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第四章 白き竜

110話

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 この旅は決して無駄ではなかった、もう大丈夫だ、すべて上手くいく、もうお前の苦難は終わるんだ、とフォルスは通信機の向こうで泣き笑いの顔をしながら言ってきてくれた。
 アルディスはその言葉を聞いても意味を理解するのに少しかかった。

 無駄ではなかった。
 無駄ではなかった。
 苦難は終わる──

 今もまだ少し苦しげなフォルスがそんな目に遭ってでも旅を続けていたそもそもの目的は、アルディスのために呪いを解く竜の涙を手に入れることだった。ということは竜の涙を手に入れたのだろうか。もしくはその手掛かりを手にしたのだろうか。
 フォルスのことを心配しながらも、やはりアルディスの鼓動は早くなった。ひどい弟だと自分でも思う。兄を危険な目に遭わせて自分は呪いがあるとはいえ、のうのうと引きこもっている。しかも竜の涙についてフォルスが調べた以上の手掛かりをどうにか調べるどころか、自分が傷つけた少女に何とか贖えたらとそちらの手掛かりを調べたりしていた。挙句、辛そうなフォルスを目の前にしてもこうして気持ちを高ぶらせている。

「僕は……ひどい弟だ」
『何を言っているんだ?』
「……ううん。ごめん、そしてありがとう」
『アルディス。礼なんか必要ない。俺がしたくてしていることだ。お前が一人、呪いで苦しんでいるというのに俺はそれに対して何もできないのが辛いだけだ。自分のためでもある』
「兄さん……ありがとう。言わせて。ありがとうくらい」
『……ああ』
「無駄ではなかったというのは……竜の涙のこと?」
『そう、とも言えるのかもだが違う。そんな手探りの段階じゃない。お前の呪いが完全に解けるんだ。だからもう、苦しまなくていいんだ』

 先ほど泣き笑いだった表情をさらに歪ませ、フォルスは涙ぐんでいる。

 この呪いが完全に解ける?

 アルディスは喉が塞がったような感じを覚えた。代々ずっと受け継いできたキャベル王国の王家の消えることのない呪いが、解ける。そんなことなど現実に起こり得るのか。

 呪いが?
 本当に?
 僕はもう、誰も傷つけなくていいのか?
 夜になると襲ってくる、あの恐ろしい衝動がなくなる?
 誰でも傷つけいっそ殺してしまいたい欲望にひたすら苛まれ、もがき苦しまなくなる?
 そして夜が明けてもその何もかもを覚えていて死にたくなるようなあの苦しみがなくなる?
 夜はもう、あの寂しく冷たい牢にこもらなくても大丈夫になるの?

 喉が塞がる。言葉が出ない。身を強張らせる。震えを止め、アルディスはなんとか息を吸い込んだ。そして思い切り吐く。

 もう、もう……僕は──

 ふと体の力が抜けた。その場に崩れ落ちそうになるのを今度はなんとか堪える。そしてギュッと握りこんでいた震える手を開いて手のひらを見つめ、そしてその手で顔を覆った。

「……ありが、とう……」

 声も震えた。だがそう告げることが精いっぱいだった。
 その後、何とか気持ちを落ち着かせてからアルディスはフォルス、コルジアとさらに話し合った。フォルスが言うにはアルディスの呪いを解くにはキャベル王国に帰らなくてはならないらしい。それに関してはむしろ大歓迎だとアルディスは思うし言葉にもした。

『ただそうなると──』

 フォルスが話そうとしてふと後ろを振り向いた。通信機の向こうのことなのではっきりとは見えないが、どうやら先ほどの白蛇がまた入ってきたようだ。フォルスが「どうかしたのか」「そうか、リフィは他の竜と遊んでいるんだ」「いや、ディルにも関わる話だからいてもらったほうがいい」などと一人で話しているのが窺える。それを不思議な気持ちで見ているとフォルスが『ああ、すまない』とまたアルディスのほうを向いてきた。

「一人で話して、た?」
『いや、ディル──リフィの眷属である白蛇と会話していた。ディルは俺の何て言うか、頭の中? に話しかけてくる感じなんだ』
「ああ、なるほど」
『リフィは他の竜と遊んでいるらしいから俺たちの話を聞きにきたそうだ。ディルにも関わる話だからな、俺もディルにはいてもらったほうがいいと答えていた』
「でもいくら人でないにしても王家の機密事項に関わる話を?」

 リフィルナの眷属とはいえ蛇に、いや、蛇なら別に問題はないのだろうかとアルディスが少々困惑しているとフォルスがそっと首を振ってきた。

『ディルが呪いを解いてくれる。呪いをかけたのはディルなんだ』
「っえ?」

 困惑がますます広がった。だが「詳しくは改めてまた話す」と言いながらざっとフォルスが説明してきたことでアルディスもようやく把握した。それにしても蛇が本当は竜だったとはと心底驚く。

『だからディルにもいてもらったほうがいいというわけだ。で、先ほど言いかけたことなんだが……キャベル王国へ戻るとなるとまた二年前後はかかるかもしれない……それまでお前はまだ呪いに苦しむことになる。……すまない』

 フォルスが申し訳なさそうに頭を下げてきた。だが解けるかどうかわからない二年とその後必ず呪いが解けるとわかっている二年では全く違う。アルディスは微笑んだ。

「二年くらい全然待てるよ」
『アルディス……、そ……、え? どういうことだ? 本当なのか?」

 またフォルスがディルのほうを見ながら一人で話している。おそらくディルが何か話しかけたのだろうが、それがわからないので慣れるまでどうしても違和感を覚えてしまう。

「ど、うかしたの?」
『待つ必要はないようだ……その、一瞬で向かえる、と』
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