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第五章 帰還
120話
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久しぶりの、柔らかく暖かい包み込まれるようなベッドがあまりにも気持ち良かったようだ。翌日、リフィルナは起きようと思っていた時間を大幅に過ぎて目を覚ました。寝坊とは言っても王宮からの迎えが来る時間までは全然余裕はある。だがゆっくりとコルドの屋敷を見て回りたかったし、使用人としてここで働いてくれている懐かしい皆とも話をしたかった。
令嬢だった頃は目を覚ますと、呼び鈴で来てくれたマリーや他のメイドたちに朝の身支度をしてもらっていたが、今では身支度くらい慣れたものだ。勝手に起きて顔などを洗い、簡単で身動きの取りやすそうなドレスをクローゼットの中から見つけると、さっさとそれを着てリフィルナは部屋から出ようとした。
「リフィルナ様?」
それを見つけたマリーが慌てたように駆けつけてくる。
「起きたのでしたら呼んでくださればよかったのに」
「うん、でも私、一人で用意できるし」
「ですがお手伝いするのが我々の仕事ですよ。その仕事を取っちゃうおつもりですか」
「そ、そう言われるとごめんなさいってなるけど……私に使う時間で他のお仕事をしてくれればいいよ」
「まあ。どこへもお出かけにならない場合でしたらそういう日も結構ですが……さすがに今日は駄目ですよ。王宮へ向かうんですよ?」
マリーの言葉にリフィルナは「だから?」と怪訝な顔で首を傾げた。
「朝から入念な準備をさせていただくに決まっているじゃないですか」
「い、いらない……」
「駄目ですよ。私はリフィルナ様が大好きですし、何でもおっしゃられることを聞いて差し上げたいと思ってますが、こればかりは駄目です」
「そんなぁ」
少年だった頃が懐かしい。思わずそんな風に思ってしまった。綺麗な恰好もいい匂いのするハンカチや小物なども嫌いではないが、着飾ることにそれほど楽しみを見出せないリフィルナとしては仕上がるまでの時間や手間をさほど歓迎できない。とはいえ逃げられはしなかった。色々と手入れやら何やらとされ、気づけば迎えが来る時間まで余裕があるとは言えない時間になっていた。
「やはり本当にお綺麗ですね」
「……お腹空いたよ」
「コルド様が既に準備できていて、応接間のソファーで待っておられます。そこにお茶とお菓子がございますよ」
「ほんと?」
泣き言を口にするかのような口調から一気にテンションの上がったリフィルナに対し、マリーが苦笑しながら頷いてきた。
「ええ。にしてもリフィルナ様、お変わりありませんね。いえ、以前よりもっと明るくなられたようで何よりでしょうか。でも淑女とは言い難いですね。お綺麗になられたのに」
「淑女……王宮へ行ったら失礼なこと、しちゃうかな……」
「どうでしょうね」
「マリー……」
「ふふ、大丈夫ですよ。その外見で一見お淑やかに見えますし、」
「一見?」
「未だに少し人見知りされるようなので、やはり一見お淑やかに見えるかと思われます」
「やっぱり一見なの?」
準備が整ってようやく応接間にいるコルドのところまで向かえば「リィー、昨日よりもさらに綺麗だ」と嬉しそうに立ち上がり、頬にキスをしてくれた。
「マリーたちが綺麗に整えてくれたの。だから私が綺麗に見えるならマリーたちの手柄だよ。あとね、私はちょっと疲れたかも」
「まあ、ずっと少年として生活してたもんな……俺としてはそうやって綺麗でそして可愛い可愛い妹がまた見られて正直嬉しいけどね」
まだあと少し時間はありそうなのでリフィルナはテーブルに置いてある菓子と、シアンが新たに淹れてくれた茶を堪能する。
「これ、美味しい……」
「それもパッツが作ってくれた菓子だと思うよ」
「さすが! そうだ、私ね、お洒落してくれたのはありがたいけど、本当はコルド兄さまのお屋敷を色々見て回ったり、懐かしい皆とお話したりしたかったんだ」
「明日以降にすればいい」
「今日、またここへ戻って来てもいいの?」
「むしろここは俺だけじゃなくお前の家のつもりだったよ。用意していた部屋、気に入らなかったか?」
「まさか! 凄くシンプルなのにお洒落で素敵だった。あれ、もしかして私の部屋なの?」
ポカンとしてコルドを見れば「当たり前だろう」と逆にポカンとされた。
「まさか第二王子の呪いを解いたらまたすぐ少年になってどこかへ行ってしまうつもりだったのか?」
「そ、そういうつもりじゃなかった、というか特に考えてなかった、けど……」
「じゃあ決まりだ。だろ? リィーの家はここだ。もしまたどこかへ旅に出たくなったり冒険したくなったとしても、というかそれを俺が賛成するかどうかはさておきだけどな、とにかくそうなっても帰ってくる家はここ。わかった?」
「コルド兄さま!」
ソファーから立ち上がるとリフィルナは向かいのソファーに座っているコルドを抱きしめに行った。そこまで大切に思ってくれている兄が嬉しくてならなかった。
「コルド様、迎えの馬車が到着したようです」
誰かからか連絡を受け、シアンがコルドに近づき知らせてきた。
「そうか」
「大好きな妹君をはべらせてる場合ではございませんよ」
「言い方……! 甘えてくれている可愛い可愛い妹を受け止めている、とそこは言って欲しいね」
「リフィルナお嬢様、馬車までよろしければ俺にご案内させてください」
「おい、無視か」
「ありがとう、シアン」
令嬢だった頃は目を覚ますと、呼び鈴で来てくれたマリーや他のメイドたちに朝の身支度をしてもらっていたが、今では身支度くらい慣れたものだ。勝手に起きて顔などを洗い、簡単で身動きの取りやすそうなドレスをクローゼットの中から見つけると、さっさとそれを着てリフィルナは部屋から出ようとした。
「リフィルナ様?」
それを見つけたマリーが慌てたように駆けつけてくる。
「起きたのでしたら呼んでくださればよかったのに」
「うん、でも私、一人で用意できるし」
「ですがお手伝いするのが我々の仕事ですよ。その仕事を取っちゃうおつもりですか」
「そ、そう言われるとごめんなさいってなるけど……私に使う時間で他のお仕事をしてくれればいいよ」
「まあ。どこへもお出かけにならない場合でしたらそういう日も結構ですが……さすがに今日は駄目ですよ。王宮へ向かうんですよ?」
マリーの言葉にリフィルナは「だから?」と怪訝な顔で首を傾げた。
「朝から入念な準備をさせていただくに決まっているじゃないですか」
「い、いらない……」
「駄目ですよ。私はリフィルナ様が大好きですし、何でもおっしゃられることを聞いて差し上げたいと思ってますが、こればかりは駄目です」
「そんなぁ」
少年だった頃が懐かしい。思わずそんな風に思ってしまった。綺麗な恰好もいい匂いのするハンカチや小物なども嫌いではないが、着飾ることにそれほど楽しみを見出せないリフィルナとしては仕上がるまでの時間や手間をさほど歓迎できない。とはいえ逃げられはしなかった。色々と手入れやら何やらとされ、気づけば迎えが来る時間まで余裕があるとは言えない時間になっていた。
「やはり本当にお綺麗ですね」
「……お腹空いたよ」
「コルド様が既に準備できていて、応接間のソファーで待っておられます。そこにお茶とお菓子がございますよ」
「ほんと?」
泣き言を口にするかのような口調から一気にテンションの上がったリフィルナに対し、マリーが苦笑しながら頷いてきた。
「ええ。にしてもリフィルナ様、お変わりありませんね。いえ、以前よりもっと明るくなられたようで何よりでしょうか。でも淑女とは言い難いですね。お綺麗になられたのに」
「淑女……王宮へ行ったら失礼なこと、しちゃうかな……」
「どうでしょうね」
「マリー……」
「ふふ、大丈夫ですよ。その外見で一見お淑やかに見えますし、」
「一見?」
「未だに少し人見知りされるようなので、やはり一見お淑やかに見えるかと思われます」
「やっぱり一見なの?」
準備が整ってようやく応接間にいるコルドのところまで向かえば「リィー、昨日よりもさらに綺麗だ」と嬉しそうに立ち上がり、頬にキスをしてくれた。
「マリーたちが綺麗に整えてくれたの。だから私が綺麗に見えるならマリーたちの手柄だよ。あとね、私はちょっと疲れたかも」
「まあ、ずっと少年として生活してたもんな……俺としてはそうやって綺麗でそして可愛い可愛い妹がまた見られて正直嬉しいけどね」
まだあと少し時間はありそうなのでリフィルナはテーブルに置いてある菓子と、シアンが新たに淹れてくれた茶を堪能する。
「これ、美味しい……」
「それもパッツが作ってくれた菓子だと思うよ」
「さすが! そうだ、私ね、お洒落してくれたのはありがたいけど、本当はコルド兄さまのお屋敷を色々見て回ったり、懐かしい皆とお話したりしたかったんだ」
「明日以降にすればいい」
「今日、またここへ戻って来てもいいの?」
「むしろここは俺だけじゃなくお前の家のつもりだったよ。用意していた部屋、気に入らなかったか?」
「まさか! 凄くシンプルなのにお洒落で素敵だった。あれ、もしかして私の部屋なの?」
ポカンとしてコルドを見れば「当たり前だろう」と逆にポカンとされた。
「まさか第二王子の呪いを解いたらまたすぐ少年になってどこかへ行ってしまうつもりだったのか?」
「そ、そういうつもりじゃなかった、というか特に考えてなかった、けど……」
「じゃあ決まりだ。だろ? リィーの家はここだ。もしまたどこかへ旅に出たくなったり冒険したくなったとしても、というかそれを俺が賛成するかどうかはさておきだけどな、とにかくそうなっても帰ってくる家はここ。わかった?」
「コルド兄さま!」
ソファーから立ち上がるとリフィルナは向かいのソファーに座っているコルドを抱きしめに行った。そこまで大切に思ってくれている兄が嬉しくてならなかった。
「コルド様、迎えの馬車が到着したようです」
誰かからか連絡を受け、シアンがコルドに近づき知らせてきた。
「そうか」
「大好きな妹君をはべらせてる場合ではございませんよ」
「言い方……! 甘えてくれている可愛い可愛い妹を受け止めている、とそこは言って欲しいね」
「リフィルナお嬢様、馬車までよろしければ俺にご案内させてください」
「おい、無視か」
「ありがとう、シアン」
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