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第四章 白き竜
106話
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元の姿に戻っても少年の姿に変わっても特に違いが明確に感じられるわけではない。突然力がみなぎってはこないし、逆に力が抜けたりもしない。性別による体つきはもちろん違うが、それぞれの体に慣れているからか何も見ないままなら今さら違いにすぐ気づくこともない。ただ例えばふと手を見たりして、ああ変わったのだなとわかる。少年の姿であっても小柄ではあるが、元の姿になるとそこからさらに少し、全体的に縮んでいる気がする。あと圧倒的に違うのが筋肉だろうか。小柄で華奢な少年だろうが、手、一つとってもやはり元の姿からすればごつごつとしているのだなと実感する。
『ああ、リフィルナだ』
通信機の向こうでアルディスがホッとしたように呟いたのが聞こえてきた。
「はい」
『やっと会えた』
頷くとそう言ってアルディスは嬉しそうに微笑んだ。リフィも微笑む。お互い、ようやく心が完全に晴れ渡ったかのような気持ちになった。
ふと、少し離れたところにいたディルの白い体が見えなくなった。リフィが怪訝に思って話しながら少し後ろを窺うと、ディルはまた蛇の姿に擬態したようだ。突然消えたように見えたのはそういうことかとホッとして、リフィはまた通信機に意識を戻した。
『また以前のように仲良くしてもらえるなんて夢のようだな』
「でも、アル……アルディス様は第二王子殿下でいらっしゃいます、から……」
今さら思い出したが、アルディスはまごうことなきキャベル王国の王子だ。ついでにフォルもおそらく。
『そんなかしこまったのなんて求めてないよ、リフィルナ。もう一つお願いが必要だったみたい。欲張りでごめんね、お願いだから前と変わらず接して欲しい』
「ですが……」
『もし王国での公式の場で話すことがあるのならさすがにそんな場合までくだけて接して欲しいと言わない。だからせめて私的な場では前のように接して欲しい。心からのお願いだ』
「……はい、わかりました。本音を言えば私もそう言ってくださるの、とても嬉しい」
『アルって呼んでね』
「はい」
笑って頷くと、アルディスもまた嬉しそうに笑った。
『リフィルナはリフィって呼ばれてるの?』
「ああ、でもそれは少年の姿でいたので男でも問題なさそうな名前だしと自らリフィと名乗ってたんです。愛称とかではなく」
『そっか。じゃあ僕はやっぱり馴染んだリフィルナかな。リフィって生命って意味があってとても素敵な名前だけど、あとに続くルナは月って意味がある。月の生命なんてとても君に似合うから外すのはもったいないよ』
「私、自分の名前の意味なんて考えたことなかった」
『そうなの? ご両親がつけてくれたんだよね?』
「……いいえ。洗礼を受ける神殿に任せたそうです」
神殿で名前をもらうことは別に特殊ではない。ただ、大抵の親は自分たちが愛情を込めてつけてくれるのだと、これまた少年の姿となって旅をしてから知ったことだ。
『そっか。ならきっとリフィルナという名前には何か神聖な意味もあるかもだね。とても素敵な名前だから』
アルディスと話していると気持ちがとても癒されてくる。直接会っていないからなのだろうか。あの恐ろしかったアルディスは幻としか思えないほど、今も穏やかな温かい気持ちになった。コルドと話している時と少し似ている。もちろん全然違うタイプではあるのだが、きっと他にも親しい兄弟がいればこんな感じなのだろうなと思わせてくれる。温かい家族というものをあまり知らないだけに嬉しくなる。
ああ、兄弟と言えば──
「あの、アル?」
『うん』
「あの、ですね、あの、アルとフォル……フォル、スは兄弟なのでしょうか。その、コルジアが仕えている……」
『そうだよ。フォルスは僕の双子の兄だ。顔、一緒だと思わなかった? ああでも髪と目の色変えてたら案外気づかないものなのかもだね』
ということは間違いなくフォルはフォルスであり、姉であるイルナの婚約者であるキャベル王国の第一王子であるということだ。
今までの旅での自分がフォル──フォルスに取った態度を思い返そうと焦っているとアルディスが笑ってきた。
『兄がそんなこと気にするとむしろ君は思うの?』
「フォル、いえ、フォルスなら……じゃなくて第一王子殿下なら思わないと思いますけど……ってああもう、何言ってるんだろう。私、混乱してきた……」
『ふふ。大丈夫だよ。問題ない。あと兄さんならきっと僕と同じように、以前と変わらず接して欲しいと言うに決まっているよ。だからこそリフィルナと親しくなっても身分を隠したままだったんだと思う』
「……そう、かも……ですけど……」
しばらくするとコルジアがやって来た。フォルスがアルディスに話があると言う。
「フォルが目を覚ましたんですか」
そのことに気を取られ、むしろ王子殿下云々をすっ飛ばしてリフィが聞くとコルジアはちらりとリフィを見てきた少しの間の後、「まだ少し疲れておられるようですけどね」と頷いてきた。リフィが慌てて立ち上がり、アルディスと繋がったままの通信機をコルジアに返そうとしたが「あなたも一緒に」と言われた。
『ああ、リフィルナだ』
通信機の向こうでアルディスがホッとしたように呟いたのが聞こえてきた。
「はい」
『やっと会えた』
頷くとそう言ってアルディスは嬉しそうに微笑んだ。リフィも微笑む。お互い、ようやく心が完全に晴れ渡ったかのような気持ちになった。
ふと、少し離れたところにいたディルの白い体が見えなくなった。リフィが怪訝に思って話しながら少し後ろを窺うと、ディルはまた蛇の姿に擬態したようだ。突然消えたように見えたのはそういうことかとホッとして、リフィはまた通信機に意識を戻した。
『また以前のように仲良くしてもらえるなんて夢のようだな』
「でも、アル……アルディス様は第二王子殿下でいらっしゃいます、から……」
今さら思い出したが、アルディスはまごうことなきキャベル王国の王子だ。ついでにフォルもおそらく。
『そんなかしこまったのなんて求めてないよ、リフィルナ。もう一つお願いが必要だったみたい。欲張りでごめんね、お願いだから前と変わらず接して欲しい』
「ですが……」
『もし王国での公式の場で話すことがあるのならさすがにそんな場合までくだけて接して欲しいと言わない。だからせめて私的な場では前のように接して欲しい。心からのお願いだ』
「……はい、わかりました。本音を言えば私もそう言ってくださるの、とても嬉しい」
『アルって呼んでね』
「はい」
笑って頷くと、アルディスもまた嬉しそうに笑った。
『リフィルナはリフィって呼ばれてるの?』
「ああ、でもそれは少年の姿でいたので男でも問題なさそうな名前だしと自らリフィと名乗ってたんです。愛称とかではなく」
『そっか。じゃあ僕はやっぱり馴染んだリフィルナかな。リフィって生命って意味があってとても素敵な名前だけど、あとに続くルナは月って意味がある。月の生命なんてとても君に似合うから外すのはもったいないよ』
「私、自分の名前の意味なんて考えたことなかった」
『そうなの? ご両親がつけてくれたんだよね?』
「……いいえ。洗礼を受ける神殿に任せたそうです」
神殿で名前をもらうことは別に特殊ではない。ただ、大抵の親は自分たちが愛情を込めてつけてくれるのだと、これまた少年の姿となって旅をしてから知ったことだ。
『そっか。ならきっとリフィルナという名前には何か神聖な意味もあるかもだね。とても素敵な名前だから』
アルディスと話していると気持ちがとても癒されてくる。直接会っていないからなのだろうか。あの恐ろしかったアルディスは幻としか思えないほど、今も穏やかな温かい気持ちになった。コルドと話している時と少し似ている。もちろん全然違うタイプではあるのだが、きっと他にも親しい兄弟がいればこんな感じなのだろうなと思わせてくれる。温かい家族というものをあまり知らないだけに嬉しくなる。
ああ、兄弟と言えば──
「あの、アル?」
『うん』
「あの、ですね、あの、アルとフォル……フォル、スは兄弟なのでしょうか。その、コルジアが仕えている……」
『そうだよ。フォルスは僕の双子の兄だ。顔、一緒だと思わなかった? ああでも髪と目の色変えてたら案外気づかないものなのかもだね』
ということは間違いなくフォルはフォルスであり、姉であるイルナの婚約者であるキャベル王国の第一王子であるということだ。
今までの旅での自分がフォル──フォルスに取った態度を思い返そうと焦っているとアルディスが笑ってきた。
『兄がそんなこと気にするとむしろ君は思うの?』
「フォル、いえ、フォルスなら……じゃなくて第一王子殿下なら思わないと思いますけど……ってああもう、何言ってるんだろう。私、混乱してきた……」
『ふふ。大丈夫だよ。問題ない。あと兄さんならきっと僕と同じように、以前と変わらず接して欲しいと言うに決まっているよ。だからこそリフィルナと親しくなっても身分を隠したままだったんだと思う』
「……そう、かも……ですけど……」
しばらくするとコルジアがやって来た。フォルスがアルディスに話があると言う。
「フォルが目を覚ましたんですか」
そのことに気を取られ、むしろ王子殿下云々をすっ飛ばしてリフィが聞くとコルジアはちらりとリフィを見てきた少しの間の後、「まだ少し疲れておられるようですけどね」と頷いてきた。リフィが慌てて立ち上がり、アルディスと繋がったままの通信機をコルジアに返そうとしたが「あなたも一緒に」と言われた。
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