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第五章 帰還
130話
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丁度アルディスがソファーまで来たところでノックがあり、ウェイドがティーセットの乗ったワゴンを運んできた。それに対しアルディスが「見計らったかのようだね、さすがだよ。ありがとうウェイド」と礼を言っている。優秀で従順そうなアルディスの側近を改めて羨ましく眺めつつ、フォルスは怪訝な気持ちでワゴンに目をやった。夕食はリフィルナと食べてきていないにしても、何故こんな時間に自分とティータイムと洒落込もうとしているのか少し、いや、かなりわからない。双子の兄弟として確かに仲はいいし、アルディスは呪いが解けたところだ。夜に牢の中へ閉じこもらなくていいことを盛大に喜ぶのはわかるが、それならせめてしっかりとした夕食や酒ではないのかとフォルスは首を傾げた。
「どうしたの、兄さん」
ウェイドが出ていった後、アルディスがワゴンをソファーのところまで運んできた。
「……何故ティーセット?」
「ああ、これね。ふふ、別に兄さんとご令嬢たちのように過ごしたいわけではなくて、いや、たまにはそういうのもいいのかもだけど。今日、リフィルナと行った店の品でね、リフィルナが気に入って是非兄さんにもって包んでもらったんだ」
「リフィが?」
ふぅん、とフォルスはそわそわと眺めた。アルディスが何故か吹き出してくる。
「何だ?」
「ううん。あとね、僕もその内兄さんを連れて行きたいなって思っていた店なんだ」
「俺を?」
見たところ普通の茶に、ケーキでもなく普通のパンのようだ。美味しそうには見えるが、茶とパンといった素朴な品をあえてというのは、よほど美味しいものなのだろうかとフォルスはまた首を傾げる。
「食べてみて?」
アルディスが楽しそうに勧めてくる。まだ少々怪訝な気持ちがあるものの、フォルスはパンを少しちぎって口へ運んだ。ほんのりとした甘さが広がる。
だがそれだけではなかった。何だかとてつもなく懐かしい味がする。何が懐かしいのだろうとフォルスが思っていると、ワゴンからクリームの皿を取ったアルディスが「これをつけて今度は食べてみて」と差し出してきた。言われた通りにフォルスはそのクリームをパンに乗せ、また口へ運ぶ。
「……っこれ」
控えめなのに濃厚なクリームとほんのり甘いパンはとても合っているだけでなく、何故懐かしいのかはっきりと思い出した。
昔、フォルスとアルディスのそばにいつもいてくれていた乳母がよく作ってくれていたパンだ。その味だ。
母を亡くしていた二人にとって、乳母は母親のような存在だった。フォルスも大好きだった人だ。アルディスはなおさらだろう。呪いのせいであまり笑わない上に夜になると、当時はまだそんなに酷くはなかったものの部屋に引きこもっていた。そんなアルディスにもいつも優しく、時に厳しく、そばにいてくれた。一度アルディスはそんな乳母を呪いの衝動で傷つけてしまったことがある。自己嫌悪と恐怖でおかしくなりそうなほどのショックを受けていたアルディスを、乳母は何でもないように抱きしめてくれていた。立場こそ使用人であるが無償の愛というものを本能で感じたのだろうか、あまり笑わなかったアルディスがよく笑うようになったのはそれ以来だ。
フォルスは乳母から言われたことがある。
「とても重く辛い宿命がおありになるアルディス様はとても心根の優しい方です。だからこそ、これからもっと苦しまれるでしょう。フォルス様とてお優しい方、きっと苦しく悲しい思いをなさいますでしょうが、あなたは兄君であられます。弟君を大事になさってあげてください。決してアルディス様の手を離されませんよう」
もちろん乳母は王家の機密事項など知らない。余計な詮索はしないよう言われてもいただろう。だが何となくは察していたのかもしれない。大好きな乳母から言われ、その意味を当時はまだよくわかっていなかったものの、フォルスは約束した。決してアルディスの手を離さない、と。
「ぼく、アルディスのことだいじだし、だいすきだから、ぜったいやくそくする」
乳母は嬉しそうに「よろしくお願いします」と頭を撫でてくれたのを覚えている。その後、フォルスはアルディスのためにできることはなんでもしようと行動するようにもなった。
落ち込むアルディスを乳母は外にもよく連れ出してくれた。あまり外出させないほうがと言う周りに対し、乳母はむしろ外を知り国民たちと触れ合うことを願っているようだった。フォルスは剣や魔術をアルディスを思ってしっかりと学び始めていた頃だったのであまり一緒には出かけられなかったが、外出から帰ってきたアルディスはいつも楽しそうに嬉しそうに町などでの出来事を話してくれていた。それを聞くのも、アルディスの楽しそうな様子を見るのもフォルスは好きだった。
そして王宮ではよくクリームつきのパンを乳母は作ってくれた。
その味だった。フォルスもアルディスもこの優しい味が大好きだった。
だが二人が十歳の時に乳母は亡くなった。自分の実家へ日帰りで帰る途中、乗っていた馬車で事故に遭い、帰らぬ人となった。
「わかった?」
「……これを……作ったのは、いったい……」
「この店ね、リフィルナのお兄さん、コルドが見つけてくれたんだ。僕たちの大好きだった乳母のね、妹さんが経営している店なんだって。別の場所から引っ越してきたその人が、一年前くらいに始めた店なんだ。僕が兄さんを連れて行きたいって言うの、何故かわかった? 今度、一緒に行こうよ」
アルディスは嬉しそうに微笑んできた。
「どうしたの、兄さん」
ウェイドが出ていった後、アルディスがワゴンをソファーのところまで運んできた。
「……何故ティーセット?」
「ああ、これね。ふふ、別に兄さんとご令嬢たちのように過ごしたいわけではなくて、いや、たまにはそういうのもいいのかもだけど。今日、リフィルナと行った店の品でね、リフィルナが気に入って是非兄さんにもって包んでもらったんだ」
「リフィが?」
ふぅん、とフォルスはそわそわと眺めた。アルディスが何故か吹き出してくる。
「何だ?」
「ううん。あとね、僕もその内兄さんを連れて行きたいなって思っていた店なんだ」
「俺を?」
見たところ普通の茶に、ケーキでもなく普通のパンのようだ。美味しそうには見えるが、茶とパンといった素朴な品をあえてというのは、よほど美味しいものなのだろうかとフォルスはまた首を傾げる。
「食べてみて?」
アルディスが楽しそうに勧めてくる。まだ少々怪訝な気持ちがあるものの、フォルスはパンを少しちぎって口へ運んだ。ほんのりとした甘さが広がる。
だがそれだけではなかった。何だかとてつもなく懐かしい味がする。何が懐かしいのだろうとフォルスが思っていると、ワゴンからクリームの皿を取ったアルディスが「これをつけて今度は食べてみて」と差し出してきた。言われた通りにフォルスはそのクリームをパンに乗せ、また口へ運ぶ。
「……っこれ」
控えめなのに濃厚なクリームとほんのり甘いパンはとても合っているだけでなく、何故懐かしいのかはっきりと思い出した。
昔、フォルスとアルディスのそばにいつもいてくれていた乳母がよく作ってくれていたパンだ。その味だ。
母を亡くしていた二人にとって、乳母は母親のような存在だった。フォルスも大好きだった人だ。アルディスはなおさらだろう。呪いのせいであまり笑わない上に夜になると、当時はまだそんなに酷くはなかったものの部屋に引きこもっていた。そんなアルディスにもいつも優しく、時に厳しく、そばにいてくれた。一度アルディスはそんな乳母を呪いの衝動で傷つけてしまったことがある。自己嫌悪と恐怖でおかしくなりそうなほどのショックを受けていたアルディスを、乳母は何でもないように抱きしめてくれていた。立場こそ使用人であるが無償の愛というものを本能で感じたのだろうか、あまり笑わなかったアルディスがよく笑うようになったのはそれ以来だ。
フォルスは乳母から言われたことがある。
「とても重く辛い宿命がおありになるアルディス様はとても心根の優しい方です。だからこそ、これからもっと苦しまれるでしょう。フォルス様とてお優しい方、きっと苦しく悲しい思いをなさいますでしょうが、あなたは兄君であられます。弟君を大事になさってあげてください。決してアルディス様の手を離されませんよう」
もちろん乳母は王家の機密事項など知らない。余計な詮索はしないよう言われてもいただろう。だが何となくは察していたのかもしれない。大好きな乳母から言われ、その意味を当時はまだよくわかっていなかったものの、フォルスは約束した。決してアルディスの手を離さない、と。
「ぼく、アルディスのことだいじだし、だいすきだから、ぜったいやくそくする」
乳母は嬉しそうに「よろしくお願いします」と頭を撫でてくれたのを覚えている。その後、フォルスはアルディスのためにできることはなんでもしようと行動するようにもなった。
落ち込むアルディスを乳母は外にもよく連れ出してくれた。あまり外出させないほうがと言う周りに対し、乳母はむしろ外を知り国民たちと触れ合うことを願っているようだった。フォルスは剣や魔術をアルディスを思ってしっかりと学び始めていた頃だったのであまり一緒には出かけられなかったが、外出から帰ってきたアルディスはいつも楽しそうに嬉しそうに町などでの出来事を話してくれていた。それを聞くのも、アルディスの楽しそうな様子を見るのもフォルスは好きだった。
そして王宮ではよくクリームつきのパンを乳母は作ってくれた。
その味だった。フォルスもアルディスもこの優しい味が大好きだった。
だが二人が十歳の時に乳母は亡くなった。自分の実家へ日帰りで帰る途中、乗っていた馬車で事故に遭い、帰らぬ人となった。
「わかった?」
「……これを……作ったのは、いったい……」
「この店ね、リフィルナのお兄さん、コルドが見つけてくれたんだ。僕たちの大好きだった乳母のね、妹さんが経営している店なんだって。別の場所から引っ越してきたその人が、一年前くらいに始めた店なんだ。僕が兄さんを連れて行きたいって言うの、何故かわかった? 今度、一緒に行こうよ」
アルディスは嬉しそうに微笑んできた。
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