111 / 151
第四章 白き竜
110話
しおりを挟む
この旅は決して無駄ではなかった、もう大丈夫だ、すべて上手くいく、もうお前の苦難は終わるんだ、とフォルスは通信機の向こうで泣き笑いの顔をしながら言ってきてくれた。
アルディスはその言葉を聞いても意味を理解するのに少しかかった。
無駄ではなかった。
無駄ではなかった。
苦難は終わる──
今もまだ少し苦しげなフォルスがそんな目に遭ってでも旅を続けていたそもそもの目的は、アルディスのために呪いを解く竜の涙を手に入れることだった。ということは竜の涙を手に入れたのだろうか。もしくはその手掛かりを手にしたのだろうか。
フォルスのことを心配しながらも、やはりアルディスの鼓動は早くなった。ひどい弟だと自分でも思う。兄を危険な目に遭わせて自分は呪いがあるとはいえ、のうのうと引きこもっている。しかも竜の涙についてフォルスが調べた以上の手掛かりをどうにか調べるどころか、自分が傷つけた少女に何とか贖えたらとそちらの手掛かりを調べたりしていた。挙句、辛そうなフォルスを目の前にしてもこうして気持ちを高ぶらせている。
「僕は……ひどい弟だ」
『何を言っているんだ?』
「……ううん。ごめん、そしてありがとう」
『アルディス。礼なんか必要ない。俺がしたくてしていることだ。お前が一人、呪いで苦しんでいるというのに俺はそれに対して何もできないのが辛いだけだ。自分のためでもある』
「兄さん……ありがとう。言わせて。ありがとうくらい」
『……ああ』
「無駄ではなかったというのは……竜の涙のこと?」
『そう、とも言えるのかもだが違う。そんな手探りの段階じゃない。お前の呪いが完全に解けるんだ。だからもう、苦しまなくていいんだ』
先ほど泣き笑いだった表情をさらに歪ませ、フォルスは涙ぐんでいる。
この呪いが完全に解ける?
アルディスは喉が塞がったような感じを覚えた。代々ずっと受け継いできたキャベル王国の王家の消えることのない呪いが、解ける。そんなことなど現実に起こり得るのか。
呪いが?
本当に?
僕はもう、誰も傷つけなくていいのか?
夜になると襲ってくる、あの恐ろしい衝動がなくなる?
誰でも傷つけいっそ殺してしまいたい欲望にひたすら苛まれ、もがき苦しまなくなる?
そして夜が明けてもその何もかもを覚えていて死にたくなるようなあの苦しみがなくなる?
夜はもう、あの寂しく冷たい牢にこもらなくても大丈夫になるの?
喉が塞がる。言葉が出ない。身を強張らせる。震えを止め、アルディスはなんとか息を吸い込んだ。そして思い切り吐く。
もう、もう……僕は──
ふと体の力が抜けた。その場に崩れ落ちそうになるのを今度はなんとか堪える。そしてギュッと握りこんでいた震える手を開いて手のひらを見つめ、そしてその手で顔を覆った。
「……ありが、とう……」
声も震えた。だがそう告げることが精いっぱいだった。
その後、何とか気持ちを落ち着かせてからアルディスはフォルス、コルジアとさらに話し合った。フォルスが言うにはアルディスの呪いを解くにはキャベル王国に帰らなくてはならないらしい。それに関してはむしろ大歓迎だとアルディスは思うし言葉にもした。
『ただそうなると──』
フォルスが話そうとしてふと後ろを振り向いた。通信機の向こうのことなのではっきりとは見えないが、どうやら先ほどの白蛇がまた入ってきたようだ。フォルスが「どうかしたのか」「そうか、リフィは他の竜と遊んでいるんだ」「いや、ディルにも関わる話だからいてもらったほうがいい」などと一人で話しているのが窺える。それを不思議な気持ちで見ているとフォルスが『ああ、すまない』とまたアルディスのほうを向いてきた。
「一人で話して、た?」
『いや、ディル──リフィの眷属である白蛇と会話していた。ディルは俺の何て言うか、頭の中? に話しかけてくる感じなんだ』
「ああ、なるほど」
『リフィは他の竜と遊んでいるらしいから俺たちの話を聞きにきたそうだ。ディルにも関わる話だからな、俺もディルにはいてもらったほうがいいと答えていた』
「でもいくら人でないにしても王家の機密事項に関わる話を?」
リフィルナの眷属とはいえ蛇に、いや、蛇なら別に問題はないのだろうかとアルディスが少々困惑しているとフォルスがそっと首を振ってきた。
『ディルが呪いを解いてくれる。呪いをかけたのはディルなんだ』
「っえ?」
困惑がますます広がった。だが「詳しくは改めてまた話す」と言いながらざっとフォルスが説明してきたことでアルディスもようやく把握した。それにしても蛇が本当は竜だったとはと心底驚く。
『だからディルにもいてもらったほうがいいというわけだ。で、先ほど言いかけたことなんだが……キャベル王国へ戻るとなるとまた二年前後はかかるかもしれない……それまでお前はまだ呪いに苦しむことになる。……すまない』
フォルスが申し訳なさそうに頭を下げてきた。だが解けるかどうかわからない二年とその後必ず呪いが解けるとわかっている二年では全く違う。アルディスは微笑んだ。
「二年くらい全然待てるよ」
『アルディス……、そ……、え? どういうことだ? 本当なのか?」
またフォルスがディルのほうを見ながら一人で話している。おそらくディルが何か話しかけたのだろうが、それがわからないので慣れるまでどうしても違和感を覚えてしまう。
「ど、うかしたの?」
『待つ必要はないようだ……その、一瞬で向かえる、と』
アルディスはその言葉を聞いても意味を理解するのに少しかかった。
無駄ではなかった。
無駄ではなかった。
苦難は終わる──
今もまだ少し苦しげなフォルスがそんな目に遭ってでも旅を続けていたそもそもの目的は、アルディスのために呪いを解く竜の涙を手に入れることだった。ということは竜の涙を手に入れたのだろうか。もしくはその手掛かりを手にしたのだろうか。
フォルスのことを心配しながらも、やはりアルディスの鼓動は早くなった。ひどい弟だと自分でも思う。兄を危険な目に遭わせて自分は呪いがあるとはいえ、のうのうと引きこもっている。しかも竜の涙についてフォルスが調べた以上の手掛かりをどうにか調べるどころか、自分が傷つけた少女に何とか贖えたらとそちらの手掛かりを調べたりしていた。挙句、辛そうなフォルスを目の前にしてもこうして気持ちを高ぶらせている。
「僕は……ひどい弟だ」
『何を言っているんだ?』
「……ううん。ごめん、そしてありがとう」
『アルディス。礼なんか必要ない。俺がしたくてしていることだ。お前が一人、呪いで苦しんでいるというのに俺はそれに対して何もできないのが辛いだけだ。自分のためでもある』
「兄さん……ありがとう。言わせて。ありがとうくらい」
『……ああ』
「無駄ではなかったというのは……竜の涙のこと?」
『そう、とも言えるのかもだが違う。そんな手探りの段階じゃない。お前の呪いが完全に解けるんだ。だからもう、苦しまなくていいんだ』
先ほど泣き笑いだった表情をさらに歪ませ、フォルスは涙ぐんでいる。
この呪いが完全に解ける?
アルディスは喉が塞がったような感じを覚えた。代々ずっと受け継いできたキャベル王国の王家の消えることのない呪いが、解ける。そんなことなど現実に起こり得るのか。
呪いが?
本当に?
僕はもう、誰も傷つけなくていいのか?
夜になると襲ってくる、あの恐ろしい衝動がなくなる?
誰でも傷つけいっそ殺してしまいたい欲望にひたすら苛まれ、もがき苦しまなくなる?
そして夜が明けてもその何もかもを覚えていて死にたくなるようなあの苦しみがなくなる?
夜はもう、あの寂しく冷たい牢にこもらなくても大丈夫になるの?
喉が塞がる。言葉が出ない。身を強張らせる。震えを止め、アルディスはなんとか息を吸い込んだ。そして思い切り吐く。
もう、もう……僕は──
ふと体の力が抜けた。その場に崩れ落ちそうになるのを今度はなんとか堪える。そしてギュッと握りこんでいた震える手を開いて手のひらを見つめ、そしてその手で顔を覆った。
「……ありが、とう……」
声も震えた。だがそう告げることが精いっぱいだった。
その後、何とか気持ちを落ち着かせてからアルディスはフォルス、コルジアとさらに話し合った。フォルスが言うにはアルディスの呪いを解くにはキャベル王国に帰らなくてはならないらしい。それに関してはむしろ大歓迎だとアルディスは思うし言葉にもした。
『ただそうなると──』
フォルスが話そうとしてふと後ろを振り向いた。通信機の向こうのことなのではっきりとは見えないが、どうやら先ほどの白蛇がまた入ってきたようだ。フォルスが「どうかしたのか」「そうか、リフィは他の竜と遊んでいるんだ」「いや、ディルにも関わる話だからいてもらったほうがいい」などと一人で話しているのが窺える。それを不思議な気持ちで見ているとフォルスが『ああ、すまない』とまたアルディスのほうを向いてきた。
「一人で話して、た?」
『いや、ディル──リフィの眷属である白蛇と会話していた。ディルは俺の何て言うか、頭の中? に話しかけてくる感じなんだ』
「ああ、なるほど」
『リフィは他の竜と遊んでいるらしいから俺たちの話を聞きにきたそうだ。ディルにも関わる話だからな、俺もディルにはいてもらったほうがいいと答えていた』
「でもいくら人でないにしても王家の機密事項に関わる話を?」
リフィルナの眷属とはいえ蛇に、いや、蛇なら別に問題はないのだろうかとアルディスが少々困惑しているとフォルスがそっと首を振ってきた。
『ディルが呪いを解いてくれる。呪いをかけたのはディルなんだ』
「っえ?」
困惑がますます広がった。だが「詳しくは改めてまた話す」と言いながらざっとフォルスが説明してきたことでアルディスもようやく把握した。それにしても蛇が本当は竜だったとはと心底驚く。
『だからディルにもいてもらったほうがいいというわけだ。で、先ほど言いかけたことなんだが……キャベル王国へ戻るとなるとまた二年前後はかかるかもしれない……それまでお前はまだ呪いに苦しむことになる。……すまない』
フォルスが申し訳なさそうに頭を下げてきた。だが解けるかどうかわからない二年とその後必ず呪いが解けるとわかっている二年では全く違う。アルディスは微笑んだ。
「二年くらい全然待てるよ」
『アルディス……、そ……、え? どういうことだ? 本当なのか?」
またフォルスがディルのほうを見ながら一人で話している。おそらくディルが何か話しかけたのだろうが、それがわからないので慣れるまでどうしても違和感を覚えてしまう。
「ど、うかしたの?」
『待つ必要はないようだ……その、一瞬で向かえる、と』
0
お気に入りに追加
385
あなたにおすすめの小説
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~
紅月シン
ファンタジー
聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。
いや嘘だ。
本当は不満でいっぱいだった。
食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。
だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。
しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。
そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。
二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。
だが彼女は知らなかった。
三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。
知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。
※完結しました。
※小説家になろう様にも投稿しています
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる