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第五章 帰還
124話
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始める前、確かにディルはアルディスに「少し苦しむ」とは言っていた。だがリフィルナからすれば少しなんてものじゃないようにしか思えないくらい苦しそうだった。おまけに倒れてしまった。駆けつけてそっとアルディスの肩を抱いた。ふと見えたフォルスの顔色が青い。それはそうだろう。リフィルナは何とか気を紛らわせようと、おそらくは自分も青くなっているだろうなどと考えたりするが、紛れるわけなんてなかった。
アルディスは額にひどい汗を浮かべている。一瞬失っていた気はかろうじて戻ったようだ。アルディスはリフィルナに支えられながら小さな呻き声をあげつつ何とか立ち上がろうとした。しかしまた急に苦しみだし、結局足元から崩れるように倒れてしまった。
ただでさえ呪いにずっと苦しめられてきたのに、この期に及んでなお苦しい思いをしなければならないなんてとリフィルナはぎゅっとアルディスを抱きしめた。というかただ抱きしめるしかできない。せめてディルに「アルディスの様子があまりに苦しそうだけど大丈夫なのか」と聞きたいが、何とか思い留まっていた。声をかけてディルの邪魔をしたらむしろアルディスの苦しみを長引かせるだけかもしれない。それにディルをまず信じないと、と必死になってひたすら支えるようにアルディスを抱きしめながら、時折ディルの様子を窺っていた。
ふと、祈るかのように閉じていたディルの目が開かれた。と同時に魔法円に描かれているリフィルナには一切読めない文字がそこから浮き上がる。その文字たちはものすごい勢いで集まりながら、リフィルナの目の前でアルディスの体に吸い込まれていった。唖然とした気持ちでそれを見ていると、リフィルナの耳に微かだがアルディスの中から何かが割れたような音が聞こえてきた気がする。その後、足元に広がっていた魔法円はゆっくり光らなくなったかと思うと消えていった。
『終わったぞ』
いつの間にかディルはいつもの蛇の姿に戻っていた。改めてアルディスを見るが、まだ気絶したままだ。
「ディル、アルは大丈夫なの? 呪い、なくなった……? 無事なのかな……」
『落ち着け。私がかけた術なのだぞ。こやつは大丈夫だ。それに私が解けないわけないだろう。解呪が失敗するなどあり得ん。問題ない』
ディルが問題ない、と言い切った途端、今度はフォルスが崩れ落ちた。コルジアが慌ててその体を支える。
『フォルスよ、アルディスはもう呪いで苦しむことはない。また今後未来永劫キャベル王に呪いが現れることはない。だが忘れるでないぞ、二度はない』
「……はい。何があっても……。ディル……本当に、……ありがと、う……」
あの強くてしっかりとしたフォルスが泣いていた。リフィルナはそっと目を逸らしながらももらい泣きしてしまった。もちろんアルディスの呪いがなくなったのはリフィルナも心底嬉しい。だがフォルスの喜びには比べものにもならないだろう。
「ど、どうなったのだ。成功したということか? アルディスは無事なのか……」
フォルスたちの父親である、リフィルナからしたら威厳の塊のような現キャベル王が狼狽している。フォルスは慌てて涙を拭い、支えていたコルジアに小さく礼を言うと王のそばまで歩いていく。
「伝えるのが遅くなり申し訳ありません。はい、父上。アルディスが呪いに苦しむことはもう二度とないでしょう」
「お、おお……」
王はさすがに皆の前で泣きはしなかったが、蛇の姿であるディルに頭を下げて礼を告げた声は少し震えていた。
アルディスはそのまま自室へ運ばれていった。また貴賓室で待たされていたリフィルナとコルドの元へ少しするとフォルスがやって来た。
「俺もまだまだだな。見苦しいところを見せてしまって……」
フォルスが少し気まずそうにそんなことを言ってくるが、見苦しいはずなんてない。むしろ当然だとリフィルナは思った。だが上手い言葉が浮かばない。
「いえ。息子や弟を思う親と兄の姿に感銘して俺ももらい泣きをしました」
だからコルドの言葉に、リフィルナは首がもげるくらい頷いた。フォルスはそんなリフィルナを見て笑みを浮かべると「ありがとう」と呟く。そして用意された茶に口をつけた後にアルディスの状態を教えてくれた。
「まだ眠ったままなんだ。だがディルはあと数時間もすれば何事もなかったかのように目が覚めると言っていたし、このまま自室で寝かせたいと思っている」
意識を失ったままなのは大きな呪いを解いた反動だろうとディルは説明していた。長年蝕んできた呪いは思いのほか強く、どのような形の呪いであれ、受けた本人に影響するようになっていたのだろう、と。
「リフィに後でお茶でもと誘っていたようだが、ごめん、リフィ。今日はこのまま寝かせていていいかな」
「もちろんです……! ゆっくり寝かせてあげてください」
「何ならブルーを連れてくるけど」
「……、……いえ。ブルーはまた改めてアルに会わせてもらいます」
せっかくだしと思い、リフィルナが言えばフォルスは頷いてきた。
「あ! で、でも私が会わせてもらうとか、おこがましいかな……」
「はは。まだそんなこと言ってるのか。リフィ。いいか? 君は俺ともアルディスとも親しい友人なんだ。これからも当たり前のように好きな時に遊びにおいで。こちらから君のいるところへ出向くのは中々難しいかもしれないけど、君は顔パスだよ。むしろおこがましいかもなんて思って遠慮したら承知しない」
「しょ、承知しないとどうなるんですか」
ドキドキしてリフィルナが聞けば「どうしようかな。コルドにリフィがやらかした楽しい失敗などを一つ一つ話していこうか」などと言われた。
「それはむしろ俺が歓迎だな」
「ぜ、絶対伺います!」
失敗など、心当たりしかなさ過ぎて、しかもそれをフォルスの口から語られるなどと、とリフィルナは慌てて立ち上がっていた。
アルディスは額にひどい汗を浮かべている。一瞬失っていた気はかろうじて戻ったようだ。アルディスはリフィルナに支えられながら小さな呻き声をあげつつ何とか立ち上がろうとした。しかしまた急に苦しみだし、結局足元から崩れるように倒れてしまった。
ただでさえ呪いにずっと苦しめられてきたのに、この期に及んでなお苦しい思いをしなければならないなんてとリフィルナはぎゅっとアルディスを抱きしめた。というかただ抱きしめるしかできない。せめてディルに「アルディスの様子があまりに苦しそうだけど大丈夫なのか」と聞きたいが、何とか思い留まっていた。声をかけてディルの邪魔をしたらむしろアルディスの苦しみを長引かせるだけかもしれない。それにディルをまず信じないと、と必死になってひたすら支えるようにアルディスを抱きしめながら、時折ディルの様子を窺っていた。
ふと、祈るかのように閉じていたディルの目が開かれた。と同時に魔法円に描かれているリフィルナには一切読めない文字がそこから浮き上がる。その文字たちはものすごい勢いで集まりながら、リフィルナの目の前でアルディスの体に吸い込まれていった。唖然とした気持ちでそれを見ていると、リフィルナの耳に微かだがアルディスの中から何かが割れたような音が聞こえてきた気がする。その後、足元に広がっていた魔法円はゆっくり光らなくなったかと思うと消えていった。
『終わったぞ』
いつの間にかディルはいつもの蛇の姿に戻っていた。改めてアルディスを見るが、まだ気絶したままだ。
「ディル、アルは大丈夫なの? 呪い、なくなった……? 無事なのかな……」
『落ち着け。私がかけた術なのだぞ。こやつは大丈夫だ。それに私が解けないわけないだろう。解呪が失敗するなどあり得ん。問題ない』
ディルが問題ない、と言い切った途端、今度はフォルスが崩れ落ちた。コルジアが慌ててその体を支える。
『フォルスよ、アルディスはもう呪いで苦しむことはない。また今後未来永劫キャベル王に呪いが現れることはない。だが忘れるでないぞ、二度はない』
「……はい。何があっても……。ディル……本当に、……ありがと、う……」
あの強くてしっかりとしたフォルスが泣いていた。リフィルナはそっと目を逸らしながらももらい泣きしてしまった。もちろんアルディスの呪いがなくなったのはリフィルナも心底嬉しい。だがフォルスの喜びには比べものにもならないだろう。
「ど、どうなったのだ。成功したということか? アルディスは無事なのか……」
フォルスたちの父親である、リフィルナからしたら威厳の塊のような現キャベル王が狼狽している。フォルスは慌てて涙を拭い、支えていたコルジアに小さく礼を言うと王のそばまで歩いていく。
「伝えるのが遅くなり申し訳ありません。はい、父上。アルディスが呪いに苦しむことはもう二度とないでしょう」
「お、おお……」
王はさすがに皆の前で泣きはしなかったが、蛇の姿であるディルに頭を下げて礼を告げた声は少し震えていた。
アルディスはそのまま自室へ運ばれていった。また貴賓室で待たされていたリフィルナとコルドの元へ少しするとフォルスがやって来た。
「俺もまだまだだな。見苦しいところを見せてしまって……」
フォルスが少し気まずそうにそんなことを言ってくるが、見苦しいはずなんてない。むしろ当然だとリフィルナは思った。だが上手い言葉が浮かばない。
「いえ。息子や弟を思う親と兄の姿に感銘して俺ももらい泣きをしました」
だからコルドの言葉に、リフィルナは首がもげるくらい頷いた。フォルスはそんなリフィルナを見て笑みを浮かべると「ありがとう」と呟く。そして用意された茶に口をつけた後にアルディスの状態を教えてくれた。
「まだ眠ったままなんだ。だがディルはあと数時間もすれば何事もなかったかのように目が覚めると言っていたし、このまま自室で寝かせたいと思っている」
意識を失ったままなのは大きな呪いを解いた反動だろうとディルは説明していた。長年蝕んできた呪いは思いのほか強く、どのような形の呪いであれ、受けた本人に影響するようになっていたのだろう、と。
「リフィに後でお茶でもと誘っていたようだが、ごめん、リフィ。今日はこのまま寝かせていていいかな」
「もちろんです……! ゆっくり寝かせてあげてください」
「何ならブルーを連れてくるけど」
「……、……いえ。ブルーはまた改めてアルに会わせてもらいます」
せっかくだしと思い、リフィルナが言えばフォルスは頷いてきた。
「あ! で、でも私が会わせてもらうとか、おこがましいかな……」
「はは。まだそんなこと言ってるのか。リフィ。いいか? 君は俺ともアルディスとも親しい友人なんだ。これからも当たり前のように好きな時に遊びにおいで。こちらから君のいるところへ出向くのは中々難しいかもしれないけど、君は顔パスだよ。むしろおこがましいかもなんて思って遠慮したら承知しない」
「しょ、承知しないとどうなるんですか」
ドキドキしてリフィルナが聞けば「どうしようかな。コルドにリフィがやらかした楽しい失敗などを一つ一つ話していこうか」などと言われた。
「それはむしろ俺が歓迎だな」
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