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第五章 帰還
128話
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食事を終えると二人はそのままそこでゆっくり茶を飲んでいた。
「パンがとても美味しかった」
「ほんと? 僕も好きなパンなんだ。何だか嬉しいな。……ねえ、リフィルナ」
「はい」
ニコニコとしているリフィルナにアルディスは微笑みながら続けた。
「リフィルナがこの国を出てどこかへ行ってしまったと知って、僕は自分を責めつつとても心配していた」
「そ──」
何か言いかけたリフィルナにアルディスは人差し指を自分の唇の前に立てて微笑んだまま首を振った。おそらくは「自分を責め」というところに反応したのだろうが、そこを言いたいわけではない。
「だけど、今のリフィルナはとても生き生きしている。昔僕と一緒に過ごしてくれていた時も楽しそうにしてくれていたが、今は一時的に楽しいのではなくて日々が楽しいといった風に見えるよ。旅での経験が君の心を成長させてくれたのかもしれない。それはとてもよかったと思う、けどやっぱり危険な旅はして欲しくない。だから先ほど君が言っていたように兄さんたちの存在が君を助けたのなら心からよかったと僕は思ってるんだ」
「アル……」
少しだけ申し訳なさそうに悲しそうな顔をしていたリフィルナがまたすぐに微笑んできた。
実際リフィルナは明るくなったと思う。以前も明るかったがどことなく影もあった。おそらくは家庭の事情から来るものだったのだろう。アルディスも引きこもりをしていたからわかる。だが今のリフィルナは本当に生き生きとしている。
そんなリフィルナの変化にフォルスも関わっていたと思うと笑みが零れる。ふとリフィルナを見るフォルスの顔が浮かび、アルディスはなおさら笑みを浮かべた。
「それにしても偶然ってすごいよね。僕が探していたリフィルナが、まさか遠い港町で僕の兄さんと出会い、しかもそのまま一緒に旅を続けていたなんて。しかも君と一緒の──」
一緒の、と言いながらアルディスはリフィルナの、ドレスには少々不釣り合いな大きめの鞄の中からほんの少し顔を覗かせているディルをちらりと見た。ディルと目が合うと笑みを浮かべたままそっと会釈する。
「ディルが結果的に兄さんの探していた目的であり、呪いを解いてくれるんだものね。それってなんだかとてもすごいことだなって思うよ」
「本当ですよね!」
リフィルナもしみじみとしながら頷き、そして笑ってきた。鞄の中のディルは目を細めている。
ちなみに後でリフィルナが席を外している時に、今日再会してからずっとただの蛇のように黙っていたディルがアルディスに話しかけてきた。
『確かにこれも運命なのだろうよ』
「運命?」
アルディスはつい声にしてしまった後にそっと周りを窺い、もう一度、ディルに届くのだろうかと少々怪訝に思いつつ『運命?』と心の中で話しかけてみた。
『問題ない、聞こえておる。同じ時に同じ場所で条件がそろい、キャベル王国王族の正統な血筋であるフォルスと愛し子の転生者であるリフィルナは出会った。しかも旅を共にすることになり、頑なだった私を動かした。そして呪いは解かれた。もしかしたらリフィルナが転生したこと自体、許す時が来たということだったのかもしれん。あやつらの出会いは必然であり、運命だったのかもな』
『運命、か……。……。……ところでディルはリフィルナの眷属だけど保護者でもあるのかな』
『まあ、そうかもしれん』
『じゃあ、例えば彼女と兄さんとか、僕が将来一緒になるとかはどう思う?』
ニコニコと聞けば『は。くだらん』などと言いながらディルは鞄の中に潜ってしまい、アルディスは苦笑していた。
しみじみして頷いていたリフィルナにアルディスが「また旅に出るの?」と聞くと、リフィルナは少し困ったような表情をしてきた。
「まだ、わからないんです。最初は……逃げるようにキャベル王国を出ました。でも姿を変えての旅はとても新鮮で楽しかった。それにフォルたちと出会い、一緒に向かうことになった島も、竜のいる島だと言われていたからディルの親とか知り合いがいるかも、なんて軽い気持ちで考えて行ってみたかっただけで、旅の延長というか、途中で立ち寄るくらいの感覚でした。旅の終わりなんて考えてなかった。だけどアルともお話できてわかりあえて、その、要は逃げた原因でもある出来事の一つも呪いのせいだとわかって、そしてその呪いを解くために帰ることになって……、……あれ? 私何が言いたいのかわからなくなってきちゃった」
真面目な顔で珍しく一気にたくさん話してきたかと思うとそんな風に言われ、アルディスは思わず笑った。
「リフィルナらしいよ」
「これ、私らしいんですか? 私ってほんと皆にどう思われてるんだろってたまに心配になります」
「そのまま、かな? 大丈夫、大抵皆、可愛いなとか微笑ましいなとか好意的に思っているはずだから」
「ほんと?」
「うん」
嬉しそうに笑うと、リフィルナはまた真面目な顔になる。
「とにかく、旅にまた出るか出ないかはまだちゃんと決めてないんです。時間だけはありますし、ゆっくり考えます」
言い終えるとまた微笑んできた。
「パンがとても美味しかった」
「ほんと? 僕も好きなパンなんだ。何だか嬉しいな。……ねえ、リフィルナ」
「はい」
ニコニコとしているリフィルナにアルディスは微笑みながら続けた。
「リフィルナがこの国を出てどこかへ行ってしまったと知って、僕は自分を責めつつとても心配していた」
「そ──」
何か言いかけたリフィルナにアルディスは人差し指を自分の唇の前に立てて微笑んだまま首を振った。おそらくは「自分を責め」というところに反応したのだろうが、そこを言いたいわけではない。
「だけど、今のリフィルナはとても生き生きしている。昔僕と一緒に過ごしてくれていた時も楽しそうにしてくれていたが、今は一時的に楽しいのではなくて日々が楽しいといった風に見えるよ。旅での経験が君の心を成長させてくれたのかもしれない。それはとてもよかったと思う、けどやっぱり危険な旅はして欲しくない。だから先ほど君が言っていたように兄さんたちの存在が君を助けたのなら心からよかったと僕は思ってるんだ」
「アル……」
少しだけ申し訳なさそうに悲しそうな顔をしていたリフィルナがまたすぐに微笑んできた。
実際リフィルナは明るくなったと思う。以前も明るかったがどことなく影もあった。おそらくは家庭の事情から来るものだったのだろう。アルディスも引きこもりをしていたからわかる。だが今のリフィルナは本当に生き生きとしている。
そんなリフィルナの変化にフォルスも関わっていたと思うと笑みが零れる。ふとリフィルナを見るフォルスの顔が浮かび、アルディスはなおさら笑みを浮かべた。
「それにしても偶然ってすごいよね。僕が探していたリフィルナが、まさか遠い港町で僕の兄さんと出会い、しかもそのまま一緒に旅を続けていたなんて。しかも君と一緒の──」
一緒の、と言いながらアルディスはリフィルナの、ドレスには少々不釣り合いな大きめの鞄の中からほんの少し顔を覗かせているディルをちらりと見た。ディルと目が合うと笑みを浮かべたままそっと会釈する。
「ディルが結果的に兄さんの探していた目的であり、呪いを解いてくれるんだものね。それってなんだかとてもすごいことだなって思うよ」
「本当ですよね!」
リフィルナもしみじみとしながら頷き、そして笑ってきた。鞄の中のディルは目を細めている。
ちなみに後でリフィルナが席を外している時に、今日再会してからずっとただの蛇のように黙っていたディルがアルディスに話しかけてきた。
『確かにこれも運命なのだろうよ』
「運命?」
アルディスはつい声にしてしまった後にそっと周りを窺い、もう一度、ディルに届くのだろうかと少々怪訝に思いつつ『運命?』と心の中で話しかけてみた。
『問題ない、聞こえておる。同じ時に同じ場所で条件がそろい、キャベル王国王族の正統な血筋であるフォルスと愛し子の転生者であるリフィルナは出会った。しかも旅を共にすることになり、頑なだった私を動かした。そして呪いは解かれた。もしかしたらリフィルナが転生したこと自体、許す時が来たということだったのかもしれん。あやつらの出会いは必然であり、運命だったのかもな』
『運命、か……。……。……ところでディルはリフィルナの眷属だけど保護者でもあるのかな』
『まあ、そうかもしれん』
『じゃあ、例えば彼女と兄さんとか、僕が将来一緒になるとかはどう思う?』
ニコニコと聞けば『は。くだらん』などと言いながらディルは鞄の中に潜ってしまい、アルディスは苦笑していた。
しみじみして頷いていたリフィルナにアルディスが「また旅に出るの?」と聞くと、リフィルナは少し困ったような表情をしてきた。
「まだ、わからないんです。最初は……逃げるようにキャベル王国を出ました。でも姿を変えての旅はとても新鮮で楽しかった。それにフォルたちと出会い、一緒に向かうことになった島も、竜のいる島だと言われていたからディルの親とか知り合いがいるかも、なんて軽い気持ちで考えて行ってみたかっただけで、旅の延長というか、途中で立ち寄るくらいの感覚でした。旅の終わりなんて考えてなかった。だけどアルともお話できてわかりあえて、その、要は逃げた原因でもある出来事の一つも呪いのせいだとわかって、そしてその呪いを解くために帰ることになって……、……あれ? 私何が言いたいのかわからなくなってきちゃった」
真面目な顔で珍しく一気にたくさん話してきたかと思うとそんな風に言われ、アルディスは思わず笑った。
「リフィルナらしいよ」
「これ、私らしいんですか? 私ってほんと皆にどう思われてるんだろってたまに心配になります」
「そのまま、かな? 大丈夫、大抵皆、可愛いなとか微笑ましいなとか好意的に思っているはずだから」
「ほんと?」
「うん」
嬉しそうに笑うと、リフィルナはまた真面目な顔になる。
「とにかく、旅にまた出るか出ないかはまだちゃんと決めてないんです。時間だけはありますし、ゆっくり考えます」
言い終えるとまた微笑んできた。
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