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第四章 白き竜
114話
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王宮内の私室にて、アルディスは通信機を切った後しばらくそのまま座っていた。一気にたくさんのことが起こり過ぎて自分の中で気持ちの収拾がついていない。もぞもぞ、そわそわとして、どこかむずがゆさにも似ているような、いや、心許無いような、そんな様々な感情が入り乱れている。まるで自分の心臓が体から独立して存在しているような不思議な感覚だった。
「アルディス様」
だが静かな落ち着いた声で名前を呼ばれ、アルディスはようやく心臓があるべきところへ戻ったかのような、呼吸することを思い出したかのような気持ちになり、ハッとしながら振り向いた。そこにはいつものように側近のウェイドが静かに立っている。
だがいつものような落ち着いた表情でありながらもウェイドの眉はわずかほんの少しだけ歪んでいて、口元は固く引き締められていた。それでむしろウェイドも通信機での会話が聞こえていたのだろうなとアルディスはわかった。胸が熱くなる。アルディスの境遇を悲しみながらいつだって心から仕えてくれていた、優しくて落ち着いていて、だが基本感情を表に出さないウェイドの気持ちが伝わってきて、アルディスこそ泣きそうになった。
「……、ウェイド」
声を出そうとして上手く出ずに一旦咳払いすると、アルディスは呼びかけた。
「はい」
「お前も聞いていたと思う。僕の父に今すぐ大事な話があると取り次いでもらえないか。時間を頂けるようならすぐに向かいますと」
「御意」
短い返事だけすると、ウェイドはすぐに部屋を出て行った。改めてウェイドが側近でいてくれてよかったと思いながらアルディスはすぅっと息を吸い込んだ。ウェイドほどアルディスを思ってくれる側近などいないだろう。吸い込んだ息を静かに吐くと、アルディスは気持ちを切り替えるように立ち上がった。そこへ止まり木にいたブルーが飛んできた。
「ブルー……聞いてくれるかい? 明日、ようやく兄さんが帰ってきてくれるんだ。それもね、僕の呪いを解く方法を手に。すごくないか?」
ブルーはアルディスの腕に止まり綺麗な声で鳴いた。
「呪いがなくなるなんて想像もできないよ。なくなるんだよ? ああ、まだ実感がないかもしれない……。その上にね、ブルー。お前も大好きだったリフィルナとようやくね、話せたんだよ」
ブルーはまるで会話をしているかのようにまた綺麗な声を漏らす。
「ね、すごいだろう。それもね、もしかしたら明日、リフィルナにも会えるかもしれない。ブルー、お前も会いたいだろう。楽しみだね」
鳥相手に話していると通信機が反応した。何か補足でもあったのだろうかと思ったが、相手が違った。
「コルドじゃないか」
『大変失礼いたします。アルディス様、今よろしいでしょうか』
「いいよ」
何かあったのかと思っていると、コルドは妹であるリフィルナから呪いの話を聞いたのだという。一瞬、どこまで知っているのだろうと驚いたが、どうやら王家の機密事項までは知らないようだ。フォルスからリフィルナは聞いたらしいし、上手く説明してくれたのだろうとアルディスはここにいないフォルスに感謝する。
その後、コルドは明日の話をしてきた。
『ですので私がお連れさせていただきます』
「うん、わかった。じゃあまたこのように連絡をもらえるかな」
『はい』
「……コルドも本当にありがとう。色々と助かった」
『勿体ないお言葉です』
「それにね、別の話になるけど君が調べてくれたお店はとても嬉しかったよ。僕は世間話的な感じで話しただけだったのにまさか調べてくれてたなんて。まさにあのパンの味だった。懐かしさに顔が綻んだなぁ」
『とんでもないです。お伝えできてよかった』
「僕は君という人と知り合えてよかった。これからもよろしく」
『それは私こそ。本当に勿体ないお言葉です、ありがとうございます』
通信を切るとブルーを止まり木に戻して餌を与え、アルディスは明日の準備について考えていた。しばらくしてノック音が聞こえてくる。
「お入り!」
「失礼致します」
以前ウェイドには「お前ならいちいち許可なんて取らずに入ってきていいんだけど」と言ったことがある。しかし「とんでもない」と絶対に首を縦に振らなかった。ウェイドらしいと言えばらしい。今でも他の者に対してと同じようにアルディスが許可を与えてから入室してくるし、退室するのでさえ、自らは決して行わない。それをフォルスに言えば「やっぱり羨ましい、せめてちょっと側近を交換してみないか」などと返ってきたりした。
「王がお会いになると」
「ありがとう。では今すぐ向かう」
「は」
親子であってもこういった堅苦しいやり取りにはなってしまう。まだ小さな子どもだった頃は元々アルディスが柔軟な性格であったのもあり、気軽に父親に会いに行っていたが今ではこうしたやり取りも慣れたものだ。真面目で堅いフォルスのほうがこういった形式的なやり方は向いてそうだろうなと前は思っていた。だが父親曰く「お前の兄さんは真面目な分、逆にどこか型破りなところがある」らしい。だからこそ、第一王子という身分でありながら竜の涙を探すために旅にだって出られるのだろうなと父親は笑っていた。
フォルスの帰還、解呪、そしてそれを行うための場所。それも明日までにだ。実際に実行するのは明日ではないかもしれないが、早めに準備しておくに越したことはない。
忙しくなるというのに、王の元へ向かう足取りは軽い。嬉しくて堪らないからだ。おまけにリフィルナに会えるかもしれないと思うとなおさらだった。これほど明日が待ち遠しいと思える日が来るなど、いつぶりだろうか。多分、リフィルナと出会って城を抜け出していた頃以来ではないだろうか。アルディスの口元はどうしたって自然と綻んでいた。
「アルディス様」
だが静かな落ち着いた声で名前を呼ばれ、アルディスはようやく心臓があるべきところへ戻ったかのような、呼吸することを思い出したかのような気持ちになり、ハッとしながら振り向いた。そこにはいつものように側近のウェイドが静かに立っている。
だがいつものような落ち着いた表情でありながらもウェイドの眉はわずかほんの少しだけ歪んでいて、口元は固く引き締められていた。それでむしろウェイドも通信機での会話が聞こえていたのだろうなとアルディスはわかった。胸が熱くなる。アルディスの境遇を悲しみながらいつだって心から仕えてくれていた、優しくて落ち着いていて、だが基本感情を表に出さないウェイドの気持ちが伝わってきて、アルディスこそ泣きそうになった。
「……、ウェイド」
声を出そうとして上手く出ずに一旦咳払いすると、アルディスは呼びかけた。
「はい」
「お前も聞いていたと思う。僕の父に今すぐ大事な話があると取り次いでもらえないか。時間を頂けるようならすぐに向かいますと」
「御意」
短い返事だけすると、ウェイドはすぐに部屋を出て行った。改めてウェイドが側近でいてくれてよかったと思いながらアルディスはすぅっと息を吸い込んだ。ウェイドほどアルディスを思ってくれる側近などいないだろう。吸い込んだ息を静かに吐くと、アルディスは気持ちを切り替えるように立ち上がった。そこへ止まり木にいたブルーが飛んできた。
「ブルー……聞いてくれるかい? 明日、ようやく兄さんが帰ってきてくれるんだ。それもね、僕の呪いを解く方法を手に。すごくないか?」
ブルーはアルディスの腕に止まり綺麗な声で鳴いた。
「呪いがなくなるなんて想像もできないよ。なくなるんだよ? ああ、まだ実感がないかもしれない……。その上にね、ブルー。お前も大好きだったリフィルナとようやくね、話せたんだよ」
ブルーはまるで会話をしているかのようにまた綺麗な声を漏らす。
「ね、すごいだろう。それもね、もしかしたら明日、リフィルナにも会えるかもしれない。ブルー、お前も会いたいだろう。楽しみだね」
鳥相手に話していると通信機が反応した。何か補足でもあったのだろうかと思ったが、相手が違った。
「コルドじゃないか」
『大変失礼いたします。アルディス様、今よろしいでしょうか』
「いいよ」
何かあったのかと思っていると、コルドは妹であるリフィルナから呪いの話を聞いたのだという。一瞬、どこまで知っているのだろうと驚いたが、どうやら王家の機密事項までは知らないようだ。フォルスからリフィルナは聞いたらしいし、上手く説明してくれたのだろうとアルディスはここにいないフォルスに感謝する。
その後、コルドは明日の話をしてきた。
『ですので私がお連れさせていただきます』
「うん、わかった。じゃあまたこのように連絡をもらえるかな」
『はい』
「……コルドも本当にありがとう。色々と助かった」
『勿体ないお言葉です』
「それにね、別の話になるけど君が調べてくれたお店はとても嬉しかったよ。僕は世間話的な感じで話しただけだったのにまさか調べてくれてたなんて。まさにあのパンの味だった。懐かしさに顔が綻んだなぁ」
『とんでもないです。お伝えできてよかった』
「僕は君という人と知り合えてよかった。これからもよろしく」
『それは私こそ。本当に勿体ないお言葉です、ありがとうございます』
通信を切るとブルーを止まり木に戻して餌を与え、アルディスは明日の準備について考えていた。しばらくしてノック音が聞こえてくる。
「お入り!」
「失礼致します」
以前ウェイドには「お前ならいちいち許可なんて取らずに入ってきていいんだけど」と言ったことがある。しかし「とんでもない」と絶対に首を縦に振らなかった。ウェイドらしいと言えばらしい。今でも他の者に対してと同じようにアルディスが許可を与えてから入室してくるし、退室するのでさえ、自らは決して行わない。それをフォルスに言えば「やっぱり羨ましい、せめてちょっと側近を交換してみないか」などと返ってきたりした。
「王がお会いになると」
「ありがとう。では今すぐ向かう」
「は」
親子であってもこういった堅苦しいやり取りにはなってしまう。まだ小さな子どもだった頃は元々アルディスが柔軟な性格であったのもあり、気軽に父親に会いに行っていたが今ではこうしたやり取りも慣れたものだ。真面目で堅いフォルスのほうがこういった形式的なやり方は向いてそうだろうなと前は思っていた。だが父親曰く「お前の兄さんは真面目な分、逆にどこか型破りなところがある」らしい。だからこそ、第一王子という身分でありながら竜の涙を探すために旅にだって出られるのだろうなと父親は笑っていた。
フォルスの帰還、解呪、そしてそれを行うための場所。それも明日までにだ。実際に実行するのは明日ではないかもしれないが、早めに準備しておくに越したことはない。
忙しくなるというのに、王の元へ向かう足取りは軽い。嬉しくて堪らないからだ。おまけにリフィルナに会えるかもしれないと思うとなおさらだった。これほど明日が待ち遠しいと思える日が来るなど、いつぶりだろうか。多分、リフィルナと出会って城を抜け出していた頃以来ではないだろうか。アルディスの口元はどうしたって自然と綻んでいた。
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