銀の髪を持つ愛し子は外の世界に憧れる

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第四章 白き竜

95話

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 テントの近くには綺麗な川も流れていた。そこそこ上流まできているからだろう、大きな岩が所々にある川の流れは早めで水温も低いがとても透明度が高く、水が流れる音も心地よい。しかも何となくではあるが、精霊の存在をほんのり感じる。あまりここにはいないのだろうか、本当にうっすらと光っている程度であまり見えはしないのだが、空気が気持ち良くて癒される感じというのだろうか。
 リフィはそんな川を時折眺めながらディルと話をしていた。ディルが言うには確かに竜はこの岩山の奥深くに住んでいるという。

『何故竜は姿を隠すの?』
『そういうものだ。人里には出ない。竜の住みかでひっそりと暮らす。それが一番竜にとっても人間にとっても、よいことだからな』
『でもディルはぐれたから僕と出会えた。僕は出会えて嬉しいよ?』
『それは私もだが。私のようなはぐれ竜は本来、大抵は幼いうちに獣や魔物に食われる。かろうじて生き延びても帰る場所もわからず知識も何もない野生化した狂暴なものになる。そうなると人里を襲うものも出てくる。人間の討伐対象となるわけだ。そなたは別だろうが、大抵の人間はそのせいもあって竜を恐ろしいものと考えているだろう。結果、ますます竜たちはひっそりと暮らすことになる』
『ディルは特別なんだね』
『そう、私は特別だ。……これはそなたにも話しておこう。私は神幻獣であるだけでなく転生もしている』
『テンセイ?』

 あまり聞き慣れない言葉にリフィは首を傾げた。先ほどから二人の会話は声になっていないので、知らない者が見れば時折そばを流れる川を見つつもただひたすら黙って蛇を見つめている少年にしか見えないだろう。シュールかもしれない。

『転生の定義を言えば現世で生命体が死を迎え、直後ないしは他界での一時的な逗留を経て、再び新しい肉体を持って現世に再生すること、であろうか』
『難しいな。えっと、ディルは以前この世界にいたけど死んじゃって、その後すぐか時間を空けて同じディルとしてまた生まれたってこと?』
『まぁ、そのようなものだ。異世界へ生まれることなく、全く同じ世界に私は私として生まれた。だが転生に関しては私が幻獣だからだとかは関係ない。人間でも起こり得ることだ。ただ、大抵は記憶を持ち越さないがな』
『ほんとにっ? じゃあ僕も覚えてないだけで転生してる可能性あるかな』
『……ふふ』
『なんで笑うの? 馬鹿なことを言ってるって笑われたの?』

 確かに自分が転生しているなんて想像もつかない。これほど何も知らないまま生きてきているというのに、既に一度ないしは何度か生きていたなど、到底あり得なさそうだ。多分自分は転生者ではなく初心者なのだろうなとリフィは唇を少々尖らせながら思った。

『別に馬鹿にしてないが』
『わかってるよ、僕ほど何も知らない人間が以前生きていたはずないってことでしょ? きっと僕は初めて生物として生まれたんだろなあ』
『ククク』
『だから何で笑うの?』
『初めて生物としてだなどと言うからだ。全くそなたというやつは。……話が逸れたな。とにかく、私は幻獣でもあるからか転生前の記憶を持っている。とはいえちゃんと思い出したのは最近ではあるが、それまでも多分普通の竜よりは知識のある状態だったのだろう。そなたとも契約を交わしたしな。まあせっかくそなたに現れた紋章は少年の姿に変態していることで全然見えなくなってはいるが』
『元の姿に戻る時は現れるよ』
『当たり前だ。消えるわけがない。とにかく、そういう私だから野生化することもなかった。特別な例だ。ただ竜にも色んな者がいる。それは人間も同じだろう? そなたのように外へ憧れたり、他の理由があったりで旅に出る者もいれば、生涯そこから出ずに暮らす者もいる。ずっと一人で生きる者もいれば婚姻するなりして共に誰かと生きる者もいる。徒党を組んで何らかの組合で生活する者もいれば盗賊などになる者もいる。そんな人間と同じように竜も、ただそこで平和に生きている者もいれば外へ出る者もいる。外へ出た竜がたまたま生み落とした卵から孵った者もいる。もしかしたら私もそれかもしれない。まあ、そういうことだ』

 人間と同じ、か……リフィはディルの話を静かに聞いていた。

『そんな竜もな、昔は人間と暮らしていた時もあった』
『そうなの? はぐれ竜じゃなくて?』
『ああ。遥か彼方昔だが。しかし人間が竜を追いやった。その頃は討伐対象などではなく、単に力試しや退治して名声を求めようといった人間どもにな。もしくは神獣に契約してもらおうと。だから竜たちはそういった人間に見切りをつけてこの岩山に隠れ、人間たちに見つからないよう静かに暮らすことを選んだ。その後はぐれ竜などによってますます隔たりができ、竜は岩山でひっそり暮らすだけでなく、魔法を使って封印した。伝説や言い伝えなどから竜を求め、ここへ訪れる人間はまだしばらくはいたがその封印により入れた者は基本いない。資格のある者しかたどり着けないようになっている。私や、そなたのように眷属契約した人間、といったな』

 静かに流れる水の音が心地いい。ディルの声もリフィの中に心地よく響く。だがほんの少し寂しい気持ちにもなった。仕方のないことではあるが、寂しく思う。もちろん、同じ人間同士ですら中々上手くいかないのだ。リフィはそれを身をもって知っている。なら他種族同士はもっと難しいのだろう。
 それでも皆仲良くできたらきっと楽しいだろうな、などと甘いこととわかりつつそっと考えた。

『相容れぬ相手を知るのは私のような神幻獣であっても難しいものだ』

 リフィの心を読んだのかたまたまか、ディルはふと明日のことについて話しているであろうフォルとコルジアのほうを向きながら呟いてきた。
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