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第五章 帰還

122話

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 到着したリフィルナたちは貴賓室へ案内させていた。一緒に向かおうとアルディスを誘うと「とても行きたいのは山々だけど、最後の調整を取りたいから」と残念そうに首を振ってきた。

「問題ないんじゃないのか」
「真面目な兄さんの口から出たとは思えないな。今だけは僕のほうが真面目に見えそうだね。まあ、僕がね、万全にしておきたいんだ」
「そうか。わかった。じゃあちょっと行ってくるよ」
「うん。僕はこの後兵舎へ向かうよ。リフィルナとコルドによろしく」
「ああ」

 貴賓室へ向かいながら「コルド、か」とフォルスは呟いた。昨日はあまりちゃんと話す時間もなかったが、確かリフィルナのすぐ上の兄だったなと以前自分の婚約発表のパーティーでのことを思い浮かべようとした。だがリフィルナのことすら当時見た覚えがないのだ。当然覚えていない。
 改めてあの頃の自分は堅苦しいだけの型通りなつまらない人間だったのだろうなとフォスルは思った。婚約を向こうに取り消してもらってよかった。そうでないと婚約相手だったイルナにも申し訳なさ過ぎる。もちろん礼儀正しく接してはいたが、イルナがどんな女性なのかはっきり言って今でもわかっていない。ただ父の勧めだったから、次期王として結婚するものだからといった理由しか持ち合わせていなかった。
 そのイルナも最近誰かと婚約したらしいと昨日アルディスが話してくれた。どうやらお互い好き合っての婚約らしい。それを聞いてフォルスは心からよかったと思えたし、イルナが結婚する時には気持ちを込めた祝いの品を贈りたいと思った。
 そういえば船室のドアが開いていて、コルドと通信機で話しているリフィルナを見かけたことがあったっけとさらに思い出す。あの時はてっきりリフィルナに好きな男性でもいるのかと勘違いしてしまった。よくよく考えれば少年の姿をしているというのに、つい漏れ聞こえてきた会話からそう思ってしまっていた。兄だとわかって何故か妙に気持ちが向上したのを覚えている。

「本当に妙だな」

 苦笑しながら、フォルスは到着した貴賓室へ入った。中にいたリフィルナとコルド、そしてコルジアがすぐさま立ち上がる。コルジアは後ろに退いたが二人はかしこまった挨拶をしてきた。

「王宮とはいえかしこまらなくていい」
「ありがとうございます」
「リフィルナ嬢とディルを送ってくれてありがとう、フィールズ子爵、いや、コルド」
「はい。改めてこの場でお目にかかれて光栄です、第一王子殿下」
「俺のほうこそ、リフィの兄君に改めて会えて嬉しいよ。昨日も言ったが君も公の場以外は俺のことは名前で呼んでくれ」
「もちろんです、フォルス王子」
「うん。そして……君の令嬢としての姿を見るのは初めてだな。……いや、以前パーティーで多分会っているんだろうけれども、その……」

 相変わらず触れてみたくなるような銀糸の髪がアメジスト色をしたドレスに映えている。とてもリフィルナらしい控えめながらに可愛らしいドレス姿に、つい「初めてだな」と口にしてしまった後に思い出して慌てて付け足していると「多分そのパーティーでは、私、ずっと隅の方にいたと思いますし、途中は抜けていたので……ちゃんとお会いしてなかったです」とニッコリ言われた。

「そ、うか」

 背後でコルジアの小さなため息が聞こえてきた。思わず微妙な顔になるがすぐに笑顔に戻す。

「とにかく、とても綺麗だよ」
「あ、ありがとうございます」
「私もリフィくん、じゃなくてリフィルナ嬢のあまりにお綺麗な姿に感嘆の声が漏れてしまいましたからね、フォルス様がまともな挨拶もできず微妙な反応になってしまうのは致し方ありません」
「……コルジア……。とにかく、改めてお会いできて光栄だ、レディ・フィールズ。公の場ではリフィルナ嬢とお呼びするだろうが、こういった場ではやはりリフィと呼んで構わないだろうか」
「はい、喜んで」
「ありがとう。俺のこともやはりフォル、と」
「はい。光栄です、フォル」

 一旦座り、今日のことを説明しながらフォルスはリフィルナを改めて観察した。少年の姿であったリフィルナも男の姿のわりに華奢だと思っていたし、服装は少年のままであっても本来の姿に戻っていたリフィルナも実際華奢であったが、ドレス姿を目の当たりにしてしみじみ思う。本当に小柄で華奢な人なのだと。こんな人が、旅に出ていただけでなく、魔物と戦ったり最終的に死にかける羽目になっていたのだと思うと胸が痛い。そばにいた自分はいったい何をやっていたんだと悔やまれる。精霊のおかげで怪我は跡形もなく消えたが、この美しい肌にほんの少しでも傷が残っていたらと思うと申し訳なさにぞっとする。

「フォルス王子?」
「ああ、すまない。とにかく、そういう流れになる。多分そろそろ準備も終わっているだろうし今から兵舎へ案内しよう」

 皆で兵舎へ向かいながら、フォルスはリフィルナに話しかけた。

「アルディスが君に会えるのをとても楽しみにしていたよ」
「本当ですか! 私も楽しみだし嬉しいです」

 実際にリフィルナは嬉しそうに満面の笑みでフォルスを見上げてきた。アルディスもこんな風だったなとフォルスは微笑ましいほんわかとした気持ちになる反面、ほんのりもぞもぞとするようなよくわからない違和感を少しだけ胸の片隅に感じていた。
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