィーをフィールズ家へ連れて行こうとするだろう」
コルドの言葉にリフィルナは頷いた。
「それもあって本当はパーティーへお前を行かせたくない。けどそこで行くなとお前を留めたらそれこそあの人らとあまり変わらないもんな」
「それは違うよ。だって思いが違うもん」
「そりゃあ、ね。でもお前がそうして前向きに行動しようとしているのに制限なんてやっぱりしたくないしできないからなあ」
苦笑しながらコルドはじっとリフィルナを見てくる。
「せめて俺にもお前を守らせて欲しい。それくらいはいいかな」
「そんなの、当たり前だよ。というかすごく嬉しい。あと今までもこれからもたくさん迷惑かけるけど甘えてばかりでごめんね。ありがとう、コルド兄さま」
リフィルナが言えば、何故かコルドが深いため息をついてきた。
「わ、私何か駄目な感じのこと、言っちゃった?」
「違う、違うよリィー。単に俺がお前のこと可愛すぎただけだ。やっぱり嫁になんて出したくない……誰であっても嫁にやりたくない……」
よくわからないことを言いだしたコルドを、さすがにリフィルナも困惑したように見た。
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