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第五章 帰還
116話
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光の柱は明るい日の光の元でもはっきりと見えていた。フォルスやコルジアもそれを唖然と見ているということは、やはり日常的なことではないのだなとリフィルナは実感する。
「私こういうの本で読んだ気がする」
『ああ、そうだろうとも。さて、では行こうか』
「ディル、今流したよね? というかどこへ行くの? まさかあの光の柱のところ?」
湖には今、精霊たちはいない。光の柱があるからもあるが、キラキラと光っていないのでそう思える。だから精霊の力を借りるというわけでもなさそうだ。
『そのまさかだ』
今はフォルスにも聞こえるように話しているらしく、フォルスはコルジアにディルの言葉を告げている。
「水の中に入ったら私、速攻で溺れて沈んじゃうよ? まさかそれが方法、とか?」
『そんなはずがないだろう……問題ない。あの柱が出ている今、そなたたちは沈まない。まずはそなたから行ってくれ』
「せ、せめて念のため、ディルはフォルの肩に──」
『私を乗せたまま安心して踏み出すといい、大丈夫だ』
大丈夫とディルが言うのなら、とリフィルナは恐る恐る湖の縁まで近づいた。後ろではフォルスたちが心配そうにリフィルナを見ているのがわかる。リフィルナもドキドキしながら、何とか水の上に足をそっと差し入れてみた。ディルが言うなら絶対大丈夫だ沈まないと、泳げない自分に言い聞かせる。
差し入れた足の感触に、リフィルナはもう片方も入れた。今度は迷いもなかった。
立てる。
水の上とは思えないほどしっかりと立てた。立って湖の表面を見てもやはり水の上にしか見えないというのに、リフィルナの足がついているところだけはしっかりと固い。まだ少しだけおっかなびっくりといった感じではあるものの、片足を一歩前へやった。すると新たに足がついたところもやはり固い。もう片方も同じように前へ、そしてまた最初の足を、という風に数歩歩いてみてから、リフィルナは口を少し綻ばせつつも大きく丸く開けたまま二人を振り返った。今は違う意味でドキドキしていた。
二人は信じられないといった様子でリフィルナを見ていたが、リフィルナの肩に乗っているディルに『リフィルナがいるのでお前たちも問題ない。ついてくるように』と促され、警戒はどうしても解けない様子ながらも同じように湖に入ってきた。どうやら二人の足元も揺らぎない様子だった。
さすがに走り回るなどといったことはしないとはいえ、リフィルナは普通に歩いていく。皆で光の柱の中の近くまで来ると、リフィルナは振り返って竜のすみか全体を見渡した。ふと、竜たちが集まっているのに気づく。その近くがきらきらと光っているので精霊たちもそこにいるようだ。竜たちはどこか寂しそうに見えた。お別れは一応昨日済ませている。だが思いがけない見送りにリフィルナは込み上げてくるものがあった。短い間だったし、その内の半分くらいは気を失っていた。全然ゆっくり過ごしてはいないというのにリフィルナも寂しく思う。
だって短かったけど私、すごく楽しかった。それにどこかとても懐かしかった。
まるでたくさんの時間をここで過ごしていたかのような錯覚さえ感じそうだった。
だが泣いても仕方がない。リフィルナは笑顔を作ると、竜や精霊たちに「また絶対に来るからね」と手を振った。ディルはそんなリフィルナを見て目を細め、少し複雑そうな顔をする。しかし気を取り直したかのように『では行こう』と促してきた。
光の柱に入ると、今度は急に足場の固さがなくなるどころか重力を感じなくなった。ゆっくりと湖の底へ沈んでいくのがわかる。だが体が浮いたままである柱の中に水はなく、よって濡れることも苦しくなることもなく、魔法円近くまで来ると今度は浮いたまま沈まなくなった。
「すごいね、ディル。すごいね。完全におとぎ話か冒険譚だよ、すごいね」
怖くはなかった。むしろテンションが上がって仕方がない。そんなリフィルナにディルは呆れたような顔を向けてきた。いつものディルだ。フォルスやコルジアは苦笑しつつも微笑ましそうに見ているのがわかる。
「……私、生温い視線を向けられて、る?」
「そんなことはないよ」
フォルスは否定してくれたが表情が物語っているような気がしてならない。
『まあそれはどうでもよい』
「よくはないかな……」
じわじわと恥ずかしくなってきたリフィルナが呟くもディルは構わず続けてきた。
『そなたが行きたい先を祈るがいい。それだけでこの円は稼働する』
「わ、わかった」
リフィルナは一旦深呼吸をすると、目を閉じて祈った。
コルドと過ごしたあの森の、そしてあの泉のそばへ──
気づけばリフィルナたちは少し仄暗い森の中に座り込んでいた。ほんのり足元を擽ってくる草の感覚に、リフィルナは辺りをゆっくり見渡した。
見覚えしか、ない。森などどれも同じに見えるかもしれないが、違う。ずっと大切な兄と一緒に過ごしていた森だ。そして目の前には懐かしい、リフィルナの命を救ってくれた泉。
「こ、こは……」
近くでフォルスとコルジアも少し戸惑っているようだ。魔法での瞬間移動というものがあるとはコルドに聞いたことがあるが、それは高等魔法でありながらも体に違和感を覚えるものらしい。だが湖の底にあった魔法円での移動は一瞬すぎて、しかも違和感もなにもなさ過ぎて、戸惑うのも仕方がないと思えた。
「あの……私が一時期、兄と暮らしていた森です。ちゃんとキャベル王国に帰ってきたみたいです」
笑みを浮かべて告げていると、泉に浮かんでいた光がふわふわとリフィルナの元へ集まってきた。
「私こういうの本で読んだ気がする」
『ああ、そうだろうとも。さて、では行こうか』
「ディル、今流したよね? というかどこへ行くの? まさかあの光の柱のところ?」
湖には今、精霊たちはいない。光の柱があるからもあるが、キラキラと光っていないのでそう思える。だから精霊の力を借りるというわけでもなさそうだ。
『そのまさかだ』
今はフォルスにも聞こえるように話しているらしく、フォルスはコルジアにディルの言葉を告げている。
「水の中に入ったら私、速攻で溺れて沈んじゃうよ? まさかそれが方法、とか?」
『そんなはずがないだろう……問題ない。あの柱が出ている今、そなたたちは沈まない。まずはそなたから行ってくれ』
「せ、せめて念のため、ディルはフォルの肩に──」
『私を乗せたまま安心して踏み出すといい、大丈夫だ』
大丈夫とディルが言うのなら、とリフィルナは恐る恐る湖の縁まで近づいた。後ろではフォルスたちが心配そうにリフィルナを見ているのがわかる。リフィルナもドキドキしながら、何とか水の上に足をそっと差し入れてみた。ディルが言うなら絶対大丈夫だ沈まないと、泳げない自分に言い聞かせる。
差し入れた足の感触に、リフィルナはもう片方も入れた。今度は迷いもなかった。
立てる。
水の上とは思えないほどしっかりと立てた。立って湖の表面を見てもやはり水の上にしか見えないというのに、リフィルナの足がついているところだけはしっかりと固い。まだ少しだけおっかなびっくりといった感じではあるものの、片足を一歩前へやった。すると新たに足がついたところもやはり固い。もう片方も同じように前へ、そしてまた最初の足を、という風に数歩歩いてみてから、リフィルナは口を少し綻ばせつつも大きく丸く開けたまま二人を振り返った。今は違う意味でドキドキしていた。
二人は信じられないといった様子でリフィルナを見ていたが、リフィルナの肩に乗っているディルに『リフィルナがいるのでお前たちも問題ない。ついてくるように』と促され、警戒はどうしても解けない様子ながらも同じように湖に入ってきた。どうやら二人の足元も揺らぎない様子だった。
さすがに走り回るなどといったことはしないとはいえ、リフィルナは普通に歩いていく。皆で光の柱の中の近くまで来ると、リフィルナは振り返って竜のすみか全体を見渡した。ふと、竜たちが集まっているのに気づく。その近くがきらきらと光っているので精霊たちもそこにいるようだ。竜たちはどこか寂しそうに見えた。お別れは一応昨日済ませている。だが思いがけない見送りにリフィルナは込み上げてくるものがあった。短い間だったし、その内の半分くらいは気を失っていた。全然ゆっくり過ごしてはいないというのにリフィルナも寂しく思う。
だって短かったけど私、すごく楽しかった。それにどこかとても懐かしかった。
まるでたくさんの時間をここで過ごしていたかのような錯覚さえ感じそうだった。
だが泣いても仕方がない。リフィルナは笑顔を作ると、竜や精霊たちに「また絶対に来るからね」と手を振った。ディルはそんなリフィルナを見て目を細め、少し複雑そうな顔をする。しかし気を取り直したかのように『では行こう』と促してきた。
光の柱に入ると、今度は急に足場の固さがなくなるどころか重力を感じなくなった。ゆっくりと湖の底へ沈んでいくのがわかる。だが体が浮いたままである柱の中に水はなく、よって濡れることも苦しくなることもなく、魔法円近くまで来ると今度は浮いたまま沈まなくなった。
「すごいね、ディル。すごいね。完全におとぎ話か冒険譚だよ、すごいね」
怖くはなかった。むしろテンションが上がって仕方がない。そんなリフィルナにディルは呆れたような顔を向けてきた。いつものディルだ。フォルスやコルジアは苦笑しつつも微笑ましそうに見ているのがわかる。
「……私、生温い視線を向けられて、る?」
「そんなことはないよ」
フォルスは否定してくれたが表情が物語っているような気がしてならない。
『まあそれはどうでもよい』
「よくはないかな……」
じわじわと恥ずかしくなってきたリフィルナが呟くもディルは構わず続けてきた。
『そなたが行きたい先を祈るがいい。それだけでこの円は稼働する』
「わ、わかった」
リフィルナは一旦深呼吸をすると、目を閉じて祈った。
コルドと過ごしたあの森の、そしてあの泉のそばへ──
気づけばリフィルナたちは少し仄暗い森の中に座り込んでいた。ほんのり足元を擽ってくる草の感覚に、リフィルナは辺りをゆっくり見渡した。
見覚えしか、ない。森などどれも同じに見えるかもしれないが、違う。ずっと大切な兄と一緒に過ごしていた森だ。そして目の前には懐かしい、リフィルナの命を救ってくれた泉。
「こ、こは……」
近くでフォルスとコルジアも少し戸惑っているようだ。魔法での瞬間移動というものがあるとはコルドに聞いたことがあるが、それは高等魔法でありながらも体に違和感を覚えるものらしい。だが湖の底にあった魔法円での移動は一瞬すぎて、しかも違和感もなにもなさ過ぎて、戸惑うのも仕方がないと思えた。
「あの……私が一時期、兄と暮らしていた森です。ちゃんとキャベル王国に帰ってきたみたいです」
笑みを浮かべて告げていると、泉に浮かんでいた光がふわふわとリフィルナの元へ集まってきた。
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